第44話

「伴侶?」


 セレスティアの唐突な求婚に、同じ言葉を返す僕。ゆっくりと胸の傷に沿わせていた手を離して彼女を見ると、セレスティアの背けられていた顔は僕の方を見ていて、その顔は真剣そのものだった。


「………えぇ、どうでしょうか」

「どうでしょうかって………えぇ?」


 あまりに突拍子なさすぎて、大した返事が出てこない。というか、かなり答えづらい。言わずもがな、僕は結婚などをする気はない。これはセレスティアに限らず誰が相手でもだ。

 僕は僕の研究をしたいと思っているし、今の生活が気に入っているのも事実だ。フォレニア城が過ごしにくいという訳じゃないけど、これから一生をあそこで暮らしていけるかと言われたら僕は首を横に振る。


「………僕が、自分の生活を気に入ってるっていう話は聞いてたよね?」

「もちろんです………ですから、城で暮らして欲しいなんて我儘は言いません。ただ、たまに城で過ごして、その………」

「いや、その先は言わなくていいけど………色々と問題がね………」


 そう、本当に色々と問題がある。百歩譲ってこの求婚を受け入れたとして、第一の問題は寿命だ。僕は通常の人間とは比べ物にならない程の寿命を持っている。多分十倍と言っても過言ではないし、下手をすればそれ以上の時間を生きていられると思う。普通に考えて、人間と添い遂げるのは難しい。

 第二の問題として、僕は『権能』の魔法使いであり、その力と知識を全て継承した人間だ。肉体もそれだけの力に耐えられるように調整をされ、通常の人間を遥かに上回る筋力と魔力を与えられている。

 ホムンクルスだからこそ、その肉体は人間の究極と言うべき性能を誇る。僕は年齢によって外見は変わらないし、肉体的な衰えも存在しない。人間より遥かに長い記憶を保持できるほどの脳と、最低限の食糧で最大限のエネルギーを確保できる臓器。本来致命傷になりえる傷を受けてなお、安静にしていれば自己再生能力で完全に塞がる程の再生能力。

 ここまで改造されてしまっていれば、子を残すことは出来ない………という事じゃないけど、明らかに生まれてくる子は普通の人間じゃないだろう。

 それに、僕個人が彼女の治める国を含めて味方をしてしまうと言うのは、色々と問題が出てくる。色々って言うのは本当に色々だけど、察してほしいね。大体分かってくれると思う。


「問題とは、なんでしょう?」

「………色々、だね。中々言えることじゃないんだよ」

「私だって、勇気を出して言ったんですよ?あなただけそれはズルいんじゃないですか?」

「そうだね………じゃあ一つ言えることなら、僕は純粋な人間じゃないってことだね。これ以上は伏せさせてもらうよ」


 ここまでなら、フラウにも何となく伝えている事だ。それに、これだけで僕の素性が全て明かされるわけじゃない。セレスティアならいたずらに言いふらすような真似もしないだろうし。

 けど、これだけで何となく察してくれると嬉しい。僕はそう思ってセレスティアを見ると、未だにまっすぐに彼女は僕を見ていた。


「………純粋な人間じゃなければダメなんですか?フォレニア王国では、種族による差は存在しません。あるのは、私とあなたの同意だけですよ」

「例え、絶対に同じ時を生きられないとしてもかい?」

「分かっています。あなたは………あなたは、私とは別の時間を生きている。人間以上に短命な亜人は殆どいません。私が死んでもなお、あなたはずっと生き続けるんですよね」

「………そうだね」


 僕は頷く。基本的に、人間は人族に類する種族の中では最も短命な部類に入る。例外は小人族だけど、僕はどう見たって小人族ではない。


「だから、これは私の我儘なんです。あなたの長い時間の一部を………私にくれませんか?」

「………」

「王にとって、次の世代を残すことは義務なんです。意思に関わらず貴族の方と婚姻を結び、子を残して家庭を築く。でも、実際にそれが幸せな家庭になることは少ないんです。子が出来た後は、同じ城内で暮らしていても、互いに関わることは滅多に無くなる。王を継承する我が子にのみ愛を向けるのが当然だと」

