第43話

 僕らはテントの中で座りながら、五人で会話をしていた。こうしてゆっくり話すのは久しぶりだったから、僕がいなかった間の国での出来事や、僕の生活の事。色々話していると、既に一時間以上が経っていた時、カレジャスが何かを思い出したように声を上げた。


「あぁ、そういえば」

「ん?」

「これを返すのを忘れていた。マジックアイテムなんだろう?」


 そういって、懐から取り出したのは一つのネックレス。既に砕けているけど、一応部品はそろっているようだ。


「………それ、私の………」

「………そうだね。僕も完全に忘れていたよ」

「だろうな。魔力を隠蔽するための物か。まぁ、確かに妙な魔力だと思ったが………」

「そうなんですか?私は個人差程度だと思ったんですが………」


 セレスティアはきょとんとしたように言うと、カレジャスは苦笑を浮かべた。シュティレも似たような表情で話し始めた。


「まぁ、それでいいと思うよ。間違いじゃないし。確かに、ちょっと特異な魔力を持っていたとしても、個人差に過ぎない訳だから」

「そうだね………さてと、じゃあこの場で直しておこうか」

「あぁ、そうしてくれ。既にこの軍の魔法使いは大半が死んでしまったが、いない訳じゃない。変なトラブルが起こるのは俺も望まないからな」


 そういって、僕はネックレスを受け取る。色々と忙しかったせいで失念していたけど、カレジャスが拾っていてくれて助かった。彼らがここまで何も言わなかったのは、周りに人がいる状況を避けたかったからだろう。


「気を遣わせて悪いね。助かったよ」

「気にするな」


 彼が短く返したのを見て、僕はネックレスを持った右手に魔力を集める。砕けているネックレスを握りしめ、黄金の光を纏わせる。

 ほんの数秒程度で手を開く。握りしめられていたネックレスは、まるで新品のように完全に元通りになっていた。


「うん、こんなものかな。そこまで時間が経っていなかったから、マジックアイテムとしての性質も失われてなかったみたいだ」


 僕はネックレスを持って、フラウの方を見る。そして、ネックレスをフラウの首にかける。すると、その特殊な魔力は完全に消え去り、普通の人間と変わりないようにしか見えなくなった。


「………ありがとう」

「どういたしまして」


 僕が頷いて再びセレスティア達の方を見ると、驚いたような表情でフラウを見ていた。


「本当にあの魔力が見えなくなりました………」

「僕が作ったマジックアイテムだからね。これくらいは当然だよ」


 逆に言えば、僕が作ったマジックアイテムが内部的に破壊される何かが起こったという事だけど。彼女の足元に広がっていた暗闇。あのことについて、この子は絶対に話してくれないだろう。そのことはセレスティア達も分かっているのか、ここまで話していて一度もあの話題については一切触れられていない。

 僕はあの時に、詳しく調べる様な余裕はなかったから暗闇の中に何がいるのかを理解できたわけじゃない。でも、確かに分かったことは………あの暗闇が、どこか深い海の底に通じている。それだけは何となく理解できた。

 とはいえ、今重要な事かと言われればそうではない。僕がまだ全てを話していないように、彼女にも言いたくはないことくらいはあるだろう。この子が話したくなったときが来たら、その時は聞いてあげればいいと思う。


「シオンさんって、マジックアイテムなども作ってるんですよね………」

「そりゃ錬金術師だからね。このあまり戦争中だと活かせることが無いけど、僕の本業はそっちだし」

「私の剣を作ってもらったのでそれは分かってるんですが………やっぱり、それ以上に『権能』の魔法使いだという印象が大きいんですよね」

「ふむ………そうは言うけど、『権能』の五人も錬金術師だったんだけどね」

「それは知っています。ですが、どうしても大魔法使いだと言う語られ方をされる事が多いので」


 僕は詳しく彼らの伝説の内容を知っている訳じゃない。『権能』の五人も地位や名誉と言った物に興味が無かったから、自分たちが漠然と伝説として語られているという事だけを認識していたみたいだ。

