第37話

 ゴーレムの襲撃隊を退けた後、僕はテントに入って休憩していた。用意された椅子に座って、自分の作った研究の資料を見ていた。勿論、他の人がいる以上はあまりに危険な研究資料は取り出せないけどね。

 資料を見ながら自分で持って来たコーヒーを飲んでいた時、騎士の一人が声を掛けてくる。


「すみません。お時間よろしいでしょうか?」

「ん。なんだい?」

「シオン様が倒したゴーレムの残骸の後始末に関して何ですが………」

「あぁ………邪魔なら僕が纏めて処理しておくけど」

「いえ、そうではなく。ゴーレムを構成しているのは全て高純度の鉄なので、あのまま放棄しておくのはあまりに勿体ないのです。もしシオン様が不要だと言うのであれば、我々が回収してもよろしいでしょうか?」

「ふむ。構わないよ」

「ありがとうございます」


 確かに、この世界で鉄は貴重………という訳でもないけど、高純度の鉄を作り出すのはかなり手間だ。鉄が貴重じゃないって言うのは、そもそもこの世界のあらゆる資源が前世に比べて豊富だからだ。その上、鉱物資源を体に有した魔物も存在する。そもそも、やろうと思えば錬金術で土を鉄に変える事だって出来るのだ。勿論、かなりの時間と知識が必要だけど。

 その上、この世界で絶滅という概念がかなり珍しい。無い訳じゃないんだけど、この世界の動植物は前世の物と比べれば繁殖速度が全体的に早いようだからね。人間が全力で伐採や狩りを行えば話は別だろうけど、基本的には自然の繁殖速度と上手く均衡を保てているようだ。というより、一部の魔物とか植物は、人間がどれだけ全力を尽くしても繁殖速度に追いつけないような種だって存在するわけだし。

 鉱物資源は自然生成されない?いや、そうでもないんだよね。さっき言った体に鉱物を有する魔物はエルツと言って、体内で鉱物を生成する機能を持っている訳なんだけど、食べる物によって作り出す鉱物は異なる。生成した鉱物は体表に溶け出して外殻にすると言う生態を持つが、寿命が存在するのは当たり前だ。エルツは体長が最大で五メートルにもなる巨大な魔物だから、死体はちょっとした鉱床になるってことだね。

 勿論、こんな便利な魔物だ。人間がどうにかして手懐けようとした過去もあるけど………まぁ、上手くいってないという事から察してほしい。


「………シオンはいらないの?」

「僕はいつでも作れるからね」


 僕にとって、純鉄なんて大した労力も掛けずに作ることが出来る物だ。権能達が使っていた鉱山や鉱床を知っているし、特に鉱物資源で困ることはない。秘密の穴場って奴かな。そもそも、大地から鉄を作ることだって容易い。自分で作れる鉱物は作るし、僕が作れない鉱物は採取しに行くことだってある。


「………いつも思うけど、あなたって凄いよね」

「そうかもしれないね。君も一般から見たら十分すごいと思うけど」


 フラウは僕の事をそういうけど、フラウだって世間一般から見たら信じられない程高度な魔法を使う。身に宿す特殊な魔力が関係しているのだろう。

 そう言えば、今度彼女の魔力の事をしっかりと調べないといけないね。先に言っておくと、非人道的な実験をするつもりはない。けど、前に黒竜に襲われたときは確実にフラウを狙っていた。今後の事を考えると、その魔力の性質に付いてしっかりと知っておくことが大切だと思っただけだ。

 そんな事を考えながら資料を読み進めていくと、外が何やら騒がしい。途中でセレスティアという名が聞こえたから、多分進軍の決着がついたんだろう。

 外の騒ぎを聞いて、テントの中にいたシュティレも出て行く。僕はしばらくテントの中で待っていると、シュティレが戻って来る。


「シオンさん、あちらの決着がついたそうです」

「そうかい。まぁ、結果は分かってるけど」

「はい………ですがその………セレスティアがシオンさんを呼んでいるそうで」

「………ん?」


 あれ?僕何かしたっけ?と思ったけど、一瞬で理解する。多分、ロッカが好きに暴れ回ったんだろう。そう言えば、僕はセレスティア達の軍に付いていくように言っただけで、手加減しろとは一言も言っていなかった気がする。手加減しようとも強力な力を誇るロッカが、全力で暴れればどうなるのか。そもそも魔導鋼を使っているという時点で大抵の人間では傷つけることすら不可能だと言うのに、その巨体に秘められた圧倒的なパワーと速度を見ればトラウマになってしまう者もいるだろう。


