第26話
ノック音が部屋に響く。その音で目を覚ました僕は、体を起こす。既に月が部屋の窓から差し込んでいて、既に夜を迎えていることを示していた。
「シオンさん、起きましたか?」
「ん、今起きたよ」
外からはセレスティアの声。僕が言葉を返すと扉が開かれた。
「おはようございます。夕食の準備が出来ましたよ」
「ん、分かったよ」
僕とセレスティアは部屋を出る。ロッカを部屋の前に残し、そのまま慣れた道を進むけど………さて、そろそろ僕も答えを出さないとね。というよりも、この数日である程度答えは決まっていた。
いつもの道を歩きながら、セレスティアと会話をしていく。
「もうこの城の道も覚えたんですね」
「ある程度は。それに、ここはあまり入り組んでいないし、普段歩いてるところも決まっているからね」
「ふふ………すっかり馴染みましたね。当分はこっちで暮らしますか?」
ほんの少しだけ期待が込められた声色。なんとなく、彼女がそうして欲しいと思っていると言うのは分かっているけど、僕は首を横に振る。
「確かにここは住み心地がいいけど、ずっといるわけにはいかない。僕も研究をしないといけないし、そろそろ………待たせていた答えを出さないといけないからね」
「………そんなに急がなくても、私は………」
「迷惑に思ってないのは知ってるよ。でも、この国の民でもない僕らがずっと城に居座るのは体裁が良くない。それに、研究が進まないのは事実なんだ」
「そう、ですか………」
セレスティアが寂しそうな顔をするけど、それはほんの一瞬ですぐに笑みを浮かべる。少しの悲しみは隠せていなかったけど、そんな顔をされてもこればかりは仕方がない。
「少し、寂しくなりますね………」
「………セレスティア、後で時間取れるかな?」
「え?時間、ですか?」
「うん。そんなに長くは掛からないんだけど」
「えっと………分かりました」
少し困惑した様子だったけど、セレスティアは頷いた。多分、僕が帰る前に彼女に残すことが出来るとしたら、一つしかないから。
「そうか………寂しくなるな」
「あはは。申し訳ないね。それで、明日にでも陛下に問いに対する答えを出したいと思ってるんだけど………」
「………ふむ。分かった。俺から父上には伝えておこう」
カレジャスが頷く。こういうのは、時間を置いても良くないから、早めにするのに越したことはない。
「………明日、帰るの?」
「そうだね。早ければ明日にでも帰ろうと思ってるけど………もう少し残りたかったかい?」
「………ううん。シオンが一緒なら、どこでもいい」
「そっか」
小さく笑うフラウに、僕は笑みを返す。この子は素直に好意を伝えてくるから、僕としても深く色々考えなくて良い。
何を考えているか分からなかったのも最初だけで、今は声のトーンや、表情の変化から彼女の事が分かるようになっていた。多分、最初の頃と比べれば少し緊張が解れたって言うのもあるんだろうけど。
でも、未だに他人の前にいる時は少し仏頂面になるから、やっぱり人見知りの気がそう感じさせてたんだろう。
「シオンさん、もっとゆっくりしていってもいいんですよ?」
「ごめんね。セレスティアにも言ったけど、僕には僕の研究があるからね」
「でも、ヴァニタスでなら………」
「いや、僕の研究は………やっぱり、自分の工房で行う方が都合がいいんだ」
僕の研究は、その内容から周りにあまり広めるわけにはいかない。別に、僕の持つ知識や能力を個人の判断で、一つの国のために使ってはいけないなんて決まりがある訳じゃない。けど、僕の持つ知識や研究には、一気に世界の状勢や勢力図を変えてしまうほどの影響力があるのは事実だ。
そんな研究を、無暗に広めると………人間が本来自分らで築き上げていく文明の発展を、僕自身が止めてしまう。それは、僕としても望んでいない。
ここまで話せば分かったと思うけど、僕はこの国に所属するつもりはない。どれだけ見ても、僕がこの国に所属するだけの大きな理由が見つからなかったんだ。けど、もし所属という形じゃなく………例えば、ヴァニタスの教授みたいな。そういう風に、僕が直接彼らに力と知恵を与えるのではなく、彼らの成長を促すような立場なら僕としても妥協は出来る。