 まぁ、僕としてはその辺の認識はどちらでも構わない。大した差はないし、そもそも間違いではないし。


「………そういえば、シオンさん」

「ん?どうしたんだい?」

「実は、貰った軟膏なんですけど………」

「………もしかして、使ったら痒みが出たりしたかい?」

「いえ、そうではないんです。ただ、適量って言うのが良く分からなくて………」


 あれ、適量と言われたら何となく思い浮かぶ量って一般的な目で見てそんなに個人差があるとは思えないんだけど。


「うーん………適量は適量だけど………」

「そ、そんなに常識みたいに言われても………」

「………もしかして、塗り薬ってあんまり一般的じゃない?」


 僕がそういうと、黙って聞いていたカレジャスが頷いた。


「そうだな………数百年も昔ならば傷薬は塗るのが一般的だったそうだが、治癒薬が量産出来るようになってからはそっちを使う事が多い。今は塗り薬はごく一部が使われているだけだ」

「………おや、そうだったんだね」


 治癒薬と言うのは、前も言ったように身体の代謝を促進して傷の再生を促す薬だ。塗る物ではなく飲む物だから、使えるのならそっちの方がいいだろう。大きな傷には使えないという弱点はあるけど、そもそもそんな大けがの場合は軟膏を塗ったところで意味がないし廃れても仕方がない。


「そうだね………実際にやってみた方が早いかな」

「え!?そ、その、こんなところで………!?」


 そう言ったとたん、セレスティアが顔を真っ赤にする。それだけで、彼女が何を考えたのか理解して、苦笑をする。


「………先に言っておくと、腕に塗るだけだからね」

「………え?」


 僕がそういうと、セレスティアが固まる。フラウは呆れたような冷たい目線を向けていて、カレジャスとシュティレも少しだけ苦笑いを浮かべていた。

 とはいえ、僕の説明不足もあるから少しだけ申し訳ないけど。


「あはは………語弊が生まれる言い方をして申し訳ないね」

「え、あ、いえ………私は、大丈夫、ですよ………?」

「………」


 完全にショートを起こしたセレスティアに、笑いが込み上げてきたのを必死に嚙み殺す。申し訳ないとは思うものの、真っ赤な顔で片言に話す様子はあまりにおかしかった。


「軟膏は今持ってきてるかい?」

「あ、いえ………持ってきてないです」

「ん、じゃあちょっとだけ取りに行こうか。新しいのはあるんだけど、使用を始めると劣化が早くなるからね。なるべく使った物から消費した方がいい」


 僕は立ち上がる。使用を始めると劣化をするって言うのは、空気云々よりも素手で振れたことに問題がある。当たり前だけど、手には多少なりとも雑菌の類は付着する。それはどうしようとも防げないことで、僕とて例外じゃない。

 案外寿命が短いから、出来るだけ新しいのは開けたくないってことだ。


「あ、はい………」


 セレスティアも同じく立ち上がり、僕はカレジャスとシュティレを見る。


「君たちも来るかい?塗り薬の使い方は君たちも知らないだろう?」

「………いや、俺は遠慮しよう。そもそも、俺は傷跡を消す必要はないからな」

「僕もですね。怪我をすることが少ないですから」

「ふむ………フラウは?」

「………あなたに塗ってもらうから、いい」

「そっか」


 自分で出来るなら、それが一番いいとは思うんだけど。治療とは言え、異性の素肌を直に触っているわけだから、人によっては嫌悪感を感じかねない。フラウは特にそういった様子が無いし、なんならこの調子だから、特に言及する必要はない。特に他意はないし。

 とはいえ、前も太腿というそこそこデリケートな部位で、今回も内腿と、更に横腹だ。本来なら触れるのは憚られる部位なんだけど、そもそも治療した際に触ってるわけだから今更な話ではある。

 というか、治療をする時に相手の身体を見るなと言うのは不可能な話だ。特にセレスティアの治療の際に関してはもう言う必要もないだろう。わざわざ言いはしないし、そもそも意識してはいないけど。

 僕らはそのまま外へ歩いていく。そのままセレスティアのテントへ向かっていくけど、セレスティアがとても静かだ。

 テントに着くと、セレスティアから中に入っていく。僕もそれに続くと、セレスティアは奥の仕切りに歩いていく。


「………こちらへどうぞ」

「ん、大丈夫かい?」

「えぇ、もちろんです」


 セレスティアが振り向いて仕切りの奥に来るように促す。僕はそれに従って中に入ると、そこには小さなタンスと布団などが置かれていて、タンスは僕の渡した軟膏が置かれていた。

 彼女はその薬を手に取り、それを見ながら話しかけてきた。


「この薬って、一日二回………でしたよね?」

「そうだね。それ以上使ったら悪影響があるとかではないんだけど、効果が薄くなるからね」

「じゃあ、効果が無いってことはないんですね」

「ないけど………まぁ、そんなに頻繁に塗っていたらやるべきことが進まないし、一気に全部使っても消えないからね」


 つまり効果はあるけど意味はない。一回や二回なら多めにやってもいいけど、やらねばいけない事が残ってる状況でやるほど重要じゃない。一番効率的なのが一日二回ってことだね。


「そう、なんですね………」


 そういって、僕に軟膏を渡してくる。そのままセレスティアは服に手を掛け………ん?


