第35話

 僕らが偵察から戻ってきた後、すぐにセレスティアに呼ばれた。なにやら状況に変化があったらしい。フラウは休憩用のテントで少し休んでいくらしいから、僕だけで会議用のテントに向かう。

 僕は呼ばれたテントに入って、中央の机に歩いていく。中にはセレスティアとカレジャス、シュティレだけがおり、他の貴族はいなかった。


「お待たせ。他の貴族は?」

「重要な事でもないので、今回は私たちだけで十分です」

「なるほどね。それで、話って?」


 少し真剣な表情をしていたため、まぁ良くない事が起こったのだろうとは思っていた。ここに来るまで、ちょっと騒がしかった気もするしね。


「えぇ………その、シオンさんがここに来た時に、あなたに敵意を向けていた貴族の青年を覚えているでしょうか?」

「………………あぁ。そうだね。覚えてるよ」


 危ない。一瞬本当に思い出せなかった。というか、明らかに不自然な間が開いてたし隠せてないだろう。三人とも苦笑を浮かべているし。他の貴族がいなくてよかった。


「あはは………あまり記憶にないみたいですね」

「誰か突っかかって来たのは覚えてたんだけどね。それで、その貴族がどうしたのかな。君に意味深な目線を向けていたし、この状況で告白されたって言う話かい?」

「………そうなんですけど、問題はその先ですね」

「おや。冗談のつもりだったんだけど、本当だったとはね。この状況でそれはどうかと思うんだけどね」


 戦争中に愛の告白なんて有り得るだろうか?戦争に行く前に結婚の約束をするっていう話ならある気がするけど………


「元よりアプローチはずっと受けていたんですが、今回はちょっと………あまりにしつこかったので、はっきりと嫌いだと言ってしまったんです」

「………随分とはっきり言ったね」


 セレスティアがはっきりと他人に毒を吐くとは思っていなかったから、少しだけ意外に思う。とはいえ、彼女は王族だしそれなりの度胸はあるんだろう。物怖じしないで自分の気持ちを言えるのは良いことだとは思う。この状況じゃなければね。


「あの男はリドカル公爵家の跡継ぎでな。傲慢な貴族の代表例とも言える性格で、セレスティアに以前から熱烈なアプローチをしていた男なんだ。正直、あまりの執着に俺達含め他の貴族も奴を快くは思っていなかったんだが………」

「へぇ………その言い方だと、本当に長い間なんだろうね。貴族学校に通っていた頃から、とかそういう事かい?」

「それより前だ。セレスティアが初めて貴族のパーティーに参加した頃だったが………何年前だ?」


 ちょっと絶句する。それ、色々と病気ってレベルじゃないかな。続いてシュティレが話し始める。というか、戦争中に声を聞くのは初めてかもしれない。


「大体九年前とかじゃなかったかな。最初は積極的な子だなってくらいにしか思ってなかったんですけど、段々とセレスティアへのアプローチが激しくなってきてから、僕らもちょっとだけ危険視してたんです」

「なるほどね………危険視される程度には危険人物と。でも、セレスティアは王族だし、外見もかなり整っているから、好意を抱かれるのは仕方ない事じゃないのかい?」


 確かに九年はちょっと長い気がするけど、セレスティアならそれだけの年月を執着されてしまっても納得だとは思う。それだけの理由がある訳だし。


「こほん………それはそうなんですけどね。一度はっきりと断ってもそうなので困っていたんです」

「おや、確かにそれは災難だね」

「えぇ………今回は黙って出て行ったんですが………その」

「つまり、この陣営から出て行ったと」

「………そうなります」


 うーん………まぁ、そうなるよね。というか、総大将を狙って援軍に来たのに、その相手から嫌いなんて言われたらそりゃ出て行くだろう。九年の片想いだったわけだし、ショックも大きいだろうしね。そう考えると少しかわいそうな気がするけど、相手の気持ちを考えれなかった時点で上手くやっていけるとは思えないし、早めに諦めを付けた方が良かったと言うのは事実だと思う。


「なるほどね。それで、彼が連れてた兵士達もいなくなってしまったわけだ。だから、援軍が欲しいってことだね?」

「話が早くて助かります。どうにかできないでしょうか?」

「………ふむ。アブソリュート竜騎士団がどう動くか、かな。今の状態で出来るとは言えないよ。僕が竜騎士団を潰せば問題ないんだけど、それをやってしまうと僕の存在感が大きくなりすぎてしまう」

