第28話
僕がそう告げるとともに、鋭い風切り音と共にニルヴァーナが空を引き裂く。僕らの上空を通り去ったニルヴァーナから、光の球が飛び出してくる。
それは空中で消え、光の中からはロッカとその背に乗ったフラウが飛び降りてくる。ロッカが大きな音を立てて着地するとともに左手を変形させて構え、フラウはロッカから飛び降りる。
ニルヴァーナはそのまま雲の中へと飛び去って行く。
「ちっ………何が『権能』よ!何百年も前の伝説の人物の知識があるからといって、何が出来るって言うのよっ!」
「なら、その身で体験してみるかい?君たちが何百年かかろうと至れなかった世界の果て。その一端の力を」
「っ………やりなさい!」
ベルダの命令と共に、後ろに待機していた数百の兵が一気に駆け出す。それを見たカレジャスは、未だに呆気に取られているオネストへと走る。
「戦いで呆けるとはなっ!」
「なっ………っぐ!」
振るわれた剣を咄嗟に防御するが、そのままカレジャスの筋力によって吹き飛ばされるオネスト。そして、カレジャスは僕らの方に走って来る。
「シオンさん、あんた………」
「話は後にしよう。とにかく、今はセレスティアと生き残った者達を連れて退いて欲しい。ここは僕らに任せて」
「………分かった。後は託したぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください!私は………」
「セレスティア」
彼女がカレジャスに支えられ、そのまま後ろへ連れていかれようとして言い募るのを、僕が遮る。右手に黄金の光を纏わせながら、僕は振り向いて彼女の目を見る。
「信じて」
「………」
彼女は何も言わなかった。でも、それ以上抵抗することもない。僕はそれを見送って、迫る敵兵たちを見据える。
「………本気で、戦わないと」
「そうだね。流石にこの数は骨が折れるよ」
「!」
ロッカが両腕をぶつけ、鋼がぶつかる音を立てる。僕が頷いて黄金の光を纏わせた右手を振り上げると、敵兵たちが走っている大地の中心から一本の鎖が飛び出し、ロッカへと迫る。
「!」
ロッカは迫って来た鎖を掴み、右腕に巻き付ける。左手を拳に変形させて両手で鎖をしっかりと握りしめ、ロッカはその鎖を力のままに引っ張り始めた。それと共に、大地に大きな亀裂と共に地響きが起こり、敵兵たちが動揺し始める。
「な、なんだ………!?」
「お、おい………まさかあのゴーレム………」
「!!!!」
次の瞬間、ロッカの緑に光る目が輝き、全力で鎖を引っ張り上げる。大地は鎖によって持ち上げられ、地上と乖離する。空中に浮かぶ地盤。投げ出される無数の敵兵たち。
まるで信じられない光景だけど、これが真実だ。僕は右手に黄金の光を、フラウは瞳がぼんやりと光り、両手を胸の前で合わせると同時に長い髪がゆらりと逆立つ。
「顕現せよ。メイアの権能」
「波紋。現は夢幻の如く」
僕の言葉と共に、砕けて飛び散った大地からは無数の土棘が飛び出し、次々と敵兵を串刺しにしていく。フラウの言葉と共に、空中で波が立ったかのように波紋が広がる。広がった波紋に兵士達が落ちると、そこから波紋だけを残し消えていく。
正直、割と恐怖映像だと思う。土棘に刺された死体だけでなく、生きた人間、滴った血。砕けた岩石。その全てが波紋に消えている。僕だったら絶対に体験したくないね。
「ば………ばかな………」
「なんだよ………こいつら………」
砕けた地盤の外にいた敵兵たちは唖然と空を見上げる。驚くのも無理はないけど、悠長にしてていいのかな。
フラウが目を閉じて、両手を掲げる。
「………追憶。夢から覚める時」
その瞬間。空の風景が変わる。いや、どちらかと言えば、止まっていた雲がずっと先に動いたと言うべきかな。それと共に、空中には大量の岩石や人間の体。でも、そのどれもがまるで水の中に沈んでいたように濡れていて、そのまま地面へと落下してくる。
「う、うわああああああ!?」
「に、にげ――――」
「こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!!」
落ちてくる岩石に潰される者。目の前に落下してきた死体の惨状に腰を抜かす者。僕らの力に恐れを抱く者。反応は様々だけど………大分戦意をそぐことには成功したようだね。
「怯むな!進めっ!!」
「む、無茶です!!あんな化け物にどうやって………!!」
「口答えをしていいと誰が言ったのかしら!?無理なら死んできなさい!」
「そんな馬鹿な………」
