第36話

 会議が終わった後、ロッカには次の進軍の際の事を伝えた。特にそれ以外は特に何かあったわけでもなく、夜に再び偵察に向かってから休んだ。そして、次の日。セレスティア達は朝早くから進軍を開始していたみたいだ。僕が起きた時には、既にセレスティア達は第二拠点にいなかった。

 ロッカはニルヴァーナの外で待機してもらっていたから、しっかりと付いていってるはずだけどね。もう少し早起きした方が良いのかな。

 そんなことを考えながら、僕は一つのテントの中で、対面に座るシュティレが必死に考え込んでいる様子を見ていた。


「うーん………これは………」

「あはは。特に待ち時間を設定している訳じゃないからゆっくり考えるといいよ。それで勝てるならね」

「くっ………」


 僕は暇を持て余し、シュティレとチェスをしていた。フラウは僕の横で黙って見ているけど、君はチェスのルールは分かるのかな。


「フラウ。君はチェスのルールは分かるのかい?」

「………ルールだけなら」

「なるほどね。後で一戦やってみるかい?」

「………惨敗するのが目に見えてるから、いい」

「ふむ………」


 まぁ、残念ながら否定は出来ないね。かなり自信満々だったシュティレがこうも唸っているんだし。実際、手としては悪くないんだけどね………


「駄目です………勝ち筋が………」

「………諦めるかな?」

「そうですね………降参です」


 まだチェックメイトではないけど、盤面を見たら既に勝ち筋が無いのは一目瞭然だった。相手には既に決定打として動ける駒が残っておらず、こちらにはクイーンも残っている。僕が致命的なミスをしない限りは覆らない状況だね。


「………会議でも思いましたが、シオンさんは兵学にも詳しいんですか?」

「いや、そんなことはないよ。寧ろそういった物は一切学んだことが無いよ。それに、チェスに兵学なんて必要ないからね」

「それはそうなんですが………」

「戦争とチェスは例えとして持ち出される事が多いけど、実際は大きく異なる。でも………そうだね。必要な物は似てるかもね」

「必要な物、ですか?」

「うん。それは………」


 その時、テントに近付いてくる足音と、息を切らしたような呼吸音が聞こえる。かなり焦っているようだけど、何かあったかな。


「シュティレ様!」

「っ、どうしたんだい!?」

「この拠点へゴーレムの部隊が迫っています!明らかに援軍ではありません!」

「ゴーレムの部隊!?」


 へぇ………相手も面白い物を出してきたね。まさか、別動隊にゴーレムを選ぶとは。僕は報告をしに来た兵士に尋ねる。


「数は?」

「大体五十体程度かと………」

「ふむ………なるほどね」


 僕は立ち上がる。それだけのゴーレムを、一瞬で用意できるとは思えない。考え得るのは元々用意していた兵器か、簡易的な装甲のみを作って魔法で操る鉄人形か。

 どちらにしろ………僕としてはあまり面白くないね。ため息を付いて立ち上がる。


「………いくの?」

「もちろんさ。防衛には参加すると言ってるからね。それに、相手のゴーレムがどんなものか見てみたいし」

「………そう」


 僕はそのままテントから出る。フラウもゆっくりと僕の後ろを付いてくる。防衛のために残った兵士や騎士が走っていく。その中で、僕らは特に急ぎもせずに歩いていた。

 少しして拠点の外に出る。平原が広がっているけど、少し遠くにある森。そこからゴーレムの部隊が出てきている。確かに数は多いね。でも………


「………かっこ悪い」

「全くだね」


 無論、見た目の話ではない。ロッカとは見た目が大きく異なるとはいえ、別に特別かっこ悪い見た目をしている訳でもなく、ゴーレム達は統率が取れた動きで行進してきている。しかし、ロッカという高性能という言葉では言い表せないゴーレムを身近で見て来た僕らからすれば………その動きは実に滑稽としか言いようがない。あまりに稚拙で、外部から動かされていることがすぐに分かるような動きだった。

 ゴーレムを見慣れていない者からすれば、そうは見えないんだろうけど。


「………これは、僕に対して喧嘩を売ってると捉えて良いのかな」


 別に、ゴーレムを使って良いのが僕だけだと言うつもりはない。けど、曲がりにもこの世界でトップクラスのゴーレムを所有している錬金術師だ。その僕がいる拠点へ、あんなに出来の悪いゴーレムを送り付けるなんて侮辱だとしか思えない。

