第51話

「なっ………!?」

「なんだ………これは………」


 私たちの目線の先。放たれた光で直視できなかった私たちが次に見たのは、変わり果てたグランの姿でした。私達を遥かに超える巨体は白い根………または触手のような物が幾重も絡みついた異形の人型。右手には妙な形をした大きな杖を、背中には不揃いで歪な翼を携えて浮遊している。その顔には目や鼻などは存在せず、先の見えない空虚な闇が穴として広がっていただけだった。


「■■■!■■■■■!」


 怪物は私達には発音が出来ない鳴き声………いや、言語で何かを叫ぶ。理解も出来ないというのに、それが言語だと分かったのが何故なのかは分からない。だが、その言葉を聞いた瞬間、身体が凍てついたように動けなくなる。

 それは私たちの前に立つ兄上とお姉様も同じようで、驚愕の表情を浮かべたまま一切動こうとしない。異形の怪物は右手に持つ杖を大きく振り上げると、虹色の光が灯る。

 虹色の光はそのまま私達に照射される。しかし、それは私達を傷つける攻撃ではなかった。


「う………っ………」


 また、あの感覚が。徐々に記憶が薄れていく気がした。有りもしない記憶が流れ込んでくる。まさか、私はこんな怪物と生涯を共にしなければならないのか。

 私がここまで戦ってきた決意と想いを全て踏みにじられている気がした。あまりの屈辱に涙が頬を伝う。私たちはそのまま意識を………


「うおおおおおおおおっ!!!!」


 その瞬間、低く勇ましい雄たけびと共に森から誰かが飛び出してくる。それは森から出てきた瞬間に大地を蹴ると姿が消え、何かを切り裂くような音と共に照射されていた光が止まる。


「■■■■■■■!!!」


 徐々に意識が覚醒していく。そんな私たちのもとへ、全身を深紅の鎧に包んだ大男が降りてくる。右手で大剣を握り、肩に担いだ雄々しい背中。その顔は赤き兜で見えないが、私達はこの人物を知っていた。

 お兄様が叫んだ。


「ラザール隊長!?」

「ふん、酷い面であったな。カレジャス王子」


 威厳に満ちた老年の声。私たちの目の前に立つこの人物は、フォレニア騎士団の騎士団長であるラザール・アグメンデ。一切の魔法を使えない身でありながら、父上と並んで最強と名高い方です。