「あぁ………ロッカが派手にやらかしたかな?」

「………それしか考えられませんけどね」


 内心憂鬱になりながら、僕は立ち上がる。ロッカの事だし、まさか味方にまで被害を及ぼしているとは考えづらい。間違いなく相手を一方的に蹂躙したんだろうけど、何というか………戦争は勝てばいいって話じゃないからね。

 一方的に一人で敵を虐殺していたなんて話が広まったら、外聞が良いわけないし。正々堂々と戦う事こそがこの戦争での一つの意味となるから、ちょっと問題になりかねないってところかな。一応、ロッカは正々堂々と正面から戦う以外の方法は知らないだろうから、そこまで大問題にはならないと思うけどさ。

 フラウも立ち上がって、そのままテントを出る。あんまりひどく怒られないといいなぁ………












 それからしばらくして。報告に来た騎士の案内で、僕らは第三拠点に来ていた。今までよりも明らかに喧騒に包まれているから、何かがあったのは間違いない。少し歩くと大きなテントがあって、その前にはカレジャスとロッカ。そしてセレスティアが立っていた。

 セレスティアは僕たちが来たのを見て、声を掛けてくる。


「来ましたね」

「あぁ、お待たせ」

「さて、シオンさん。私が何が言いたいかお分かりですか?」


 セレスティアがとてもにこやかな笑みを浮かべて聞いてくる。いつもと変わらない笑みなはずなのに、背後に炎が見えるのは気のせいだろうか。


「そうだね………一言言わせてもらうとすれば、申し訳ないよ」

「………はぁ。まぁ、元より手を貸して欲しいと言ったのは私ですから、あまりこちらからも強く言えません。ですが、ロッカさんにあれだけの能力があるのであれば、先に教えてくれても良かったのでは?」

「あぁ………ちょっと迂闊だったね。いつもは手加減するように言ってるんだけど、この戦いでロッカの制限を外していたのを忘れていたよ」


 そう言うと、ロッカが困ったように頭を掻く。まるで何かやっちゃった?と言わんばかりの様子だけど、困っているのは僕の方だ。普段の様子を見ていたから失念していたけど、彼は若干好戦的な気質がある。手加減をするように言いつけている時は制限が掛かっているから自動的に能力を抑えているんだけど、一度制限を解除すれば自身の力を存分に使って敵を血祭りにあげていく。

 正しく暴力的と言うに相応しい鬼神が如き戦いは、対象となった哀れな敵対者に強い恐怖を植え付ける。戦場を血で染め上げ、肉塊が転がる地獄と化したその光景は、味方にも強いショックを与えるだろう。

 はっきり言うと、戦場でのロッカの恐ろしさは僕にも劣らないと思う。


「………でも、一応正々堂々と正面から蹂躙したわけだろう?そこまで大きな影響はないと思うんだけど………」

「もちろん、この程度で汚点となるほど戦争は甘い世界ではありません。ですが………色々とショッキングと言いますか」

「だろうね。それについては本当に申し訳ない」

「………ロッカ。シオンを困らせたらダメだよ」

「!」


 ロッカが頭を下げる。まぁ、一応僕にも非がある訳だし、そこまで気にしなくていいよ。彼は僕が作り出した高度な生命体だ。学習能力もあるし、感情だって存在する。それと同時に、自己意識と言うのも存在する。つまり、多少の欲求も存在するわけだ。

 その中に、ロッカは運動をしたいという欲求がある。普段は制限してるけど、その制限がない以上は彼は欲望のままに力を振るうから、そこが少し彼の危ない所でもある。


「一応、君にはまた制限を掛けておくよ。もし必要になったら外すけど、十分周りには気を遣うように」

「!」


 ロッカは頷く。その素直さはとても美点だと思うから、後は自分で加減を覚えてくれれば一番良いんだけどね。


「では………色々と話さないといけないこともありますし、中へどうぞ」

「そうかい。それじゃあ、お邪魔するよ」


 そういって、僕らはテントの中に入る。そこには貴族たちがいたけど、全員が全員僕を見て微妙な表情を浮かべる。まぁ、彼らもロッカの戦いを見たんだろうしね。

 ちなみに、シュティレ以外の貴族は全員前線に出る。戦うのかって?意外だと思うかもしれないけど、貴族は多少武芸を学んでいる者が多い。文武両道を至高とする考えが強いから、教育自体はかなり厳しいらしいからね。後、自分の軍の管轄は自分で行いたいという物も多い。戦場に出ている以上、上手くいけばセレスティアを危機から救うチャンスもある訳だし。

