第23話

 次の日。僕は目を覚ます。今日こそはいつも通りの時間だと願いたい。少し身だしなみを整えて、部屋を出る。流石に今残っている貴族のお客さんなんていないよね。

 ロッカには部屋の前に残ってもらうことにして、既に覚えた食堂へと向かう。そう言えば、いつまでここにお邪魔しておくか考えてなかった。というか、使用人やディニテもいつまで居座るつもりなのかと思ってないのだろうか。と思ったけど、そもそも今回の目的の一つに、この国の事を良く知って、ディニテの頼みの答えを出すってことだし別にいいのかな。

 そう思いながら歩いていた時、向かい側から一人の女性が歩いてくる。僕が見たことのない人だけど、その外見ですぐに察した。赤を基調にしたドレスと薄いブロンドヘアの長髪で、蒼い瞳。セレスティアよりは身長が少し高くて、全体的に大人びた雰囲気を纏っている。

 まぁ………関わっても良いことはないだろうね。少し道を逸れて、女性から離れるようにしてすれ違う。特に相手が僕を気にした様子はなかったし、案外………


「ねぇ、あなたがシオンよね?」

「………えぇ、そうですが」


 前言撤回。やはり面倒ごとになるかもしれない。僕はゆっくりと振り向く。他の王子やセレスティアと同じように、整った顔立ち。間違いなく美人だし、大抵の人を虜にするだけの美貌を持っていると言えるけど………


「なるほどね………昨日の一件ではお手柄だったみたいじゃない。噂に違わぬ大魔法と、認識することが不可能な神速の剣術で、瞬く間に暗殺者集団を蹴散らした………ってね」

「………まぁ、相手が不利だったとしか。暗殺者が闇討ちに失敗した時点で、私の方が優位なのは当然でしたから」

「その闇討ちを阻んだのもあなたなんでしょう?それに、いくら暗殺者と言っても殺しのプロ………並みの冒険者や騎士では、正面だろうと勝機は薄いわよ」

「お詳しいんですね」


 僕は努めて平静に聞き返す。彼女の情報は一言一句違わぬもので、全て事実だ。でも………だからこそ、僕はそう聞いた。

 セレスティアとの関係、ディニテとの会話、彼女の持つ情報の正確性。既に最初から予想をしていた………いや、未だに予想の域に過ぎないけど、彼女を信用することは出来ない。


「情報は貴族社会、そして国政には最も重要だもの。如何に早く、正確な情報を得るかは何よりも優先されるべきなのよ」

「………確かに、仰る通りです。例えば………相手の首を狙う時も、相手の行動から知らなければならないですから」

「ふふ………そうよ。良く分かっているみたいね」


 彼女は笑みを浮かべる。無邪気なものでもなく、うっすらとした笑みだったけど。腹の探り合いは相手の方が上手か?いや、そんなことはない。

 いくら僕が貴族社会の内面を良く知らないとは言え、僕には数百年以上の時を生きた『権能』の五人の記憶と知識、そして僕自身が培ってきた話術がある。相手が王族だろうと、下手な話はしない自信がある。


「それに、あなたは『権能の守護者』を従えているそうね。数百年も前に死んだあの天竜が、あなたの命に従っているなんて………一体、あなたは何者なのかしら?」

「どうでしょうね。私は素性を明かさないと決めているので」

「そうだったわね………でも、あなたが優秀な人であることには間違いがないわね」

「………お褒めにあずかり光栄です」


 まぁ、とはいえペースを握ることは不可能だろう。彼女は王族だ。相手が立場で上な以上は、会話の主導権はあちらにある。


「………ふーん………それに、聡明な頭脳と言われているのも間違いないわね。貴族社会に馴染みが無いから、礼儀を知らないと聞いていたけど………それにしては、話に慣れているのね」