 ため息を付いて、僕は右手に蒼い光を纏わせる。それと同時に両手の中に、小さな水球が生成される。それを見たフラウは、小さく呟く。


「………私、出番ない?」

「あぁ、ごめんね。あのゴーレム達は………」


 僕はフラウの方を見て苦笑する。それに構わずどんどん歩みを進めるゴーレム達。周囲にいる騎士や兵士達も、徐々に緊張が高まっている。

 ゴーレム。言わずと知れた人により作られた大地の化身。その身は泥で作られるのが一般的だが、時代と共に石や鉱物を使ったゴーレムが普及していった。そのようなゴーレムは、当然のように高い耐久性を誇る。また、人間のような痛覚もないために怯むことも基本的にはない。部位を欠損しようが残った部位で任務を続行しようとするし、そもそも体を構成している鉱石によっては傷を付ける事すら困難だ。

 けど………逆に言ってしまえばそれだけだ。無理やり魔法で出来た糸で吊るされるしかない鉄人形に、それ以外の脅威が存在するわけがない。


「僕に任せてほしい」


 僕は一瞬でその場から駆け出す。空気を引き裂きながら走る途中で、両手の水球が徐々に伸びて形を変えていく。それは二本の剣となり僕はそれをしっかりと握る。既にゴーレム達は目前。

 僕の接近を認識したゴーレム達が腕を振り上げる。


「遅いよ」


 それを振り下ろそうとするより早く、僕は群れの中に突っ込む。そして、次の瞬間。多数の水の斬撃と共に、十体程のゴーレム達が僕を中心に切り刻まれる。断面はまるで魔剣に裂かれたかのように、一切の凹凸が無い。


「駄目だね。せめてこれくらい耐えてくれなきゃ」


 すぐに他のゴーレム達が僕に迫って来る。けど、やはり一々動きが鈍重だ。こう言っては何だけど、攻撃してくださいと言っているようなものだ。


「水面の境界!」


 迫る五体のゴーレムへ、両手の水剣で薙ぎ払う。振るわれた水剣は巨大な水の斬撃を放ち、ゴーレム達を真っ二つに切断する。だけど、ゴーレムは上半身と下半身を分かたれた程度では活動は止まらない。とはいえ、腕だけで身体を持ち上げる様な力もないだろうけど。

 どれだけ味方がやられようと気にした様子が無く、僕に迫って来るゴーレム達。これ、人が魔法で操ってるはずだけど。


「もう少し学ぶべきだよ」


 一瞬でゴーレムの懐に入り、右手を振るって体を斜めに切断する。続いて二体目を左手で切り伏せる。三体目と四体目を回転切りで切り刻み、五体目を両方の剣を交差させるように斬る。

 六体目、七体目が左右から迫る。振るわれた腕を軽く跳ぶことで避け、その腕を踏み台にしてさらに高く跳ぶ。

 右手に蒼い光を纏わせ、その場から離脱しながら地面に着地する。その瞬間、僕は右足で地面を強く踏みしめる。そして、僕の踏んだ大地から水のカーテンが立ち上る。

 水のカーテンは勢いよく先ほどの二体のゴーレムに迫り、カーテンを境に体を両断する。僕はそのカーテンに隠れるように、一瞬で外側に回る。そして、カーテンの裏にゴーレムがいるのは分かっていた。

 僕は左手の水剣をカーテンに向けて振り上げる。切り開かれる水のカーテン。その後ろには一体のゴーレムがいて、体を真っ二つに両断されていた。僕は右手も大きく振り上げて、左手と共に交差するように振り下ろす。

 交差した巨大な水刃が飛んでいき、その先にいたゴーレム達を次々と切り刻んでいく。僕はその水刃の後ろを走りながら、その周囲にいるゴーレム達を切断していく。見た目通り荒波のような激しい剣舞は、このゴーレム達では到底付いていける物ではなかったみたいだ。

 剣舞が終わった時、僕の背後に転がっているのは大量の鉄くず。


「拍子抜け………という程でもないかな。元から期待なんてしていなかったからね」


 僕は両手に持つ剣を回転させ、放る。手から離れた瞬間に、その凶悪な切れ味を誇る水剣は消える。残念だけど、このゴーレム達を操っていた者は既に逃げたようだ。追いつけないこともないけど、わざわざ追う必要もない。

 僕が振り向くと、既に他の騎士や兵士。シュティレとフラウが近付いて来ていた。フラウに関しては特に何の反応もないけど、シュティレ達は驚きを隠せないという様子だった。


「あの数のゴーレムを一瞬で………」

「まぁ、ゴーレムなんて本来堅いだけの存在だからね。斬ることが出来れば、動きが遅いただの人形だよ」


 シュティレは屈んで、切断されたゴーレムの断面に手を沿わせる。


「………圧縮した水流の剣、ですか?」

「その通り。コスパが良くてね」


 ゴーレムの装甲を穿つ程度ならどの権能の力でも可能だ。でも、水流を圧縮するだけで高火力を出すことが出来るハウラの力は、特にこういう相手には有効になる。勿論、状況を問わず強いのは間違いないけどね。