「だろうね………」


 僕だってそれくらいは分かる。勿論、王とは言え人間だ。人並みに恋をすることもあると思うけど、もし自分に言い寄って来る人間が殆ど地位や財産と言った欲を持って近付いてくる者だとしたら、純粋な恋と言うのは難しいと思う。

 けど、彼女はそれも理解したうえで王となることを決意したはずだ。


「もちろん、私はそれも受け入れて王位継承を決意しました。でも………私だって」


 そういって、元々近かった距離を縮めてくる。布団の上で互いに座っていたため、僕は咄嗟に立ち上がろうとした瞬間にセレスティアの手が僕の肩を掴み、そのまま布団に押し倒してくる。

 完全に油断していたことに若干後悔するとともに、次はどうしようかと考える。僕が彼女を見上げると、セレスティアは少しだけ泣きそうな顔で僕を見下ろしていた。


「私だって、想いを寄せる相手と家庭を持って、幸福を感じたい。王族である私がこんなことを言うのは傲慢でしょうか?」

「………別に、君のその思いは正しいと思うよ。でも、今やっていることは間違いだ。僕だって、君が嫌いだからこう言ってるわけじゃないんだよ」


 勿論、抵抗しようと思えば容易い。けど、それで彼女を傷つけるのは僕は望んでいない。本当に止まらないならやむを得ないけど、出来るだけ穏便に済ませれるのであれば僕はそっちの方がいい。


「嫌いじゃないってことくらい、私だって分かっています。それと同じように、あなたが私を異性として意識していないことも」

「………まぁ」


 僕は歯切れ悪く答える。実際、彼女を異性として意識をしたことはない。それは興味がわかないという事と、それ以上に大事な事が沢山あるから、ってことなんだけど。


「………あなたにその気がないのも理解しましたし、今は諦めます」

「………悪いね」

「いえ………」


 彼女は一度自分を落ち着けるように目を閉じて深呼吸をする。セレスティア自身、こんなことをしても大きな意味がないってことくらい分かっていたはずだ。

 予想外に時間が掛かったし、彼女に降りるように促すために口を開こうとした途端に、僕の視界が閉ざされ、呼吸が止まる。


「んっ!?」

「っ………」


 理由は明白で、彼女が自身の唇で僕の唇を塞いでいた。僕の視界を塞いでいるのは、ほぼゼロ距離にあるセレスティアの顔。その瞳は閉ざされ、頬はほんのりと紅潮しながらも、それは止まることが無かった。

 初めてにしては、長すぎる接吻。驚きが勝って動けなかったところから徐々に現状を理解し、危機感を覚えて彼女を押しのけるべきかと思ったその時だった。


「セレスティア、シオンさん。そろそろ時間だぞ」

「っ!?」


 彼女が一気に顔を離す。その目は見開かれ、仕切りの奥にあるテントの外の方を見ていた。その声は口調から分かる通りカレジャスのもので、既に時間が来ていたのだという事が理解できた。


「は、はい!………少し待っていてください!」

「あんまり遅れるなよ。ニルヴァーナなら、数分なんか誤差なんだろうけどな」

「………分かっています」


 テントの外で、カレジャスが離れていく気配を感じた。それを確認すると、セレスティアは大きく息は吐いた。


「ふぅ………その、ごめんなさい」

「………分かってるなら、もう少し考えてほしかったね。君は王女なんだよ?」

「でも………こうしないと、あなたは私を女だと見てくれませんよね。いつか………もしあなたが私を選んでくれる日が来ることを、まだ諦めれません」

「………そうかい」


 僕にとって、人を異性として意識すると言うのは良く分からない。前世の常識としての意識はあるけど、それ以上に特別な思いを抱いたことはなかった。

 恋愛感情と言うのを実感したことが無いけど、些か厄介な感情であることは分かっている。人としての最大の幸福を与えることもある感情であると同時に、心に深い傷を残す剣になることもある。

