第24話

 朝食を食べ終わった僕は街に居た。もちろんフラウとロッカも一緒だ。本当なら、街を歩くだけならロッカは連れて行かなくてもいいんだけど、流石に城にロッカを置いていくわけにもいかない。

 これは城にいる誰かがロッカに悪戯をするとかではなく、純粋にロッカを一人で城に取り残してたら迷惑になりそうだから、というのが大きい。一応、生きているとはいえ巨大な鉄の塊であることに変わりはないし。


「………気になってた所って、どこ?」

「ん?あぁ………ちょっと雑貨屋に寄ってみたいと思ってね。うちには調味料とかが少し足りてないからさ」


 ちなみにだけど、今使っている調味料は村から譲ってもらったものだ。一応、昔から使われていたものも残ってはいる。ちなみに腐ってはいない。マジックアイテムで保管されていたからか、特に劣化はなかったんだけど、味が少し………クセが強いというか、数百年も前の物だからか食文化の発展率の違いと言うのもあるのだろう。はっきりというなら口に合わない。

 一応、美味しいのもあった。量に限りがあるから滅多に使わないけど。一応作り方は知識にあるから問題ないんだけど………材料を取りに行くのも大変だからね。フィールドワークでたまたま見つけた時には採取するくらいだ。


「………そっか。うん、ご飯は美味しいとうれしい。今もおいしい、けど」

「それは嬉しいね。でも、君が作ったご飯もとても美味しかったよ」

「………ありがとう」


 はにかむフラウ。今までどんな生活をしていたか、なんて僕には分からないけど、この子は褒められるという事に慣れていないみたいだ。たった一言でも彼女はこうやって照れたように笑うというのは、少し耐性が無さ過ぎるとも思うけど。

 僕は………まぁ、今更言わなくても良いだろう。人に認められるのは嬉しいけどね。


「………もし、良ければだけど。今度から、私が作る日があっても………」

「本当かい?是非お願いしたいよ」

「………うん、喜んで」


 僕らは話しながら街を歩いていた。でも、先ほどから思っていた事だけど、住民からの視線がかなり集中しているように思える。まぁ、ロッカを連れていれば当たり前だとも言えるし、昨日の一件は既に街中に広まっているはずだ。

 第三王女であるセレスティアが暗殺者に狙われた。それは、国そのものに衝撃が走る程の大事件だ。正直、その顛末はかなりあっけないというか、あっさりと終ってしまったけどね。狙われたという事実だけなら間違いなく大事件だろう。

 そして、それに立ち会った………というか、思い切り関連者である僕の噂も広がっているとは思う。あの時ヴァニタスの研究所にいたシュティレの耳にも入ったみたいだからね。

 白髪で、薄手の白いコートをしている青年。大きなゴーレムを従えているなんて目立たない訳が無いし、セレスティアと一緒に街を歩いていた時点で話題は呼ぶだろうし。


「………シオン、有名人みたい」

「まぁ、そういう風に仕立て上げられたからね………そもそも、あの事件は関係ないけどさ」

「………やっぱり、シオンは強いね」

「そりゃね。暗殺者程度に後れを取るわけにはいかないよ」

「………あなたは、錬金術師だけどね」


 それはそうだけど。でも、一応にも『権能』の5人の力を受け継いでいるわけだし、そう簡単に負けるわけにはいかない。この世界で、僕が最強だとは言わないし、人間族に限らなければ僕以上に強い者はそれなりに多いはずだ。

 無論『権能』の5人の力を持った僕は、その中でも相当上位の力を持っていることは間違いない。かといって、無敵の力を誇るかと言われれば首を横に振るしかないね。いくら強くても、この身は人間ベースだ。血を流し過ぎれば死ぬし、頭を切り落とされても死ぬ。心臓を穿たれてもね。

 油断して不覚を取れば取り返しがつかないし、結局は戦闘で気を抜くことは許されないってことだ。とはいえ僕が持つ魔法の万能性は高いから、油断しなければ格下相手に負けるはずがないし、多少格上相手にも………まぁ、勝ち目がないわけではない。苦しい戦いになるうえで不利だろうけど。

 僕の力は万能だけど、絶対的な力があるかと言われれば………いや、あるんだけどさ。中々使うわけにもいかないし、使ったとしても僕以上の格上となると大抵それ以上の技を持ってるから意味がない。


