第31話
結局、無駄な考えの答えなど出ずに、彼女が着替えている間に僕は報告を終わらせた。流石に報告を聞き終わることには彼女も着替え終えており、仕切りの奥から姿を現す。
「………なるほど。やはり、姉上の勢力が増していますか」
「元々のベルダの支持者がどれくらいいたかは知らないけど、少なくとも影響はあったと思うよ。君の軍は、この一週間劣勢を強いられていたみたいだからね」
「………でも、まだ負けていません」
「その通りだ。まだまだ巻き返すチャンスはある。君が負けない限り、勝ち筋はあるはずだからね」
彼女この状態でも諦める様子はない。僕はそれを伝えると、振り返ってテントの出口に手を掛ける。
「それじゃ、僕は仕事が終わったから休むよ。フラウ達も待たせてるしね」
「はい、お疲れ様でした………あ、最後に一つだけいいでしょうか?」
「ん?」
ほぼテントから出ようとしていたから、呼び止められて振り返る。彼女は少しだけ真剣な表情だった。
「その………昨日、シオンさんは報酬はいらないと言いましたよね」
「そうだね。僕は正規軍じゃなく、君の友人として来ているだけだからね」
「では………私からの個人的なお礼、というのは駄目でしょうか?」
「………ふむ。まぁ、そこまで駄目とは言わないよ。正式な報酬じゃないんだから、あんまり莫大な報酬金とか渡されちゃうと困るけどね」
まぁ、別に個人的なお礼まで駄目という程堅苦しいつもりはない。友人の恩に対して、お礼をしたいって言うのは結構普通のやり取りだしね。僕が気にしなくていいと言っても、相手が何かしたいと言うのを断る理由もないし。
それでも、ちょっとご飯を奢ってくれる程度にしてほしい。個人的なお礼と言って、正規軍の人たちと同等の報酬金が支払われたりしたら問題になる。
僕がそういうと、彼女は少しだけ微笑む。
「はい。期待していてくださいね」
「あはは………そうするよ。じゃあまたね」
「えぇ。また」
そう言って、次こそ僕は外へと出る。さてと………本陣の防衛はロッカに任せればいいだろう。僕は少し眠ろうかな。お昼には起きれるようにしたいね。
シオンさんが天竜ニルヴァーナに戻ってから数時間後。私たちは少ない軍を連れて、進軍を開始していました。
いくらシオンさんが援軍を排除してくれたとは言え、未だに物資でも人数でも私たちが不利。気を抜く事は許されません。それでも、恐らくこの先にある駐屯地には姉上はいないはずです。
虎の威を借るようで情けないですが、姉上達はシオンさんが進軍には参加しないという情報を知らないはずです。であれば、シオンさんが進軍してきたときの事を考えて下がっているはず………とはいえ、本当にシオンさんが姉上を討ち取るつもりなら、ニルヴァーナで向かえばいいのですが。
そう言えば、この戦争ではアブソリュート竜騎士団は援軍の排除に徹していて、一度も戦いに参加している姿がありませんでした。
少し気になった私は、隣を歩くお兄様へと声を掛ける。
「お兄様」
「どうした?」
「ふと思ったのですが………姉上の軍の動き、少し不自然じゃないですか?ここまでくれば後は畳みかけるだけだというのに、未だに姉上はアブソリュート竜騎士団を援軍の排除に向かわせています」
「………なんとも今更な話だな」
「え………?」
「そんなの分かるわけないだろう」
あまりにもはっきりと断言するものだから、思わず苦笑をしてしまう。
「可能性としては………相手も俺達と同じなのかもな」
「そんな………あり得ません。ディオース公爵は姉上の正式な婚約者なんですよ?戦果を立てるのが不都合だなんて、理由が見つかりません」
「分かってる。だが、他に理由が考えられないだろう?とにかく、今はそのことを幸運に思うしかない」
「そう、ですね」
少々気になるところはあれども、止まるわけにはいかない。国の民や、お父さまとお兄様達、そしてシオンさんの期待を裏切るわけにはいかない。
私は、この戦いに勝たねばならないのだ。
それからしばらくして。ここまで来る途中で、昨日の戦場を通りましたが、そこには彼の言った通りの光景が。
倒れている無数の敵兵。勿論、私達の仲間もいましたが、それ以上に敵兵が倒れている数の方が明らかに多く、彼らの力に心強さと同時に、ほんの少しだけの畏怖を覚えた。
『権能』の前には、ただの人間などこうも非力なのかと。私は彼を友人として疑っていない。ですが、いくら王族と言われようと私はただの人間にすぎません。彼のように果てしない叡智を持つ訳でもなければ、一軍を容易く葬るだけの魔法もない。
ですが、そんな彼が作ってくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。そして、今………
「炎よ!道を切り開いて!」
私が振るう剣と共に、炎が地を駆ける。突き進む炎は燃え盛る道を作りながら、拠点を守ろうとする敵兵の中で、大きな爆発を起こした。
