第30話

 その後。僕はニルヴァーナに積んできた食料の類をセレスティア達に分けて、ニルヴァーナの内部に戻っていた。今から援軍を攻撃にしに行ってもいいんだけど、もう少し待ってから………大体、夜くらいに攻めに行ってもいいと思う。移動し続けているところを狙うより、野営をしているところを狙った方が確実だからね。

 ちなみに、フラウとロッカも中にいる。ロッカは体育座りで端っこにいるんだけど。そこまでしなくていいけどね。一応、ギリギリ立てるんだし。


「………これから、どうするの?」

「行動を開始するのは夜からだからね。今のうちに寝ようかと思ってるけど、君はどうしたい?」

「………一緒に、行きたい」

「そっか。じゃあ今から寝た方がいいよ。多分、潰す援軍は一つじゃないからね。ニルヴァーナを使ってもいいんだけど………最終手段くらいにしておきたいからね。移動以外は自分たちですることになるよ」

「………うん」


 そういって、フラウは自分の荷物の中から毛布を取り出す。案外用意周到なんだね。僕は少し感心しながら、壁に寄りかかって座る。僕は特に寝具類は持ってきていない。特に寝る場所に拘りはないからね。彼女だって、寝ようと思えばその辺の堅い床、それか地面の上でだって眠れるだろう。今まで国から逃亡しての生活をしていたわけだし。

 もちろん、ちゃんと毛布を持って来たならその必要はないけどね。僕はそのまま目を閉じる。


「………」

「ん?」


 その時、僕の隣にフラウが座る。そして、僕の体に掛かる毛布。驚いて隣を見ると、彼女は僕の隣に座って、大きな毛布を自分と僕に掛けていた。


「おや、そんなに気を使わなくても大丈夫だよ?」

「………一緒に寝たいじゃ、駄目?」

「あはは。まぁ、君がいいなら僕も構わないよ。ありがとう」

「………ん」


 こういうところが、彼女の優しい所だ。可愛らしく優しさを向けてくる物だから、ついつい守りたくなる。彼女が子供扱いを嫌がってるのは分かってるけど、こういうところが変わらない限りは………いや、変わってほしくないや。

 とにかく、僕は再び目を閉じて眠りに着くのだった。












 目が覚める。辺りはほんのりと薄暗い。壁を走る緑色のラインだけが、この竜の内部を照らしていた。私は、隣で寝息を立てる青年に少しだけ体重を掛ける。


「………」


 シオン。素性も分からないし、差し出せるような物だって持ち合わせていなかった私を、当たり前のように助けてくれた恩人。魔族だと知っても、私の変わった魔力の事を分かっていても、特別扱いせずに普通に接してくれた大切な人。

 彼の価値観は、私が知らなかったことや、気付かなかったこと。色んな物事を自分から知ろうとして、理解して、考えて。どんな価値観や考え方も無暗に否定するんじゃなく、受け入れたうえで自分の考えを持つ、私にとって今まで会ったことが無い人間。

 間違いなく………間違いなく私は彼に、故郷にいた誰よりも親愛を感じている。


「………温かい」


 彼のコートの裾を握る。別に珍しい事じゃなく、あまり声を出すのが得意じゃない私が彼に言いたいことがあるときにするアピール。それか、少しだけ甘えたいときにするアピール。

 彼はとても優しい。いつも戦争の事ばかりで、まともに甘えさせてもくれなかった両親。人の温もりを知らなかった私には、彼の存在は温かすぎた。多分、17歳の女の子が、一つ年上の青年にこんな風に甘えるなんて、子供っぽいのかもしれない。

 私自身分かっているけど、彼は私を同年代として見ていない。そんなことは普段の態度で分かっているし、私の幼い外見にも自覚がある。

 けど………こんなことを言うのは我儘かもしれない。でも、もう少し私を歳の近い女の子として見てほしいって言う願望がある。

 彼は当然のように私を抱えたり、頭を撫でたり。私を守るために抱き寄せたこともあるし、治療のために素肌を近くで見たことだってある。それに、今は密着して眠っている。私は幼い見た目をしているけど、もし私が年相応の外見だったら………多分、他人からの見え方は違うんだと思う。