「けど、僕は錬金術師であると同時に魔法使いだ。君だって、僕の魔法は今まで見て来ただろう?」

「………でも、聞いた噂だとあなたは、暗殺者のリーダーを剣で腕を切り落としたって聞いた。それも、熟練の冒険者でも捉えられないほどの剣術だったって」

「いや、僕のは剣術じゃなくて剣技だよ。寧ろ、それしか出来ないから剣士を名乗るのは烏滸がましいかな」

「………普通の人に出来ないのは、変わりないって事だよね」

「まぁ………それはそうだね」


 寧ろ、人間であれを真似することが出来るなら驚くよ。それはつまり、『権能』の域に達している人間ってことだからね。剣も習っていない素人が、何故あんな技を使えたのか。それは偏に『権能』としての力を使ったとしか言いようがない。

 原理?それは………まぁ、今度話そう。目的の場所が見えてきたしね。


「ん、あったね。行こうか」

「………うん」


 僕らは雑貨屋の前に立つ。この時代だと、屋台みたいな感じで売られているのを想像するけど、この街ではここに居を構える住民が営んでいる店が多いから、しっかりとした建物になっているものが殆どだ。

 勿論、行商人も多いから、一概には言えないけどね。ここは中央の大通りだから少ないけど、この先を曲がったところにある通りにはそういった旅の商人や、ちょっとした屋台を開く者が集まっているそうだ。

 別の国から来る人も多いから、結構珍しい品やこの国にはない物が集まるらしく、それなりに賑わっているらしい。

 店の奥で品物の整理をしていた店主だと思われる男が、僕らに気付く。


「お、あんたは………もしかして、最近噂になってる錬金術師だろ?」

「ふむ………僕以外にも錬金術師はいるかもしれないから、なんともね」

「ははっ、誤魔化さなくたっていいさ。白髪で、でかいゴーレムを連れてる男なんざあんたぐらいなもんだよ。この国に来てから、街はあんたの話で持ち切りだ。国王の左手を繋ぎ、セレスティア様を襲った暗殺者達を一太刀で切り伏せたってな」

「後半は若干誇張されてるね。流石に一太刀なんて大袈裟だよ」

「分かってるよ。噂は派手になるもんだからな。でも、圧勝だったってのはマジなんだろ?」

「………どうだろうね」


 別に隠す必要もないんだけど、自慢げに語ることでもない。称賛が欲しいからやったわけでもないし、今後一人一人返していたらキリがないしね。


「ま、聞くまでもねぇのは分かってら。誇張された噂を信じてるのも………多分子供達ぐらいだろうしな」

「純粋な子供になんてことを教えてるんだい………」

「いいんだよ。子供にとって、身近な武勇伝や英雄譚は憧れになる。そういうのも、子供の成長には必要だろ?」


 それを親でもない僕に言うかな。もしかして、今のフラウが娘に見えて………いや、ないか。流石に歳が近すぎるし、そもそも僕自身が若すぎると思うしね。


「………それを僕に言われてもね。まぁいいや。買い物をしたいんだけど、いいかな?」

「おぉ、悪い悪い。何が欲しいんだ?といっても、ここに錬金術師が使うようなもんは置いてねぇが」

「いや、ただ調味料が欲しいだけだよ」

「ほう………なるほどな。さしずめ香辛料とかそのあたりか?」

「うん。僕の暮らしているところじゃ、香辛料の入手は難しくてね」


 香辛料は栽培できる土地が限られている。この世界で香辛料となる植物が、土や気候に敏感な事が多いという事と、肥料や水にもデリケートな面があるからだ。

 それでもマジックアイテムなどを利用することで、一般的な調味料と言われる程度には普及している。けど、塩や砂糖などに比べれば割高だ。それに、その性質上取り扱っているところもそこそこ限られている。一応、商人が販売することもあるけど………あの村じゃ、香辛料を使わないらしいからね。持ってくる商人もいない。


「なるほどな。んじゃ、こいつはどうだ?クセが無くて、辛味も丁度いいから色んな料理に使える。一本あるだけで、レパートリーがかなり増えると思うぜ」

「へぇ………じゃあ、それを買おうかな。いくらだい?」

「ははっ、今回は金は取らねぇ。持っていけ」

「ん?………いいのかい?」

「あぁ。セレスティア様を守ってくれた礼だ。あの方にゃ、俺らの未来が掛かってるからな」

「………なるほどね。それなら、ありがたく貰っていくよ」


 結構貴重な物だと思うんだけど、くれると言うのなら貰うだけだ。わざわざ遠慮する理由が無いからね。勿論、感謝の気持ちはある。それと同時に、善行は積むべきだね。とも思うけど。


