第42話

 僕が目を覚ました時、体に何かが掛かっていて、隣に軽い重みを感じることに気付いた。もしやと思って隣を見ると、やはりフラウが隣に座って眠っていた。僕は少しだけ微笑ましくなるような気持ちと共に、呆れもあった。


「全く………怪我してるんだから、寝ていなきゃ駄目じゃないか」

「………ん」


 僕の声に反応して、フラウは小さく声を上げる。そのままゆっくりと目を覚ますと、まだ少しだけ眠そうな目で僕を見た。


「………おはよう」

「うん、おはよう」


 そう言った彼女は眠たそうに目を擦る。注意しようと思っていたのに、あまりに気の抜けた仕草に何とも言えない表情を浮かべてしまう。それに気付いたフラウはきょとんとした顔をして小首を傾げる。


「………どうしたの?」

「いや………なんでもないよ。それより、傷は痛くないかい?」

「ん………うん、痛くない」

「それは良かった」


 注意というより心配の言葉になってしまったけど、傷が痛まないのであれば一安心だ。もう少しはっきりと言った方が良いのは分かってるんだけど、今の彼女を見てそれをするのは少し難しい。自分でも甘いとは思っている。


「さてと。僕はセレスティアの所に行ってくるよ」

「………私もいく」

「分かった。前にも言ったけど、傷が開かないようにね」

「………うん」


 彼女は頷く。それを見て立ち上がると、フラウも立ち上がった。ロッカを見ると、いつものように手を振ってきたから、僕は頷き返した。


「君はどうする?ついてくるかい?」

「!」


 ロッカは頷く。彼には傷跡何て概念が無いし、そもそも言ってしまえばあの傷は致命傷ではない。魔力が籠っていて、自身を貫くほどの威力だったからこそ少なくはないダメージを負ってはいたけど、死ぬのかと言われれば首を振る。

 コアやブレインが損傷していればその限りではないけど、どちらも無事だったからね。一応、時間は掛かるけど修復だって可能だし。ロッカにとって、完全な死は僕の死んだあとにしか訪れないだろう。

 身体が完全に消滅するとかなら話は別だけど、なかなかそんなことは考えづらい。僕は一度伸びをして、ニルヴァーナに声を掛ける。


「おはようニルヴァーナ。降りる前に一つ聞いておきたいことがあるんだ」

《はい、どうしましたか?》


 脳内に響くのは、澄んでいて落ち着いた女性の声。僕にしか聞こえてないから、フラウからは僕だけが喋っているように見えているけど、ちゃんと説明はしている。


「今回の戦争で、伝令隊を僕らと一緒に乗せて輸送してほしいんだけど、君は許せるかな?」

《………シオン、あなたは私の主です。そういう時は一言、乗せろと命じてくれれば良いのですよ》


 当たり前のようにそう告げるニルヴァーナは、やはり『権能の使者』と言うに相応しい忠誠心があると言えるのだろう。『権能』として、まだそれほどニルヴァーナと関わりが深くない僕にもこれ以上ない程の忠誠を見せている。僕は彼女とあまり関わりが多くないと言ったけど、信頼はしている。


「悪いね。じゃあ頼むよ」

《任せてください》


 そういうと、ニルヴァーナは高度を下げていく。この戦争に参加している間、ニルヴァーナが待機しているのは基本的に大体雲より高い位置を旋回している。流石に普段から竜騎士団も雲の上を飛行しているわけではないだろうしね。


「さて、降りるよ」

「………うん」


 僕らはいつも通り光に包まれて、ニルヴァーナの外に出る。怪我人がいるという事で普段より気を使ってくれたのか、地面に直接着くように降ろしてくれた。普段は空中の方が早いからそうしてもらっているんだけど、細かいところまで気が利くね。


