第38話
会議が終わった後、僕はいつものように偵察に向かっていた。基本的に偵察の際は雲より高い位置から地上を見下ろしている。理由としては、天竜ニルヴァーナの魔法的な加護が由来するからだ。
天竜の名の通り、古の時代には天の支配者とも謳われたニルヴァーナは天空を飛翔している際には地上からの生物には認識されずらくなると言う加護を持つ。生前………というか、本来の肉体が朽ちる前は完全に認識できないほどの能力があったみたいだけど、今の肉体に変わってからは若干弱体化してしまい、上位生物に分類される魔物や竜種、吸血鬼や悪魔と言った存在の目は欺けないみたいだけど。
人間であっても低空飛行をしている際は認識できるようになるし、交戦状態では維持できない。そもそも空中を飛行している者には一切加護の能力が効かない。無敵の能力ではないという事は確かだ。
「さてと………そろそろ相手が動き出すとすればこのタイミングだと思うんだけどね」
僕は呟く。今日はフラウとロッカは連れてきていない。相手の動きが分からない以上は、少しでも守りを固めるためだ。僕の見立てでは、相手が大きく行動を起こすとすれば今しかない。セレスティアがやっと互角の戦況まで覆し、相手の優位性が崩れて来た今が、相手にとっての勝負の分かれ目の一つだからだ。
僕が地上を索敵していた時、草原を掛ける騎馬隊を見つける。進む方向は戦場とは真逆の方向。人数も多くはない。やっぱり見立て通りだね。
「伝令隊かな。援軍要請が届くのも面白くないし、今のうちに倒しておこうか」
僕がそういうと、ニルヴァーナは急速に高度を落としていく。そろそろ相手からも視認できる程度の距離に来る。そう思った瞬間だった。
僕らの上空から、複数の火球が迫って来る。すぐにそれを察知して回避行動に移るが、全ては躱しきれずに直撃した火球が爆発を起こす。
「っ………まさかここで出てくるとはね」
上空を見る。そこには、雲を抜けて急降下してくる竜の群れ。たった一発の火球であそこまでの攻撃力を持つという事は、並みの竜ではない。そして、その竜の背には鎧をまとった人間が。
間違いなくアブソリュート竜騎士団だという事は分かった。問題は、この後の対応だ。彼らを本気で迎え撃てば、勝てないことはないだろう。だが、それをしてしまえば色々とまずい。
よって、僕が取れる行動は一つだった。
「ニルヴァーナ。申し訳ないけど、彼らを巻いてくれ」
そういって、ニルヴァーナに生命力を流し込む。あの時と同じように変化して、高速で飛行を始めるニルヴァーナ。だが、竜騎士団はそれに負けじと追ってくる。正直意外なくらいに速い。あの黒竜にも劣らないほどの速度で、殆ど距離が離れることが無い。放ってくる火球や魔法は何とか回避できているが、このままでは埒が明かない。
「しつこいね………!」
ニルヴァーナが緑の魔法陣を展開し、高速で空へ昇っていく。流石に上昇時の速度は僕らが圧倒的に有利だけど、それだけで巻けるとは思えない。多少攻撃をして振り切ることも考えたけど、そもそも相手もかなりの手練れだ。牽制程度の攻撃で、そう簡単に怯んでくれるとは思えない。
追ってきている竜騎士団の数は五名。この程度なら倒してしまっても大きな問題にはならないかな?そう思った時に、ふと疑問を抱く。
相手は騎士団だ。確かに竜騎士は育成が大変とは言え、流石に五人とは考えづらい。つまり、待機している竜騎士がいるという事だ。
ニルヴァーナ程度なら、五人だけで十分だと判断した?それはもっと考えられない。彼らの話を聞いていたら明白だけど、『権能』とは老若男女でその名を知らぬ者はいないという程の伝説だ。『権能の守護者』たるニルヴァーナについても、相応の名声を誇っている。つまり、侮るなど有り得ないんだ。つまり、彼らは五人で来なければならなかった。それは何故?