「そうですか………」
「それに、僕は君たちの国に所属することは出来ない。でも、君たちさえ認めてくれるなら僕はこの国の臨時教授として、たまに君たちに錬金術の授業を行ってもいい。僕自身の持つ知識を直接君たちに教えることは出来ないけど、それに至れるように君たち自身が進む道を示すだけなら、僕も妥協が出来る」
「………なるほど。確かに、あなたは元々一人で研究を行っていたわけですし、その結果だけを他人に教えるのは良い気がしないですよね………」
「まぁ、そんなところかな」
実際は違うけど、否定して別の理由を考えるのも面倒だから肯定しておく。僕の持つ知識がこの大陸全土の勢力図を変えてしまうだなんて言ったら、それはそれで火種が生まれる。
「まぁ、どんな形であれお前がこの国の協力者であるに越したことはないと俺は思う。お前の実力は、何があっても敵に回したくないしな」
「………そもそも、僕は国同士の争いには関わるつもりはないけどね」
僕には、民を守る義務はない。勿論人が死ぬのは悲しいことだけど、守りたい民を守るためには、別の誰かを殺さなきゃいけない。僕はこの国の住民に対して、人殺しをしてまで守る義務がないんだ。
もし、これが一方的で………相手の目的が虐殺とか、そんな感じなら同情の余地もなく味方出来るんだけど、大体の場合は戦争って言うのは互いの利害のぶつかり合いだ。結局は善悪と言うのは歴史が決める事だから、僕が個人の主観で相手が悪だと言い切ることは難しい。
「それでもだ。そもそも、あんたはいつか超えるべき相手だからな。これでさようなら、という訳にはいかない」
「そうだね………さて、ごちそうさま」
「………今日、早いね」
「まぁね。じゃあ、おやすみ」
「………うん、おやすみ」
僕は夕食を食べ終わる。少し急ぎ目だったのもあるしね。僕はそのまま部屋を出る。
「ごちそうさまでした」
「ん?もう食べ終わったのか」
「はい、それでは私は部屋に戻りますね」
「あぁ、おやすみ」
「おやすみなさい」
セレスティアが部屋から出てくる。僕は部屋の外で彼女を待っていた。
「申し訳ないね。今から大丈夫かい?」
「はい、どこで話しますか?私の部屋でも大丈夫ですけど………」
「いや、そこまで行く必要はないよ。んー………なるべく人がいないところがいいけど………そうだね。バルコニーにでも行こうか」
「分かりました」
僕らはそういって歩き出す。僕はバルコニーに行ったことはないけど、セレスティアが案内してくれるから問題はない。一応、こんなに大きい城なんだし、バルコニーがあるのは予想していた。
長い廊下を歩いて数分程。セレスティアの案内で、僕らはバルコニーに着いた。そこからは街が一望出来て、月明かりがほんのりとバルコニーを照らし、美しく幻想的な風景を作り出していた。
「へぇ………綺麗だね」
「えぇ。私のお気に入りの場所でもあるんです」
「そっか」
そのまま僕はバルコニーの柵に寄りかかる。セレスティアも柵の上に腕を乗せて、体重を預ける。少しリラックスした雰囲気が流れるけど、先に口を開いたのはセレスティアだった。
「それで、話ってなんでしょうか?こんなところに呼び出したってことは、大事な話なんですよね」
「んー………まぁ、そうだね。僕にとっては大事かもしれない」
「………ふふ。もしかして、私に愛の告白でもする気ですか?」
「いやいや。それはまずいって。というか、会って三日くらいなんだから、早すぎるよ」
僕は苦笑する。まさか、第三王女に告白だなんて恐れ多い。それに、こう言ったら誤解を生みそうだけど、僕は彼女に男女としての好意はない。魅力が無いと言ってるわけじゃないけど、だからと言ってわざわざ言う理由もない。
「私に会った貴族の方は、初対面でもアプローチをしてきたなんていくらでもいますよ?」
「僕がその貴族達と同じように見えるかい?」
「………ふふ。全く」
「だろう?」
僕とセレスティアが同時に笑みを浮かべる。まぁ、そろそろ本題に入ろうか。
「さっきも言ったと思うけど、僕は明日にでも帰るつもりだ。それに、この国に所属するつもりもない」
「はい、分かっています」