「人と話すのは好きですから」

「そう。それと………あなた、セレスティアと仲が良いんですってね」


 来た。正直、この話題を待っていたと言っても過言じゃない。彼女の今までの言葉に含まれた真意。それを読み取ることは簡単だ。

 つまり、この話題に僕の聞きたいことの解を得るチャンスがある。


「えぇ、そうですが」

「そうなの………私があの子と仲が良くない、というのは聞いているかしら?」

「………えぇ。一応、セレスティアから」

「なら話は早いわね………そうね、じゃあ何故私とセレスティアが仲が悪いんだと思う?」


 なるほど。そう来たわけだ。寧ろ、相手は既に隠すつもりはないみたいだね。けど、隠さないのと認めると言うのは違う。彼女は真相を明かして、真実を口にしない。つまり、証拠や言質はない。

 もちろん、僕だって彼女の口から本当の事を聞き出そうなんて考えていない。そんなことは不可能だからだ。


「………そうですね。あなたも王位継承を考えているからでしょうか?」

「………五十点、かしらね」

「では………彼女が優秀だからですか?」


 そう言った時、微かに彼女の眉がひそめられる。けど、それはほんの一瞬で、再び余裕の表情を浮かべる。


「六十点、ね。まぁ、嫉妬が一切ないとは言わないわ」

「………なるほど」


 となると………そこで、僕はあの暗殺者が言っていた事を思い出す。理想。それは、万人が持つ世界であり、人は自由にそれを求める権利がある。けど、王族は違う。

 理想を追い求める義務があるのだ。そして、その理想は民たちの理想でなければならない。もちろん、万人が望む理想を実現するなんて不可能だ。

 でも、王は自分の理想を信じて進まなければならない。理想が無い王は、道に迷いながらも進むしかできない愚か者だからだ。

 そして………その理想を追い求める以上は、別の理想とぶつかることもある。それは民のものだったり………似た運命を歩む物だったり。


「彼女が思い浮かべる理想が、あなたの理想とは違うから、ですか?」

「………百点をあげるわ」


 彼女は笑みを深める。そう言えば、セレスティアが思い浮かべる理想と言うのは聞いた事が無い。


「私はね。この家の長女として生まれて、最初は王位継承をするのは私で決まっていると言われていたの。それは、弟が生まれても変わらなかったわ………あの子が生まれるまでは」

「………」

「でも、そのことは良いの。あの子の才能は私も認めているもの。でも、あの子にはないものが一つだけあるわ。それが………強さよ」


 強さ………ね。僕はセレスティアの言葉を思い出していた。そして、彼女は言葉を続ける。


「いい?この国は代々、常に進み続けろと言うのが教えだったのよ。でも、時代が進むごとにそれは変わっていったわ。今は、この国の技術や人材を強くするだけの政治………他国からの侵略に対し、防衛しかしないフォレニア王国は、明らかに腑抜けているわ」

「………しかし、代わりに安定を手に入れたのでは?」

「この世界に安定だなんて似合わないわ。常に移ろい続けるこの世界では、嵐の目にならなければいけないの。荒れ狂う暴風の中で、唯一の晴天を受け、全ての混沌を掌握する………それでこそ、初めてこの世界で安寧を手に入れることが出来るのよ」


 まぁ、そういう考え方もある。別にそれが間違いだとは言わないし、横暴だとも思わない。実際、彼女が言うのは一つの正解の姿なのだから。

 もちろん、口で言う以上の問題は色々とあるだろう。でも、それは違うと一蹴出来るような話でもない。かといって、その理想が民の物なのかはまた違う話だけど。


「なるほど………確かにそういう考え方もありますね」

「けど、セレスティアは違うわ。あの子も今までと一緒。この国を守るために、ひたすら国を強くするだけで民を守れると信じている。民の声を聞き、民のために守り続ければ、永遠にこの日々が続くと。でも、私はそうは思わない」