 彼を困らせたくはない。でも、もっと一緒にいたい。もっと私を一人前の女の子として扱って欲しい。そう思っているのに、彼に甘やかされる今に心地よさも感じている。

 私のこの気持ちが何なのかは分からない。でも………私にとって、何よりも大切な人である彼との繋がりを、決して手放したくはない。その気持ちだけは確かだって言えると思う。











 僕は目を覚ます。周りはそれなりに暗い。前方から見える月は、既に夜も更けていることを示していた。なるほど。時間としては丁度いい。

 僕は隣で寝ていたフラウの体をゆする。


「………ん」

「おはよう。今から出発するけど、準備はいいかい?」

「………うん」


 僕とフラウが立ちあがる。それと同時に、体育座りをしてたロッカが軽く手を振ってくる。僕もそれに手を振り返す。それと同時に、部屋が明るくなる。


「おはようニルヴァーナ。早速だけど、空中から目標地点を探索してほしい。援軍の宿泊地を見つけたら、僕らは降りる」


 そう言うとともに、僕に流れ込んでくる思考。それは、ニルヴァーナの心配の声だった。


「大丈夫だよ。君の出番は、もっと良い舞台がある。今回は、僕らだけでもなんとかなるよ」


 そう言うと、壁の緑の光が強くなる。さて、行こうか。










 僕らが移動を始めて数十分。平原の中に、馬車やテントが張られている。既にセレスティアの援軍は、アブソリュート竜騎士団を恐れてどこも出撃していないと言うのは知っている。つまり、彼らは間違いなく他の誰かの援軍。

 そして、この国で戦争をしているのはセレスティアとベルダだけ。つまり、僕らの敵ってことだね。


「行くよ」

「………うん」

「!」


 彼らの上空をニルヴァーナが過ぎ去る。その瞬間、光に包まれる僕たち。そして、光が消えた時、僕らは地面に近い空中にいた。


「っと」

「ん」


 僕とフラウは静かに着地する。しかし………その直後、大地が揺れる程の大きな音と衝撃と共に、ロッカが降って来る。野営地まではほんの数メートル。まぁ、バレたね。


「誰だ!!」


 見回りの兵士が走って来る。まぁ、奇襲をしようが正面から戦おうが変わらない事だね。


「………そうだね。君たちの………敵だよ」


 僕がそういって右手に蒼い光を纏わせる。彼女は青い瞳にぼんやりと光を灯し、闇夜に妖しく浮かぶ蒼い双眸。ロッカは緑色に発光する二つの眼光を輝かせ、左手を変形させる。


「顕現せよ。ハウラの権能」

「波紋。荒波よ、穿って」

「!!」


 迫る濁流、激流、弾幕の嵐。彼らに生き残る術なんてないし、残念ながら生きて帰すつもりも、進ませるつもりもない。僕らは無慈悲に、そして当然のように非力な者達の命を文字通り水に沈めていく。

 勿論、人の命を奪いたいわけじゃない。でも、命を奪い奪われが当たり前のこの世界で、誰かを守るために、または信念のために戦わなければいけないのも事実。力が無い以上は、一方的な蹂躙を受けるだけだからね。