そういう彼女の声ははっきりしていたけど、ほんの少しだけ表情に悲しみが混ざる。でも、まだ僕の話は終わっていない。
「でも、それはこの国が嫌いだからってことじゃない。寧ろ、この国には好感は持っている。それに………この国で得た縁は、僕にとって得難いものだった」
「縁、ですか?」
「うん。僕にとって、人との繋がりはとても大事な物なんだ。どんな些細な事であっても、人は常に………他人と影響しあって、変化させ続けるんだ。君は僕と関わって、この数日で変わった事はあったかな」
「………私、ですか」
セレスティアが少し悩むような素振りをする。やっぱり、色々と考えることはあったんだろう。立場が違う僕が、初めての友人。その事実は王族である彼女へ与えたのは喜びだけではないだろう。
苦悩、葛藤。国民ですらない僕と、本当に友人関係でいて良いのか。彼女は何も言わなかったけど、王になりたいという気持ちは本物だ。そんな悩みが生まれないはずがない。
「はは。僕の予想だけど………きっと、君は良い変化があったとは思えていないはずだ。色んな苦悩や、葛藤が君の中には渦巻いてると思う。その原因が、僕にあることもなんとなく気付いてるつもりだ」
「そ、そんなこと………私は………」
「うん。友人が出来て、嬉しいと思っているのも知ってる。でも、君があの日、僕との関わりについて苦言を呈された時の君は………自分でも不安になっていることを、他人に指摘されたからこそ激怒したんだと思う」
「………」
彼女が暗い顔で俯く。自分でも自覚はあったんだろう。でも………
「でもね。それは仕方がない事でもあると思う。王族じゃない僕が言うと無責任になるかもしれないけど、立場の違いって言うのはどうしても生まれてしまうから。その立場って言うのは、時に人の関係を断ってしまうことだってあるんだ」
「でも………私は………」
「それでも僕は。君と友人でいたいと思っている」
「………え?」
セレスティアが驚いた顔で僕を見る。僕は柵に寄りかかったまま腕を組んで、彼女の目をしっかりと見る。
「あの日、君はこういったよね。僕個人を客人として城に招く事が出来るくらいの権力はあるって。なら、結局は君が誰と仲良くするかなんて、他人がどうこう言えることじゃない。君自身が、僕と友人でいたいと思っているかどうか。それが、一番重要な事だと思う」
「………私が、あなたと………」
「うん。きっと、これから先の未来では………幸福だけが待っているなんてことはないと思うし、それは君自身が分かっているはずだ。きっと、今回以上の苦悩に面することだってあるかもしれない。人生は長いからね」
「………はい」
つい昨日、彼女にとって良くはない事が起こったし、今までだって彼女は様々な困難や悩みに面してきたことだってあるはずだ。でも、その時セレスティアはどうやってそれを乗り越えてきたのか。
「君は強い。でも、人というのは一人では………いや、どれだけの集まっても完璧になることは不可能だ。だけど、今君が悩んでるような時に、背中を押してあげることは出来る」
「………」
「他人の評価は気にしなくていい、というつもりはない。君は王族だから、周りの評価も大事になるだろうから。でも、人間はほんの少しの弱みや完璧じゃないところがあってもいいんじゃないかな。少しの我儘を言ってもいい。君がどうしたいかを、君自身が考えるべきだと僕は思う」
「………私は………」
「もし、君が僕と友人でいたいと言うのなら………これからも、ここに遊びに来てもいいかな?君とはまだ話足りないと思っているんだ。錬金術の事や、魔法学の事………話題はまだまだ尽きないからね」
彼女が僕の目を見つめる。僕はそれから一切目を逸らさず、小さく笑いかける。すると、彼女もふと笑い出す。
「ふふ………本当に、シオンさんは何でも分かるんですね」
「そんなことはないさ。でも、友人のために何かしてあげたい。そう思うのはダメかな?」
「………嬉しいです。私は、王位を継承することを重荷だと思った事はありません。寄せられる期待も、原動力にしていました。王族としては、あなたと友人であることは周りから認めてもらえないかもしれない。それでも………私は、あなたと友達でいたいです」