それを見たお兄様が、騎士へと号令をかける。
「俺に続け!」
お兄様が先陣を切り、それに騎士が続く。私もそれに遅れないように走る。この戦いに勝てないようでは、姉上に勝つなど夢のまた夢。必ず勝たなければなりません。
「炎の瞬きよ!」
迫る敵兵四人を、炎を纏った薙ぎ払いで焼き尽くす。広い平野の中、激しい剣戟の音と、人の声が響き始める。私の振るう剣は一振りで烈火を巻き起こし、敵を葬っていく。
槍兵の突きを、横に軽く逸れる事で避け、突き出されたままの槍を下から切り上げる。槍が跳ね上げられ、無防備となった胴体を袈裟斬りで切り伏せる。その後地面に剣を突き刺し、それと同時に前方に火柱が連鎖する。
私も英雄の血が流れるカヴァリエーレ家の王女。並みの騎士や兵士に後れを取るわけにはいきません。
次々と敵を葬っていく私たちの軍。いくら相手の方が数が多いとは言え、相手には姉上がいない。そして、私達にはお兄様もいる。
お兄様は、歴戦の勇士に挙げられるほど既に戦場を幾度も経験している猛者です。シオンさんと戦った時に見せたように、常人を超えた身体能力と、冴えわたった剣術には、私なんて相手にならないでしょう。
「このまま押し切ります!一切引いてはいけません!」
私は更に勢いを増して突き進む。相手の陣営はほぼ陥落寸前。このまま押し切れる。私の前に大きな肉体をした男が立ちはだかり、私の体と同じくらいの斧を振り下ろしてきた。
それを横にステップをして回避し、懐に潜り込んで腹部を切る。しかし………
「おおおぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「っ!?」
それで倒れることもなく、叩きつけた斧を無理やり周囲を薙ぎ払う男。一瞬だけ気圧されるも、すぐにそれを跳ぶことで回避し、そのまま男の顎を回転しながら蹴り上げる。大きく仰け反る男。
剣に炎を纏わせ、それを横薙ぎに振るおうとして………
「っ………はぁぁぁぁぁ!」
寸前で持ち直した男が、仰け反った体勢から一気に両手で斧を私に振り下ろす。
「なっ………っ!?」
振り払おうとした剣を咄嗟に構え、振り下ろされる斧を防御する。しかし、見た目通りの怪力に、まるで石を持ち上げているかのような錯覚に陥る。それでも必死で踏ん張る私の右肩に激痛が走る。
「あぐっ………!」
何かが突き刺さった痛み。間違いなく、矢で射貫かれたようだ。力を込めるための要とも言える肩を負傷し、一気に力で押し負け始める。
危機と見た私はそのままバックステップで抜け出し、剣を右手から左手に持ち替える。その瞬間、私に迫る足音。
「ふっ………!」
「はぁ!!!!」
その声は少し低めの女性。聞き覚えのあるその姿は、オネストお姉様だった。勢いの付いた一振りに、受けると同時に一気に地面を踏ん張る。それでも、両手で剣を持てない以上は圧倒的に不利。
「ここが貴様の死地だ!セレスティア!」
そう言うとともに、剣を力任せに切り上げ、私の剣を弾く。そして、鋭い突きが私の首に迫る。
「っ!」
すぐに弾かれた剣を引き戻し、切り払う事で弾く。それでも終わらぬお姉様の攻撃。続く剣戟は、長くはなかった。
「はぁっ!!!!」
振り下ろされる全力の一撃。炎を纏ったその剣を、私も炎を纏った剣で受け止める。その瞬間だった。
私の剣が、甲高い音を立てて折れる。
「――――」
「死ねっ!!」
迫る剣。既に私の体を引き裂くまで一秒とない。そして、血しぶきが舞う。
「っっあ………!」
「ちっ!」
私の体を引き裂くお姉様の剣。しかし、ギリギリで身体を反らした私へ届いたそれは、致命傷に至る程深いものではなかった。それでも深い傷であることには変わりなく、体は肩から横腹に掛けて大きく斬られ、痛みに声も上げられない。
舌打ちをして、止めの一撃を構えるお姉様。その瞬間、炎がお姉様に迫る。
「くっ………!」
攻撃を止め、後ろに跳び退くお姉様。その私とお姉様の間に、お兄様が割って入る。
「下がれ。お前が死ねば、この戦争は負けだ」
「………」
「早くしろっ!」
「邪魔をしないでください!兄上!」
そう言って、お姉様が切りかかる。それを弾き、熾烈な剣戟が始まる。私はそれをぼやけた視線で見つめるしかなかった。
徐々に視界が暗く閉ざされていく。剣戟の音に混じって、私の名を呼ぶ声が聞こえる。だが、私の意識が完全に途切れるとともに、それすらも聞こえなくなっていくのだった。
目を覚ます。そこは暗いテントの中で、私は布団の上に寝かされているようだった。一瞬だけ今の状況を呑み込むのに時間を要したが、気を失う前の事を思い出して、飛び起きる。それと共に体に走る激痛。
「いっ………!?」
目線を落とすと、体に巻かれた包帯。夢の類ではないのは明らかだったが、ここは………私のテント?周囲は暗く、近くにある小さな証明と、外にある松明の明かりだけが中を薄っすらと照らしていた。
