第47話

 決戦当日。セレスティアは全軍を率いて最後の戦いの地へと進んでいた。僕とフラウはニルヴァーナに乗って、速度を合わせながら上空を飛行していた。透過能力は使っていない。まだ開戦をしていないという事と、そもそも僕らは竜騎士団と戦うつもりなのだ。姿を隠す意味がない。


「………シオン、私たちは下に降りないの?」

「そうだね………今回は僕らが直接戦うことはないかな」

「………そう」


 ほんの少しだけ残念そうな声で返事をするフラウ。まるで戦いたかったと言わんばかりの様子だけど、この子に好戦的な気はなかった気がするんだけど。


「もしかして、戦いたかったかい?」

「………仕返しだけ、したかった」

「ふふ………」


 ちょっとだけ子供っぽいことを言うフラウに思わず笑みがこぼれる。ただ、この子にはそういう幼げな台詞が似合うと思ってしまった僕がいる。

 そんな僕の考えを察したのか、抗議の目を向けてくるフラウ。


「………また、私を子供を見る目で見てる」

「あはは。そんなに嫌かい?」

「………ふん」


 鼻を鳴らしてそっぽを向く。機嫌を損ねてしまったようだ。僕は苦笑をしながら、前方に映る画面の一つにある地上の様子を見る。ここに来るまでに、二つの拠点の跡地を通過している。既に敵軍は全て本陣に下がっているみたいで、本気で迎え撃つつもりなんだろう。

 これまでで最も激しい戦いになるのは間違いない。彼女なら絶対に勝てると信じつつ、少しだけ緊張していた。







 それから二時間ほど。途中で昼食を挟んだ後も休まず進み続け、ついに敵が本陣を構える森が見えて来た。森の前には敵兵が多く並んでおり、先頭にはベルダが立っていた。

 これは勝敗を分けるために誓った最後の決闘だ。互いが合図を出すまで、両者ともに攻撃は許されていない。一応という事で、僕とフラウもニルヴァーナから降りてセレスティアの軍に並ぶ。すぐにでも乗りこむことは出来るけどね。

 そして、軍を率いていたセレスティアが立ち止まる。しばらくベルダと睨み合いが続き、やがて互いに歩き出す。


「来たわね。『権能』の力を借りてやっと私に対抗できるあなた自身の無力さは悔い終えたかしら?」

「………えぇ。もう十分悔し涙は流しました。ですから………次こそは、貴女に勝って見せる」

「へぇ、言うわね」


 ベルダは心底つまらなそうに呟く。しばらく視線を逸らして何かを考えこんだ後、再びセレスティアに視線を戻して口を開いた。


「セレスティア、これが最後の警告よ。私に降伏しなさい」


 今までよりも真剣な声。そこに込められた思いは何だったのか。純粋に敗北の可能性のある戦いをするよりも、相手が降伏してくれた方が良いという考えか、それとも別の思いがあるだろうか。

 けど、セレスティアは横に首を振る。


「姉上も分かっているはずです。私がそれに頷くはずが無いと」

「………ふん。聞いた私が馬鹿だったわ………じゃあ無駄話はここまでよ」

「えぇ、そうですね」


 二人はそのまま踵を返し、自軍へ戻っていく。それを確認してから、僕とフラウはニルヴァーナに乗りこんだ。


「ロッカ、始まるよ。いざという時は君だけでも前線に放り込む可能性もあるから、準備だけはしておいてね」

「!」


 ニルヴァーナの中で座っていたロッカがグッドサインを返す。セレスティアとベルダが完全に自陣の中に戻り、しばらくの静寂が辺りを包み込む。

 そして、互いの旗が大きく上げられ………辺りに響く大きな笛の音と共に、静寂が破られ喧騒が場を支配するのだった。









 開戦の合図。それと共に、兵士や騎士達が走り出す。私は赤い剣を右手に持ち、それを見守っていた。


「俺に続けっ!!」

「「「「おおおおおおおおお!!!!」」」」


 お兄様が声を上げると、それに騎士達が大きく応える。士気は互いに十分。ならば、後は私達の活躍次第。


「私も前に出ます!」

「うん、いってらっしゃい。必ず勝ってきなよ」

「もちろんです!」


 シュティレお兄様の言葉に頷いて、私は剣に炎を纏わせて走り出す。四日前と比べれば、踏み込みも早くなった。一瞬で前衛に追いつき、敵との交戦を始める。


「はぁっ!!!」


 剣を一振りするだけで、巨大な炎の斬撃が数人の敵兵を纏めて薙ぎ払う。私は矢継ぎ早に次々と剣を振るい、その度に私に迫る敵兵は一瞬で燃やし尽くされる。一切立ち止まることなく敵陣を突き進んでいく私に、ふと横から足音が迫ることに気付いた。


