第48話

 地上で激しい戦いが起こっている中、徐々に雲を増し曇りつつある空中でもそれは同じだった。ニルヴァーナの後を追う五人の竜騎士団。背後から迫る大量の火球を展開した緑の魔法陣から放たれる誘導型の光弾で撃ち落とす。そのまま後方に魔法陣を展開し、加速すると同時に急激に角度を曲げて上昇していく。

 竜騎士団もそれに続くが、重力を無視した一切速度を落とさないその上昇速度を見て舌打ちをする。


「ちっ………なんて動きだ………!」

「天竜ニルヴァーナ………伝説通り、一筋縄では………っ!?」


 その時、先頭を飛んでいた竜騎士が急激に右へと逸れる。その瞬間巨大な新緑の光線が放たれ、後方にいた一人の竜騎士が呑み込まれ消滅する。


「………」


 光線が消えた先には、堅牢な鱗を持つはずのワイバーンすらも塵一つ存在しなかった。今まで大砲を食らったとしても致命傷に至らなかった絶対の防御力に自信があっただけに絶句するしかない。

 騎乗しているワイバーンも仲間が跡形もなく消え去ったのを見て精神的に動揺し、ニルヴァーナへ放つ火球の数が減る。願わくば、次の標的が自身へ向かぬようにと。

 ニルヴァーナは反転しながら旋回し、火球を回避して急降下してくる。正面から巨大な質量を持った石の竜が迫って来るのを見て、竜騎士たちはすぐに回避行動に移り、左右に分かれる。

 だが、ニルヴァーナがそのまま竜騎士団とすれ違った瞬間、その場に閃光を放つ緑の光球を幾つか残す。その光球を構成する膨大な魔力を察知し、目を見開いた瞬間。光球が放つ閃光がより一層強く輝き、次々と爆発を起こす。


「うわああああああああっ!?」


 一人が爆風に巻き込まれ、ワイバーンから落下する。それを見たワイバーンはすぐに主を追う。だが、急降下して再び旋回し竜騎士団の下を高速で飛行していたニルヴァーナの周囲で緑色の閃光が走る。その瞬間、大量の誘導弾がワイバーンに向けて発射された。


「グルルルル………!」


 放たれた誘導弾を寸前で躱していき、どうしても躱しきれない物は火球やブレスで打ち消していたが、あまりにも数が多いそれらは単体で対処しきれる量ではない。かと言って、弾幕の嵐の中に援護に行けるかと言われれば、それは不可能なのだが。

 ついに一発の光弾が翼に命中し、バランスを崩した瞬間を畳みかけるように連続して光弾が次々と着弾し、巨大な爆発を起こす。

 巻き起こる巨大な黒煙から、無数に鱗が砕けボロ雑巾のようになったワイバーンが重力に従って落下する。

 この短時間で一人一人が並みの一軍を滅ぼすだけの能力があるアブソリュート竜騎士団の二人が落ちた。その事実は残った三人の竜騎士達を戦慄させるには十分だった。


「くそっ………これが伝説の力ってことかよ………!」

「………来るぞ!」


 その男の言葉通り魔法陣を展開するとともに加速し、急速に上昇しながら三人の竜騎士へと迫って来るニルヴァーナ。迎え撃とうと一人のワイバーンが口内に紅蓮の炎を溜める。だが、それを待っていたと言わんばかりにニルヴァーナは再び魔法陣を展開し、緑色の竜のオーラを纏って突進する。


「なっ!?」


 同じように迎え撃とうとした二人は即座に回避したが、最初に攻撃しようとした者は発射寸前で間に合わない。賭けに出るしかないと見た竜騎士はそのまま巨大なブレスを放射する。大地を融解させ、敵兵の着ていた武装すら原型を留めないと評される灼熱の炎と、緑のオーラを纏った竜が激突する。だが、結果は呆気ない物だった。

 ニルヴァーナは苦も無くブレスを突き破り、そのまま竜騎士へと激突する。当然、そんなブレスを突き破る突進に直撃して無事でいられるはずもない。ワイバーンの鱗は次々と砕け、全身の強固な骨が折れる音が響く。そのまま吹き飛ばされた竜騎士とワイバーンは既に息絶え、地上へと墜ちていく。

