第46話

 夏の日差しが照り付ける平原。暑い日差しに反して涼しい風が草木をなびかせる和やかな雰囲気に似つかわしくない熾烈な剣戟の音が幾度となく響いていた。


「甘い!」

「っ!」


 振るった剣が弾かれ、そのまま手からすり抜けて空中を舞う。セレスティアの首元に剣が突きつけられた。それと同時に地面に落ちる赤い剣。


「攻めが分かりやすい。踏み込みは良いが、読み合いが決定的に疎かになっているぞ」

「………もう一度、お願いします」


 セレスティアは静かに地面に落ちた剣を手に取り、再び構える。言葉こそ穏やかだが、その目には確固たる意志が宿っている。必ず一本取って見せると。

 セレスティア達と合流した次の日。日が昇ってから間もなく、セレスティアとカレジャスは幾度となく剣を打ち合っていた。もう少しで正午になるため既に数時間が経っているというのに、セレスティアは一度も音を上げずに、何度地に倒れ、剣を弾き飛ばされても諦めずに挑んでいるのだが………見ての通り、一本も取れていないのが実情だった。

 僕からみて、セレスティアは筋は良いのだと思う。けど、明らかな実戦不足が目立っているように思える。剣を振るう時は一流の剣士もかくやと言うほどの鋭さと力強さを見せるが、読み合いや間合い取りと言った戦いの中で培う経験は圧倒的に足りていない。

 案外攻撃的な気質があるようで、攻めを優先したあまり守るべき時を見誤ることが多い気がした。まぁ、僕自身剣の打ち合いに長けている訳じゃないんだけどね。完全に第三者の目線から見た感想だ。細かいことは、打ち合っているカレジャスとセレスティアが理解しているだろうから何も言わない。


「はぁっ!!!」

「ふん!」


 激しい鍔迫り合いが起こり、互いに力を込めていく。あぁ………まただね。


「はっ!」

「っ!?」


 一方的に押し負け、体ごと弾かれるセレスティア。そりゃ一流の騎士相手に力比べを挑んで勝てると思うのが間違いだ。明らかに致命的な隙をカレジャスが見逃すはずもなく、セレスティアの腹部に鋭く強烈な蹴りを見舞う。


「がはっ!?」


 地面と水平に吹き飛ぶセレスティアの華奢な身体。地面を幾度となく転げ、剣を支えに立ち上がろうとした時に、再び目前に剣が突きつけられた。


「攻め時を見誤るなと言っている。戦いでは常に優位な状況を意識しろ。不利な戦いを挑む者は、勇猛ではなくただの愚者だ」

「すみません………」


 突きつけられた剣が引かれる。セレスティアは再び立ち上がるが、身体はフラフラでこれ以上は怪我の危険がある。カレジャスもそのことを理解しているようで、まだ諦める気のない目をしているセレスティアに首を振った。


「これ以上は訓練だろうと怪我するかもしれない。一度休憩するぞ」

「………分かりました」


 セレスティアは頷く。自分でも、疲弊した状態での訓練が危険なことくらいは分かっているのだろう。僕の隣でつまらなそうに訓練を見ていたフラウが呟く。


「………勝てないね」

「そうだね………まぁ、相手が強すぎるって言うのもあると思うよ」

「………あの人、強かったんだ。シオンに負けたイメージが強かったけど」

「はは。僕と比べたらいけないよ」


 僕と比べてしまったら、大抵の人間は弱く見えてしまう。僕は剣が得意じゃないから、もし純粋な剣術で戦っていたら負けていただろうし。いくら高い身体能力があっても、剣術を学んでいなければそれを十分に生かせるはずもない。

 僕はそこそこ頭の回転には自信があるから、読み合いが出来ない訳ではないだろうけど………まぁ、明らかに経験者には劣ると思う。

 そこに、剣を腰に収めた二人がこちらに来る。


「お疲れ様。残念だったね」

「えぇ………やはり、武芸の訓練だけでは不足しているみたいですね」

「当たり前だ。実戦に勝る鍛錬はない。だから今までも、何度か打ち合いに誘っていたんだがな」


 セレスティアが気まずそうな顔をしてそっぽを向く。まぁ、彼と純粋な剣で戦いたくはないその気持ちは理解できる。ほぼ負けると分かっている戦いに挑む事は、自分のためと分かっていても憚れるものだ。


