第32話

 しばらく彼女に付いていった後。そこはテントがある場所からかなり離れていて、月と星の光だけが光源となる平野の中だった。


「セレスティア。あんまり遠くに行きすぎたら駄目だ」

「………はい、分かっています」


 僕がそういうと、彼女は立ち止まる。この辺りに魔物何て滅多に出ないだろうけど、それでも絶対とは言えない。それに、戦争のおこぼれを狙って盗賊が近くに潜んでいる可能性もあるから、気を抜く訳にはいかなかった。


「………もう、今日の戦いの話は聞きましたか?」

「あぁ。君の治療をした後で、カレジャスに詳しい話を聞いたよ」

「そうですよね………ごめんなさい。あなたが折角来てくれたというのに、私、は………」


 再びセレスティアの声に嗚咽が混じり始める。まぁ、正直仕方のない事かもしれない。沢山の人の期待を受けて、常にその期待に応え続けてきた彼女は、期待を裏切るという事に慣れていない。人間誰しも、人からの期待に応えられない経験はあると思う。僕は………どうだろうね。そもそも、人からの期待を気にしたことが無いけど。

 人生経験からの事ではないけど、大体の人は様々失敗を積み重ねているんだ。でも、彼女はその点で僕と似ていて、今まで失敗を経験することが少なかったんだと思う。常にありとあらゆることで人並み以上の成績を残し、人からの期待を裏切ることが無かった彼女が経験した、初めての失敗。それも、自身の王位継承が懸かった大舞台での失敗は、彼女のメンタルを深く抉ったみたいだ。

 それに、彼女に傷を負わせたのは姉であるオネストらしい。実の姉に負けるという事は、彼女は………


「すみません………!絶対に勝つと誓ったはずなのに………私は………!」

「………」


 こういう時、なんと返すのが正解なのだろう?確かに、まだ戦争に負けたわけじゃない。けど、セレスティアが個人として、自らの血縁者に勝負で負けたのは事実。まだ負けていないなんて、何の慰めにもならない。

 自らの胸に刻まれた傷を抑えて、俯いて再びボロボロと涙が頬を伝っていくセレスティア。分かっていたけど、そう簡単に超えられるような壁じゃない。彼女を守っていた、最後の砦である自信すらも、呆気なく崩れ去ってしまった。


「私は………本当に、王に相応しいんでしょうか………」

「………」

「シオンさん………この戦いは………本当に、意味があるんでしょうか………?」

「………へぇ」


 思わず冷たい声が出てしまった。意味があるかなんて、間違っても総大将である彼女が言ってはいけない言葉だ。


「じゃあ………君を信じて戦った人たちの死や努力は、意味がないって事かい?」

「っ、ち、ちがっ………」

「なら、なんでそんなことを言うんだい?君の見た理想を信じたからこそ、彼らは命を懸けて君のために戦った。その君が自分の理想に疑問を持ってしまったら、彼らは一体何を信じればいいのかな」

「私はそんなつもりじゃ………」


 勿論、彼女が言いたいことは分かっている。自分のような弱い者が、本当に王となっていいのだろうか。そんなことを思っているんだろう。


「君は、この戦争を始めたその瞬間から、自分の理想に責任を持たなきゃいけない。自分のためだけに戦うんじゃなく、君を信じた人たちのためにも、君は理想のために戦わないといけないんだよ」

「でも………こんな私じゃ………誰も守れないんです………!あなたにも守られ、お兄様にも守られて………それじゃ駄目なんです………私は、民を守らなければ………」

「………彼らは、君を守るために死んだんじゃない。君の理想を信じたからこそ、その理想を守るために戦っているんだ。この国をより良い物にしてくれると思ったからこそ、彼らは君に命を預けた。その意味が分かるかい?」


 戦争なんて、理由は色々ある。結局は利害の話だけど………時に信念のぶつかり合いでもある。互いの理想は違えど、どちらもこの国のために戦っている。民は、そのどちらかを信じなければならない。そして、自分が信じた理想のために戦う。そこにある理由はいろいろだ。国のため?家族のため?それとも、名も知らぬ民のためか。

 けど、きっと彼らは無意味に死んだなんて思っていない。自分の命を差し出すに値するだけの何かを見たはずだ。だから………


「君の理想は美しい。少なくとも、沢山の人々が君の実現したい未来を望んでいる。既に、君の理想は君だけの物じゃないんだよ。だから、決して君の理想が意味を失うことはない。何故なら、君の理想の意味は、この国の民が作っているんだから」

「………」

「君は騎士の血が流れている。確かに、君の家系では強くあるべきだって言う教えがあるね。でも、強さなんて数回の敗北だけで決まることじゃない。何度敗北しても、完全に立ち上がれなくなるその瞬間まで挑み続けるんだ。その果てに、最後に君が勝利すれば………君が勝者なんだから」


