第29話

 僕らはセレスティアに案内されて、拠点にある中でも特に大きなテントに入る。そこにはカレジャスやシュティレ。他にも数名の騎士や、貴族だと思われる者達が大きな机を囲っていた。

 僕らが入って来たのを見ると、一瞬だけ鋭い目つきで睨んでくる貴族達。まぁ、歓迎されていないのは明らかだ。

 その中の一人の青年がセレスティアへ話しかける。


「セレスティア様、その者達は………」

「私の友人であり、援軍であるシオンさんとフラウさん、外にいるゴーレムのロッカさんです。以前お話ししましたよね?」

「あぁ………あの錬金術師の。しかし、彼らがなぜ我々の援軍に?セレスティア様の援軍要請は、全て阻まれていたのでは?」


 まぁ、そうなるよね。かと言って、ここで協力者がいたと言っても信じてもらえない可能性が高い。本来、アズレインのような立場の人間が僕に情報を伝えるなんて有り得ないだろうし。

 寧ろ、協力者が誰なのか疑われるだろうね。そうなっても、僕は構わないんだけど………フラウもいる以上、下手な敵対関係は色々と避けるべきだ。


「んー………まぁ、確かに僕の所には救援要請は来なかったんだけどね。僕はフィールドワークを趣味にしているから、たまたま遠くまで来たんだよ」

「馬鹿な………貴様が住んでいる近辺は………」

「僕にはニルヴァーナがいるからね」

「………ふん、余計な事を」


 まぁ、それ以前に僕が気に入らないと言うのもあるんだろう。優秀な人材が増えると言うのは、当たり前だけど嬉しいことだ。でも、それは自身の手柄が減ることも意味する。

 戦争では、討ち取った敵兵の数や相手の名が手柄となり、彼らの兵が立てた手柄は彼の貢献となる。勿論、自分の兵士には自分で報酬を与えるんだろうけど。とはいえ、この戦いに勝てば王位継承権はほぼ確実にセレスティアの物になるとはいえ、彼女はまだ王ではない。

 つまり、彼女自身は手柄を立てた貴族に対しての報酬と言えば、金銭の類しかない。貴族に取って金銭と言うのは基本的に有り余るものであり、それだけでの価値はあまり高くない。

 ここまで言えばわかっただろうけど、本当に貴族達が狙っているのは自分たちの存在の価値証明だ。ベルダの婚約者の………グランだったかな。例えば、彼は最強と名高いアブソリュート竜騎士団を所有している。地位としても、爵位の中では最も高い公爵。つまり、存在価値が高いってことだね。


「まぁ、僕は別に手柄を立てに来た訳じゃない。戦後処理とか、総大将からの報酬は貰うつもりが無いからその辺りは好きにすると良い。僕は………そうだね。支援者くらいの認識でいてくれればいいと思うよ」

「そんな、流石にそういうわけにはいきません。既にシオンさん達には大きな借りが出来てしまいました。それを………」

「友人を助けるのに、借りなんて理由はいらないんだよ。それに、彼らの言うように僕は招かれざる客だ。本来、この戦争に参加する者じゃない以上は、報酬を受け取るわけにはいかないんだ」

「………はっ。身の程は弁えているようだな。その姿勢に免じて、俺の臨時部隊として編入してやらんこともないが………」

「断るよ」


 当然、調子に乗っている奴にまで友好的に返すつもりはないけど。ここで乗ると更に調子に乗りかねないから、きっぱりと断る。そもそも、僕を出しに使って手柄を立てようという魂胆が見え隠れしている以上、僕は加担したいとは思わない。

 けど、そんな様子を見かねたカレジャスが声を上げる。


「そんな話は重要じゃない。シオンさん達が援軍に来たという事実さえあればいい。それで、ベルダ達の軍はどうなったんだ?」

「追い払ったよ。ただ、大体………半壊程度の被害は出していると思う」

「あの軍を貴様らだけで半壊だと?冗談は………」

「嘘だと思うなら、戦地に行ってみると良い。死体はそのままだし、木端微塵にした訳じゃないからそのまま残っていると思うよ。どの道、戦後処理で行くことにはなるだろうけど」

「………先ほどから、貴様は礼儀を知らんのか?」


 先ほどから、この貴族の青年がかなり粘着質だ。面倒くさい。フラウも若干不機嫌になり始めているし、セレスティアも表情が据わり始めている。


「話題を次から次へと変えないでくれないかい?僕はこの戦争に個人として協力しているんだ。君たちに敬意を払う必要が無いだけだよ。それに、僕はフォレニア王国の所属じゃない以上は、貴族である君たちの称号は国民ではない僕には無意味だ」