「僕から見て、筋は良いように思えたけどね」

「それは間違いない。だが、やはり足りないな。並みの騎士よりは強いと思うが………俺のように、歴戦の勇士と戦えば苦戦を強いられるだろう」

「まぁね………取り敢えず昼食でも食べようか。ちゃんと食べないと、午後の特訓はきついと思うよ」


 僕がそういうと、二人は頷く。そのまま僕らは拠点まで戻っていく。午後は僕が相手をすることになっている。ベルダは基本的には魔法を使った戦い方を好むらしい。剣での戦いも大切だけど、魔法を相手にした時の戦い方を学ぶことも大切だろう。

 拠点に戻った僕らは、休憩用のテントで昼食を取る。簡易的な保存食だけど、援軍のおかげで物資にはそこそこ余裕が出来た。少し多めに食べた後、一時間ほど休憩をしてから僕らは再び訓練を行うのだった。







 セレスティアが僕へと高速で駆けてくる。僕は一歩も動かずに、右手に黄金の光を灯し、手首だけを上に曲げる。


「顕現せよ。メイアの権能」


 それと共に、僕の周囲の大地から複数の黄金の鎖が飛び出してくる。セレスティアはさらに速度上げて、剣の間合いに入った瞬間に横薙ぎに振るう。すると、鎖のうちの一本が剣を弾く。当然、それだけで攻撃の手を緩める訳もなく、幾度となく高速で剣を振るうセレスティア。

 だが、僕の周囲を守る鎖はそれらの剣戟を全て弾き、激しい鉄が打ち合う音の中で僕は背後で揺らめいている一切防御に参加していない鎖の三本を動かす。三本の鎖は急激に空へと伸びていき、そのままセレスティアの方へと急降下していく。それを見たセレスティアは寸前で後ろに跳び退き、地面に叩きこまれた鎖を回避する。砂ぼこりが僕の周囲を包み込む。


「炎よ………私に応えて!」

「………」


 セレスティアは剣に炎を灯す。だが、地面に突き刺さった鎖はそのまま地面を突き進む。砂ぼこりが消えて、それを認識したセレスティアは走り出そうとする足を止め、目を見開いて地面を見る。残念ながら、後一秒遅かったね。セレスティアの足元の地面が砕け、鎖が飛び出してくる。


「っ!」


 セレスティアの目前に、鋭く尖った鎖の切っ先が突きつけられる。右足と左足はそれぞれ鎖に巻き取られ、動くことは不可能だ。

 彼女が一切動きを止めたのを見て、僕は息を吐く。それと共に全ての鎖が消えた。


「カレジャスにも言われただろう?攻め時を見誤ったら駄目だって。相手の姿を目視できないときは、下手に攻めようとしては駄目だよ」


 あの状況は互いに相手の状況を確認できない。けど、前提として僕は魔法を得意とする。既に攻撃準備は整っていたのだからセレスティアは一度下がったのならばすぐに追撃を警戒するべきだった。

 長期戦に持ち込んだところで不利だと見たのは間違いじゃないけど、勝機を誤るとそれは敗因となる。焦ってしまう気持ちは分からなくてもないけど、彼女はまだ戦いの場にまだ慣れていないのもあるのだろう。


「………もう一度、お願いします」

「あぁ。その前に………君の剣は、原初の炎を灯すことが出来る。その炎は真理………とは言わずとも、限りなくそれに近い性質を持つ。故に、並みの魔法ならば容易く打ち破ることが出来るんだよ。恐らく、ベルダの魔法にも十分対応が出来る。次からは、その炎を使って挑んで来ると良い」

「分かりました」


 セレスティアは一度剣を構える。それと共に、再びセレスティアの剣の周囲の景色が一瞬だけ揺らめき、炎を灯す。赤く輝くその炎は、普通の炎と同じ見た目をしているにも関わらず、明らかに並の炎ではない気配を纏っていた。


