第45話
僕らが援軍を呼びに行く。そこからは、かなり順調に計画は進んでいた。特に竜騎士団の襲撃もなく援軍を要請し、そのまま二日掛けて戦陣に合流することが出来た。移動中は伝令隊は援軍の先導をしていたから、僕とフラウはずっとニルヴァーナに乗っていた。
食料とか水などの一通りの生活に必要な者は積んできたから、特に困るようなことはなかった。案外解的な物で、フラウも既に暇があれば小さく甘えてきていた程度にはリラックスしているようだった。未だに戦争は終わっていないけど、フラウにはこの数日はずっと無理を強いているし、たまにくらいはいいと思う。
若干いつもよりスキンシップが多かったけど、距離が縮まっているのを感じて嬉しいのと同時に、その度にセレスティアとのことを思い出して不安に駆られることもある。まさか有り得ないとは思っているけど、セレスティアも有り得ないと思っていてあれだから何とも言えない。少なくとも嫌われていないのは分かっていたけど、異性としての好意を向けられると言うのは慣れないものだ。
そして、第三拠点に着くと同時に僕らは地上に降りる。すると、ほんの少しだけ雰囲気が殺伐としていることに気付いた。
「ふむ………何かあったかな?」
「………分かんない」
僕らはそのまま拠点を歩いていく。ほんの少しだけ援軍を追い越してきたけど、既にこちらから確認できるほどの距離にいるしすぐに合流するだろう。その前に、セレスティア達に話を聞ければいいんだけど。そう思いながら歩いていると、セレスティアが向かい側から歩いてきた。
僕はそれを確認して腕を上げた。
「やぁ、ただいま」
「えぇ、おかえりなさい。シオンさんが帰って来たという事は………」
「あぁ。ちゃんと援軍を連れて来たよ。ほんの少しだけ追い越してきたけど、すぐにでも来るはずだ」
僕がそういうと、セレスティアは微笑んで頷いた。
「はい、ありがとうございました。それで、シオンさんも感じたかもしれませんが………」
「なにかあったのかい?」
「えぇ………すぐにお兄様達を呼びますので、いつものテントで待っていてください」
「分かった。また後で」
セレスティアが頷いたのを見て、僕はそのまま歩いていく。いつもの会議用のテントへと着いて中に入ると、誰一人として席に座っていない静かな空間が広がっていた。そのまま僕とフラウは中に用意されていた椅子に座る。
僕らがセレスティアを待っていると、フラウがゆっくりと口を開いた。
「………なんだろうね」
「さぁね………ただ、相手に動きがあったのは間違いないと思うよ。既に戦況は拮抗していて、相手は優位性が完全に覆されたことになる。劣勢になる前に、相手はどうにか決着を付けたいだろうね」
ベルダ達は既に優勢と言える状況ではない。あちらにも援軍は届いているけど、こちらにも元からセレスティア派だった多数の援軍が届いた。恐らくだけど、今の戦力はほぼ互角だ。これ以上僕らを好きに動かしていると、徐々に追い詰められていく事は分かっているはずだ。
そもそも相手は僕が敵になった時点で、攻めて勝つことは不可能となっている。僕が守護している以上は、相手に勝算はないと断言して良いからね。逆に言えば、防衛戦でなら勝機があるってことだ。
そんなことを考えている時、テントの入り口からセレスティア達が入って来た。他の貴族達はおらず、恐らく既に話し合いは終えていたのだろう。
「お待たせしました」
「大丈夫だけど………早速話に移ろうか」
「えぇ、そうですね」
セレスティアはいつものように僕の反対側に行くのではなく、僕の傍に寄って来る。カレジャスとシュティレもそれに続き、セレスティアの右手には一枚の紙が持たれていた。
「実はシオンさんが援軍を呼びに行った後、姉上の軍から使いが来たのです」
「………ふむ」
おや、僕の予想にかなり近い。というか、殆ど予想通りだ。既にこの時点で、相手が何を伝えに来たのかを理解した。
「………もう理解されたようですね」
「まぁね。大方、もう決着を付けようって言う提案じゃないかと思ってるけど」
「はい、その通りです」
だろうね。もし僕が相手の立場なら、この状況を良しとするはずがない。どうにかして勝機のある戦いに持ち込みたがるだろうとは思っていた。このままではいずれ互いに消耗する。けど、僕がいることで長い目で見れば持久戦にはこちらに分がある。
「それで、受けるのかい?」
「………えぇ、私はこれを受け入れました」
「だろうね」
正直、これに関しても分かっていた。セレスティアがこの勝負を受けると言うのは、時間を掛ければ必ず勝てる戦いを、短時間で終わらせる代わりに賭けに出ると言っているようなものだ。もし自分が負ければ、その時点で戦争は敗北。おとなしく本陣に籠って戦いを長期化させるのが吉となる。
けど、戦いが長引けば長引く程流れる血は多くなる。それに………
「勝手な事をしてごめんなさい。でも………姉上との決着は、私自身が付けたいんです」
「分かってるよ」
理想は違うけど、同じ立場の者同士。互いに王を目指し、この国をより良い物にしたいという志はきっと違いなんてないんだろう。だからこそ、セレスティアの理想の正しさの証明は彼女の手によって行われる。勿論、世間一般で見れば勝った方が正しいのだから、そんな意味はないんだろう。
けど、彼女たちは家族だから。同じ立場である彼女達だからこそ、本人の中だけで大きな意味がある。
「けど、あの竜騎士だけは僕が倒させてもらうよ。どの道、相手が決戦に出るってことは竜騎士を戦いで出してくるつもりだろうしね。元々、彼らに対抗出来るだけの飛行戦力は僕しかいないだろうから、適任だと思う」
「えぇ、それは構いません。ですが………」