「………シオンさん、もう他の貴族の事とか気にせずに、セレスティアのためだと思って潰しに行きませんか?貴族の体裁なんて、セレスティアの王道の中では大した意味はありません。ここは価値を優先した方がいいと思うんですが」


 シュティレがそういうと、カレジャスが少し考える様な素振りを見せる。実際、シュティレがいう事は間違いではないんだろうけど………


「駄目じゃないかな。アブソリュート竜騎士団は相手の最大戦力と言っても良い。それを討伐したら、戦争での名声が僕に集まってしまうのは避けられない。かと言って、他の貴族が竜騎士団を倒したってことにするのも無理がある。貴族にとっては、戦争は勝利した時に自分の望んだ対価が支払われることに意味があるんだよ」

「それは………そうですけど」

「今回アブソリュート竜騎士団を倒した者は、この戦争の英雄だ。つまり、セレスティアから十分な対価が支払われることが約束される。金銭的な面以外でも、様々な………例えば、婚約の約束だったりね」

「………私は、どんな手柄を挙げた人でも婚約を約束するつもりはありませんが」

「それを永遠に言ってられる訳じゃないのは分かってるだろう?まぁ、その辺まで僕が心配することじゃないけどね」


 残念ながら、セレスティアの意思に関わらず、この戦争で手柄を立てた人を優遇しないといけないのは総大将としての義務だ。それを断り続けるのは、不満を呼んでしまう事になりえる。もちろん、絶対に婚約者として選ばないといけないという訳じゃない。けど、最低減でも候補として入れる程度には優遇しなければ、間違いなく今後に支障が出る。


「話が逸れたね………とにかく、援軍に関してはまだ何とも言えない。アブソリュート竜騎士団がどう動いているかもよく分かっていない………そもそも、竜騎士団の動きに少し違和感がある気がするんだ」

「シオンさんも分かりますか?」

「もちろん。ここまで直接僕らの陣営に手出しをしないのは妙としか言いようがない。そもそも、どこを移動しているのかもわからないし………グランだったかな。彼は何者なのかな」

「………姉上の婚約者で、フォレニア王国の中でも特に大きな公爵貴族です。最強と名高い竜騎士団を所有していて、貴族で大きな派閥も組んでいるそうです。グラン様本人とは貴族パーティーで顔を合わせた事がある程度なのですが………話を聞いた所、品行方正で誠実。頭も切れて、とても優秀な方なんだとか」

「………ベルダはよくそんな大物を捕まえれたね。君の方が先に婚約を取り決めてそうなものだと思ったけど」

「あはは………優しそうな方だとは思ったんですが………」


 その辺りは僕が気にすることじゃないけど。とはいえ、頭が切れると言うのが少し気になるね。もしこの動きに何か策略が隠されているのだとしたら、僕らはそれを見抜かないといけない。けど、実は策略がない事が策略だという可能性もあるからね。