 つまりは簡単な事だ。僕らはただ一つの魔法で、彼らを全滅させることが出来る。


「………さて、こんなものかな」

「………呆気ない」

「仕方ないさ。何と言ったって『権能』と君がいるんだからね。まともな拠点もない以上は、彼らが抵抗できないのも無理はない」

「………そうだけど」


 さてと、この調子なら今日中には全ての援軍を片付けることが出来るはずだ。急ぐ必要は………ないわけじゃないけど、余裕はある。


「行こうか。一つの援軍でも見逃せば、彼らはすぐに勢いづく。セレスティア達が優位に立つためには、数よりも士気と兵のコンディションで勝負しないといけないからね」

「………分かってる。いこ」


 僕は頷いて、空を見る。降下してきたニルヴァーナが接近した時、僕らの体は再び光に包まれて、ニルヴァーナの方へ飛んでいく。先ほど僕らのいた場所を過ぎ去り、ニルヴァーナは再び高速で飛行を始めるのだった。








 それから数時間後。僕らの目には、燃え盛るテントや馬車。地に倒れている兵士達。一部のテントや死体は氷漬けになりもしている。

 時刻は大体夜が明け始めた頃。多分、この援軍が最後かな。結果として言えば、僕らはあの後数十の援軍部隊を始末した。ベルダもセレスティアに劣るとはいえ、それなりの支持はあったのかもね。

 後、こういったらあれかもしれないけど………今回の戦争で、セレスティア派からベルダ派に切り替えた者もいたんだと思う。今の所戦況は明らかにセレスティアが不利で、ベルダの勝利が目前なのだ。セレスティアに望みを捨て、少しでもベルダに面識を作っておきたい者もいたんだろう。

 とはいえ、ベルダの婚約者は既に決まっている。今後何があっても変わることはないだろうし、あったらあったで問題だし。


「さて、ここまでやれば、アブソリュート竜騎士団も動かざるを得ないはずだ。ただ………本当に、ベルダの婿様は厄介だ。どうにかして、そっちの騎士団も動きを邪魔しないとね」

「………どうやって?」

「………んー。まぁ、いくつか候補はあるけど、相手の出方次第かな」


 そう言えば、カヴァリエーレ家の王女王子で唯一婚約者が決まっているのがベルダらしい。それもかなり早い段階でベルダが声を掛けたらしくて、すぐに話は進んだんだとか。内情を言うなら、多分セレスティアと少しでも差をつけるためなんだろうけどね。

 王となった者が誰かと契りを交わさなければならないのは前に言った通りだけど、既に婚約者が決まっていればその辺を心配しなくていい。つまり、安心して王位を継承させれるってことだ。それだけでセレスティアの王位継承第一候補としての地位が揺るぐかは分からないけど。

 そもそも、王様なんて求めればどんな相手だって結婚相手に出来てしまうのだ。婚約者が決まっているかなんて、大きな問題じゃない。王様から、またはその第一候補である者から求婚をされて、断るような者は滅多にいない。

 もしその王があまりにも醜いとかなら話は違うのかもしれない………いや、それでも少ないとは思うけど。とは言え、カヴァリエーレ家の者達は皆外見が非常に整っている。

 ベルダ、カレジャス、シュティレ、オネスト、セレスティア。全員が美男美女と言えるのだから、そんな理由で断る人はいないだろう。


「今日はセレスティア達も進軍を始めると思うしね。そろそろ戻ろうか」

「………進軍には、参加しないんじゃないの?」

「しないよ。ただ、本陣を守る必要だってあるだろう?僕は寝るけどね」

「………」


 どの道、本陣を責めてくる別動隊くらいならロッカ一人で十分だし、危なくなれば………いや、彼らがロッカを害する未来が見えないね。ロッカの体はただの鋼鉄じゃなく、命の宿った魔導鋼だ。高い魔法耐性を誇り、物理耐性は城壁さえ上回る。人が言う業物の剣程度じゃ傷一つつかないし、並みの魔法でも同じだ。錆びたりもしないし、それこそ炎で熱されようと融解したりもしない。

 防御面においては完全無欠と言ってもいい。そして、攻撃面も昨日やって見せたように地盤ごと空中へ投げ出す怪力。

 流石にベルダの炎は少ししんどいかもしれないけど………まぁ、それでも善戦はしてくれるだろう。フラウは………どうなんだろうね。この子はかなり魔法の才能がある。それに………まだ、彼女は何かを隠しているみたいだからね。未知数って奴だ。