 諦めなければ何とかなる。根性論の代名詞と言えるけど、これはある意味的を射た言葉でもある。諦められるという事は、まだ挑戦できるという事でもある。つまり、相手を超えるチャンスがまだ残っているんだ。


「君は英雄譚が好きだって言ってたよね。どれだけ追い詰められても、何度地を這っても諦めない不屈の英雄達。彼らがもし諦めていれば、英雄譚は無かったんだ。確かに、今の君は誰かに守られてばかりだ。そのことに、涙を流してもいい。でも、決して諦めてはいけない。勝てないなら強くなるんだ。実現しないなら、実現するまで挑み続けるんだ。今までもこれからも、人の歴史とはそうやって紡がれてきたんだよ」

「人の………歴史」

「うん。君だけじゃない。『権能』の五人だって、最初はただの人間だった。才能に恵まれたって言うのはあるけど、才能だけで『真理』に辿り着けるはずがない。何十年も研究をし続けた彼らの時間の半分以上は、失敗を積み重ねている。でも、諦めなかったからこそ辿り着いたんだ」


 僕の記憶には、彼らの辿って来た人生の記憶がある。その中には、彼らが何度も失敗を繰り返してきた記憶も。僕だって、今行っている様々な実験が全て結果に繋がる訳じゃない。時には失敗をするし、何も生まれないことだってある。

 でも、そこで諦めたら終わってしまう。僕は世界の全てを解き明かさないといけないから、何かを諦めたら、その時点で夢を諦めることに繋がるんだ。


「私は………あなたのように、強くなれるんでしょうか………」

「僕を目指す必要はない。でも………目標に近付くために努力をすれば、それが実を結ぶことだってあり得る。この世界は確率で出来ていて、人は自分が持つ可能性でその確率と戦い続けているんだ。もし一万分の一の確率なら、一万回でも試せばいい。君と僕は、同じ人間なんだから」

「………同じ、人間?」

「そうだよ。いくら僕や君と言っても、根本は同じ人間だ。見た目も性別も違ったとしても、僕らは人と会話し、色んなことを考える。食事をしたり、人のために身を削ったり。時には休んで、自分の趣味に没頭する。見た目や文化なんて関係ないんだよ」


 僕にとって、種族何て人を区別するための一つの情報だ。人種もそうだし、性別だってそうだ。何故なら、同じ人であるのだから、それ以上の意味なんて持たない。


「だから、諦めなければいつか叶う。とは言わない。でも、諦めれば何も始まらない。よく言うけど、これが事実であり、僕ら錬金術師の中での常識だ。とにかく、君に聞きたいことは一つだ。君は、もう戦えないのかな」

「私は………」


 そう言って僕の目を見る。まだ涙の後はあるけど、先ほどと比べれば………まぁ、随分とマシな目をしていた。初めて見た時のように、温かさの中に芯のあるその目は、僕の役目を終えたことを示していた。


「私はもう負けたくありません………だから、次こそは勝って見せます。私を信じている人のためにも………私自身のためにも」

「そうだね。君がその調子なら、僕も安心して君の理想を信じることが出来るかな。もし君の理想が実現した時は………その時は、僕も見に行かせてもらうよ」

「駄目ですよ。その時に見に来るんじゃなくて、私が実現していく様子をちゃんと見ていてください。あなたと私は………その………」


 口ごもるセレスティア。そんな様子に、僕は少しだけ笑みがこぼれる。


「そ、その………なんで笑ってるんですか!」

「ふふ………本当に、友達がいなかったんだなって思ってね」

「馬鹿にしてますか!?」


 ごめんごめん。でも、仕方ないじゃないか。僕は笑みを浮かべたまま、手を差し伸ばす。


「だから、君と僕は………盟友なんてどうかな?」

「盟友………ですか?」

「うん。僕は君の叶える理想を見届ける。君は僕に実現した理想の国を見せてくれ。そのために、僕は君の友として………君を支えると誓うよ」

「っ………」


 そういうと、ほんの少しだけセレスティアの目が見開かれる。そして、次の瞬間には笑顔に変わって、僕の手を取る。


「はい………!私は………絶対にあなたに、私の望んだ未来を見せると誓います………!」

「うん。その日を楽しみにしてるよ」


 多分、もう大丈夫だろう。彼女の信念は、沢山の人の願いを乗せて更に強固なものになった。これからは一人で戦うんじゃなく、彼女を信じる者達と共に戦う。僕はその後ろで、彼女の背中を押してあげることが出来れば………多分、それが僕にとって、そして彼女にとって最も良い関係なんだと思う。


