第25話
城に戻って少し経った後。僕は城の中庭にいた。何故かって?それは………
「準備はいいか?」
「まぁ………いいけど」
僕の先にはカレジャスが剣を構え、堅牢そうな鎧を着てバッチリ戦闘態勢と言った様子だ。どうしてこうなっているのか気になっている人は多いと思う。
別に喧嘩でもなんでもなく、帰ったら腕試しとしてカレジャスに試合を申し込まれたってだけだ。カレジャスは戦闘狂という訳じゃないけど、強い相手と戦うことが自分の成長に繋がると信じているタイプだそうで、僕の剣術を一度でいいから見てみたいらしい。
僕、剣技だけで剣術ではないんだけど………そう説明しても、それでもいいと言われてしまえばどうしようもない。
面倒くさいといって断るのは、王族に対して普通に無礼だ。それに、いくら客人として来ていても、そんな理由で頼みを断るのは相手の印象を悪くすると思う。僕は周りの評価をあまり気にしないけど、それは全くの他人の場合だ。
それなりに仲のいい人や、その関係者に悪い印象は持たれたくない。今後の付き合いに関わるし。カレジャスの場合は………今の所、僕は普通に仲がいいと思っている。少なくとも、全くの他人ではない。
それに………
「お兄様もシオンさんも頑張ってください!」
「どっちが勝っても気になる戦いだね」
「………シオン、頑張って」
「!」
結構ギャラリーが豪華だ。彼ら四人だけじゃなく、この城を見回っている騎士や兵士もこの試合を観戦している。仕事はいいのかなと思ったけど、この城で今一番危険なのはここであることに間違いはない。監視って名目なら見ていても問題ないだろうし、第一王子が錬金術師と戦うとなれば興味が湧いても仕方ないだろう。
戦う前にセレスティアに耳打ちされたけど、カレジャスは騎士団長補佐らしい。もし王位継承しなかったら、正式に騎士団長の交代権はカレジャスに決まるらしい。油断できないね。ちなみに、本気の勝負だ。魔法もありだし、思いっきり切りかかってもいい。
「それにしても………丁度いい魔法を使えるんだな」
「まぁね。魔法使いを名乗ってるわけだし、これくらいは」
僕らの足元には、大きな魔法陣がある。一言でいうなら、特殊な結界だ。内側で起こった死を無効化すると思ったかい?流石にそんなわけがない。
致命傷となりえる攻撃が行われた場合、全ての魔法はかき消され、物理的な攻撃は寸前で止められる。敗北者側が敗北を認め、勝者も戦闘態勢を解かなければ、互いに魔法陣から出れず、危害も加えられないという魔法だ。相討ちの場合は、同時に動きが止まって魔法陣が消える。
こんな高度な魔法、と思うかもしれないけど、案外一般的に認知されている魔法だ。もちろん誰でも使うことが出来るわけじゃないのは事実だけど………僕なら出来ないはずがない。
それと、この魔法は双方の同意が合って初めて承認される。戦闘前に相手が拒んだら、そもそも効力を発揮しない。つまり、殺し合いを無理やり試合に持ち込むことは出来ないってことだね。
何故なら、これは誓約魔法だから。誓約っていうのは強い力を持っていて、それを触媒にすることでこんなに複雑な魔法を使えるようになっている。
「………」
「………」
カレジャスは片手剣を構える。対して、僕は自然体のまま、剣を左手に持って下げているだけだ。舐めている訳じゃない。ただ、剣術を習ったこともないのに、型を取ったところで何の意味もないという理由だ。
「………いくぞ」