「………どうしたの?」

「何でもないよ。さぁ、戻ろうか」

「?………うん」


 とにかく、今はセレスティア達と合流するべきだ。話はそれからでもいいしね。









 僕らが拠点に戻ると、既に兵士や騎士達は起き始めていた。朝の支度を整えているってところだ。ニルヴァーナの中にロッカとフラウを残して戻って来た僕を見て、敬礼をする者もいる。


「シオン様!おはようございます!」

「おはよう。僕は報告が終わってから寝るけどね」

「………お疲れ様です」

「あはは。ありがとう。セレスティアは起きてるかな?」

「セレスティア様はあちらのテントを使っています。声を掛けてみてはいかがでしょうか?」

「………君が確認するって言う選択肢はないんだね」


 こういうのって、まず騎士のような主に使えるものが連絡を取るっていうのが当たり前だと思ってたんだけど、そんなに無警戒でいいのだろうか。


「セレスティア様から、シオン様は絶対に信用できる方だとお伺いしておりますので。それに、あなたがセレスティア様を訪ねてきた際は、そのまま通すように言われています」

「あぁ………一つアドバイスだけど、いくら君たちがセレスティアの騎士とはいえ、あんまり危なっかしいようなら注意をすることも大切だよ」

「では、あなたが何かするということでしょうか?」

「………いや、しないけどさ」


 なんだ。この騎士もセレスティアと同じタイプか。僕はちょっとした不安を覚えながら、他のテントから少し離れたテントへ向かう。


「セレスティア、起きてるかい?」

「………シオンさんですか?」

「うん、おはよう」


 僕はテントの外から声を掛ける。中からはセレスティアの声が。まぁ、戦争中に寝坊なんて弛んでると言われかねないから、しっかりと起きてるのは大事な事だけどね。


「おはようございます。入ってください」

「ん、それじゃ失礼するよ」


 僕はテントの中へと入る。けど、一瞬で僕は頭を抱えることになる。


「………全く、君はもう少しさ………」

「すみません。ちょっと時間が無かったもので………」


 一枚の布の仕切りを隔てた先にある影。彼女はまだ着替えの途中だったのだ。朝日が昇っている今、光に照らされた布はくっきりと影を作り出し、彼女の状態をまざまざと表していた。彼女からもそれは分かっているはずだし………ねぇ、着ていた服を降ろさないでくれるかな。僕はため息を付いて下に目線を落とす。

 布の下にある隙間からは彼女の裸足の足と、先ほど降ろされた白いネグリジェが見える。というか、戦争中って着替えをするものだったかな。


「一応言っておくけど、今は戦争中だよ。敵が攻めてきたらどうするんだい?」

「さ、流石に簡易的に着れる別の服は用意してますよ!ただドレスだと流石に眠りにくいので、着替えているだけです」

「なるほどね。あと、もう一つ言うなら僕は男だよ」

「………シオンさんですし」

「それ、どういう意味かな?」


 僕は男として見られていないってことかな。別に男としてのプライドとかがある訳じゃないけど、色々と問題がある気がする。


「あ、別に男として認識していないとかではなく………まぁ、シオンさんなら変な事をしないかなという信用です」

「そりゃしないけど、それとこれとは話が別なんだよ」

「………何が別なんでしょうか?」


 駄目だ。先ほどの騎士といいセレスティアといい、もしかしてこの世界の常識的には僕の方がおかしいのかな。そんなことを真剣に悩み始める僕は、多分随分と阿保らしいだろう。

 もうちょっと………いや、しっかりとそういう感覚は持ってほしい。というか、今の僕が兵士や騎士に見られたら殺されないかな………いや、寧ろカレジャスの方が怖いかも。

 まるで般若の如き顔をしたカレジャスの姿を想像し、少しだけ恐怖を覚えながら僕は再びため息を付くのだった。


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