そう考えた時、僕の中には一つしか浮かばなかった。
「………少し、相手を舐めすぎてたかな」
シオンが偵察に行った後。私たちはとても不味い状況に置かれていた。
「っ………まさかこのタイミングで………!」
「まさか進軍を受けたその日に反撃をしてくるとはなっ!」
そういって剣を振るうセレスティアとカレジャス。私も得意とする水の魔法で迫る敵兵を倒していく。シオンが偵察に行った後、すぐに敵軍からの襲撃があった。その軍勢は明らかに多く、私たちの三倍以上の人数。
そして、敵軍を率いる一人の男。見たことないけど、多分ベルダの婚約者なんだと思う。荘厳な雰囲気を纏い、ベルダとは違って穏やかに………そして、冷徹に私達を殲滅するために兵士達へ指示を飛ばしている。薄く私達を見据えるその瞳は、まるで私たちを見下すように。何となく、普通の人間ではないような感じがした。
「波紋。荒波よ。穿って」
私は大将であるその男に向けて魔法を放つ。純粋な威力だけなら、私の持つ魔法の中でもトップクラスに強い魔法。敵兵を巻き込みながら、一直線に男へと突き進む激流。
「………ふむ。崇高なる光よ」
そう唱えた時、男の周囲に光の巨大な剣が六本展開される。まるで魔法陣が剣となったようなその剣は、男の前方に円を描くように並んで結界を展開した。ぶつかり合う私の魔法と結界。しかし、結果は明らかだった。
「悪くない。が、まだ足りないな」
「っ………」
一切表情は変えず、余裕を崩さずに告げる男。それに、さっき私たちの後方へ竜騎士団が飛んでいくのが見えた。今日の会議で、援軍の手紙を出すという話をしたばかりのこのタイミングで。
シオンはまだ帰ってこない。彼がいないと、このまま押し切られてしまう。新たな力を手に入れたセレスティアも、その力を完全に使いこなせている訳じゃない。かなり善戦はしてるけど、そもそもの数が違いすぎる。
「『権能』を待っているのかな。彼ならすぐには戻ってこないよ。少なくとも、君たちが消えるまではね」
「やはり………竜騎士団をシオンさんのところへ向かわせたんですね………!」
「もちろんだよ。彼を足止めするためとはいえ、業腹にも私の竜騎士団のうち五人の人員を割かなければならなかった。たった一人を足止めするためにここまでするなど、本来は考えられないのだがね」
先ほど飛んで行った竜騎士は五人。つまり、半分を向かわせたってことなんだろう。けど、彼はシオンが帰ってこないとは言ってない。寧ろ、自分で足止めだと言っている。つまり、シオンの力量を正しく認識してるって事だ。
ベルダの婚約者である男は頭がいい。それだけは何となく覚えていたけど、ここまでの策士だなんて聞いてない。
「撤退しても構わない。ただし、君たちの伝令隊を滅した竜騎士団と、私たちの挟み撃ちを考えなければだが」
「………おまえ、うるさい!」
私の目が光る。それと同時に周囲に多数の雪の結晶が浮かんでくる。私が青白いオーラを纏うと、周囲の温度が急速に低下する。
地面が凍てつき、ひび割れていく。両手を胸の前で重ねて、告げる。
「永久の時をあげる。刹那の世界」
その瞬間、私を中心に白い霧が発生し、前方を覆いつくしていく。霧に触れた敵兵たちは、一瞬で氷像へと変わり、次々と敵を凍てつかせる。
「ほう。なかなか珍しい。塵と等しい存在かと思っていたが、君は違うようだ。が、私には及ばない」
男が左手を掲げる。それと共に黄金の光を纏っていき、男の後方に巨大な魔法陣が展開される。
「天よ。我が威光を示したまえ」