「そうしてくれ。欲しい物はそれだけかい?」

「そうだね。取り敢えずは」

「あいよ。んじゃ、今後とも贔屓にしてくれよな」

「うん。また何か欲しい物があったら、ここに来るよ」


 僕は軽く手を振って店を去る。フラウとロッカも一緒に付いて来ている。ちなみにだけど、フラウは結構人見知りの気があるみたいで、知らない人と僕が喋っているときはびっくりするくらい静かになる。

 他人が怖いとかではないんだろうけど、その話し方から分かるように人との会話があんまり得意じゃないみたいだ。一度仲良くなれば、かなり可愛らしいんだけどね。


「まだ時間はあるね。どこかで時間でも潰そうか」

「………うん」


 白髪で多少年齢差があるように見える僕らは、傍から見れば兄妹にしか見えないだろう。もしかしたら、明日には噂の錬金術師には妹がいる。みたいな話が広まっているかもしれない。

 まぁ、その噂に関しては別に困らないからいいけど………いや、もしかしたらフラウが不機嫌になるかもしれない。ちょっと心配になって来たなぁ………










 僕らは時間を潰すために、昨日の広場に来ていた。勿論、また事件に巻き込まれたいとか、あの事を思い出すためとかではない。昨日の楽団がまたいるかな、と思っただけだ。

 広場は昨日の事が嘘のように賑わいに包まれていて、昨日と同じく噴水の傍にあの楽団が演奏をしていた。昨日とは違う音楽だったけど、曲調はよく似ていた。


「………シオン、音楽好きなの?」

「あはは。まぁね」


 昨日も同じことを聞かれたけど、僕が歌が好きって言うのがそんなに意外かな。全ての人とまでは言わないけど、極端に音楽が嫌いな人って中々いないと思うんだけど。

 少なくとも、歌うのは苦手でも聞くのは好きだって言う人は多いと思う。


「………そう」

「君は音楽は嫌いかい?」

「………ううん。好き」

「そっか」


 この子はどんな歌が好きなのかな。僕の勝手なイメージだけど、明るい音楽よりは静かで綺麗な音楽が好きそうだなっていうイメージがある。

 多分、彼女の纏う雰囲気がそうだからだけど。ちなみに、ロッカも音楽がそれなりに好きみたいだ。別に教えたことはないのに、ダンスまで踊ることがあるんだから予想はしていたけど。

 今も音楽に合わせて体を小刻みに動かしている。大きく動かないだけまだいいけど、ここで踊り出したらとても迷惑になりそうだ。というか、楽団の人も演奏に集中できなくなるかな。


「フラウはどんな音楽が好きなんだい?」

「………色々」

「なるほどね………」


 色々という事は、案外どんな音楽でも好きなんだろう。ただ、この世界では音楽っていうのは気軽に聞ける物じゃない。自分で出来るならその限りじゃないけど、インターネットがないこの世界で音楽を聞くためには演奏をしている者がいる場所に行かなければならない。

 歌手みたいなのもなかなか貴重だね。歌は本気でやればそこそこ体力や技術が必要になってくる割に、この世界ではあまり人気が出ない。聞きたいという人は多いんだろうけど、そのためにお金を払う人は少ないからね。一応、一部の有名な者は王族や貴族のパーティーに呼ばれることがあるみたいだけど。

 こうやって気ままに演奏をしているような集団なら、それなりに人混みが出来るくらいには人気が出る。僕らもその中に一人だし。


「たまに聞きに来るのもいいかもね」

「………うん」


 小さく頷くフラウの頭を撫でたくなったけど、前に一度撫でた時は怒られてしまった。怖くはなかったけど。

 しばらく演奏を聴いていたらいい時間になったから、僕らはそのまま昼食を食べるために店に入った。流石に昨日と同じという訳にはいかないけど、それなりに良い所を選んだつもりだ。

 一応、まだ金銭的には余裕があるしね。ただ、庶民の僕がここ最近の食事情がちょっと豪華な気がするけど………あれ?そう言えば僕は王族の食卓に並ぶような蜂蜜を貰ってたね。案外最初から贅沢だったみたいだ。まだ一度も食べてないけど。

 昼食も食べ終わり、少しだけ街を適当に歩いた後、僕らは城に戻った。僕と歩いている時に、少しだけ嬉しそうな顔をしていたフラウを見れたし、ご機嫌取りは成功したみたいだ。

 人混みの中で、僕の袖小さく掴んでくるフラウの頭を撫でれなかったのは、ちょっと惜しいと思ってしまったけどね。





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