 分かりやすく言うなら囮。竜騎士団の不自然な動きを危険視して、そっちに気を取られているところを突く、とかね。そこまで回りくどい策を使う必要があるかは謎だけど。


「うーん………何はともあれ、竜騎士団の動向を掴んでからかな。仕方ないから、次の進軍にはロッカでも連れて行くかい?」

「………それはいいのか?」

「まぁ、僕が出るよりはマシじゃないかな。僕が出たら蹂躙になるけど、ロッカなら圧勝程度で済むと思うけど」

「………何が違うのか分からないな」


 僕的には全然違うんだけどね。まぁ、どちらでもいいんだけどさ。


「………そう、ですね。では、次の進軍ではロッカさんを連れて行ってもよろしいでしょうか?」

「うん。それじゃ、ロッカには伝えておくよ」

「ありがとうございます」


 今更ロッカが出た所で、大きな影響は出ないだろうし。僕は過剰に手を貸さないけど、負けるつもりはない。緊急事態が起こったなら、相応には対応するつもりだ。

 そういえば、ちょっと気になったことがあった。


「シュティレはあまり会議にも参加していないみたいだけど、戦場には出てるのかい?」

「いえ。僕は戦場には出ていません。ただ、僕も私兵団は参戦させているので、責任者としてここにいるだけですね」

「………俺としては、お前にも戦場に出てほしいんだがな」

「冗談言わないでよ兄さん。僕は戦うのが嫌いなんだから」

「………無理強いはしないが」


 シュティレって戦えるのかな。別にひ弱な雰囲気がある訳じゃないけど、戦いが得意そうという感じでもない。


「シュティレは戦うこと自体は出来るのかい?」

「一応。剣の腕はセレスティアにも劣りますけど、魔法だけなら兄さんを超えている自信がありますよ」

「十分強いね」


 正直意外に思うくらいには強い。前提として、カレジャスは魔法が弱い訳じゃない。寧ろ、常人とは比べ物にならないくらいに強力だろう。それ以上となると、もうベルダと同等な気がするんだけど。


「流石に姉上には劣りますけどね………」

「………シュティレお兄様が魔法の研究をしていないからでは?真面目に戦術魔法を学べば、劣らないと思うのですが………」

「いやぁ………いいかな。あんまり戦いは好きじゃないし」


 ちょっとだけ見てみたいと思った僕がいるけど、無理強いは出来ない。とにかく、味方が減ったくらいならまだなんとなるかな。これ以上はやめてほしいけど。


「まぁ、問題はこれで一応終わりかな。勿論、長期的にこれを続けるわけにはいかないから、そのうち援軍は呼ばないとダメだけど」

「そうですね………あと、ちょっとだけ聞きたいことが」

「ん?」


 聞きたいこと?他に何かトラブルでも起こってたのかな。


「その………今度個人的なお礼をしたいと言ったのですが………何か、欲しい物などはありますか?」

「………ふふ」

「え?な、なんですか?」


 いや、何と言われてもね………ほら、君のお兄さんたちも呆れた目を向けてるじゃないか。


「セレスティア………」

「お、お兄様まで!?私、何かおかしなことを言いましたか!?」

「………セレスティア、君が昔から友達に恵まれなかったのは知っているけど………まさかここまでとは思わなかったよ」

「ほ、本当になんなんですか!?どういう事なんですか!?」


 ちょっと見ていて面白いかもしれない。けど、これ以上放っておくのも可哀想だし、ちゃんと言ってあげた方がいいかな。


「そういうのは、本人に聞くものじゃないんだよ。君が渡したい、渡して喜んでくれると思うのが正解だよ。僕は君からの感謝の気持ちがあればそれだけで嬉しいから、君が選んでくれたものなら何でもいいよ」

「そうなんですか………?す、すみません………」

「謝らなくていいよ。ちょっと可愛かったし」

「っ………ありがとうございます。じゃあ、その………私があなたに渡したいものを選べばいいんですね?」

「そうだね。だからと言って、お金は困るけど」

「はい、それは分かっています」


 じゃあいいかな。僕は報酬金を渡されなければ何でもいいし、特に物品に困っている訳でもない。あ、でも国宝なんて渡されたら一番問題かも。流石に有り得ないけど。


「………その、怒ったりしませんよね?」

「しないよ。僕を何だと思ってるのかな」


 お礼を渡されて怒るような人間だと思われているのであれば、これから小一時間ほど僕のイメージについてセレスティアに問いたださないといけないかもしれない。


「い、いえ!そんなつもりは!」

「分かってるよ。それじゃ、楽しみにしてるよ」

「は、はい!」


 僕はそう言ってテントの出口へ向かう。さて、これからどうしようかな。


「それじゃ、またね」

「はい、お疲れ様でした」

「来てくれて感謝する。またな」

「お疲れ様でした」


 テントを出る。今日は少し風が涼しいね。ここは草原が広がっているから、風に草がなびく音が聞こえて少しだけ心が落ち着くような気がする。もちろん、状況が状況だからそうも言ってられないんだけどさ。ここが戦場じゃなかったらちょっと寝転がって昼寝でもしたかったんだけど。


「さて、フラウはいい子で待ってるかな?」


 僕はフラウとロッカが待っているテントに向かう。ロッカには次の進軍に参加してもらうことも伝えないといけないしね。心地よい風を感じながら、僕はテントへと歩いていくのだった。




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