その瞬間、カレジャスのいた地面が砕けると共に姿が消える。全力の踏み込みによって一瞬で距離を詰めてきたその速度は、あの暗殺者すら凌ぐ。まぁ、暗殺者は足音を消す走り方を学んでいるはずだから、ひたすら速度を付けるための踏み込みに速度で負けるのは仕方ないけどね。
こんな事を考える余裕があるくらいには、僕は余裕をもって横から振るわれた剣を剣で受ける。そのまま力任せに弾き、蹴りを放つ。
カレジャスはその蹴りを、自分の足を上げて膝で止める。僕はそのまま足に力を込めて踏み込み、反動によって後ろに大きく跳びながら、右手に黄金の光を灯す。着地と同時にその右手を地面に付ける。
「顕現せよ。メイアの権能」
僕の周囲に黄金の罅が広がり、大量の黄金の鎖が飛び出してくる。大丈夫だよ。魔法を解除したら、ちゃんと元に戻るから。飛び出した鎖は大きく空中まで伸び、徐々に角度を曲げてカレジャスに降り注ぐ。
「焼き尽くせ!烈火!」
それを見たカレジャスは剣に炎を灯し、振り上げる。剣から放たれた炎の竜巻が、迫る剣を次々と破壊していく。
弱くないのは分かっていたけど、魔法の腕もそれなり以上か。
「なら………」
残った四本の鎖が急降下し、地面へと潜っていく。その瞬間、カレジャスの足元から鎖が飛び出してくる。
「がはっ!?」
飛び出した鎖に腹を打たれ、そのまま空中へ投げ出されるカレジャス。そして、残りの三本が地面から飛び出す。四本の鎖が、空中へ投げ出されたカレジャスの四肢を拘束する。
残念ながら勝負ありかな。
「ちっ………炎の誓いよ!」
その瞬間、カレジャスの両腕に炎が灯り、爆発が起こる。鎖が破壊されて、自由になった右腕を振るい、足を拘束している鎖を切断する。
僕は右腕に薄緑の光を灯し、前へと突き出す。
「………顕現せよ。リードの権能」
そのまま地面へと着地するカレジャス。その着地の瞬間を狙って風の刃で形成された魔弾を放つ。けど、着地を最低限の負荷になるように左手を地面に付き、体勢を低くした状態から炎を纏った剣を薙ぐ。巨大な炎の斬撃が、一瞬で風の魔弾を焼き尽くし僕に迫る。
「顕現せよ。メイアの権能」
僕が黄金の光を纏った右腕を上へと振り上げる。その瞬間、僕の前方には巨大な石壁が展開され、斬撃とぶつかって爆発を起こす。
粉々に砕ける石壁。けど、僕にまではダメージは通らない。カレジャスもそのまま体勢を整える。
「なるほど。その炎の魔法の威力には驚いた」
「俺達は炎の一族と呼ばれている。代々、鉄すらも融解させるほどの業火を操ることが出来る………が、あんたの魔法にはそうもいかないみたいだな」
「一応、人智を超えた魔法を使うっていう評判もある訳だしね。そう簡単に突破されたら困るよ」
互いの実力を再認識する。けど、彼のお望みである僕の剣技はまだ披露しない。そもそも、そう簡単に使っていい代物じゃないんだよね。
『権能』としての能力は全て強力で、一瞬で戦いを終結させるほどの力がある。別に代償があるわけじゃないんだけど………強すぎる力を軽い気持ちで振るうと、それこそ災厄を齎しかねない。あの一刀はそんな破壊力がある訳じゃないけど………まぁ、使わないに越したことはないよね。
「シオンさん………お兄様相手に一歩も引いていません………」
「流石に評判通りの魔法使いってことだね………兄さんが苦戦してるのは、あまり見ないし」
「………まだ、シオンは本気じゃない」
「え………?」
「………見てれば、分かる」
「!」
ロッカが踊り出す。まるで応援団だけど………口が無い君が、一番騒がしいと感じるのはなんでなんだろうね?