「貴様………」


 未だに言い募ろうとする貴族の青年に痺れを切らしたセレスティアが口を開く。


「いい加減にしなさい。これ以上彼らに無礼を働くと言うのなら、私が許しません」

「なっ………何故私よりも彼らの肩を持つのですか!私は………」

「立場など、戦場では何の意味も成しません。もし不服だと言うのなら、あなたもシオンさん達と同じほどの手柄を立ててみればどうでしょうか」


 結構辛辣に言うんだね。まぁ、面倒くさいと思っていたから助かるけど。ここまではっきり言われれば、相手も黙るしかない。不満はあるんだろうけど、セレスティアの不興を買う方が望まないだろうし。


「特にこれ以上言う事が無いのであれば、作戦会議に移ろうと思います。まずは………」


 そういったセレスティアは、そこで言葉を止める。まずは、何から始めるべきなのだろうね。はっきり言って、問題は山積みと言っても過言じゃない。相手が一度撤退したとはいえ、未だにこちらが不利なのは間違いない。それに、僕という戦力がいることを知られた以上は、正面からの戦いを前提としてこない………または、僕に特別な対策を練って来ると思う。正直、僕は対策をされたところで意味が無いと思っているけどね。いくら相手が僕を対策したところで、真理の域に達した僕に対抗するためには並みの魔法じゃ不可能だ。

 少なくとも………そうだね。何らかの真理に辿り着いた者じゃないと、相手にならないだろう。そして、それが出来た人間は知られている限りだと僕以外で5人だけ。人間を除けば、沢山いるんだけどね。

 まぁ………正攻法ではこないと思う。それに、僕自身は………


「………特に案が無いのであれば、その者達を敵陣に向かわせればいいのでは?彼らは優秀なんでしょう?」

「駄目だよ。僕らが負けるはずないからね」

「は?何を言って………」

「君が言ったんだろう?僕は余計な存在だって。実際にそれは間違いじゃない。正規軍じゃない以上は、僕は直接この戦争を終結させることは出来ないよ」

「………」


 つまり、そういうことだ。総大将を討ち取ると言うのは、戦争での英雄となるという意味だ。つまり、この戦いでの主人公。それが余所者なんて、あまり体裁が良い話じゃない。

 僕がこの戦争を終わらせようと思えば………そう、本当に何も考えずにベルダ達を殲滅するなら、僕の魔法で敵陣を全て灰燼に帰すことだって出来る。難しい話じゃないし、なんならニルヴァーナを向かわせればそれで終わりだろうしね。

 それをしない理由は、僕がこの戦争の主人公になってはいけないからだ。


「だから………そうだね。僕が出来るのは精々、ベルダまでの道を切り開く事か………彼女たち以外の邪魔な存在を消し去ることかな」

「邪魔な存在………ですか?」

「うん。色々といるだろう?例えば………相手の援軍とか」

「なるほど。意趣返しという奴か」


 カレジャスが納得したように言うと、僕は頷く。相手がこちらの援軍を悉く殲滅しているように、僕が相手の援軍を悉く滅ぼせばいい。援軍が届かないって言うのは結構厄介で、人材だけじゃなく物資などにも甚大な影響が出る。あぁ、そういえば。


「そういえば、保存食の類を持ってきたんだけど必要ないかな?援軍が来ないなら、物資や食糧も限界じゃないかと思ったんだけど」

「………すみません。分けていただいてもいいでしょうか?あなたの言うように、既に私たちの物資は底をつきかけているんです」

「ん。ニルヴァーナの中に置いてあるから、後で持ってくるよ」


 僕がそういうと、セレスティアが軽く頭を下げる。いくら僕がいても、飢餓までは魔法じゃどうしようもないしね。飢えは人間のコンディションにも関わってくるから、底を尽きるっていうのはかなり深刻な問題になる。

 その点、相手は今もなお援軍が来ているし、その分補給物資も得ているという事だ。そして、物資と言うのは人が多ければ多いほど必要数は増える。つまり、今の相手が補給路を断たれると、こちら以上にダメージが大きいってことだ。


「そもそも、貴様がアブソリュート竜騎士団を殲滅すれば良い話ではないのか?そうすれば、我らにも援軍が来る」

「そうは言うけどね。援軍が来るのにも時間が掛かるし、近隣の領地からの援軍は殆ど全滅させられたんだろう?どうしても相手の援軍が届くのが先だし、まずは目先の問題を解決するのが先だよ」