男が左手を降ろす。その瞬間、魔法陣から極光が放たれる。その光は一瞬で霧を打ち払い、止まることなく私に迫って来る。
「っ………!」
「フラウさんっ!!!」
私はギリギリで後ろに跳ぶことで直撃を免れた。けど、地面に触れた光は爆発を起こして、私を吹き飛ばす。勢いよく地面を転げる私は、元々身体面があまり丈夫じゃない事を含めて既にそれだけで満身創痍だ。頭を切ってしまったのか、視界に血が流れ落ちてくる。
「!!!!」
その時、ロッカが私の前に立ち、私に追撃をしようとした敵兵たちを殴り飛ばしていく。制限が掛かっていても、その殴打の嵐は迫る数十の兵士達を一切通さない。私が何とか立ち上がった瞬間だった。ロッカへ眩い閃光が放たれ、爆発を起こした。
そのまま吹き飛ばされるロッカの巨体は私の頭上を通って、地面に叩きつけられる。そこへ追撃と言わんばかりに天から降り注ぐ光の矢が大量に撃ち込まれ、爆発を起こした。
「………そんな、ありえない」
ロッカの重量はかなり重い。内部が空洞であることを加味しても、全身が魔導鋼で出来たその肉体は、人間が潰されようものなら一瞬で肉塊となるほどの重量を持っている。それが、たった一撃の魔法で宙を舞うなど考えられなかった。
そもそも、私の中でロッカは最強であるという認識だった。あらゆる攻撃を通さず、圧倒的な質量で敵を一方的にねじ伏せる。正しく最強と言うに相応しい戦い方をしながらも、心優しい彼は私を守りながら戦う事をハンデとしなかった。
それが、黒煙が晴れたロッカは地面に倒れ伏して起き上がらない。胴体には明らかな陥没が出来ていた。
「その速度、そのパワー。実に素晴らしい。だが、少々手を抜きすぎたようだ。大方、主から本気を出さぬように制限を設けられたかな」
「………っ!」
「そう驚くことじゃない。彼の戦闘能力の差に気付くのは難しくない。まぁ、予想通りと言ったところだね」
そう言いながら歩いてくる男。足取りは優雅に、まるで戦場を歩いているとは思えないほどの余裕さを持って、饒舌に話しながら歩いてくる。
「愚か者め!気を抜いてていいのか!?」
「………ふん」
その時、爆炎を纏ったカレジャスが一気に男へ迫る。けど、男はカレジャスをつまらなそうに一瞥すると、周囲の剣でカレジャスの剣を受け止める。そのまま容易く打ち払い、大きく隙が出来るカレジャス。
「なっ………」
「愚者は君だ」
男が右手を伸ばす。開かれたその手のひらから、光の衝撃波が放たれ、カレジャスは地面と平行に吹き飛んでいく。その瞬間に、男の背後から烈火が迫る。
「天は私を守り給う」
男の周囲に半透明な球体上のバリアが展開される。烈火は男には届かず、目を細めたまま振り向く。
「あなた………それだけの力をどこで………!」
「どこで?これは元より私の力だよ。天が授けた我が崇高なる力に、君たちが劣っているだけだ」
「戯言を………!」
セレスティアが剣を構える。それと共に、赤き剣が炎を纏う。
「我が声に応えて!」
剣を上へと掲げる。その剣は巨大な炎を放ち、周囲の温度を一気に上昇させる。
「ほう………それは私が知らぬ剣だ。大方、あの錬金術師の作品かな。少し興味があるね」
「燃え尽きなさい!」
男の言葉を聞かず、セレスティアは剣を振り下ろす。
「遅い」
その瞬間を、私は捉えられなかった。男の体が光に包まれたと思った瞬間、その場から消えてセレスティアの懐に入っていた。
「爆ぜよ」
「っな………!」
男が突き出した右手から、激しい爆発が起こる。大きく吹き飛ばされていくセレスティア。男は爆風で飛んできた土を払い、目を細める。
「天の導きがない者は、こうも儚いか」