「さて、ロッカの応援もあるし………そろそろ本気で行くよ」
「………!」
僕が右手に黄金の光を纏わせ、手首から上へと払う。その瞬間、周囲の地面から四角いブロック状の巨大な岩が四つ飛び出してくる。
「放て」
僕の声と共に全ての岩が急激に伸び、石柱となってカレジャスに迫る。
「くっ………!」
その場から一瞬で駆け出して、柱を回避するカレジャス。先ほどカレジャスがいた場所に石柱が激突し、地面を粉砕するとともに巨大な土煙を起こす。まだ終わっていないけどね。
「………」
無言で右腕を上へと掲げる。それと同時に石柱が上空へと浮かんでいく。空中で滞空した石柱が次々とバラバラに分かれて杭となる。
僕が右腕を振り下ろすと、それらが次々とカレジャスへと降り注ぐ。
「厄介なっ………!」
走りながら、次々と杭を弾いていくカレジャス。だが、表情はそれなりに苦し気で、一撃一撃の重みに苦戦しているようだ。
けど、一瞬だけその両足に炎が纏う。
「炎よ!我に力を!」
爆炎を放つとともに、カレジャスが一気に接近してくる。ジェットと同じ原理ってことか。まぁ、良くやるよ。負担もそれなりに大きいはずだけどね。
「はっ………!」
「ふっ………!」
互いの剣がぶつかり合う。勢いがついたカレジャスの剣はかなりの威力で僕の振るった剣は弾かれる。
「そこだっ!」
「まだだよ………!」
好機を逃さず、返し刀で切り払ってくるカレジャス。けど、僕は弾かれた勢いのまま体を回転させ、斜めから斬り上げる。
互いに弾き合う剣。すかさず次の攻撃を同時に行う。繰り広げられる熾烈な剣戟。けど、若干僕が不利な事に間違いはない。相手は王族であり、次期騎士団長候補だ。剣術の腕で勝てるはずがない。
とはいえ、一方的かと言うとそうでもない。多分、素人にしてはかなり食いついている方だと思う。
「ふんっ!」
「っ………!」
一層早く、強く振るわれた横薙ぎの一撃。それを後ろに体を逸らすことで避け、そのまま後ろへと跳ぶ。右手に赤い光を纏わせ、着地と共に地面に叩きつける。
「燃えろ」
僕の言葉と共に周囲に炎が広がる。その炎は徐々に勢いを増し、巨大な炎竜を形成して、翼を広げ空中へと飛翔する。
「なっ………!?」
「喰らえ。ニーズヘッグ」
僕がそう告げると空中へと飛んだ炎竜の体が青い炎に変化し、そのままカレジャスへと急降下する。
口を大きく広げ、カレジャスを呑み込まんとする炎竜。さて、どうするかな?
「我が身を守れ!炎の叫びよ!」
カレジャスの言葉と共に、激しい炎がカレジャスの身を包み込む。それと共に炎竜がそれを呑み込み、大爆発を起こす。
「………」
立ち上がって黒煙を無言で見る僕。結界は未だに有効だ。つまり、終わっていない。その瞬間旋風と共に黒煙が払われる。そこには、傷だらけで尚笑みを浮かべているカレジャスが。
「ははっ………やるな。流石だ。ニーズヘッグ………と言ったか?」
「………別に、名前は重要じゃないよ。僕が付けたのは、その名だけだ」
勿論、本物を呼び出したわけじゃない。けど、僕自身の魔法に命を与え、僕の命によってその名を与えられた魔法生物は確固とした存在を得る。強大な竜をイメージした時に、その名が思いついただけだ。炎とは怒りを示し、ニーズヘッグは怒りの意味を含む、というのもある。
命を得た魔法は、その意思によってより強い存在へと昇華される。これが、僕の研究の末に作り出した、研究成果の一つだ。防がれてしまったのは意外だったけど、かなりのダメージは負っているはずだ。
ちなみに、試合が終われば傷が消えるなんてことはない。致命傷にはならないだけで、時を戻すなんてことは不可能だ。
「全く………さっきのは、炎の魔法に対しては無敵だと言う性能だったはずなんだがな………」
「さっきのは純粋な魔法じゃないからね。ダメージを軽減しただけ称賛に値するよ」
「………まったく、出鱈目だ」
そういって剣を構えるカレジャス。なるほど、次で決めるつもりだね。
「………いくぞ」
その瞬間、カレジャスが全身に炎を纏う。そして、その場に爆炎を残して一瞬でその姿が消える。場を包む静寂。見ていた者は、目を見開いた。
「………」
「………勝負ありだね」
カレジャスの首に僕の剣が寸前で止まっている。その体は一切動かず、剣を振り払ったままの体勢で僕を見ていた。