 ニルヴァーナはそのまま上空へと進むが、急激に体を反転させる。新緑に輝く巨大な翼を広げ、残った二人を見据える。芸術性すら感じられる雄大な白き巨体と、神々しさを与える光の翼はまるで神を前にしたかのようなプレッシャーを与える。


「このまま………アブソリュート竜騎士団が負けてなるものか!」

「当たり前だっ!」


 だが、アブソリュート竜騎士団にも誇りがある。例え二人になろうとも、諦めるなどという選択肢はなかったのだ。

 その姿を見たニルヴァーナは、首を天に向け咆える。いや、それは奏でるという表現すら正しいように思える。甲高い笛のように美しく響いたその鳴き声と共に、ニルヴァーナの後方に黄金の巨大な魔法陣が形成されていく。

 まるで天そのものを体現したかのような膨大な魔力。天の名を冠する白き竜は、同じく天を駆ける敵対者に最後の審判を下す。


「「うおおおおおおおおっ!!!」」


 二人は雄たけびを上げ、ニルヴァーナへと突き進む。火球や魔法などを惜しみなく使い、全力で攻撃を開始する。

 その瞬間、ニルヴァーナの背後に広がる魔法陣が輝く。そして、魔法陣からは雨のように降り注ぐ無数の弾幕、黄金の雷、陽光を体現したかのような大量の光線。太陽が雲に遮られ、薄暗くなったはずの曇り空の下とは思えないほどの輝かしい光の乱気流は、思わず見入ってしまうほどの美しさを放っていた。


「………」

「………」


 最早、言葉はなかった。最後に天竜と呼ばれるその所以を知った彼らは、一言も交わすことはなく消滅する。それがどの光に巻き込まれたかすら分からないが、遠くからその様子を見ていた者はこう言う。

 天翔ける者全ての頂点に立つ白竜は、自らの領域で敵対する全てに全天の怒りを示す。神々しさと残酷さを秘めたその輝きはある種の祝福のように思えた、と。









 五人の竜騎士を倒した後、僕は静かに息を吐く。同じようにニルヴァーナの空中戦を見ていたフラウは、僕の袖を強く握っていた。


≪………怖がらせてしまったでしょうか≫

「まぁ、仕方ないよ。こればっかりはね」


 ニルヴァーナの本気………容易くワイバーンが消滅するのを見て、敵ではないと分かっていても恐怖を覚えてしまうのは当然と言える。

 彼女の攻撃は強力だけど、加減が出来ないという欠点を抱えている。魔力の制御が出来ないなどではなく、既に刻まれた魔法術式を展開して行使しているだけだからだ。これは本人も悩んでおり、彼女自身フラウを嫌っているわけではないために、不要に怖がらせてしまう事を申し訳なく思っているみたいだった。


「大丈夫かい?」

「………うん」

「あはは………ちょっと刺激が強すぎたね」


 そういって、フラウの頭をゆっくりと撫でる。いつもは抵抗するけど、今回は大人しく撫でさせてくれた。ここまで大人しくなってるという事は、口では大丈夫だと言いつつも、多少ショックを受けているのは間違いない。


「さて………これで僕らは傍観者だ。後は事の成り行きを見守るだけだよ」

「………セレスティア、勝てるかな」

「勝てるさ。何て言っても、僕から一本取った王女様だからね」

「………うん、そうだね」


 ニルヴァーナの戦闘態勢が解かれ、そのまま空の加護で透過する。僕らはそのまま戦場の上空に移動し、地上を見下ろしていた。後は、彼女たちが勝つのを願うだけ。けど、その必要もないように思えた。必ず彼女なら勝てる。そういう確信が、僕にはあったから。












 目を閉じて、ゆっくりと今までの事を思い返す。私がカヴァリエーレ家の長女、第一子として生まれ、物心付いた頃。私の才能はその頃から皆が認めていた。稀に見る程の魔法の適性、熟練の魔法使いすら上回る灼熱を操る私は、次期国王で間違いないと言われていた。

 私は幼いころ、この国の歴史を記された本を読んだ。そこには、かつて小国だったこの国が如何にして大国へとなったのか。輝かしく鮮烈な戦いの歴史は、間違いなく今の平和なこの国の礎となっている。