「シオンさん!」

「おや、セレスティア。おはよう」

「おはようございます!フラウさんとロッカさんもおはようございます。怪我の方は大丈夫でしょうか?」

「………うん。動く分には問題ない」

「!」


 ロッカはグッドサインをする。それを聞いたセレスティアはホッとした表情を浮かべた。フラウは見た目が幼いから、大きな怪我をしたとなれば心配になるのも仕方がない。実際、体が小さいという事は体力があまりないってことが多いし、実年齢を考えずとも心配にはなる。

 というより、それを考えると相手はどれだけ非情なんだと思うけどね。勿論フラウが敵で、その上で並の兵士よりも高い能力があるとなれば油断できる相手じゃない事は事実だけど、まさか腹部と足を狙って貫くとは思わなかった。風穴が空いていたとかではなく、急所を外すように横腹と内腿を狙っていたから殺す気が無かったのだと言うのは分かるけど、それにしたってもう少し手段はなかったのだろうか。

 セレスティアはホッとした表情から、微笑んでフラウに言葉を返す。


「それは良かったです。とても心配していましたから。それで、シオンさんはよろしいでしょうか?」

「うん、いつでも。いつものテントだよね?」

「えぇ、行きましょう」


 そう言って、セレスティアが歩き出す。僕らもそれに続いて行くと、歩きながらセレスティアが話しかけてくる。


「シオンさん、あの件はどうなりましたか?」

「ニルヴァーナは構わないそうだよ。僕も何となく予想はしていたけど、彼女は『権能』へ絶対の忠誠を誓っているからね」

「………ありがとうございます」


 安堵の息をつくセレスティア。僕としても少しどうなるか分からない部分があったから、ニルヴァーナがああいってくれたことはとても安心した。


「まだ作戦が成功したわけじゃないよ。失敗するつもりはないけど、お礼はまだ取っておくべきじゃないかな」

「そんなことないですよ。シオンさんがいなければ、そもそも作戦を始める事すら出来ませんから。素直に受け取ってください」

「はは………そうだね。そういうなら」


 僕が頷くと、セレスティアも満足げに笑みを浮かべる。そうして、いつもの大きなテントの前に着く。

 ロッカを外に残して中に入っていくと、既に貴族達やカレジャスとシュティレが。君たち、ずっとここで待っていたのかい?


「来たか。すぐにでも会議を始めよう」

「はい、分かっています」


 そういって、セレスティアはいつもの僕の反対側の席に座る。いつもは僕は立っているのだけど、今日だけは僕とフラウには椅子が用意されていた。

 椅子に座ると、それを確認したセレスティアが話し始める。テントの中には普段はいない騎士が数人立っていたけど、ここにいるという事は伝令隊ってことなんだろう。

 話の内容は、殆ど分かっているだろうから割愛する。伝令をニルヴァーナに乗って行う事、援軍が来る間までの守備態勢など。円滑に会議は進んで、一時間程で解散となる。出発は大体二時間後だ。悠長だと思うかもしれないけど、相手にも大体都合がいい時間って言うのが決まっているからね。ニルヴァーナなら殆ど時間を掛けずに移動できるわけだし、その都合が良い時間が二時間後ってことだ。

 僕とフラウがテントをでると、ロッカが手を振って来る。


「うん、会議は終わったよ。出発は二時間後だから、ちゃんと準備はしておくんだよ」

「!」


 ロッカはグッドサインをすると、そのままどこかへ歩いていく。それをみて、フラウは僕を見た。


「………ロッカ、どこかに行ってるけど」

「はは、小石でも補充しに行ったんじゃないかな?前の戦いで、結構使ったみたいだし」

「………そっか」


 正直ロッカを一人で行かせると、また危険な物とかを入れそうだからちょっと怖いんだけど、そもそもこれは戦争だしあまり気にしなくていいだろう。特にトラブルを起こすとも思えないし、そんなに遠くには行かないはずだし一々僕が面倒を見る必要はない。

 創造主として無責任なように聞こえるかもしれないけど、成長した子供が出掛けるのに一々付いていくような親は殆どいないだろう。ロッカはペットのような動物とは違って高度な知性を持つし、問題はないんだよ。