「………怪我、しないですか?」

「ふふ。僕よりも、君の心配をするべきだよ」

「………行きます!」


 彼女が再び踏み込んでくる。彼女はやはり、相手の攻めを待つタイプではないみたいだ。戦いの主導権を握るためには攻めの姿勢が重要だから、相手に迫る勇気があるのは良い事だ。ただ、蛮勇と間違えてはいけないけどね。

 再び黄金の光を纏わせた右手をセレスティアの方へ向けて振るう。その瞬間、僕の背後から五本の鎖が飛び出し、セレスティアへと一直線に向かっていく。


「はぁっ………!」


 セレスティアは迫る複数の鎖を前に立ち止まり、超高速の連撃を繰り出す。セレスティアへ迫っていた鎖は赤い剣光が彼女の周りに無数に走るとともに、バラバラに溶断される。

 僕はもう一本の鎖を作り出して発射すると、セレスティアは走り出す。そして、迫るその鎖をギリギリで回避するとともに、その鎖に剣を入れる。そのまま走りながら鎖を溶断していくセレスティア。

 勢いが付いた所で、彼女は剣を振り払う。それと共に、巨大な炎の壁が鎖を走り、僕へと迫る。だがその炎壁が僕の目前へと迫った時、巨大な魔法障壁がそれを阻む。


「なっ!?」


 炎は激しく障壁とぶつかり合うが、やがて爆発を起こす。爆発の黒煙が消えた時、僕は一切の無傷だった。


「なるほどね。発想は悪くない。相手が僕だったからあれだけど、大抵の相手ならこれに対応するのは不可能だろうね」

「………じゃあ、一本ってことですか?」

「いや………本来ならそう言いたいんだけど、相手はベルダだからね。彼女が君の炎を防ぐことが出来ないとは考えにくいし、惜しい………かな」


 彼女が真にその剣を使いこなすことが出来るようになったとき。その剣から放たれる劫火は万物を焼き払い、全ての障害を打ち破るようになるだろう。

 だが、その段階に至るには時間が足りない。少なくとも、そこまでに至るのは彼女が王になった後になるだろう。


「分かりました………もう一度、行きます!」

「あぁ、かかっておいで」


 彼女は再び走り出す。その後再び数時間程鍛錬を続けていたが、終ぞ彼女が僕へ有効打を与えることは出来なかった。とはいえ、短期間でも目に見えて成長はしている。彼女は少しずつ攻めてはいけない状況を理解し、守るべき時を見定めることが出来るようになってきていた。

 毎日のように訓練は続いた。暑い夏の日差しの中、大粒の汗を流し、息を荒げながらも彼女は一度も諦めなかった。

 そして、決戦前夜。彼女は今日、カレジャスと僕から一本ずつ取ることが出来ていた。勿論たかが一本だと思うかもしれない。でも、確かに彼女の成長を証明する一本だったのは間違いない。

 相手の一瞬の隙、自分が幾度となく積み重ねた敗北の中から、相手にとって攻められたくない時と、相手が攻めたい状況を理解することを覚えたのだろう。取られたのはその一本だけだったが、その後もかなり苦戦を強いられるようになっていた。

 まともな戦いになるように手加減をしていたとはいえ、今のならはっきりと言える。彼女はベルダと戦うことになっても、きっと勝てるだろう。

 そして僕とセレスティアはあの幾度となく鍛錬を行った夜の平原に座っていた。星を見上げ、そこには静寂のみがあった。


「………呼び出してごめんなさい」

「いいよ。明日だからね。色々と思うことがあるのは仕方ないよ」


 彼女は静かに星空を見つめていたけど、見ていたのはきっと星ではなかっただろう。彼女の横顔は、なんだかとても寂しそうに思えた。

 戦うのが嫌なのか?そんな愚問を口にするほど空気が読めない訳じゃない。誰しも戦いを望んでいる訳はない。戦わずして平和を手に入れられるのなら、それ以上の事はない。相手が血を分けた姉妹であるのなら尚更だろう。


「………シオンさんは」

「ん?」

「シオンさんは………自分の家族をこの手で殺めなければならなくなったとき、どうしますか?」

「ふむ………」


 なかなか難しい事を聞いてくるね。僕にとって家族と言える存在はフラウとロッカだ。彼女たちを自分の手で殺さねばならなくなった時。そんなときが来るかは別の話だけど、もしそうなった時にぼくはどうするのか。