 実際、どれだけ僕がアブソリュート竜騎士団を殲滅しようとも、相手の援軍が到着すれば厳しい戦いになるのは変わりない。ん?アブソリュート竜騎士団をさっさと片付けて援軍も倒せって?最悪その手段も無い訳じゃないけど、僕が目立ちすぎるのも良くないからね。王手を取らなければいいという話じゃなく、存在感の話だからね。

 とはいえ、本当にやらなきゃダメならそれもやるつもりだ。ベルダを倒すのは自分たちで頑張ってもらうしかないけど、それ以外なら僕が何とかできる。逆に言えば、彼らのうちの誰かが英雄にならないといけないんだけど。


「まぁ、ベルダを討ち取るのが誰かは知らないけど………もしベルダに誰も勝てないようであれば、この戦争は負けだね。何があっても、僕はベルダとの戦いに手を貸すつもりはないよ」

「………分かっています」

「なら………そうだね。まずは相手の援軍を潰してこようかな。兎にも角にも、僕らが折角減らした敵勢が増えるのは望ましくないからね」

「………お願いします。後、貴方達が泊まる場所なのですが………」

「それについては心配いらない。ニルヴァーナの内部は簡易的な基地になるからね。僕ら二人が寝泊まりするくらいなら余裕だよ」


 極限状態の今、兵士達の寝床を取るわけにはいかない。間違いなく不満が出るだろうしね。いくら僕と言えど、寝首を掻こうとした相手にまで優しくはない。先に言っておくけど、寝ている時なら無防備だなんて思わない方がいい。ちゃんと気付くからね。


「で、でも………いえ。何でもありません」

「………まぁ、それならいいけどね。後は………進軍に関してだけど、僕は直接手を貸さないことにするよ。ただ、敵が攻めてきたときの防衛には参加しようかな」

「分かりました。私はもう大丈夫ですけど………他に質問がある方は?」


 セレスティアの言葉に返す声はない。それを見たセレスティアは一度息を吐く。


「では、作戦会議はこれで終わりです。後は解散とします」


 セレスティアがそういって、僕らはテントを出る。さてと………まずは、物資を降ろさないとね。そう思いながら一度拠点から少し離れようと思った時、テントが開かれて声が掛けられる。


「あの!シオンさん!」

「ん?どうしたのかな」

「その………少し、話せるでしょうか?」

「いいよ。どこで話すんだい?」

「………付いて来てください」


 彼女がそういって歩き出す。僕はフラウの方を見て、少し待っているように頼んだ。そして、歩く彼女に付いていく。

 そして、付いた場所はあまり人気のない拠点の端の方。まぁ、なんとなく話したいことは分かっている。


「………ここなら他の人は来ないでしょう」

「あはは。こんなところに呼び出して、大事な話なのかな。もしかして、愛の告白かい?」


 ニヤリと笑って、あの日の意趣返しとして僕はからかうように言う。


「………えぇ。そうです」

「はい?」


 真剣な声で返されてしまい、僕は逆に驚くことになる。けど、そんな僕を見たセレスティアが笑みを浮かべる。とても、意地の悪い笑みだった。


「ふふ。残念でしたね。私をからかうのはまだ早いですよ」

「………あー、心臓に悪いって」

「すみません。でも、なんとなく分かってるんですよね」

「まぁね」


 僕は頷く。あの状況から、僕に対して話す事なんて一つだけだろう。


「その………あなたが、伝説の『権能』であるという話は本当なんですか?」

「その答えは、君自身が見たはずだよ。それが全てだ」

「………では、何故黙っていたんですか?」

「黙っておく必要があったからさ。でも、その理由はまだ教えられない。申し訳ないけど、これに関しては僕の一番の秘密なんだ」

「………これだけは、聞かせてください」

「何かな?」


 彼女が少しだけ不安そうに言う。


「あなたは………その。急にいなくなったりしませんよね?」

「あぁ………もちろんだよ。僕は、あの5人とは違うからね。『権能』である以前に、僕は君の友人だ。絶対に、君に何も言わずにいなくなったりはしないよ」

「………はい、約束ですよ?」

「もちろんだよ」


 僕ははっきりと告げる。『権能』の最期は、伝説のどこにも語られていない。何故なら、彼らは最後に俗世との関わりと断ち、自分たちの研究に専念し始めたからだ。

 けど、僕は違う。研究のために人との繋がりを断ちたいとは思わない。もちろん、研究も大事だ。でも、友人を捨てる程薄情でもない。

 僕の言葉に安心したのか、頷いて微笑むセレスティア。あぁ、色々あっただろうに、君の笑顔は未だに温かいままだ。

 願うなら、その笑顔が君から失われないように。僕は心の中でそう思うのだった。



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