僕は剣をカレジャスの首筋から離して放る。手から離れた剣は一瞬で消滅し、僕は戦闘態勢を解いた。
「………俺の負けだ」
その瞬間、足元にあった魔法陣が消える。それと共に解放されるカレジャス。けど、ゆっくりと剣を降ろして僕を見る顔には、様々な感情が含まれていた。
「………あんた、やっぱりすごいな。何も分からなかったぞ」
「そうだね………噂になるだけはあるってことだよ。満足してくれたかい?」
「あぁ。正直、一太刀も浴びせれなかったのはかなり悔しいが………今度、機会があればリベンジさせてもらう」
「はは………お手柔らかに」
僕が苦笑を返す。結局、使うつもりはなかったのに使ってしまったね。そんなに言うのなら、使わずに負けろと言う話だけど………手加減をしていると怒られてしまうと、それはそれで厄介だ。
そして、それを見ていた者は未だに信じられないという顔をしている。セレスティアだけは、少しの驚きで済んでいるけど。
後、フラウも大して反応していない。というか、君に至っては表情が変わっていないね。
「まさか………兄さんが剣で負けるなんて」
「………一度見ていますが、やっぱり捉えられません。あの神速の剣技は一体………」
「………シオンだから、勝つのは当然」
「!」
ロッカが大きく両腕を上げる。勝つのを喜んでくれるのは嬉しいけど………やっぱり目立つね。そして、僕らの試合を監視………という名目で観戦していた騎士や兵士達は、驚きを隠せないといった様子だった。
「見たか………?カレジャス様が一瞬で………俺、何が起こったか分からなかったぞ」
「団長にすら五分五分で勝てる最速の剣術を上回るなんて………あいつ、本当に人間なのか………?」
「お、おい!シオン様はお客様なんだぞ!敬意をもって呼べ!」
「あ………悪い。驚きすぎて忘れてた………」
まぁ、驚くのも無理はないね。普通の人間じゃ成しえない技だし。同じ間合いなら、絶対に負けない自信がある。多少離れていても………まぁ、問題はないかな。
僕らはそのままフラウ達の所へ向かう。
「お二人共お疲れ様です………流石シオンさんですね」
「兄さんが負けるなんて………正直、いくらシオンさんでも兄さんが相手だと、勝ち目がないんじゃと思ってたんですが………」
「結果は惨敗だったな。次期騎士団長候補の名が泣いてしまう」
「………わざと負けた方が良かったかい?」
「まさか。本気で相手をしてくれたこと、感謝するぞ」
そういって手を前へと差し出すカレジャス。僕はその手を握り返し、握手をする。
「お前の剣技、いつか超えて見せる」
「そうだね………うん、その時はまた相手になるよ」
人間には出来ないから、人間では絶対に勝てない?そんなことはない。人間は、いつだって自分より強い相手に勝ってきたのだから。
一人で強大なドラゴンすら倒すことが出来る可能性を秘めた生命。それは………僕の剣技だって、打ち破る可能性があるってことだ。
まぁ、当分は負けるつもりはないけどね。そう簡単に破られたら、それこそ『権能』の名が泣いてしまう。
「………お疲れ様」
「ん、ありがとう」
「………かっこよかった」
「あはは、それは嬉しいね。頑張った甲斐があったよ」
妹………フラウに褒められるのは、悪いことじゃない。女の子にかっこいいと言われて、喜ばない程朴念仁ではないからね。
一応、前世でも言われたことが無い訳じゃないけど………フラウに言われると、より嬉しい。この子には、兄のかっこいい姿だけを見せていたいからね。
「さて、久しぶりに本気で戦ったし………僕は部屋で休むよ」
「分かりました。夕食の時間になったら起こしますね」
「ん、そうだね………というか、カレジャスかシュティレが起こしに来てもいいんだよ?」
「なんで俺なんだ。セレスティアでいいだろう」
「僕もそう思うけど」
「………私が行くよ?」
「………どっちも変わらないかな」
僕の周りには、少々警戒心が足りない子が多いね。というか、兄ならもっと妹の身を心配するべきだと思うんだけど。
僕はため息を付きそうになるのを我慢して、中庭から城内へと戻っていくのだった。
「カレジャスがあそこまで一方的に負けるなんてね………やっぱり、あなたは邪魔な存在だわ」
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