 私には、それが美しく映った。私が王となることを決心したのは必然的と言える。カレジャス、シュティレ、オネスト。弟や妹が増えていく中、私は彼らを可愛がりながらも王となる為の勉学に打ち込んだ。そして、セレスティアが生まれた。

 病弱だった母上は、その頃病を患っていた。セレスティアの出産が響いたのか、セレスティアを生んだ後に母上の病は急激に悪化し、そのまま帰らぬ人となった。勿論、その報告を聞いた時は涙を流すほどに悲しかった。

 母上は優しい方だった。父と朗らかに談笑し笑い合う姿や、私達へ無償の愛を向けてくれた母上は、権力目当てに父上と結ばれたとはとても思えない方だった。実際に聞いた事はないが、間違いなく母上は父上を愛し、父上もまた母上を愛していたのだと思う。


「………えぇ、懐かしいわ」


 だが、優しかったあの方ならきっと自身の命を引き換えにしてでも、我が子を産みたかったのだろうという事は理解できた。きっと、カレジャスやシュティレも同じだったのだと思う。オネストは受け入れることが出来なかったようだけど、それでも何とか乗り越えようとしていたと思う。

 全てが変わったのは、セレスティアが少し大きくなってからだった。あの子は様々な分野で天性の才能を発揮し始めた。勉学、話術、魔法、剣術、錬金術。礼儀作法すらも苦も無く覚え、あまりにも完成された王の子としての姿に、すぐに彼女は注目の的となった。

 極めつけは、飛空艇の元となった魔導ガスの重力干渉性質を見つけ出した彼女は、一気に王位継承第一候補として持ち上げられることとなった。運が悪いことに、彼女自身その期待を受けて王を目指すことを決意してしまっていた。

 私は黒い炎を纏った杖を振り払う。その瞬間、迫っていた炎の斬撃が雲散する。そこで、私はゆっくりと目を開いた。


「来たわね………セレスティア」

「………」


 セレスティアは無言で私を見据え、赤き剣に灼熱の炎を灯して構えている。以前とは明らかに違うセレスティアの成長に笑みを浮かべる。


「ふふ………いいわ、その目。その炎。以前のあなたなら、王になるなんて甚だしいと一蹴してあげれたけど………あなたは既に、器として相応しくなっているのね」

「………姉上」

「分かっているわ。それとこれとは関係ない。あなたの実力と決意は認めているわ………その上で、私はあなたの理想を焼き尽くす。構えなさい………」


 私は黒炎を纏った杖を舞うように振り回す。舞い散る炎は空気を揺らし、私の闘志を燃やし始める。杖をしっかりと握りしめ、構える。


「ここからは、王の戦いよ。加減は………許さないわ」

「望むところです………!」


 私はセレスティアへ杖を向け、黒い火球を次々と放つ。セレスティアはそれを右へ弧を描くように走り、躱しながら私に迫って来る。間合いが少し埋まった瞬間、セレスティアが地を蹴り一瞬で懐へと入って来る。


「はっ………!」

「ふっ………!」


 私は杖を回し、切り払われる剣を弾く。そのまま続けて振るわれる連撃を全て弾いていく。私が魔法だけで、接近戦が苦手だとは言っていない。

 とはいえ、今までとは比べ物にならない程の鋭い太刀筋。カレジャスを重ねてしまうほどの洗練された剣術に、若干押され気味であるのは間違いなかった。

 私が炎を纏わせた杖で無理やり振り払う。その瞬間、セレスティアは空中へ跳び、私を飛び越えながら剣を構える。


「烈火!焼き払って!」


 放たれる劫火。私は黒い炎の壁を展開し防御する。二つの赤と黒の炎が混じりあい、周囲を灼熱に包む。二つの炎の境は赤く熱され融解していく。

 やがて、二つの炎は消える。セレスティアは地面に着地し、私はそこへ巨大な火球を放つ。


「一閃………炎光の瞬き!」


 その瞬間、赤い閃光が走る。それと共に火球は両断され爆発を起こす。爆炎が消えた後に互いの姿を見据え、得物を構える。

 王の座を掛けた戦いは、未だに始まったばかりだった。





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