「敵陣に単身で乗り込んでくるとはな!セレスティア!」


 オネストお姉様が私に迫って来る。剣に炎を纏わせ、憎悪に染まった目で私を睨んでいる。私が立ち止まって剣を構えた瞬間、横から飛び出してきた影が私とお姉様を遮る。

 響く大きな金属音。それを見てお姉様は顔を歪める。


「邪魔を………しないでください!」

「それは出来ないな。お前の相手は俺が努めよう」


 容易くお姉様の剣を弾き、後ろに跳び退かせるお兄様。私に背中を向けたまま振り返り、頷いた。


「いけ、ベルダはお前が倒すんだ」

「………お願いします!」


 私はそのまま走り出す。既に敵は前線の一部に穴が開き、最早乱闘のようになっている。私が敵を切り払いながら進んでいた時、目の前に巨大な光の柱が立つ。


「っ!」


 私は咄嗟に立ち止まり、一度後ろに下がる。その瞬間に私の先ほどいた場所に光の柱が再び落とされ、後方で着地した私は炎を纏った剣で周囲を薙ぎ払う。

 その瞬間、甲高い音と共に私に迫っていた複数の光剣が破壊される。そのまま私は目前を見た。


「ほう………なかなかやるようになったじゃないか」

「………そこをどいてください」

「それが出来ないのも分かっているだろう?貴女にはここで死んでもらわなければならない」


 グランが後方に複数の黄金の魔法陣を展開する。極光を放つ稲妻が魔法陣から放たれ、収束して巨大な光の弾を生成していく。


「我が威光を知りた―――――」

「させないよ」


 その瞬間、複数の熱線がグランの魔法陣を穿つ。巨大な爆発と共に全ての魔法陣は破壊され、黒煙が辺りを包み込む。


「………おや、意外だね。君が出てくるとは」

「それはこっちの台詞だよ。いつから君は、王族を「君」と呼べるほど偉くなったんだ?」


 その声と共に、後方からゆっくりと歩いてきたのはシュティレお兄様だった。右手には魔導書を持ち、足元からは絶えず炎が燃えていた。その場を包み込む膨大な魔力。

 普段の優しく穏やかな所しか見ていなかった私はシュティレお兄様の纏う雰囲気に気圧されていた。


「今は敵同士だ。王族であろうと関係ないだろう………それに、ベルダが勝てば私も王族なのだ。今から仲良くしておきたいんだがね、義弟よ」

「………品行方正な男だと聞いていたけど、案外鼻につく奴だね、君は」


 そんな会話をしながら、互いに身に纏う魔力が膨れ上がっていく。シュティレお兄様がちらりと私を見る。


「先に行くと良い。この身の程知らずを教育してから、僕も向かうよ」

「行かせると思っているの―――」

「いつ、喋っていいと言った?」


 咄嗟にグランが障壁を展開すると、陽炎を纏った激しい熱線が浴びせられる。


「ちっ………取ったと思ったんだけどね」

「はは、君は出鱈目だ。戦いが苦手だと聞いていたが、一体誰だ?そんな噂を流したのは」

「さぁね………それに、苦手なのは間違いじゃない」


 シュティレお兄様の言葉に、まるで理解できないと言ったように首を振るグラン。


「戦いを得意としない者が、一切の予兆なしで魔法を放てるものか」

「………君と話すだけ時間の無駄だ。セレスティア、行くんだ」

「………はい!」


 私は戦場を避けるように回って先へ進む。グランはそれを止めようとしなかった。否、出来なかったのでしょう。

 私はそのまま全力で走る。ただ一人、私自身が打ち倒すべき相手だけを目指して。











 敵陣の森の中。俺は木々の間を潜り抜けながら走っていた。横からはもう一つの足音。それの纏う雰囲気の変化を感じ取り、剣を構える。


「はぁ!!!」

「ふっ………!」


 阻む木々が無い場所で、一気に踏み込んで接近してくるオネスト。鋭い突きを、下からの切り上げで弾く。がら空きとなった腹部に蹴りを放つが、それはオネストの左手で阻まれた。


「………」


 そのまま勢いを付けて左手を蹴り、後ろへと跳ぶ。オネストはそれを見て、静かに剣を構えるのだった。


「………何故、邪魔をするのですか」

「俺がセレスティア軍の騎士だからだ」

「違う………何故貴方はいつもセレスティアの事ばかり………!」


 その言葉と共に大地を蹴り、一瞬で迫るオネスト。俺は振るわれた剣を弾き、激しい剣の応戦が始まる。熾烈な剣戟の音に混じって、オネストはまるで呪詛のように呟く。


「あいつは私から全てを奪った!優しかった母を!父上を!兄上達を!」

「………」

「あの日から父上と兄上達は私を一切見てくれなくなった!セレスティアの事ばかり気にして、私の事など………」

「集中しろ」

「なっ!?」


 冷静さを欠いた太刀筋の中にある一瞬の隙を見逃すはずもない。切り返した剣でオネストの胴を狙うと、咄嗟にオネストはそれを守る。だが、無理な姿勢で防御に移ったために体勢を崩す。俺は振るった剣に炎を纏わせ、振り上げる。