「分かってる。ベルダとの戦いには手出ししないよ。ただ………そうだね。決戦はいつだい?」
「四日後です。姉上の本陣で行うと」
「ふむ………四日後、本陣ね。もう後に退く気はないみたいだね。罠の可能性もあるけど………いや、無駄かな」
多分、本当に決着をつけるつもりなんだと思う。それに、地形の関係上は孤立しやすい。これは僕の憶測にすぎないけど………ベルダも、セレスティアとの一騎打ちを望んでいるのかもしれない。僕が話した時、彼女はセレスティアへ向ける感情は嫌悪だけではないように思えた。
ベルダ自身はそれを認めないだろうし、全力でこちらを潰しに来るんだろうけど。わざわざ後のない本陣で………それも、下手をすれば孤立してしまいかねない立地で戦うなんて、今までの動きを見てあまりに挑戦的だ。
「じゃあ………君は明日から特訓だね」
「………お兄様にも言われましたよ、それ」
セレスティアが憂鬱そうに呟くと、カレジャスとシュティレが反応する。
「当たり前だ。ベルダに勝ちたいと言うのなら、お前はもっと強くならないといけない。幸い、お前には傷を癒す剣もあるんだろう?手加減は最低限にするから、全力で来い」
「はは………セレスティア、これも試練だ。言葉だけじゃ、理想は実現しないからね」
「分かっています………ですので、シオンさんにもお願いします。あなたから学ぶことが出来れば、私はきっと大きな成長が出来ると思うんです」
セレスティアが僕の目を見て告げる。それに僕は笑みを浮かべて頷いた。
「もちろんだよ。けど、やるならそれなりに本気でやってもらうよ」
「望むところです!」
彼女がはっきりと返事をする。その意気ならば、僕の魔法をいくつか教えても良いだろう。生憎と、僕は剣を教えることは出来ない。だからこそ、持っているものを教えるしかないんだ。
「………あいつ、シオンさんが相手になると元気だな」
「まぁまぁ、そっとしておいてあげなよ」
カレジャスとシュティレがそんなセレスティアを見てこそこそと話している。彼女には聞こえていないみたいだけど、僕は一般的な人間に比べてかなり耳がいいからはっきり聞こえている。あの件を思い出して、どうかバレないようにと冷や汗をかいていた。
その時、テントの奥から複数の足音が聞こえてくる。おや、どうやら到着したようだね。
「セレスティア様!援軍が到着しました!」
「………来ましたか」
セレスティアの纏う雰囲気が変わる。先ほどまでの少女然とした姿ではなく、一軍を率いる大将としての姿への変わり身の早さには少々驚くところがある。
そのままテントの外へと向かうセレスティア。その後ろをカレジャスが続く。
「シュティレは会わなくていいのかい?」
「僕はこの軍の代表ではありませんからね」
「ふむ………最後の戦いも、君は拠点にいるのかい?」
そういうと、シュティレは少しだけ複雑そうな表情をする。
「………まだ分かりません。でも、次の戦いは僕にとっても大きな意味があると思うんです。出来れば、その結末は僕の目で確かめたいと思っています」
「ふむ………まぁ、後悔のないようにね。僕がいう事ではないのだろうけど」
「えぇ、分かっています」
「………それと、ロッカはどこかな?」
「休憩所のテントにいますよ。特に何かない限りは、殆どそこに立っていました」
なるほどね。まぁ、彼は立っていることを苦にしないし、動かないという事にも強い耐性がある。その分、全力で暴れる時は恐ろしいんだけどね。
「そうかい。僕はそっちに行ってくるよ」
「はい、お疲れ様でした」
僕は頷いて、フラウに目で合図する。フラウは無言で頷くと、僕らはテントの外へ歩き出した。まだ外ではセレスティア達の声が聞こえる。
僕らは外に出て、休憩所のテントに向かう。テントから出た時に援軍を率いていた貴族の何人かがこちらに目線を向けてきたけど、特に何も言ってこない。まぁ、そもそもセレスティアの説明を受けている時に声を上げるなんて無礼に値するんだけどね。
「………ロッカ、元気かな」
「ふふ。ずっと会っていなかったわけじゃないし、二日で彼が変わるわけないよ」
「それは分かってるけど………少し、寂しかった」
「そうだね。僕もだよ」
僕だって、彼を作ってからは殆どずっと一緒にいたと言っても過言ではない。多少会えない時間が続くと、ほんの少しの寂しさを覚えてしまうのは仕方ないだろう。まぁ、こんなことを言うと意外に思われるかもしれないけどね。フラウは僕の事を多少理解しているから、そうではないと思うけど。
「………あなたって、普段の振る舞いからは感じれないけど………普通だよね」
「僕は至って普通の人間だよ。大事な友や家族に会えない時間が続いたら、寂しいと思うのはおかしいかい?」
「………その中に、私はいる?」
「もちろんだよ。君も僕の大切な家族だからね」
「うん………私も、同じ」
彼女が幸せそうに小さく笑う。言ってしまってから気付いたけど、彼女には家族の話題は地雷だったかもしれないと思ってしまった。けど、今の彼女を見ているとそうでもないように思えた。
「………ずっと、一緒にいてね」
「もちろんだよ」
僕は頷く。僕にとって、彼女の存在はかけがえのないものだ。こう言ってしまうとあれだけど、この子が魔族で良かったと思っている。この先何があるかは分からないけど、きっと人間よりはずっと長く一緒に入れるだろうから。
僕は愛おしさを込めてフラウの頭を撫でようとすると、手で払われてしまった。ほんの少しだけ拗ねたような表情を向けてくる彼女に、僕は苦笑を返した。
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