その時、テントの中………仕切りの奥から小さな物音が聞こえた。誰かが立ち上がる音だった。
「おや、起きたかい?」
「………シオン、さん?」
「うん、おはよう」
仕切りの先から、既に聞き慣れた声が掛けられた。私が起きた時に発した小さな声を聞いたのだろう。いつものように優しく落ち着いた声に、ほんの少しだけ安心する私がいた。
「その………今の状況は………!」
「今は君たちが進軍した陣地。その少し先に構えている第二拠点だ。君が意識を失った後も、カレジャスや兵士達は善戦を続け、何とかここを奪うことに成功したんだ。オネストには逃げられてしまったらしいけどね」
「………そう、ですか………」
私は少しだけ俯く。前の戦いではシオンさんに救われ、今回はお兄様に助けられてしまった。自分の無力さに涙が出そうになる。
既に、この戦争が始まってから何度か涙は流している。どれも自分の無力さや、不甲斐ない自分を悔いての物だったが、今回は今までの比ではない。
私では、誰かに守られるしか出来ないのでしょうか。王とは国を導き、民を守る者です。そんな私が、誰かに守られることしかできない。それが許せなかった。
「………傷は大丈夫かな」
「っ………大、丈夫………です」
思わず、返す言葉に嗚咽が混じってしまう。あぁ、駄目だ。こんな情けない所を人前に見せてはいけない。王である私は、強くないといけないのに。でも………私は本当に王として相応しいのだろうか。
その考えが出てきてしまったら、もう駄目だった。堪えていた涙が頬を伝う。テントの中に、隠せない程に私の嗚咽が響く。今の私を見て、シオンさんは何を思うのだろうか。
戦争で不甲斐ない結果を残し続けた末に、涙を流す二十歳にも満たない私など、王位継承第一候補などにはとても見えないだろう。
「………」
でも、仕切りの向こうにいるシオンさん何も言わずにテントの中にある大きな木箱に寄りかかる。薄っすらと見える影は、腕を組んだまま。
「………僕は何も言わない。でも、話したくなったらいつでも言ってくれ」
普段と変わらない声で、彼は言う。その言葉に甘えるかのように、私はしばらくの間涙を流し続けたのだった。
しばらく、僕はテントの中にある木箱に寄りかかり、目を閉じていた。報告に来た兵士から、セレスティアが深手を負ったと聞いた時は肝を冷やしたけど、実際に急いで来てみれば出血が少し酷いくらいで、今すぐ命に関わる程の重傷ではなかったのが幸いだ。
勿論、放っておいていい傷という訳でもなかったけど。治療をしたのは僕だ。そもそも、この世界で医師やそれに関連する技術を持つ者が極端に少ないからね。
そういった技術を持った者は戦場に出なくても稼げるわけだから、わざわざ命と隣り合わせな軍に入る意味がない。
それに、この世界にポーションのような便利なアイテムなど存在しない。飲むことで代謝を促進して傷の治りを早くするような薬はあるけど、その分エネルギーを消費するから、大きな傷を負った者に使うと寧ろ身体の免疫力が落ちて何らかの感染症を患う場合もある。
回復魔法も存在するけど、原理は殆ど同じようなものだ。ただ、魔力による補助があるから薬程はエネルギーを変換しなくていいのが特徴だ。代わりに、習得している者が多くない。
そんなわけで、ここで彼女の治療が出来る者が僕しかいなかったという訳だ。この調子だと、この軍の衛生兵として扱われそうな気がしてきたけど、仕事が無いよりはいいのかもしれない。
治療と言っても簡単な物で、ただ傷を縫合しただけだ。あの時のフラウと違って化膿をしたりもしていなかったし、傷が広かったくらいかな。
「………その、すみません。もう、大丈夫です」
「そうかい?」
僕は目を開いて、仕切りの方を見る。テントの中にある光に照らされて、彼女が立ち上がる影が見えた。
「まだ無理をしちゃいけないよ。傷は浅かったとはいえ、完全に閉じた訳じゃないからね」
「………分かっています。ただ、少しだけ外の空気を吸いたいんです」
そう言って、仕切りの奥から出て来た彼女の目はまだ赤くなっていた。その事を気にしないようにして、僕は頷く。
「そうだね。確かに、気分転換にはいいかもしれない」
「………シオンさん、一緒に来てくれませんか?」
「いいよ。行こうか」
僕はそのままテントの外へ出て行くセレスティアに付いていく。既に日が沈んで数時間と経っていて、既に殆どの兵士や騎士は寝静まっている。多分、見回りのために数人が起きているくらいかな。
テントが並んでいるところから、少しずつ離れていくセレスティア。僕はそれに無言で付いていきながら、空を見上げる。
今日は、いつもより星が少ない気がした。
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