「僕もだよ。そう言ってくれてよかった。ありがとう」
「お礼を言うのは私の方です。あなたが………あなたが私の友達で、本当に良かった」
そういって笑顔を向けてくるセレスティア。その顔には、先ほどの悲しみや迷いは一切なく、年相応の女の子の笑顔だった。
「さて、そろそろ僕は部屋に戻るよ。いくら夏とはいえ、ずっとここにいると風邪をひくかもしれないしね。君も早く寝るんだよ。出来ればだけど、明日は君にも見送ってほしいからね」
「もちろんです。でも………絶対に、また来てくださいね」
「うん。そう遠くないうちに、また来るよ」
そういって、僕らは部屋に戻っていく。僕から出来る事はこれしかできないけど………僕は、君の友人として黙って見ていることは出来なかった。
これから色んな苦難や苦悩にぶつかった時も、僕が出来る事なら、彼女を支えてあげたいと思っている。
何故なら、僕はあの子の友達なのだから。
次の日。僕は朝からディニテと謁見をして、僕自身の考えを伝えた。彼は少し残念そうにしていたけど、最終的には僕の気持ちを尊重してくれた。あと、定期的にヴァニタスやクレア―テの錬金術師に授業を行うというのも了承してくれた。
僕としては特に対価が欲しいとは思っていなかったんだけど、授業料も出してくれるらしい。思わぬ幸運だね。
ディニテとの謁見が終わった後、すぐに荷物を纏めて僕らは飛空艇の発着場にいた。担当するのは王都に来てから一度も会っていなかったアズレインだ。
「君、一体どこにいたんだい?」
「仕事ですよ。私も忙しい身なので。ですが、これからあなたとの連絡役には私が選出されました。というよりも、私自身が立候補したのですが。今後は顔を合わせることも増えると思いますが、何卒よろしくお願いします」
「なるほどね。うん、こちらからもよろしく頼むよ」
僕らが互いに握手をする。まぁ、アズレインなら信用するに値する人物なのも知っているから、今後の事を考えるなら、彼が一番適任だとは思う。
「シオンさん、いつでも遊びに来てくださいね。約束です」
「もちろんだよ。絶対にまた来るよ」
「もしセレスティア様を訪ねたくなったときは、私にお申し付けください。いつでもシオンさんを飛空艇で城までお連れしますので」
「うん。そうするよ。じゃあ、帰ろう。フラウ、ロッカ」
「………うん。またね」
「はい、フラウ様もまたいらしてくださいね」
フラウが見送りに来ていたあのメイドに小さく手を振る。それに対し、メイドもにこやかに笑って手を振り返した。
「また来い。いつでも待っているぞ」
「シオンさん。これからは教授として、どうかよろしくお願いします」
「うん。二人もまたね。それと、こちらからもよろしくね。授業中寝ていても起こすつもりはないから、しっかり聞くように」
「あはは。シオンさんの授業で寝るなんて有り得ませんよ」
シュティレが笑う。さて、そろそろ行かないとね。僕らはそのまま皆に手を振りながら、飛空艇に乗り込んでいく。巨大な物だけど、前と比べれば今回は少しだけ小さい。
こちらの方が速度はあるらしい。巨大な飛空艇を使って、再び狙われてしまえば大変だという事で、速度を重視したらしい。
僕らが乗りこんでまもなく、飛空艇は飛び立った。短い間だったけど、色々とあったね。けど、最終的には………まぁ、良いことの方が多かったと思う。
その後、何事もなく村に着いた飛空艇。村に戻ると、すぐに村人達からの歓迎を受けた。それからはいつも通りだった。家に戻って工房に籠って実験と研究をする。フラウとロッカを連れてフィールドワークに出掛ける。朝起きたら、朝ご飯を作る。たまにフラウが早起きして、作ってくれていることもある。
もちろん、あの城での数日も悪くなかったけど、ここでの生活が僕には一番落ち着く。それはフラウも同じみたいで、僕に遠慮なく甘えてくることが多い。
そんな風に過ごし、三週間ほど経ったころかな。僕の下に、セレスティアと二人の姉が戦争を始めたという知らせが届いた。
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