第49話
私が最初に王を目指そうと決めたのは、お父さまの影響でした。私を生んで死んでしまった母上の分も愛情を注ぎ、王として国を導く常に民の先頭に立ち続けたその背中に憧れた。
兄上に連れられて城下町を歩けば、そこには沢山の笑顔があった。この笑顔を守りたいと思った。民の日常を、この国の安寧を。
勿論、真の意味での安寧など存在しなことは分かっている。民の笑顔の裏には、他国からの侵略と戦い続ける誰かの努力があった。だが………その先頭には常にお父さまがいた。カレジャスお兄様が成長した今でこそ、前線の指揮はお兄様が請け負っているものの、まだ私たちが幼いころは全ての戦いに片腕を失ったまま赴き、戦果を挙げていたという。
強くなりたいと思った。私も、民を守れるように強くなりたいと。あの笑顔を絶やさぬため、戦いを少しでも無くし、傷つく人が少なくなればと。そのために、私は王を目指すことを決めた。
もし、その道で姉上と分かりあえなかったとしても………私にとって民の笑顔は、とても美しく映ったのだ。
「黒炎よ!荒れ狂いなさい!」
「っ………!」
竜巻が姉上を包み込み、切りかかろうとした私を阻む。一度後ろに後退し、剣へ炎を纏わせて大きく構える。
「烈火!打ち払え!」
その剣を横薙ぎに振るう。放たれた巨大な炎の斬撃が、黒炎の竜巻と衝突し爆発する。大きな黒煙が辺りを包み込み、場の認識を阻害する。私はすぐに剣を構え、次の攻撃に備えた瞬間。黒煙を突き破り、多数の火球が迫って来た。
私はそれを横に跳んで避ける。黒煙が晴れた先にいる姉上が一瞬で私を捉え、続けて放つ火球の狙いを変える。私は剣に炎を纏わせて、乱射される火球を切り払っていく。
「一閃………炎光の瞬きよ!」
剣に纏う炎が巨大化し、それを一気に振り払う。迫る全ての火球を打ち破る炎の斬撃が、そのまま姉上に向かっていく。
「深炎。怒りを示しなさい」
姉上が杖を振り上げ、石突きを地面に叩きつける。それと同時に地面に巨大なひび割れが発生し、そこから爆発と共に激しい炎が噴き出してくる。それは私の斬撃を打ち破るばかりか、広がった爆発は私を吹き飛ばす。
「ぐっ………!」
空中で回転し、態勢をを整えて滑るように地面へ着地する。顔を上げた瞬間、目前まで迫る黒炎の旋風を認識した。
私は腰を落とした姿勢のまま、地面に剣を突き立てる。その瞬間、私の前方に炎の壁が地面を突き破って旋風を阻む。そして旋風が終わり、私が地面から剣を引き抜いて炎壁を消して姉上を見た時、目を見開いた。
「さぁ、灰も残さず消え去りなさい」
姉上が大きく掲げた杖の上に、星と見紛う程の巨大な火球が浮かんでいた。姉上が杖をこちらへ振り下ろした瞬間、それは灼熱を放ちながら私に迫って来る。
「我が身を守れ!炎の叫びよ!」
私の声と共に、全身に激しい炎を纏う。それは兄上が持っている炎に対して強い耐性を持つ絶対的な防御魔法。シオンさんに打ち破られたのを考えると、恐らく普通の炎ではない姉上の炎も完全には凌ぎきれないだろう。ただ、ここで何もしないわけにはいかない。
一か八かで展開した炎。巨大な火球が落下し、視界を全て包み込む閃光と共に大爆発を起こすのだった。
「さっきまでの威勢はどうしたんだい?これが義兄とは聞いて呆れるよ」
「………馬鹿な。第二王子に武功があるとは聞いた事が無かったがね………」
「いや?僕には武功なんてないさ。実戦経験だってこれが初めてだからね」
右手に魔導書、左手の上に渦巻く炎の球体を浮かばせながら僕は告げる。周囲の木々は戦いの余波で吹き飛び大きな空間を形成し、戦いに巻き込まれないようにその空間には互いの兵士は一人もいない。僕の目線の先にいる金髪の男は乾いた笑いを浮かべた。
「はは………これで初陣か。やはり、王族とは只者じゃないようだ」
「舐めてもらったら困るね。これでも、炎騎王の血を継いだ者なんだ。実戦経験がなくとも、魔導書さえ用意できればこの程度容易いさ」
当たり前だが、僕が初陣でいきなり強大な魔法を次々と放てるはずがない。もしものために持って来たこの魔導書があるからこそ、僕は彼を追い詰めることが出来る程の魔法を行使できている。とはいえ、僕自身魔法の適性が高いこともあるけど。