「君、話は聞いていたかな」

「………今は時間がありますから。流石に全て脱ぐつもりはないので、お願いできませんか?」

「………君は女性だって自覚はあるんだろうね?」

「あ、当たり前じゃないですか!でも………シオンさんはフラウさんにもやってるんですよね?」

「………仕方ないね。ただ、下着は絶対に付けたままだよ」

「分かっています」


 そういって、彼女はドレスの上着を脱いでいく。先ほどとはないとは言え、その頬に朱が指していることから決して一切羞恥心が無い訳ではないらしい。ならしなければいいと思うんだけど。

 上着を脱いで下着姿になると、その胸の傷が晒される。肩から横腹まで刻まれたその傷は、前に見た時より少しだけ薄くなっているとはいえ未だに痛々しく残っていた。


「………お願いします」

「ん」


 僕は軟膏を入れた小さな容器を開けて、指で少し掬う。それを見ると、セレスティアは少しだけ顔を背けて目を閉じる。あんまり意識されると、悪いことをしているような感覚になるからやめてほしいんだけどね。

 僕はそのまま彼女の肩に触れる。そのまま傷跡を沿うように肌を滑らせていく。指に付けた薬が減ったらもう一度掬って足りないところから。特に会話はなくそんな作業をしていた時、セレスティアが口を開いた。


「あの………」

「ん?」

「………シオンさんは、貴族の立場などに興味はありますか?」

「………ん?」


 突拍子がなさすぎて、同じような言葉しか返せなかった。何故急にそんなことを聞いてくるのかも分からないし、僕が貴族って言う面倒な立場に興味があるように思えるのか、とも思った。


「いや………ないかな。僕には向かないよ」

「では、名誉貴族などはどうですか?私が勝利した場合ですが、お父さまに進言すれば難しくはないと思います。正式な貴族ではない分、義務と言った物も存在はしません」

「………君はそこまでして僕を貴族にしたいのかい?義務が無いってことは、僕には確かにメリットかもしれないけど、君たちには何のメリットもないと思うよ」


 一応、貴族社会に疎いとは言え多少の知識はある。爵位と言うのは基本的に継承されるものであり、新たに授かる者が増えることは滅多にない。土地を収める一族が滅びた、または侵略によって土地が増えたなどの理由が無い限りはあり得ない。

 そして、名誉貴族とは大きな功績を残した者のみが授かることが出来る、一般人が唯一貴族としての立場を得ることが出来る制度だ。その名の通り、大きな名誉………つまり、多大な功績を残した者のみが授かることが出来る。土地を与えられたりはしないが、逆に言えば貴族としての義務も発生しない。

 つまり、その名を授けるメリットが基本的には存在しないってことだ。勿論、制度として存在する以上は問題はないんだけど、本来なら避けるべき行動だろう。


「………そう、ですよね」

「………大丈夫かい?」

「………」


 僕の問いかけには答えず、顔を反らしたまま無言のセレスティア。そんな様子に心配になり、一度手を止める。

 僕がもう一度問いかけようと思った時、セレスティアが口を開いた。


「私が………」

「あ、うん」

「………私が、あなたに貴族になってほしいと言ったら、どうしますか?」

「………ん?………ふむ………どうするも何も………」


 自分で言うのもなんだけど、僕はそこそここの軍では活躍している。けど、それは現国王から見たらセレスティアから進言されない限りは認識しないものとなる。つまり、そこには絶対に理由が存在しなければならない。

 義務がないとは言え、爵位を授かるという事は話題になるのは避けられない。立場があるという事は、一部の特権が得られるからメリットはあるけど、あまり気が進まない。


「………ふぅ」


 彼女が一度大きく息を吐く。既に僕は手の動きを再開していたけど、彼女が大きく息を吸って、再び言葉を紡ぐ。


「………私の、伴侶となっていただけませんか?」

「………ん?」




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