「………なんでそうなったかにもよるかな。もし分かり合えるなら、僕はそっちを選ぶだろう。もし分かり合えないなら………もしかすれば、僕はそうしなければならないのかもしれない」

「そうなんですね………」

「でもね。本当に分かりあえないって言うのはあり得ないと思うんだ」

「………何故ですか?」

「だって、君だって人間だろう?それに、君たちは家族であり、血を分けた姉妹だ。理想は違えど、志は同じ。民と国を想い、王となるために戦う君たちの違いは殆ど無いと思ってる。重要なのは互いの理解だ」

「理解………」


 彼女は俯く。勿論、ベルダだって何も考えずに理想を語っている訳じゃないだろう。賛同者が少なかったとはいえ、彼女は彼女なりにこの国のために王となることを決めたはずだ。


「そうだ。君たちが目指す理想。そこには必ず理由が存在する。それを受け入れることが出来るかは人それぞれだろう。でもね、この戦いで君は君の正しさと覚悟を示す義務がある。同じように、ベルダだって全力で理想をぶつけてくるはずだ」

「………」

「君がベルダと本気で戦いたいと言うのなら、彼女は必ず応えるだろう。それは、互いに相手を認めているからに過ぎない。つまり、君たちは最初から相手を理解しているんだよ」


 多分、ベルダはセレスティアを敵視はしているけど憎んではない。僕の思い違いかもしれないけど………


「まだ、君たちは分かりあえると思う。心から憎み合った敵じゃなく、違う理想と同じ志を持つ君たちは、きっと相手を一方的に拒絶できないはずだから」

「………」

「でも、分かりあうには話し合いじゃ無理だ。君たちの決意は、言葉で揺るぐようなものじゃない。だから、君の全力を彼女にぶつけるんだ。決意と覚悟が強い方が勝つ。君の理想を目指す覚悟は、どれほどのものか示すんだ」


 僕がそういうと、セレスティアは少しだけ目を閉じる。決戦前夜に話す事ではないのかもしれない。けど、彼女に足りないのは最後の勇気。心で一歩引いてしまうと、絶対にどこかで失敗する。


「はい………ありがとうございます」


 そういって目を開いた彼女は、先ほどのしんみりとした雰囲気は一切なかった。その目に大きな決意と、一つの願いを込めて僕を見る。


「どういたしまして」

「………こうして、誰かに悩みを打ち明けることは初めてです。とても………清々しい気分になるんですね」

「それは何より。でも、まだ終わっていないよ。まずは君が彼女に勝たないといけない。それまでは気を抜いてはいけないよ」

「分かっています」


 そういって頷く彼女は、僕から見て一切の不安を覚えるような姿はない。彼女なら大丈夫だと、そう確信できる王としての素質を持った一人の王女だった。


「さてと………そろそろ戻ろうか。明日に備えて休まないと、寝不足で敗北何て結果になりたくないだろう?」

「ふふ。そうですね」


 僕とセレスティアは立ち上がる。決戦は明日だ。早く休んだ方がいい。そう思って歩き出そうとした時だった。背後から細い腕が突然回されて、身動きが取れなくなる。


「いや、ちょ………」

「すみません。ほんの少しだけこうさせてください」

「………仕方ないね」


 背中に伝わる鼓動は明らかに早い。彼女の緊張がそのまま伝わってくるようだった。あぁ、少しだけ忘れかけていたけど………彼女はまだ諦めていないんだった。


「………まだ、あなたが私と共に歩むつもりがないのは、分かっています」

「………そうだね」

「………お慕いしています、シオンさん」

「………」


 いつか、はっきりと言わないといけない時が来る。その時の彼女の事を考え、少しだけ胸が痛くなる。僕は僕自身で、彼女の初恋を終わらせないといけないんだ。

 僕らの出会いが間違いだったとは言わない。けど………ほんの少しだけ、後悔をしていた。申し訳なさとやるせない気持ちを込めて、僕の体を包み込むその手を握り返すのだった。





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