 ここではっきりと拒否の言葉を言わなかった僕にも責任はあるのかもしれない。けど、今まで普通の恋も友人も出来なかった彼女を、僕すらも一方的に拒絶してしまったら、彼女は本当に独りになってしまう。


「………悪いね」

「謝らないでください。私が勝手にやった事なので」


 そういって、彼女は僕から降りて立ち上がる。未だに頬が赤くなっているけど、多分僕はいつも通りの表情なんだと思う。

 僕も立ち上がって、彼女の方を見ながら口を開く。


「………ちゃんと、考えるよ。そのうえで、君の気持ちに答えようと思う。待たせてばかりで申し訳ない」

「はい………待っています。でも、出来れば早くお願いします。遅くなってからじゃ、どうしようもないので」


 そういって、彼女は微笑む。心の底からの笑みではないが、作り笑いでもない。少しの期待と喜び、半分ほどの諦観が含まれた笑みだった。

 僕にとって、この答えは互いに傷つかない方法を模索するための時間稼ぎに過ぎない。どうなろうと、僕らが結ばれることなど有り得ないと言って良いだろう。

 そのことを、彼女は少しだけ察していたのかもしれない。彼女はそのまま脱ぎ捨てていたドレスの上着を再び着直していく。


「先に行っていてください。私は………今の顔を、皆に見せるわけにはいかないので」

「はは………確かにね。僕がカレジャスに殺されないように、しっかり落ち着いてから出てきてくれ」

「ふふ………またお兄様とシオンさんの試合が見れるなら、ありかもしれませんね」

「勘弁してほしいよ………」


 僕が苦笑をして、仕切りに手を掛ける。その瞬間、セレスティアが僕の袖をつかんできた。


「その、私………待っていますから」

「………分かってるよ」


 ほんの少しだけ震える声に気付かないふりをして、僕はそのままテントから出て行く。人との繋がりと言うのは、僕にとってはとても大切なものだ。けど、それが常に望む結果になるとは限らない。

 時にはその関係に変化が起こることだってあるし、それが人との繋がりという物だ。この世界の不変など、きっと僕の知る『真理』以外には存在しない。

 だからこそ、面白いのだろう。だからこそ、それが互いに傷つく結果にはなりたくない。僕にとって最善とは何なのか。新たな悩みが増えながら、僕はカレジャスのいるテントに向かっていくのだった。









 それから少しして、僕らは第三拠点から少しだけ離れた所にいた。僕の周りには数人の騎士がいて、僕はセレスティア達と向き合っていた。


「それでは、お願いしますね」

「うん、任せて。必ず援軍を連れてくるから」


 僕らはさっきまでの事など嘘のように、今までと変わらないように会話をする。穏やかに微笑んだセレスティアが頷いて、カレジャスも口を開いた。


「あぁ、敵軍にも援軍が届いているだろうしな。これ以上物資で負けるわけにはいかない。頼んだぞ」

「もちろん。あと、ロッカの事は頼んだよ」

「あぁ、任せてくれ」

「それじゃあ、僕らは行くよ。準備はいいかい?」


 僕がそういうと、フラウがゆっくりと頷き、伝令隊の騎士達は大きく返事をする。ニルヴァーナが空中から一気に降下してきて、僕らに接近してきたときに僕らは光に包まれてニルヴァーナに入っていく。

 今の所、戦況は少しずつ巻き返してはいるものの未だに不利。この援軍が届くかどうかで、セレスティアの軍は勝敗が決まると言ってもいい。この作戦は、絶対に成功させる。そう思いながら、ニルヴァーナの内部に入った僕らは、目的の地へ飛び立つのだった。



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