第40話
僕はしばらく無言でフラウの傍にいたけど、ゆっくりとフラウの目が閉じていく。色々とあって、まだ疲れているんだろう。
「………僕はセレスティア達の所に行ってくるよ」
「………うん。いってらっしゃい」
彼女はそれだけ答えて眠りに着いた。僕はそれを確認すると、手を離して立ち上がる。
「ニルヴァーナ、セレスティアの所へ頼むよ」
そう言うと、ニルヴァーナは空から降下していく。そして地面が近くなったとき、僕はニルヴァーナから降りていく。地上より少し高い所に出て、そのまま地面に着地する。基地は戦後処理に追われていたが、僕が来たのを見て頭を下げる者が多い。
僕はそのまま会議用のテントに向かう。僕が見た時、セレスティアはそこまで大きな傷を負っていたようには見えなかった。まぁ、そもそもあの剣があれば大抵の傷はすぐに回復するのだけど。だからすでに会議を始めていると思ったのだけど、それは正解だったようだ。
僕が近付いていくと、入り口に立っていた騎士が声を掛けて来た。
「お待ちしておりました。既に会議は始まっておりますので、中へどうぞ」
「悪いね」
僕は頷いて、テントの中へと入った。中に入ると、すぐにセレスティアが立ち上がった。
「シオンさん!フラウさんとロッカさんは………」
「大丈夫。ちゃんと治療して、今は休んでるよ。君たちの傷は大丈夫かい?」
「私は大丈夫です。お兄様は………」
セレスティアがカレジャスを見ると、彼は首を振って答えた。
「少し痛むが、動きに支障が出る程じゃない。殆どが打撲だ」
「なら大丈夫だね。ただ、打撲は時間が経ってから痛みが襲ってくる場合もある。一応、後で診療だけでもしておこうか」
「………悪いな」
僕はそのまま大きな机の前に立つ。僕は周りを見渡すけど、数人の貴族が減っているように見える。僕の視線に気づいたのか、セレスティアが口を開いた。
「………お察しの通り、私の軍は先ほどの襲撃で少なくはない被害を受けました。既に戦陣から去ったものも多く………」
「なるほどね。まぁ、それも仕方ないかな。戦力は………まぁ、見るまでもなく不足しているんだろうけど」
「そうですね………恐らく援軍を要請しに行った伝令隊も襲われてしまいましたし………」
「………やっぱりそうなんだね。さて、どうしたものかな」
僕は考え込む。元々セレスティアの軍は戦力的に不利だったというのに、今回の襲撃で更にその差は大きくなってしまった。正面衝突をして勝てる見込みは薄い。
「とはいえ、あんたが最後にグランへと深手を負わせてくれたおかげで、しばらくはあいつは出てこないはずだ。それに、竜騎士団も数がかなり減ってる。今まで通りに動けるとは思えないな」
「………そうだね。ただ、相手は五人でも強力な事に変わりない。だから………あの竜騎士団は、僕が倒したいと思っている」
そう言うと、貴族たちが顔を見合わせた。そして、その中の一人が僕を見る。他の貴族達も、それに続いて僕を睨むように見ていた。
「なんだ?やはり名声が欲しくなったか?」
「いや?名声や栄誉なんてものに興味はないよ。ただ、彼らは僕の大切な家族を傷つけた。その報いは僕自身の手で返したいだけだ」
「………ふん。私からは何も言わん。セレスティア様が良いと言うのならそれでいいだろう」
おや、随分と潔く引き下がるんだね。まぁ、セレスティアの前だし流石に弁えたってところかな。今まであんなに注意されてるわけだし。
「………そうですね。確かに、フラウさんが傷つけられたのはシオンさんからすれば許せないでしょう。それに、私たちは既にあの竜騎士団を相手取るだけの余裕はありません。アブソリュート竜騎士団は、全てシオンさんにお任せします」
「助かるよ。じゃあ、竜騎士団は僕が。それと、君にもう一つ頼みたいことがあるんだけど………」
「分かっています。シオンさんが竜騎士団を倒したことで起こる様々な影響を処理すればいいんですよね?」
「………悪いね。前にも言った通り、僕は報酬を受け取れないからね。アブソリュート竜騎士団を倒せば色々と問題が起こるかもしれないけど、その辺りは任せたよ」
「大丈夫です。そう言うのは得意ですから。後、私からもシオンさんに頼みたいことが」
そう言って、セレスティアが取り出したのは複数の封筒。それを見て、僕は腕を組んだ。
「なるほどね。伝令隊を僕がするってことだね。でも、それに伴う問題は君自身が分かってるんじゃないかい?」
「もちろん、シオンさんに直接伝令をお願いするわけじゃありません。可能であれば、ニルヴァーナを使って伝令隊を送ってほしいのです」
「………ふむ」
確かに、それなら特に大きな問題はない。僕自身が伝令をして問題になるのは信用だ。僕は彼女の正式な援軍ではないし、そもそもこの国の国民ですらないんだから信用してもらえない可能性がある。だから、代わりにニルヴァーナで伝令隊を輸送する。
「僕は構わない。けど、一度ニルヴァーナに聞いてみないと分からないね」
「………やっぱり、ニルヴァーナは嫌がる可能性があるんですか?」
「うーん………なんとも言えないね。僕も彼女と多く話したわけじゃないんだ。なんとなく性格は把握しているつもりだけど、細かい考えまでは分からない」
「………彼女とは誰ですか?」
「え?ニルヴァーナのことだけど」
僕がそういうと、テントにいた者達は驚いたような顔をする。あれ、もしかして………
「もしかして、ニルヴァーナが女性だってことは伝わってないのかな?」
「全くそんな話はありませんでしたよ………そうだったんですね」
「寧ろ、性別なんて気にしたこともなかったな。雌だったのか………」