「燃え尽きろ」

「っ!」


 剣を振り下ろす。オネストはギリギリで踏ん張り、剣でそれを受け止める。そのまま両手で押し返そうとするが、それも叶わず徐々に押されていく。


「炎よ!爆ぜろ!」


その時、オネストの足元から大きな爆発起こる。その爆風と共にオネストは後方へ無理やり跳び退き、俺はそのままオネストのいなくなった大地に剣を振り下ろす。剣を叩きつけられた大地は融解し、俺はゆっくりと剣を引き戻した。


「………ふん。俺との勝負で口を動かす余裕があるとは、強くなったものだな」

「………」


 オネストは苦虫を嚙み潰したような顔をする。同じ騎士団に所属するが、オネストは一度も俺に勝てたことはない。寧ろ、俺に勝てるような相手がこの国には少ないのだが。


「お前がセレスティアをどう思っていようと俺には関係が無い。だが………何故お前はあの子を憎む?」

「何故………?先ほどの言葉を聞いてなお分からないと言うのですか!?」

「戯け。自分から逃げ出したのは誰だ」

「――――――」


 オネストが目を見開く。俺は剣を構え、敵を見据える。


「………俺達は騎士だ。戦場で敵同士として立てば、剣を交えるのみ」

「………」


 オネストは一度目を閉じ、同じように構える。動き出したのは同時。互いが普通の人間ではとらえられない程の速度で走り出し、熾烈な剣戟が始まる。炎を纏った二本の剣は赤い軌跡を残し、その戦いの熱を直に周囲へと振りまいていた。

 次こそ、その剣の交わる音にノイズはなかった。お互いに言葉はなく、ただ純粋に剣を振るうのみ。


「はぁっ!!!」

「ふんっ!」


 お互いの剣が一層強くぶつかり合い、力比べとなる。魔力を互いに剣へ流し込み、炎を巨大化させていく。俺は大地が砕けるほどの勢いで踏み込み、剣を握る両手に全身全霊の力を込めて振り払う。


「っ!?」


 力で押し負け、大きく吹き飛ばされるオネスト。空中で回転し、大地を滑りながら着地する。だが、俺は既に次の攻撃を構えている。爆炎を纏った剣を、下から大きく振り上げる。


「炎よ!我が敵を穿て!」


 それと共に、振り上げられた位置から巨大な爆発が連鎖する。オネストはその爆発に巻き込まれる。

 無言で黒煙に剣を構える。徐々に黒煙が消え、その中には少なくはない傷を負ったオネストが立っていた。


「………凌いだか」

「………」


 オネストは姿勢を低くする。目つきは鋭く、俺のみを見ている。あぁ、これで決着をつけるつもりか。


「良いだろう。こい」


 俺も剣を構える。オネストから刺さる視線は鋭く、並みの相手ならば大きなプレッシャーに押しつぶされているかもしれない。だが………


「っ………」


 俺とオネストの姿が消える。いや、そうとしか思えないほどの速度で互いに走る。互いに自らのいた場所には砕けた大地がその踏み込んだ勢いを物語っている。そして、今は互いに背中を向け、先ほどいた場所が入れ替わっていた。


「………」

「………」


 静寂のみが場を支配する。だが、それは一瞬だけの出来事だった。オネストが剣を落とす。右手で腹部を抑えると、そこからは出血が。


「………はは。また、勝てませんでしたね」

「………セレスティアや俺達から目を背けるあまり、自分自身すら見失ったお前の目では、俺の剣を捉えれられるはずがない」


 俺の言葉と共に、地に倒れるオネスト。まだ呼吸もあるが、放っておくと死ぬのは間違いない。俺はゆっくりとオネストに近寄った。


「………敗者には………死あるのみです………どうか、殺してください」

「………」


 俺はオネストを見下ろす。見つめ返すその目は、先ほどの雰囲気はまるで嘘のように清々しいものだった。

 俺は剣を腰に戻す。


「………何故、ですか」

「お前はセレスティアへ宣戦布告をした王女としての責がある。敗北後のお前の処遇を決めるのは俺ではない。ここで死なれると困る」


 オネストの腕を肩に回し、そのまま支える。少々体格差があるが、それは仕方ないだろう。俺はそのままオネストを支えながら歩き出した。互いに無言が続いていたが、やがてオネストがぽつりと話し始めた。


「私は………私は、母上が死んだと聞いた時、どうすればいいのか分かりませんでした」

「………」

「セレスティアのせいではない。そんなことは分かっていたんです。でも………私のこの行き場のない怒りは、誰にぶつければよかったのでしょう」


 まるで懺悔の如く、自嘲気味に話すオネスト。俺はそれを無言で聞きながら、戦線から下がっていた。


「最初は、それでも向き合おうと思っていたんです。ですが、彼女の存在が周囲に認められ、大きくなっていくのを素直に受け止めることは出来ませんでした」

「………」

「私は………どこで間違っていたのでしょう」


 誰に向けてでもなく………いや、自分自身に問うかのように、彼女は呟いた。俺はその言葉に返すことは最後まで無かった。




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