「私、あなたと会えて、本当に良かったです。あなたがいなければ、私の夢は既に途絶えていました………その、運命だと思うんです。あの時貴方と出会えた事も、今私の盟友となってくれたことも」

「あはは、どうだろうね。まぁ、僕も君に会えてよかったと思ってる。だから、末永くよろしく頼むよ」

「もちろんです」


 そういって、僕とセレスティアは手を離す。そのままテントの方へ戻ろうかと思ったけど、ふと思い出したことがあった。


「そう言えば、このタイミングなんだけど………君、剣を折られてしまったそうだね」

「え?………あ………」

「その話を聞いてから、君にプレゼントしようと思ったものがあるんだ。さっきまでの君にはとても渡せなかったけど、今の君になら渡せるだろう」


 そういって、僕は右の掌の中に黄金の光を灯す。


「シオンさん………?」

「さて、少しだけ離れていて」

「わ、分かりました」


 そういって、僕から離れていくセレスティア。十分離れた所で、僕は右腕を振るう。そして、僕の足元には黄金に輝く巨大な魔法陣が展開された。

 僕は目を閉じる。生み出すは、原初の炎。魔法陣の端が、僕を囲うように燃えだす。創り出すは、原初の大地。僕の右手の上に、一つの鉱石が創造される。

 原初の形、無垢なる魂から生まれたこれは、星の祝福を受けし天命の剣。鉱石は光に包まれて、僕がその光を手の中に収める。そして、輝きを放つそれを、振り払う。


「星の息吹。その輝きは原初を語る」


 光が剣に変わり、僕の右手に握られていた。その剣は白銀の刀身に、金色の鍔。西洋風の片手剣は、夜の中ですら僅かな光を反射して輝いていた。大きさも形も特徴はないというのに、一目で並みの剣ではないと理解できる一本。そして、僕はその剣を掲げる。


「シオンさ………っ!?」


 その時、魔法陣の外円で燃えていた炎が剣に収束していく。徐々に纏う炎を大きくし、僕を囲っていた全ての炎が消える。

 闇を引き裂くように燃えるその剣は、徐々に形を変えていく。両刃の剣は片刃へと変わっていき、白銀の刀身は赤く染まっていく。剣の腹は広く、その背はまるで炎のように荒々しく。

 真なる炎は、原初の大地と共にその身を表す。剣を振り払う。刀身を覆っていた炎が消える。その姿は、まるで炎を体現したかのような紅蓮の剣だった。

 輝いていた魔法陣が消える。


「お、終わったんでしょうか?」

「うん。もう大丈夫だよ」


 そういって、僕は彼女に近付いていく。あ、剣を持って王女に近付いていく状態ってちょっとまずいかもしれない。まぁ、別に斬るつもりなんてないけどさ。

 彼女の前に立つと、僕は剣の柄の根元を持って、切っ先を地面に向けた状態で差し出す。


「これを、君に」

「………え?」

「僕からのプレゼントだ。この剣が、君の王道を照らしてくれることを願っている。どうか受け取ってくれないかな」


 彼女はしばらく剣を見ていたけど、ゆっくりと手を伸ばす。そして、彼女の右手が剣を掴んだとき、一瞬だけ彼女の身を炎が走る。


「えっ!?」

「大丈夫、落ち着いて」


 その炎は彼女の体を走り、彼女の傷を沿うように燃え始める。もちろん、服を燃やしたりしている訳じゃない。彼女の右肩から左の横腹までを通った後、炎は消えた。


「………痛く、ない?」

「この剣は、持ち主に大きな再生能力を与え、炎の力を増幅する能力が備わっている。確かな信念を持つ者のみが、この無垢なる魂を持つ原初の炎を導くことが出来るんだ。君が夢を追い求め続ける限り、この剣は君に応えてくれるだろう」

「………貰っても、いいんですか?」

「もちろん。これは、君が手にするに相応しい。確かな信念を持つ君は、この剣に認められた。だから、この剣は君の物だ」


 彼女はそれを聞いて、しっかりと頷くと、僕から剣を受け取った。一瞬だけ剣は輝いて、真の主の誕生に喜んでいるようだ。その剣は生きている。もちろん、ロッカなどのように人格などを持つ訳じゃない。

 でも、その魂は持ち主を選定し、真の主にのみその盤石な力を見せる。


「………ありがとうございます。この剣と、私を信じて戦ってくれる皆と共に、必ず勝って見せます」

「信じてるよ。それじゃ、戻ろうか」

「はい!」


 そういって、僕らは歩き出す。結構遅くなってしまったかもしれないけど、きっと彼女は前に進むだけの力を得た。

 新たな炎と固い信念は、この暗き夜空を照らすことさえ出来るはずだ。その時を見届けるために、僕ももう少しだけ頑張ろうと思う。




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