「………流石ですね。確かに、姉上にも負けるはずがないと言うだけの事はあります」

「まぁね。そんな虚言を吐いてたら、かっこ悪いし」


 僕は別に見栄を張りたい訳じゃないしね。出来ないことは出来ないというし、出来る事は出来るという。ただ、出来る事が普通の人間と比べれば圧倒的に多いだけだ。


「さて、拠点に戻ろうか。案外大したことなかったしね」

「………そうですね。行きましょう」


 そういって、僕らは拠点に戻っていく。何人かの兵士や騎士は釈然としない顔をしていたけど、残念ながら僕にとってこの戦争は、その気になればいつでも終わらせられる程度の物だ。アブソリュート竜騎士団だろうが、ベルダだろうが。こういうと自信過剰に聞こえるかもしれないけど、本気で戦えば相手にもならない。今回は、正式な戦争で僕が余所者という事で本気を出すわけにはいかないだけであって、もし僕がセレスティアから正式な救援要請を受けていたら既に戦争は終わっていたかもしれない。

 まぁ、どちらもでいいけどね。どんな立場であろうと、僕は負ける気が無い。セレスティアを勝たせるために、出来る事をするまでだ。











 私たちは朝早くから進軍を開始し、既に敵陣との交戦を開始していました。しかし………目の前に広がるあまりの光景に、私は顔を引きつらせるしかありませんでした。


「!!!!」

「うわあああああ!?」

「ちきしょう!なんだってんだ!」

「た、たすけ――――」


 そこは、ロッカさんの独壇場とも言える戦い。一度腕を振るえば人間は容易く肉の塊と化し、大地を蹴ればその巨体が突風と共に消える。お兄様にも劣らない速度で、巨大な鋼鉄の肉体が迫って来る恐怖など考えたくもありません。その左腕は私の知らない兵器に変わり、放たれる石は容易く人体を貫通し、戦場に赤い鮮血を咲かせる。既に敵兵のほとんどは恐怖に支配され、戦場から逃げ出してる者もいます。

 その時、ロッカさんの右腕に黄金の紋様が浮かび上がる。そして、その右腕を地面へと突き刺した。


「な、何か来るぞ!?」

「もう駄目だ!あんな奴がいるなんて聞いてねぇよ!!」

「!!!」


 そして、ロッカさんが腕を引き抜く。その右手に持たれていた物は、黒い岩を粗く削ったような見た目をしている巨大な大剣だった。

 人体など遥かに超えた巨大な剣を片腕で持ち上げ、左手には火を噴くと共に石を放つ謎の兵器を携えたロッカさんの姿はまさしく鬼神………相手からすれば、破壊神でしょうが。

 ロッカさんが大地を蹴り、一瞬で後退していた敵陣へと迫る。そして、その巨大な大剣を振るう。声を上げるよりも早く、先頭にいた七人の兵士が上体を吹き飛ばされる。ロッカさんの緑に光を放つ目が輝き、大剣を振り上げる。


「も、もう嫌だ!こんなの戦いじゃない!」

「くそ………!くそ………!!」

「!!!!」


 ロッカさんが大剣を勢いよく地面に叩きつける。それと共に前方の地面が衝撃波で砕け、敵兵を空中へ打ち上げていく。まだ生きている者もいるが、既に地面が砕けた衝撃で息絶えている者が多い。空中に浮かび上がっている身体が曲がってはいけない方へ曲げられている姿から、その威力は想像に難くない。

 地面に叩きつけられる兵士達。生きている者も少なくはないダメージを負い、立つことすら困難だ。そんな敵兵たちへ、ロッカさんはゆっくりと迫っていく。それに気付いた者達の顔が、徐々に恐怖に染まっていく。


「ひっ………や、やめてくれ………!」

「帰りたい………!俺はまだ死にたくないんだ………!」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」


 これは一体何を見せられているのでしょうか。私の陣営の兵士達も、既に戦意が無い………というよりは、あまりの惨状に引いているような状態だ。敵に同情さえ抱くような状況に、お兄様が呆れたように声を掛けてくる。


「………セレスティア。もういいだろう?相手も既に戦闘意思はない。ロッカを止めろ」

「あ、ロ、ロッカさん!もういいです!もう私たちの勝利です!」

「?」


 ロッカさんは変形させた左手で、命乞いをしている兵士達を指差す。


「その………その方たちは、私たちが後を引き継ぐので、ロッカさんはもうこれ以上敵兵を倒す必要はありません。ありがとうございました」

「!」


 ロッカさんが左手でバッチリとグッドサインをする。それに対し、私は苦い笑みを返す事しか出来なかった。

 シオンさん、覚えておいてくださいね。




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