 僕はニルヴァーナに戻ろうかと思っていた時、テントからセレスティアとカレジャス、シュティレが出てくる。


「シオンさん、この後時間はありますか?」

「ん?特に出発まですることはないけど………」

「では少しだけお話しませんか?ゆっくり話す時間と言うのもなかなか取れませんから………」

「あはは。うん、喜んで。なら、どこかのテントに移動するのかい?」

「えぇ、付いて来てください」

「………俺達も行って良いのか?」


 カレジャスがシュティレと顔を見合わせて呟くと、セレスティアは笑顔で返した。


「えぇ、勿論。みんなで話す事など、シオンさんが城にいた頃以来ですし」

「はは………なかなか遊びに行く時間が取れなくて申し訳なかったね。三日間とは言え、それなりに溜まっていた研究があったんだ」

「気にしてません………と言ってしまうと少しだけ嘘になりますが、事情はそれぞれなので仕方ありません。今度はもう少しだけ早く来ていただけると嬉しいです」

「善処するよ」

「………もう少しだけ早く来ていただけると嬉しいです」

「………約束するよ」


 僕が諦めたようにそう言うと、セレスティアはいらずらっぽい笑みを浮かべる。この子、案外押しが強い所があるよね。まぁ、そういうところはあの父親譲りなのかもしれないけど。

 ディニテもかなり押しが強いというか、掴めるチャンスは必ず掴むと言った性格だと思う。彼と僕はあくまでも客人としての関係性で終わっていたけど、もし僕が友人という関係であれば、その交友を存分に利用して僕を引き入れていただろう。

 やっぱり、セレスティアは見た目こそ可憐な少女だけど、彼に似ているところが多いね。父親の背中だけを見て育った、って言うのもあるのかもしれないけど。


「ふふ、約束です」

「はは、セレスティア。シオンさんを困らせたらダメだよ?」

「シュ、シュティレお兄様が心配する事ではありません!」

「あはは………僕は大丈夫だよ。やりたいことは沢山あるけど、やるべきことはないからね。知っての通り、僕は『権能』としての研究を続けているだけだし」

「そう、そういえば!シオンさんにはその件でも聞きたいことがあるんでした!」


 シュティレが大きな声を上げる。そういえば、君には直接言ったことはなかったね。すると、カレジャスがシュティレを窘める。


「それについてもテントに着いてからでいいだろう。あんまり大声で言う事じゃないぞ」

「あ、すみません………」

「気にしなくていいよ。既にこっちの陣営では殆どが知ってるだろうし。貴族達は何故か知らないみたいだけど」

「私が一部、情報を規制していますから………ですが、戦争が終わればそうもいきません。シオンさんには申し訳ないのですが………」

「それは仕方ないよ。それに、『権能』であるかどうかは大した事じゃないしね」

「大したことじゃない………?」


 僕の言葉に、全員が不思議そうな………というより、理解できないと言った表情を浮かべる。


「あぁ、いや………僕にとって、その称号はあくまでも彼らの意思を継いだ者だという事を表す以外の意味はないんだ。確かに『権能』の力はあるけど、それに何か特別な意味を感じてるわけじゃない」

「そ、そうなんですね………」


 釈然としない様子でセレスティアが言葉を返す。というか、フラウには既にバレていたんだし隠すのも無理があった気はするしね。僕がニルヴァーナを従えていたという事、僕の人智を超えた魔法、それらを見ていればその回答に辿り着くのもそう長くは掛からない。寧ろ、僕の事を知っている者なら一度はその可能性を考えただろう。

 ただ、五人の力を使うなんて有り得ないと思ってその可能性を否定しただけで。実際は間違いじゃなかったわけだけどね。

 僕らが歩いていると、会議用程じゃないにしろそこそこ大きなテントが見えてくる。僕らが休憩用として使っているテントの一つだ。僕らはその中に入って、特に大きな机に座っていく。

 こうして話すのは、本当に久しぶりな気がするね。




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