 この世界でも、絶体絶命のピンチを救うというシチュエーションは王道的に英雄視される事が多い。まぁ、セレスティアはここにいる貴族より遥かに強い気がするけど。


「セレスティア様………話は終わりましたか?」

「えぇ。会議を始めます」


 そういって、また何度目かの会議が始まる。既にこちらの快進撃が始まっていると言っても過言ではない。大体半分程度は押し返すことが出来ている。

 けど、ここからは更に敵陣の反撃も激しくなってくるはずだ。でも、ここで守りに入って相手にターンを渡すなんて選択肢はない。援軍に関することや、物資に関する事。兵士の手当に関する話などで会議は進んでいく。次の進軍は、更に速いペースで行わないといけないだろう。けど、そろそろこちらの兵士達の疲れもピークだ。そういった点を踏まえて、編成なども考えないといけない。

 案外、戦争とはめんどくさいものだね。














 走る。もしあの錬金術師の男に見つかってしまえば絶体絶命だ。だが、既に味方の陣地はすぐそこ。既に追撃の心配などしていなかった。今は、襲撃の結果を報告するために走っていた。

 結果としては惨敗。しかし、これはグラン様も予想していたことで、相手の戦力………詳しく言えば、あの錬金術師の力量を測るため行った事だった。

 こちらの本陣は、平原の先になる森の中にあった。木々を抜けて、本陣に入る。


「止まれ!」

「待ってくれ!俺だ!ライルだ!」

「………なるほどな。通っていいぞ」


 すぐに騎士に呼び止められるが、俺はここの陣営でも珍しい部隊に配属されている。判別は容易だし、すぐに通される。

 そのままベルダ様とグラン様がいるテントに向かい、跪く。


「ライルです!ただいま戻りました!」

「………あら、やっと戻ったわね」


 テントからベルダ様が出てくる。だが、俺は少しだけ後悔した。ベルダ様の声色は明らかに不機嫌だった。もしここで一方的に負けたといえば、予想できていたこととは言えお叱りを受けかねない。だが、黙っているわけにもいかないため、俺はありのままの事を報告した。


「はぁ………そう。やっぱり勝てなかったのね」

「も、申し訳ございません」

「いいわ。元からあの男に勝てるとは思っていなかったしね」


 そういって、ベルダ様は中に戻っていく。グラン様と会話をする声が聞こえ、しばらくするとグラン様が出てくる。輝く金色の短髪に、気品を感じさせる美しい顔立ち。高い身長と、白い装束に身を包んだその姿は王族にも引けを取らない高貴さを醸し出していた。


「ふむ。君は彼の戦いを近くで見たんだろう?どう感じた?」

「………異常です。人間とは思えないほどの身体能力と、純鉄の魔導鉱で出来たゴーレムをまるで紙の如く切り刻んでいく水の剣は、私の持つ言葉では表せないほどの脅威を感じました」

「………なるほど。私が思っていた以上に厄介な相手のようだ」


 そういって、顎に手を当てて考え込むグラン様。すると、再びベルダ様がテントから出てくる。


「ねぇ、グラン。やっぱりアブソリュート竜騎士団を使った方がいいんじゃないかしら?このままじゃ、私たちの優位が崩されてしまうわ」

「いや、まだだよ。これは私の憶測だが、『権能』は直接私達を攻撃することはない………が、先日の援軍が全て全滅させられた事件は、彼がやった事だと言うのは明白。このままこちらの陣営に援軍が届かないとなると、我らはいずれ飢え死んでしまう」

「………何を考えているの?」

「………ベルダ、私たちの側に付くと連絡を寄越した貴族がいたね。彼に援軍を呼んでくれないかな?」

「え?でも、『権能』はまだ………」


 ベルダ様がそういった時、グラン様が不敵な笑みを浮かべる。


「大丈夫だ、私を信じて。君のために、必ず王位を献上して見せるから」

「………分かったわ」


 ベルダ様はテントの中へ戻っていく。恐らく、援軍の手紙を書くのだろう。グラン様はそれを確認すると、俺に向き直る。


「君にも話しておかねばならないが、先ほどセレスティアの軍が第三拠点を占領したとの報が入った。既に我らの物資も底が見え始めている。君も覚悟を持って今後の戦いに臨むように。ゴーレムの補給はこちらで用意しておこう。以上だ」

「はっ!失礼します!」


 俺は頭を下げて、その場から去る。セレスティア様の軍には『権能』を継いだ男が来て、そこから形勢は徐々に逆転を始めている。だが、このまま負けるわけにはいかない。

 全ては、この国のために。



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