そのまま私を見る。私はすぐに魔力を纏い、周囲に水球を浮かばせる。
「ふむ。君、魔族だね?」
「………だったらなに」
「私達と共に来ないか?君には才能があるようだ。私なら、君をもっと高みへと案内できる」
「………嫌」
「そうか………ならば仕方ない」
私はすぐに水球に魔力を収束させ、放とうとする。だが、その瞬間に一瞬で放たれた細い閃光が、水球を貫いた。私の真横で破裂する水球。解放された魔力が小規模の爆発を起こす。腕で顔を隠したその瞬間だった。腹部と左足に強烈な痛みが走った。
「――――――」
声を上げることすら出来ない。震える手で腹部を抑えると、手には血が。一気に血の気が引く感覚に襲われた。いやだ、死にたくない。
そんな思いに体は答えずに、膝をつく私の体。恐怖で体が震える。
「………死ぬのが怖いか?ならば、再びチャンスをあげよう。私達と共に来ないか?君の死への恐怖を、全て否定する圧倒的な力を手に入れたくはないかい?」
「私、は………」
恐怖を覚えながら、男を見上げる。男は右手の上に光の球を浮かばせ、私を見下ろしていた。もし断れば、今度は私の頭を撃ち抜かれるだろう。
「………ふむ。仕方ない。天の偉大さは、簡単には理解できない。少しすれば、君も理解できるだろう」
「………っ」
手を伸ばしてくる男。その手に私が目を見開いた時だった。
「!!!!!」
ロッカが立ち上がる。地面を砕き、周囲に地響きを起こしながら、その身に有り余る憤怒を滾らせて。緑の目が赤く変わる。その瞬間に、明らかにロッカが身に纏っていた空気が変わった。
「!!!」
「なっ………!?」
ロッカが一瞬で消えて、男へ両足で跳び蹴りを放つ。何とかバリアで防いだものの、そのまま吹き飛んでいく男。ロッカはすぐに地面に着地するとともに、黄金の紋様を浮かび上がらせた右手を地面に突っ込み、引き抜く。
右手に持った巨大な剣。それを軽々と構え、男へと走る。
「くっ………忌々しい鉄塊め」
男が周囲に浮かぶ剣を発射する。ロッカはそれを音速の連撃で全て弾き、剣を地面へと叩きつける。砕けた地面が、男へと迫っていく。それを当然のようにバリアで防御する男。
その瞬間に、ロッカが一瞬で大地を蹴る。一瞬で跳んだロッカは、男の上を取る。
「!!!!!!」
「………」
そのまま剣を体重を乗せて振り下ろす。だが、剣が届くよりも早く男の右手から放たれた光の閃光がロッカを吹き飛ばした。
吹き飛ばされるロッカだけど、空中で体勢を整え大地を砕いて着地する。その反動を利用して、再び男へと跳ぶ。
男は周囲に展開した光の剣で、ロッカと熾烈な剣戟を繰り広げる。六本の光の剣と、ロッカの剣は互角に打ち合っている。
だけど、敵は男だけじゃない。主戦力が大方やられ、なだれ込んでくる敵兵達。
「進め!今が好機だ!」
「待ちたまえ。あの少女は捉えろ。殺した者は厳罰に処す」
男はロッカと打ち合いながら、兵士達に指示を飛ばす。私は一瞬で騎士達に取り囲まれ、無理やり立たされる。腹部と足に強烈な痛みが走り、涙を流すが騎士達は構う事はなかった。
「!!!!!」
「くっ………!」
その瞬間、ロッカの攻撃の勢いが増し、六本の剣の間を潜り抜けて蹴りを放つ。何とか剣で防御するも、勢いよく吹き飛ばされていく男。
そして、一瞬で私に走るロッカ。騎士達が怖気づき、走って来るロッカは私に手を伸ばす。
「!!!」
その瞬間。天から落ちて来た巨大な光の剣が、ロッカを貫いた。
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