 既に騎士団長の座について三十年以上が経っているというのに、衰えを知らない屈強な肉体と卓越した剣術を誇り、『剣聖』の名を他国まで轟かせるフォレニアの切り札。

 戦場では指揮を取る事が多いと聞きますが、一度剣を握ればどれだけ絶望的な戦力差も一人で覆すと言われる伝説の騎士でもあります。


「何故、あなたが………」

「フォレニア王からの命令でな。この公式な戦争の監督役を任されていた。このまま戦争が終われば、俺もそのまま帰還するはずだったが………そういうわけにもいかんでな」

「■■■■■■!■■■■■■■!!」


 発狂したかのような叫びが響く。しかし、ラザールさんは一切動揺することもなく、グランを見据えていた。


「ええい、うるさい奴だ。老体に仕事を増やしおってからに………」

「隊長!相手は………!」

「言われずとも分かっている。ここにいるのは俺達だけではなかろう」

「………え?」


 その瞬間、グランが周囲に大量の巨大な光剣を作り出し、次々と発射された。私が叫ぼうとした時、声が響く。


「顕現せよ。メイアの権能」


 大地から伸びる無数の鎖。それらは一瞬で光剣を幾重にも拘束し、完全に動きを止める。それと共にラザールさんの隣に降りてくる一人の青年。

 そうだ、私には………


「問題ないよ。僕がいるからね」

「シオンさん………」

「うん、遅れて申し訳ない。この怪物、ニルヴァーナを認識していたみたいでね。意識が逸れるまで手が出せなかったんだ」


 そういって、顔だけをこちらに向けるシオンさんは、普段と同じように笑顔で語りかける。


「お疲れ様。君の戦いはちゃんと見ていたよ。後は僕達に任せて」

「で、でも………!姉上が………!」

「大丈夫。ベルダの軍には回復魔法を使える者がいるみたいだからね。まだ戦いは続いてる。終戦を知らせて治療を頼めばいいよ。だから、早く行くんだ」


 優しい声色でそう言ったシオンさんの言葉に、私は頷いた。









「シオンさん、ラザールさん、後はお願いします!」


 そう言って立ち上がったセレスティア。同時にカレジャスがシュティレを支え、オネストがベルダを担ぐ。そのまま四人は去っていく。


「■■■■■■!!!」


 グランは叫ぶ。恐らくだけど、彼の行動から見て未だに理性や意思は残っているのだろう。こんな異形の化け物になってまで叶えたい夢なんて、あまり理解は出来ないけど。

 いや、そもそも理解する必要なんてない。婚約者すら騙し、僕の友人を利用しようとした男の考えなんてどうでもいいからね。


「お初にお目にかかるな。『権能』よ」

「あぁ、初めまして。どうせなら、もっと落ち着いた場所で挨拶したかったんだけどね」

「致し方なかろう。俺は戦場に生きる者。こうなるのは運命よ」

「なるほどね………」


 僕は右手の指を鳴らす。その瞬間、鎖は一層強く光剣を締め付け破壊する。


「………相手はどんな敵かな。正直不安だよ」

「ふははっ。お主は魔法を極めた『権能』であり、俺は剣の道を極めた『剣聖』よ。誰が相手だろうと、敗北など有り得んだろうて」

「あぁ、確かにね………それじゃあ、やろうか」

「応ッ!!!」


 ラザールはそう言って飛び出す。大剣と大鎧の重さを感じさせない速度でグランに迫っていく。僕が黄金の光を纏わせた右手を地面に叩きつけると、鎖が大量に飛び出して来る。ラザールは跳び、鎖を次々と踏んで上空へと昇っていき、グランと同じ高さまで来たところで剣を振り下ろす。


「ふんっ!!」

「■■■!!!」


 振り下ろされた大剣と杖がぶつかる。ラザールと今のグランではあまりに大きさが違いすぎるというのに、一切の不利などなく互角に押し合っていた。

 しかし、グランの杖に光が灯ったのを見てラザールはそのまま剣に力を込め、反動で後ろに下がる。そのまま杖から何かを放とうとラザールへと向けるけど………


「顕現せよ。ロアの権能」


 赤い光を纏わせた右手を振るう。その瞬間、紅蓮の劫火がグランを包み込んだ。すかさずラザールは走り出し、グランの真下に移動して剣を構える。


「■■■■■■!!!」

「はぁっ!!!」


 劫火が消えた瞬間に脚力だけで空中にいるグランと同じ高さまで跳ぶと、そのまま巨大な胴体に勢いのまま斬り上げる。態勢が崩れたグランだったが、すぐにラザールは右から切り払い、切り返した刃でもう一撃見舞う。更に体を縦に回転させ、勢いの乗った大剣を振り下ろし、そのままグランの巨体を地面に叩きつけた。

 三秒にも満たない間に行われた四連撃。たったそれだけの攻撃だと言うのに、グランは地面に墜落し、大きな砂埃を立てていた。

 しかし、グランが地面に墜落した瞬間に姿が霞のように消える。


「ちっ!」

「………」


 僕は無言で右手を振るう。その瞬間、僕の周囲に鎖が展開され大きな衝撃音が響く。僕が地を踏むと、僕の背後にある鎖が四本、僕の前方に射出される。

 確かな手ごたえと共に、鋭い切っ先が何かに突き刺さった。


「■■■■■!?」


 姿を現す。グランの両肩と腹部に突き刺さった四本の鎖は、そのままグランを地面に縫い付ける。そして、ラザールが空中に張り巡らされている鎖を蹴って急降下してくる。剣を構え、叫ぶ。


「潰えよっ!!!」

「■■■■■■!!!」


 その時、グランの身体が光る。不味いと思った瞬間には周囲に眩い極光と共に激しい衝撃波が発生する。


「っ!」

「ぬおっ!?」


 同時に吹き飛ばされる僕とラザール。鎖も一気に破壊され、僕はそのまま地面を滑りながら着地する。

 そのまま顔を上げてグランの方を見ると、既に空中に飛びあがっておりその翼に光を灯し、魔力が膨張していた。


「………全く、諦めが悪いことだね」

「■■!■■■■■■!!」


 グランが両手で杖を掲げ、そこから空に向けて光が放たれる。それを見て僕とラザールは同時に危険を察し、すぐに走る。

 次の瞬間、周囲に大量の光の柱が次々に落ちてくる。無差別に雨の如く降り注ぐそれを回避しながら、僕は緑色の光を右手に纏わせ、目に光を灯す。


「出でよ。生命の化身」


 右手を振り払うと、周辺の木々からあの怪物たちが伸びてくる。それらは大きな口を作り出し、緑の光をその奥に灯す。


「放て」


 僕の言葉と共に、それらの怪物たちからは一気に巨大な光線が放たれる。落ちる光の雨すら破壊し、一直線にグランへと向かった全ての光線が直撃し大爆発を起こす。

 それと同時に落ちてくる光は途絶え、僕は右手に水色の光を纏わせる。周囲に二つの水球が浮かぶ。


「顕現せよ。ハウラの権能」


 水球から圧縮された水のレーザーが放たれる。それは爆発が起こった黒煙の中に発射され、次の瞬間にはまるで断末魔のような叫び声が聞こえた。


「■■■■■■!!??」


 それと同時に落下してくるグランの身体。その歪な両翼は真ん中から切断されていた。仰向けに落下しているグランの上に、ラザールが飛び出る。

 僕が右手を振るって鎖を空中に放ち、ラザールはそれを蹴って落下しているグランへと急降下する。


「■■!■■■■■■!!」

「ぬおおおおおおお!!!!」


 仰向けのまま杖から放たれた巨大な光線。ラザールは大剣を振り下ろし、その光線を正面から叩き切る。分断されていく光線は、そのままラザールが大きく剣を振り払うと完全に消滅する。


「■■―――」

「遅い!!」


 咄嗟に杖を構えたグランは障壁を展開しようとしたが、それよりも早くラザールが大剣を振るい、杖を真っ二つに両断する。


「次こそ終いだ!!」


 そして、大剣を下に向けて振り上げ、そのまま全力でグランの胸に突き下ろした。勢いのまま地面に落下するグランとラザール。大地に落ちた瞬間に大剣は更に深く突き刺さり、そこから光が漏れ出してくる。

 ラザールは剣を引き抜き、一気に後方へ跳んで僕の横へと立つ。大地に倒れたグランの胸に空いた穴から、光が激しく噴き出す。それと同時に異形の身体が徐々に収縮していく。


「■■■………■■………あ、あ………」


 少しずつ元の人間の姿に戻っていき、光が収まった頃には完全に元に戻っていた。なるほど、まさかあの姿のままセレスティアと婚姻を結ぶ気なのかと思っていたけど、ちゃんと元の姿には戻れたみたいだ。

 どちらにせよ、これで終わりだ。胸に空いた傷からは血がとめどなく溢れだし、既に数分と持たない命であることは明白だった。

 僕らは顔を見合わせ、ゆっくりと近付いていく。


「………哀れだな。天とやらは貴様を見放したそうだ」


 地に倒れるグランの前に立つと、ラザールが吐き捨てる。グランは口からも大量の血を吐きながら、笑みを浮かべた。


「見捨てた?違うさ………私は、天に昇るのだ………人の呪縛から解き放たれ、私は真に天と最も近い存在となる………」

「………君が言う天とは、いったい何のことかな」


 僕は疑問に思った。彼のような者が言う「天」とは、漠然とした神聖な何かと言うようなものであることが多い。しかし、彼は「天」が何であるかを知っているかのように話している。

 いや、それどころか自身の力は「天」によって与えられたものだと。それが卓越した魔法適正などであれば、僕も疑問に思う事はない。

 しかし、彼はあんな異形の姿に変わる術すら持っていたのだ。あのままただの魔物に堕ちてしまったのであれば、まだ無理やり納得できなくもない。しかし、そうでない以上は魔法では説明がつかなくなってしまった。


「いずれ分かるさ………天は、選ばれし者に眼差しを送る………あの少女も………直に知るだろう………」

「あの少女?いったい誰の事だい?」

「………」


 僕の問いには答えず、目を閉じたグラン。それと同時に、僕の目には生命が映らなくなる。


「………死んだよ」

「そうか………結局、何も分からず終いか」

「いや、何も分からなかったわけじゃないよ。少なくとも、彼は何者かによる外部的な干渉を受けていたみたいだ」

「………そうだな。して、お主はこれからどうする?」


 ラザールが僕へと尋ねてくる。僕はグランから視線を外し、ラザールを見る。


「戦争は終わったからね。勿論帰るさ」

「………セレスティア王女へ声を掛けなくて良いのか?」

「これから彼女たちは忙しくなるはずだからね。このままだと、流れで城まで一緒に行ってしまいそうだし」

「ふむ………セレスティア王女との婚約の話を進めるべきだと思ったのだが」

「………良い性格をしてるね、君も」

「ふははっ!すまんな。まぁ、お主がそういうのであれば仕方があるまい。俺はセレスティア王女へとこの者の末路を知らせてくるとしよう」


 そう言って踵を返し、森の向こうへ歩いていくラザール。僕はその背中を見送り、空を見上げる。ニルヴァーナが降下してきて、僕は光に包まれてその場から消える。


「………おかえり」

「うん、ただいま」


 彼女が戻って来た僕を見て、小さく微笑む。ロッカも手を小さく振り、僕は頷き返した。


「さて、帰ろうか」

「………うん」


 そう言うと、ニルヴァーナはゆっくりと空を進み始める。その途中で、僕らは地上でセレスティア達の姿を見る。

 まぁ、見るからに忙しそうな様子だったけど………これから、もっと色々な事が増えるんだろうね。


「まぁ、彼女なら大丈夫かな」

「………心配?」

「いや、そんなことはないよ。セレスティアならきっと、良い王になれるさ」


 彼女が灯した炎は太陽のようにあらゆる困難を焼き払い、その光はこの国の未来を照らす事だろう。

 あの時、彼女の覚悟が灯した炎を見た。それを見て、僕は確信を持った。彼女の道はこれから歴史で語り継がれる偉大なものになるだろうけど………


「まぁ、僕は………その物語の隅っこにでも書かれてれば良いかな」


 少しだけ、彼女の友人だという事が誇らしかった。





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