既に僕らに近付こうとする兵士はかなり減っていた。未だに戦線に立っている者も、猪突猛進に迫るのではなく様子を伺うように………というより、腰が引けている。
「君、魔法の腕を上げたんじゃないかい?」
「………あなたと一緒にいて、何もせずに暮らしている訳じゃないから。『権能』のそばにいれば、嫌でも魔法は強くなる」
「それもそうだね」
フラウには、ここに来る途中でニルヴァーナの内部で話していた。けど、返って来た反応は特に驚いた様子もなく、知っていたと言うものだ。僕自身、彼女が僕の事に付いて薄々察し始めていたのは理解していた。僕の魔法を一番間近で見ていたのはフラウだからだ。
多分、今までの経験から僕が『権能』の後継者であることは予想していたんだろう。それでも、彼女は僕が話すまで何も言わないでくれたし、『権能』であるからといって特別に畏まったりするわけでもなかった。
こういうところが、彼女に好感を持てる所の一つだ。それに、彼女がどんどん僕の傍で強くなっていくのを見るのは………ちょっとした感動を覚える。
「さて、いくよ」
「………うん」
「!」
ロッカが左手を再び銃へと変形させ、それと同時に内部で何かが切り替わったかのような音が鳴る。発射される小石。でも、発射と共に小さな炎が噴き出し、発射音も明らかに殺意を増している。
ギアチェンジ、という奴だ。まぁ、普段は安全性を考えて使用しないように命令してるんだけど、今回は本気で戦うと言っている。僕自身だって『権能』の力を使って戦うわけだし、何も問題はない。
問題があるとすれば………相手だろうけど。
「っがは………!」
「ぎゃああああああ!?」
「あがっ………」
次々と迫る石の弾丸に、体を射抜かれていく敵兵。鎧すらも貫通するその威力は人体など容易く貫き、戦場は血だまりに染まっていく。
その石の弾丸はベルダやオネストにも迫る。オネストは弾丸の嵐の弾道から必死で逃れ、ベルダは自身の前に炎の障壁を展開して石を融解させていく。それでもなお続く掃射に、成す術もなく次々と血の中に伏せていく人間の体。ロッカから放たれる弾幕が途切れた時、そこには大量の人間の死体と、この何もない平野を赤く染める血だけが広がっていた。そして、恐ろしい形相でこちらを睨むベルダと、運よく弾道から逃れることが出来た兵士や騎士達が怯えた表情でこちらを見ていた。
まぁ………これを実戦で使用するのは初めてだけど、やっぱり過剰かな。貫通どころか、体の一部を欠損している死体まであるし。当初予想していた破壊力を大きく上回る結果となったけど………うーん。まだまだ要調整かな。それとも、ギアをもう少し細かく分けた方がいいかな。
「顕現せよ――――」
「波紋――――」
僕は右手に赤い光を。フラウは再び胸の前で両手を合わせる。僕はそのまま右手を地面に叩きつけ、フラウは両手を敵陣へと向ける。
「ロアの権能」
「荒波よ。穿って」
僕が触れている地面から猛烈な業火が走り、敵陣の空中で収束する。それは巨大な火球となり、そこにフラウの両手から放たれた激流がぶつかる。
その瞬間、大きな爆発。前に起こした水蒸気爆発。それを更に強力にするために、僕らで形にした一種の合体技といったところだ。
黒煙が消える。中からは、多少傷を負っているものの、未だに立っているベルダ。そして、その周りには多数の騎士が倒れていた。カレジャスと戦っていた時から思っていたけど、彼らの一族は魔法耐性が高いみたいだね。オネストも、爆発の影響は受けていたものの、大した傷は負っていない。
「姉上!大丈夫ですか!?」
「っ………えぇ、心配しないで………これしきのこと………!」
「姉上、ここは一度退いた方が良いかと。既にセレスティアにも逃げられました。ここで戦っても、私達に得はありません」
「………そうね」
おや、ここで逃げるつもりかい?あんなに啖呵を切っていたのに、呆気ない事だね。でも………そうだね。今回は見逃そう。
何故なら………君を倒すのは、僕ではないから。
「へぇ………退き時を分からない程愚かじゃないみたいだね」
「ちっ………なんで、『権能』であるあんたがセレスティアの味方を………!」
「もちろん、僕とセレスティアが友達だからだよ。それ以外、特に理由はない。だからこそ………早くここから去ると良い」
「………後ろを狙うつもりかしら」
「そんなつもりはないよ。不安なら、警戒をするのも良い。どの道、君たちが退く事に変わりはないんだろう?僕の役目は、この戦いの決着をつける事じゃないからね」
僕が手の土を払うように叩く。フラウはまだ目に光を灯したままだけど、特に追撃を行う様子はない。それを見て、ベルダは声を上げた。
「退くわよ!」
その声と共に、生き残っていた兵士や騎士たちは待ってましたと言わんばかりに走り去っていく。僕らはその後ろ姿を見送り、かなり遠くで行ったところでため息を付く。
「ふぅ………お疲れ様。一応聞くけど、怪我はないかな」
「………大丈夫」
「それは良かった」
まぁ、攻撃という攻撃が飛んでこなかったから当たり前だけど。一応、矢とかは飛んできてたんだけど、戦争での矢なんて精度が良い物じゃない。特に、迫撃のように軍の後方から撃つ場合は顕著になる。それに、大体飛んできていた矢は僕らの魔法に吹き飛ばされたり、燃やされたりしてたしね。
ロッカが攻撃を始めてからは、もう射る余裕なんてなかっただろうし。
「まぁ、それでも予想以上に生き残りを出してしまったね。半壊程度には被害を出せたと思うんだけど………どの道、まだ援軍は来るだろう」
「………うん。やっぱり、今から追う?」
「いやいや、その必要はないよ。嘘を付くのは、セレスティアの王道の汚点となってしまうからね。だから、僕らはこのままセレスティア達がいる本陣まで戻ろう」
「………ん」
彼女が頷いたのを見て、僕は歩き出す。その隣にフラウ、後ろにはロッカが付いてくる。まぁ、戦果は上場と言ったところかな。三人という人数では考えられない戦果だとは思う。
ベルダ達も、まさか負けるとは思っていなかっただろうし。とはいえ………次は、僕らがいることを前提に兵を動かすはずだ。ただ力押しで勝てる戦じゃないと分かった以上は、絶対に絡め手を使ってくる。僕らも、悠長にしている暇はないね。
僕らがしばらく歩くと、恐らく本陣だと思われる駐屯地が見えてくる。ここは広い平野と、その左右を大きな森が挟んでいる。こんなところに街はないし、戦争をするならテントなどで拠点を構えるしかない。というより、それが一般的だ。
テントは簡単に立てれるし、簡単な防護柵を用意すれば駐屯地にもなる。こういった………なんていうんだろうね。公式な争いという場では、基本的に徐々に相手の本陣に迫り、その途中途中で駐屯地を構えていくのが普通のやり方だ。
陣取り合戦というと少し違うかもしれないけど、そんなイメージだね。僕らがしばらく歩いただけで見えてくるほど本陣が近いってことは、かなり押し込められてたみたいだけど。
僕らが歩いてくるのを見て、本陣を守っていた騎士達が近付いてくる。まさかとは思うけど、敵対者だと思われてないよね。
「止まれ!」
「申し訳ないが、この先に進むことを許容することは出来ない。例えお前達が………」
「――――下がりなさい」
騎士の言葉を遮り、声が掛けられる。おや、案外元気そうだね。
「セレスティア様、しかし………」
「彼らは私たちの援軍です。無礼を働くのであれば、今すぐあなた達には王都へ帰ってもらいます」
「………申し訳ございません。お二人も、どうかお許しを」
「いや、気にしないでいい。援軍の証明証もないからね。規範に則れば、君たちの行いは正しい訳だし」
僕は首を振る。まぁ、彼女が僕に救援を求めたのは事実だけど、それは僕に届いてないからね。突然来た僕を本陣に入れるのは彼らの立場からは難しいのは当たり前だ。
後ろに下がっていった騎士達を見送ると、セレスティアが僕を見て話し始める。
「その………色々と話したいことがいっぱいあるんです。一緒に来てくれませんか?」
「勿論。僕もそのために来たからね」
「あ、後………これを受け取ってください」
「ん?」
セレスティアから渡されたのは、二つのカード。
「私の援軍である証です。これを見せれば、今後はああいった事が無いと思います」
「なるほどね。ありがとう」
「いえいえ、もっと早くお渡し出来ていれば………いえ、貴方の下に、ちゃんとこれを届けることが出来ていれば、こんなことには………」
「大丈夫だよ。分かってるからね。でも、君はまだ負けていない。いや、これからこの状況だって打開できるかもしれない。何故なら、そのために僕らが来たんだからね」
「っ………はい!ありがとうございます………!」
彼女が笑顔を見せる。まぁ、この一週間はそれなりに厳しい戦いだったと思う。僕が早く来てあげれなかったのもあるけど、何度この戦いの敗北を想像したんだろうか。
でも、それも今日までと言うために、僕らは来たんだ。負けっぱなしの時間はこれで終わりだ。これからは………新たな王の道を敷く時が来た。
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