それに、そこまで用意をしてもグランは未だに傷一つ負っていない。鉄壁の守りは僕でも簡単には打ち破れないね。
「なるほど………少し侮りすぎていたようだ」
「今更どうしようと言うのかな。先に言っておくけど、僕は隙を見せないよ」
互いに障壁を張り、それを打ち破りかねない強力な攻撃は相殺する。先ほどからそんな戦いが続いていた。隙を見せた方が負けるけど、逆に言えば隙を見せなければ終わることが無い。
それでいい。僕の役目は時間稼ぎだ。ここでこの義兄を名乗った身の程知らずを叩き潰したいのはやまやまなんだけど、僕の私情なんてどうでもいい事だ。セレスティアが姉上を倒す。それだけで、この戦いは終わる。
「あぁ………分かってるさ」
「………?」
違和感を感じる。いや、それは焦燥に駆られると言っていいかもしれない。得体のしれない何かを感じ、僕は魔導書に魔力を込める。
何かをしようとする前に、決着をつけてしまえばいい。または、準備を整える暇を与えない。とにかく、様子見なんて悠長な事をしているよりは行動をした方がいい。そう結論を出したからだ。
左手を掲げ、浮かばせる火球を巨大化させる。瞬間、火球は閃光を放ち、極大な熱線を放った。
「………」
それに全くのリアクションを示さず、熱線に包み込まれるグラン。だが、僕はそれに更なる不安を覚えた。今まで彼は自らの障壁を打ち破る攻撃は全て相殺してきた。僕の放った攻撃は、今まで使った攻撃の中でも更に上位に類する物だ。それに対処しないとは思えない。
諦めたのか?いや、それは絶対にない。彼から感じられた雰囲気は、とても諦めて命を差し出すような人間には思えなかったからだ。なら………
「っ!?」
瞬間、熱線が巨大な光が爆発すると共に打ち破られる。眩い光に当てられ、顔を左手で覆う。光が収まり、グランのいた場所を見る。そして、僕は目を見開いた。
「………なんだ、それは」
「はは。これか?これは………私が天から授かった力だ」
瞳の奥に薄っすらと赤い光を宿し、両手が深紅のオーラに包まれたグランが立っている。姿の変化こそその程度だけど、まるで僕には目の前の人物が全くの他人になってしまったかのような感覚がしていた。
だが、そんなことは構わずにグランは右腕を掲げた。その瞬間、右手に纏う光が増して収束していく。それは徐々に形を成し大きな杖となった。グランがその杖をしっかりと握りしめた瞬間、周囲に赤い波動が走る。
それだけで周辺の石や土埃が舞い、僕は目を細める。
「天?また訳の分からないことを………」
「それは仕方がない。貴様は天の眼差しを受けていないからな」
「………ふん。ついに頭がおかしくなったみたいだね。こんな義兄なんて、絶対に御免だよ」
ここで彼を消せば、そんな事態になるのは防げるだろうか。姉上に恨まれるのは少しだけ怖いけど、それを差し引いてもこの目の前の狂人が義理の兄になると言うのは絶対にお断りだった。
僕にとって、兄はカレジャス兄さんただ一人だ。冷淡に見えて、誰よりも家族を想っている心優しき兄と、こんな男が並ぶなんて認められない。
「私がおかしいのかは、その身をもって知ると良い。いずれ義理の弟となるのだ。命だけは奪わないでおいてやろう」
「抜かせ………!」
僕の周辺で複数の閃光が走る。次の瞬間、閃光の走った空間から熱線が次々と放たれる。だが、それはグランが杖を振るった瞬間に地面から放たれた虹色の光壁によって阻まれた。
その光を見た瞬間、得も言えぬ恐怖に苛まれた。別に、その光壁が特別恐ろしい形をしているわけではない。寧ろ神々しさすら感じさせる輝かしさを放っている。なのに、思わず一歩引いてしまうほどの恐ろしさを覚えた。
すぐに下がろうとする足を引き戻し、次の攻撃を構える。確かに恐ろしいが、だからここで撤退するわけにはいかない。恐怖を感じたから逃げたなど兄さんに言ってしまったら、きっと情けないとため息を付かれてしまうし、セレスティアに申し訳が立たない。
左手を掲げると、僕の周囲に六本の炎剣が浮かぶ。それを全て空中に発射し、グランを上から襲う。