カレジャスが心底意外そうに呟く。まぁ、確かに伝説で出てくる動物や魔物と言った存在は多いけど、性別はどっちだろう?と考える人は少ないと思う。
けど、ちょっと訂正しないといけないことがあるね。
「ニルヴァーナは雌、みたいな動物へ対する使われ方が多い性別表現は好んでないんだ。生物学的には勿論間違ってないけど、高度な知的生命体だから女性として扱った方がいい」
「………そうか。じゃあそう呼ぶとしよう」
ニルヴァーナは自身が魔物や動物の類と同じように数えられるのを嫌がる。その内面はかなり人間に近い。精神性もそうだし、倫理観もそうだ。
正直、人間の中でもかなりの常識人に含まれる程度には高度な知性を備えているから、僕としてはあまり人外の相手をしているという気にはならない。
「そうした方がいいよ。まぁ、そもそもニルヴァーナと会話できるのは僕だけだけどね」
「そうでしたか………では、一応聞いてみてください。後、出来れば援軍の護衛もお願いしてもよろしいでしょうか?もし竜騎士団が襲撃してきた場合は自由に交戦してもらって構いません」
「そっちに関しては間違いなく出来るよ。じゃあ、援軍の件はこれで終わりかな」
僕がそういうと、セレスティアは頷いた。
「そうですね。ただ、もう一つお願いがあって………」
「………負傷した兵士達の治療かな?」
「えぇ。私の軍には治療技術を持っている人がいないので………応急処置程度ならまだしも、大きな怪我を負った者の治療までは………」
「それは構わないよ。僕としても、救える命を見捨てるのは嫌だからね」
「はい………ありがとうございます」
セレスティアが頭を下げる。セレスティアにとって、自分の理想のために傷を負って戦う兵士達はきっと大切な同士だろう。その命が失われるのは、彼女としても望んでいないはずだ。
多分だけど、僕が彼らを治療したとしても殆どはすぐに戦いに戻れるってことはないはずだ。それでも手当を優先しなくていいと言うところから、やはりセレスティアらしいなと思う。
「そうだね………僕はこれ以上聞きたいこと、話しておくことはないんだけど」
「私も大丈夫です。他に何か意見や伝えることがある方はいますか?」
セレスティアの言葉に誰も答えない。それを見て、セレスティアは僕を見た。
「では、解散としましょう。シオンさんはこの後すぐにでも怪我人の治療をお願いします。テントまでは私が案内しますので」
「分かった。じゃあ行こうか」
セレスティアが案内すると言った時、何人の貴族が反応を示したけど最終的には何も言わなかった。まぁ、色々と思うところがあるのは仕方ない。彼らにも彼らの立場がある訳だし。
まぁ、その辺りは僕が気にするところじゃない。テントを机を回って、僕へと近付いてくるセレスティア。
僕はそれを見て、テントから出る。
「怪我人のいるテントはあっちです。付いて来てください」
続いて出て来たセレスティアが僕に言う。頷いて彼女の後を付いていきながら、話しかけた。
「怪我人はどれくらいだい?」
「かなり多いです。全員が治療が必要なほどの怪我を負っている訳ではありませんが、そういった方を省いても多いと思います。詳しく把握しているわけではありませんが………」
「なるほどね。まぁ、数が多いのは仕方ないよ。あれだけの数の差があったんだからね。寧ろ全滅しなかっただけ良く戦ったと思う」
「そうですね………彼らには感謝しています」
そういう彼女は、何か強い決意を秘めていた。自分のために戦ってくれた彼らのためにも、必ず理想を実現して見せると。
僕はその目を見て安心した。今回は完全な敗北とは言い難いけど、劣勢だったのは間違いない。寧ろ、僕がいなければここで戦いは終わっていた可能性だってある。前の事で、彼女の決意は固くなったけど、また折れてしまっていたらどうしようかと思っていた。
その心配は杞憂に終わったみたいだけどね。
「………その様子だと、もう君の心配はいらないみたいだね」
「え?………ふふ。そうですね。でも、それもシオンさんのおかげです。あなたがいなければ、私は………」
そういって、僕を見るセレスティア。そのまま彼女はにこりと微笑んだ。
「あなたには、もう返しきれないほどの恩を受けました。まだまだ成長しないといけない事が多い私ですが、これからもどうかよろしくお願いします」
「そんなこと今更だよ。勿論、これらも仲良くしてくれると僕も嬉しい。よろしくね」
僕がそういうと、彼女は頷いた。それをみて、僕は既に目の前まで来たテントの方を見る。
「さて、僕は仕事に移ろうかな。君は先に戻って休んでおいで。傷は治ったと言っても、疲れまでは取れないからね」
「分かりました。では、お願いします」
「任せてくれ。それじゃ、また後でね」
僕はそこでセレスティアと別れてテントへと入っていく。テントの中には血の匂いが充満していた。敷かれた布に寝かされている兵士達。まぁ、予想はしていたけどね。
「意識がある者は聞いて欲しい。僕は今から君たちの治療を行うよ。もし必要なら、睡眠薬を用意するから、始める前に言ってくれ。それじゃ、傷が深い者から始めるよ」
僕はそう言って、中を見渡して傷が大きい者を探す。傷が深いと言ったけど、詳しく言うと僕の目に付いた者の中で傷が深い者だ。誰が一番傷が深いかなんて、しっかり調べているとそもそも取り掛かりが遅くなる。
僕はその中で一人を選び、治療道具をバッグから取り出す。そして、僕は治療に取り掛かるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます