二章・灯火は日輪となりて黎明を謳う

第27話

「セレスティアが戦争?それに、二人の姉って………」

「えぇ。一週間前、王位の継承権を得るために第一王女のベルダ様が、第二王女のオネスト様と共にセレスティア様に宣戦布告を行ったのです」

「………なるほどね。やっぱりそうなったわけだ」


 連絡のために僕の家を訪ねて来たアズレインの言葉に、僕は腕を組んで考える。ディニテが言っていたことは、間違っていなかったみたいだね。あの国では、王となるためには戦う覚悟を持たなければならない。もし戦いを拒むような王なら、国を守ることなど出来ないからだ。

 つまり、宣戦布告をされた以上は、それに応えなければいけない。少なくとも、王位を継ぐつもりがあるなら。


「それでも、セレスティアはフォレニア王国の多くの民から期待を受けているはずだ。戦力差は圧倒的じゃないのかい?」

「いえ。現在は、ベルダ様の軍が優勢です」

「………おや、それは何故だい?」


 正直、かなり意外だった。セレスティアとベルダが戦争を始めたとなれば、殆どの貴族はセレスティアに付くだろう。それに、この戦争は貴族にとってはかなり大きな意味を持つ。

 何故なら、勝者は王位の継承がほぼ確定となるからだ。つまり、セレスティアが勝利すればほぼ確実に次期国王はセレスティアで決まる。


「セレスティア様の軍は現在、自らの私兵団と城下町にいた貴族達の持つ私兵、そして、カレジャス様とシュティレ様の私兵団で構成されています。それに対し、ベルダ様の軍は国中の支援者である貴族たちの持つ軍を招集しています」

「………なんで、セレスティアは他の領地にいる貴族から兵を招集しないんだい?」

「いえ、しないのではありません。実際、救援を頼みはしているのですが………セレスティア様の援軍に向かっている軍が、合流前に全滅させられてしまっているのです」


 まさか。そんなことが出来る軍隊なんて、なかなか多くない。それこそ、セレスティアは飛空艇のいくつかだって使えるくらいの権限はあるはずだ。それなのに、援軍が届かないなんて考えずらい。


「………へぇ。さぞかし優秀な別動隊がいるみたいだね」

「えぇ。ベルダ様の婚約者である公爵のグラン様の持つアブソリュートという竜騎士団が、全ての援軍部隊を合流前に壊滅させているのです。アブソリュートはフォレニア王国の中でも屈指の竜騎士団であり、その戦闘力は飛空艇艦隊にも劣りません」

「………グランって人は、次期公爵なんだろう?そんな竜騎士団を使う権限があるのかい?」

「いえ、グラン様は現公爵家当主です。グラン様の父であるノルム様が二週間前に亡くなったので、既に全ての権限はグラン様が持っているのです」


 竜騎士ね………確かに、飛空艇が如何に強いとは言え、竜騎士だって操っているのは竜種なのだ。弱いはずがないし、その中でも精鋭と言われる竜騎士団なら、不可能だって可能にしてしまえるだろう。


「………一応聞くけど、セレスティアは僕に救援要請をしようとしたことは?」

「そこまでは分かりません。ですが、セレスティア様の命で飛んだ飛空艇は、全てアブソリュートによって墜落させられています」

「そうかい………君はセレスティア派だったよね?救援に行かなくていいのかい?」

「私たちは使節であり、兵ではありません。また、私が仕えるのは王であり、この王位を巡った公式な戦争に私の立場から加担することは出来ないのです」

「今、君は僕にセレスティアの状況を伝えるってことをしてるけど、それはいいのかい?」


 僕がそういうと、アズレインは帽子を深くかぶる。


「おや、シオンさん。これはただの世間話ですよ。私は国で起こった出来事を事実として述べているだけであり、他意はありません」

「………なるほどね」


 僕は笑みを浮かべる。確かに、これはただの世間話だったね。


「じゃあ、世間話で聞きたいんだけど………今お互いが前線を張ってる場所がどこか分かるかな?」

「………えぇ。もちろんです」


 アズレインはそう言って笑みを浮かべるのだった。















 私の頬を、一本の矢が掠めていく。ギリギリで躱す事には成功したものの、ほんの少しだけ切り傷が出来る。


「セレスティア様!大丈夫ですか!?」

「私は問題ありません!それより、相手を押し返すことに専念しなさい!」

「ですが、戦力差は圧倒的………このままでは、前線を保つ事さえ………!」

「泣き言を言っている場合ではありません!それでもやらなければならないのです!」


 既に物資も兵士も消耗しきっています。どれだけ援軍の要請をしても、合流する気配はない。姉上の婚約者であるペルフェット公爵が所有しているアブソリュート竜騎士団が未だに前線に出てきていないことを考えると、間違いなくこちらに向かっている援軍を壊滅させているのでしょう。

 私たちの兵は既に半分以上が犠牲となり、対して姉上の軍は未だに援軍が向かってきている状況です。当然、私達の勝利は絶望的なものになっています。

 その時、前線を死守していた兵士達が、巨大な爆発によって吹き飛ばされる。その爆炎は黒く、一瞬で兵士達を焼死させる。


「ふふ………セレスティア。負けを認めて投降しなさい。そうすれば………命だけは助けてあげるわ」

「姉上………」

「セレスティア下がれ。ここは俺が」

「あら、カレジャス。私に歯向かう気?あなたとは何度も喧嘩をしたけど………結局、あなたが勝つことは終ぞなかったわね」

「………昔の話をして、良い気になるなよ」


 先ほど爆発は、姉上が起こしたもの。敵軍で最も強い敵。それはアブソリュート竜騎士団ではない。それは、総大将である姉上自身なのだ。

 姉上は、そもそも私達姉妹の中でも最も魔法の才能に長けている方でした。私は様々な面で評価される事が多かったですが、魔法の知識と能力だけは姉上には及ばなかった。

 私が王位継承者の第一候補と言われるようになってからは、姉上自身がその魔法の腕を民衆の前で見せることがなくなったので、どれほどの進化を遂げているかは未知数でしたが………まさか、たった一つの魔法で五十の兵を焼き尽くすほどだとは思いませんでした。

 カレジャスお兄様が一瞬の踏み込みで姉上に迫る。しかし、それを阻むように大きな金属音が。私たちと似た髪色に、短髪で鎧を着こんだ姿の女性。


「くっ………どけ!オネスト!」

「申し訳ありませんが、兄上の命でも今は聞けません。あなたの相手は私が勤めましょう」


 そういって、お兄様を止めたのはオネストお姉様。お兄様と同じく騎士団に所属しているもう一人の姉。その剣の腕はお兄様と同等だと言われるほどの才能に満ちた、私の姉であり、お兄様の妹でもある。


「今です!隊列を組みなさい!」


 ですが、ここまでは予想済み。姉上がここまで来ることは分かっていましたが、それを黙って待っていたわけではありません。

 私の号令と共に、魔法使い達が軍の後方で横に並ぶ。そして、互いに力を合わせて、彼らの上に巨大な魔法陣を作り上げる。


「放て!」


 そして、その魔法陣からは巨大な光弾が放たれる。その光弾は空中に発射されたのに後に角度を変え、姉上へと落下していく。


「ふふ………甘いわね」


 しかし、姉上が持つ杖を掲げる。その杖から徐々に巨大な黒い火球が形成され、放たれる。火球と光弾はぶつかり合う。

 しかし、一瞬で燃やし尽くされたのは光弾だった。姉上の炎はそのまま空中へと突き進み、徐々に角度を変えて、徐々に降下する。そして、先ほど魔法を放った魔法使いの部隊に落下し、巨大な爆発を起こした。


「なっ………」


 信じられない光景に目を見開く。いくら姉上とはいえ、三十人掛かりで編んだ大魔法を一人で打ち破るなんて………あまりと言えばあまりな光景を目の当たりにし、一部の兵士は既に戦意を消失している。このままじゃいけない………!


「まだ負けていません!全力で………」

「無駄な足掻きよっ!!」


 その瞬間、姉上が杖を大きく振るう。その瞬間、黒い炎の熱風が吹き荒れ、前線を吹き飛ばしながら炎が迫る。


「っ………烈火よ、我が誓いに応えて………!」


 私が剣を振るって同じように炎の風を巻き起こす。しかし、私の炎は一瞬で黒い炎に呑み込まれ、私を吹き飛ばす。


「きゃ………!?」

「っ!セレスティア!」

「あなたの相手は私だと言ったはずです!」

「ちっ………!」


 体が熱い。咄嗟に防御した腕のつけ袖は既にほぼ燃え尽きている。私の魔法をぶつけたというのに、殆ど威力は下がった様子が無い。

 立ち上がることすら困難な私に、姉上が得意げに語り始める。


「残念だったわね。私の炎は万象を焼き尽くす………ありとあらゆる要素を燃やし尽くす本質の炎に触れた物は、なんだって燃やし尽くされてしまうの………たとえ、それが炎でもね」

「あらゆる………要素を………」

「そうよ。分かったかしら、セレスティア。あなたと私の間にある絶対の差を。あなたがカレジャスや父上にぬくぬくと育てられている間、私は常に魔法の研究をしてたの。今のあなたのぬるい炎じゃ、私の炎は止められない!」

「っ………」

「いきなさい!セレスティアの首を取った物には褒美を取らせるわ!」


 姉上の声が響くと同時に、多数の兵士が私に向かってくる。


「セレスティア様をお守りしろっ!」

「「「「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」」」」」」


 負けじと私の兵士達も奮起して、その兵士達と激しい戦いを繰り広げる。しかし、数の差は圧倒的。殆どが姉上によって焼き尽くされた今、残っている軍は極わずかだ。

 一度前線から退いて、後ろで守りを固めるべきか。しかし、これ以上退いたところで追い詰められるのみだ。もしここで下がってしまえば、本陣は呆気なく取り囲まれてしまう。

 しかし、次々と減っていく兵士。そして、遂に前線が完全に決壊する。


「セレスティアの首を取れ!!!」

「っ………」


 私を地面に剣を刺して立とうとする。しかし、迫るのは数百の兵。当然ながら、手負いである私にそれを打ち破る術はない。だが、こんなところで終わりたくはない。最後まで、ほんの少しの奇跡に縋る思いで抵抗の姿勢は崩さない。

 だが、一瞬だけ私の心に絶望が差し込もうとした時だった。迫る兵士達の足元の地面に、黄金の罅が広がる。


「は?」


 そして次の瞬間には地面から飛び出した無数の鎖が、敵兵を吹き飛ばしていく。


「ぐがっ!?」

「な、なん………ぐあっ!?」

「――――顕現せよ。リードの権能」


 その声と共に、巨大な竜巻が発生し、竜巻は地面にいた敵兵と空中へ投げ出された敵兵など関係なく巻き込み、消滅する。

 上空から地面に叩きつけられていく敵兵たち。一瞬の出来事に、戦っていたお兄様とお姉様も唖然としている。

 そして、私の前に一人の青年が下りてくる。


「ごめん。遅れたかな?」

「な、なんで………」

「もちろん。君が僕の友達だからさ」


 そういって当たり前のように、私に顔だけを向けながら口角を上げる彼は言った。それに対して、姉上が怒り狂ったように声を上げる。


「嘘よ!あんたの救援部隊は全てアブソリュート竜騎士団が潰したはずじゃ………!」

「落ち着きなよ。君が規格外の騎士団を使うように、セレスティアにも規格外の助っ人がいてもいいじゃないか。けど………僕は一人の友人として、君が彼女を傷つけたことを許さない」

「っ………調子に………のるなっ!!!」


 怒号と共に放たれた巨大な黒い火球。まずい。


「シオンさん、避けてください!」

「大丈夫だよ、セレスティア。僕は………」


 シオンさんが剣を構える。まさか、そんなはずは………


「『僕』としての力を示すから」


 その瞬間、全ての音が消えた。
















 僕は剣を払い、そのまま自然体の構えに戻す。僕らに迫っていた火球は、まるで最初からなかったかのように雲散していた。


「なっ………あ、あんた何者よっ!?私の炎は全ての要素を………!」

「そうだね。けど、要素を焼き尽くしたところで、僕にとっては大した問題じゃない」

「何言って………いえ、まさかあんた………!」


 流石にバレてしまったようだね。まぁ、こんな分かりやすい芸当をすれば当然だけど。この世界のあらゆる万物は、元素と原子以外にも要素、その先にある本質が存在する。でも、実は更にもう一つ先の世界が存在するんだ。

 けど、その域に達することは人では叶わないと言われていた。たったごく一部の人間を除いて。それが『真理』。あらゆる物事の永久不変の理であり、原初の姿である。

 それに達することが出来た人間はたった5人。もう分かっただろう。『権能』が『権能』と呼ばれている所以。それは、それぞれが象徴する五大の真理に辿り着いた者達であるからだ。

 そして、僕はその5人の知識と力を全て受け継いでいる。つまり………


「『権能の使者』を従えているという話を聞いた時から疑うべきだったわ………あんたは………!」

「あぁ。僕は………いや、僕こそが『権能』だ。伝説が残した意思と知識を継ぎ、五つの真理を統べる者だよ」





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