「天なる者よ。我に力を」
グランが告げた瞬間、両手に纏う赤いオーラが増す。そして、杖を上に向けて振るった瞬間、赤い斬撃が全ての炎剣を包み込んだ。
「なっ!?」
「天の威光を知るがいい」
僕が空を見上げて一瞬だけ動揺する。グランの声が聞こえたのはほぼ同時だった。
「しまっ――――――」
僕がグランへと目線を戻した時には既に極光が放たれた後だった。僕はありったけの魔力を障壁に込める。だが、極光が僕を呑み込んだ瞬間、障壁には巨大な亀裂が走る。
「っ………!」
それでもなお、自らの魔力を使い果たす勢いで障壁を補強していく。だが、遂に限界が訪れた。大きな音を立てて破裂する障壁。僕の視界は白一色に染まる。
気付けば、僕は地に倒れていた。全身に激痛が走り、僕の傍に転がる魔導書は焼き焦げている。
「うっ………ぐ」
「………生きているな。加減を間違えたかと思ったが、命があるなら何よりだ」
呻くような声しか発せない。そんな僕へ歩いてきたグランは淡々と言い放つ。僕が彼を睨みつけると、薄っすらと笑みを浮かべた。整った顔立ちをしているだけあり、その笑みも美しいものだったが、受ける印象は全くの真逆だった。
まるで未知の生物が目の前にいるかのような不気味さを感じ、全身を焼くような熱さに反して寒気を感じる。
「さて、君はここで待っていると良い。私の兵には、王族は直接殺さぬように命じているから安心したまえ」
そういって、歩いていくグラン。行先などわざわざ言わなくていいだろう。僕はその背を見つめる。今の彼がセレスティアとベルダの戦いに介入すれば勝ち目はない。彼の力は異常だ。
全身は動くことを拒絶し、魔力は殆ど残っていない。僕の全力の末にこのざまなのだから、もう勝機なんて存在しないのかもしれない。
「………」
なのに、何故だろう。僕の右手は地面を叩き、足は立ち上がろうとする。僕の僅かな魔力は炎が滾るように湧きあがり、体はゆっくりと起き上がった。
「………待てよ」
「ほう………その根性は認めるが、諦めた方がいい。これ以上傷を増やす必要はない」
「必要が無い?そんなことは僕が決める事だ。君に言われる筋合いはない」
「………何故そこまでして立ち上がる?ベルダの理想は君にとっても悪くはないはずだ。ヴァニタスの発明品が最も活かされる場が増えるのだぞ?」
僕はその言葉の馬鹿馬鹿しさに笑みが浮かぶ。やっぱり、こんな男は王族なんかになるべきじゃない。
「勘違いしないで欲しいね。僕らは戦争に勝つために研究をしてるんじゃない。フォレニアに生きる民の笑顔のために、僕らは新たな可能性を探している。発明品が活きる機会とか、戦争とか………そんなことはどうでもいい」
ただ、この国に住む民が幸せに生きれるように、もっと豊かに暮らせるように。そのために戦いが必要なら、僕らは喜んで新たな兵器を開発しよう。綺麗ごとばかりじゃ民を守れないのも重々承知だけど。
「戦いのための開発をするために、僕らがいる訳じゃない。そんなことも分からない奴に………王族の名を与えるわけにはいかない」
「………そうか。ならば………」
僕は周囲に炎の球体を浮かべる。それと共に、グランも周囲に黄金に輝く光剣を展開する。ただの足掻きにしかならないかもしれない。
兄上なら、撤退しろと言うのかもしれない。けど………僕だって、譲れない物はある。さぁ、ここからは意地だ。
「次こそ死ぬがいい!」
「死んでも君を先にはいかせない!」
激しい魔法の応戦が始まる。残りの魔力を限界まで絞り、ありったけの全力で放つ。全ての意識を集中して、魔法の操作と照準を合わせる。
研究者として、この国を担う錬金術師として。この男だけは、絶対に勝たせてはいけない。その意地だけが、僕を突き動かしていた。
「悪足搔きを………!」
「足掻くさ!王族の意地を知るといい!」
どうか、あの子が勝つまで。例えこの身が燃え尽きようと、それだけを願って僕は戦い続けるのだった。
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