「………だから、彼女が嫌いなのですか?」

「………んー。嫌い、と言われると少し違うわね。あの子の事は………競争相手、かしら?」


 なるほどね。大体分かった。だからといって、僕が何かいう事はないけど。確かに根深い問題だし、実際これは彼女たちの事だし。


「それで、あなたはどう思うかしら?」

「私ですか………」

「えぇ。どちらの理想があなたには美しく見える?」

「………私は………」


 一瞬だけ言葉に詰まったそのとき、ふとディニテの言葉が頭を過ぎる。


『………あの子の友として、支えてやってはくれないか』


 多分、最初から答えは決まっていたのかもしれない。


「………私は、どちらの理想も美しく見えます。でも………」

「でも?」

「でも、もし見たい理想を考えるのなら。私は、セレスティアが作った理想の国を見てみたい」

「………そう」


 声のトーンが落ちる。明らかに不機嫌になった声だった。もし面倒ごとになるなら、少し覚悟をしないといけない。そう思ったが、彼女は特に何もせずに口を開く。


「まぁ、分かってくれるとは思っていなかったわ。それに………いえ、いいわ。そう言えば、まだ名乗っていなかったわね。私はベルダ。覚えておくといいわ」

「………えぇ、しっかりと覚えておきます」


 彼女は笑みを浮かべ、再び歩き出す。その足取りは流石王族と言うべきか優雅な物だった。僕はそれを無言で見送ると、食堂へと歩き出す。さて、余計に時間を使ってしまったね。












 僕が食堂に入ると、既にセレスティア達や、フラウが食事をしていた。見た限りまだ食べ終わり始めている訳でもないみたいだし、遅刻という程でもないだろう。少し遅いけど。


「あら、シオンさんおはようございます。また寝坊ですか?」

「おはよう。いや、ちょっと………うん、そんな感じ」

「ふふ………もしかして、朝に起きられないタイプなんですか?」

「そんなことはない………はずだったんだけど」


 今回は仕方ない。とはいえそれをわざわざ言う必要もないから言わないけど。僕が席に着くと、すぐに料理が運ばれてくる。本当に申し訳ないね。


「そう言えば、セレスティアから聞いたぞ。昨日の襲撃、大活躍だったんだってな」

「あぁ………護衛として当然の事をしたまでだよ」

「暗殺者の集団を一人で倒すなんてそうそう出来る事じゃない。もっと誇っていいんだぞ」

「誇る程の事でもないからね」


 そういって僕も朝食を食べる。いつも通り美味しいね。すると、今度はシュティレが話しかけてくる。


「あの、暗殺者の腕を切り落としたって本当なんですか………?」

「いや、食事の場でする話かな、それ」

「あ、すみません………」


 思わずツッコミが出てしまった。別にそういう話をしたからご飯を不味く感じるなんてことはないけど、一応ね。


「まぁ、事実はどうあれ、僕が彼らを追い払ったって言う事さえ分かっていればいいんじゃないかな。細かいことは重要じゃないよ」

「………そうですね。僕はこの後ヴァニタスに行くんですが、シオンさんはどうしますか?」

「僕は遠慮するよ。ちょっとフラウと出掛けてくる」


 そういうと、少しだけ隣のフラウが嬉しそうな顔をする。最初はかなりのポーカーフェイスだと思ったけど、案外分かりやすい。まぁ、約束は約束だしね。

 そんな様子を見ていたセレスティアが口を開く。


「やっぱり、お二人は仲がいいですね」

「そりゃね。僕の可愛いいも………同居人だから」

「………今、妹って」

「いやいや、聞き間違いだよ」


 フラウの声のトーンがいつもより下がる。いやいや、何も言っていないって。


「………いつになったら、歳が近い女の子だって分かってくれるの?」

「いや、分かってるつもりなんだよ。一応ね」

「………」


 頭では分かっているけど、どうしてもね。実際一つ年下ではあるんだけど………まぁ、それ以上に年下に見ていることは否定できない。彼女が幼く見えるのが、姿だけならまだしも仕草や態度まで少し幼いところが原因だとも思うんだけどね。

 拗ねてそっぽを向くところとか、子ども扱いを嫌がる態度とか。ちょっと無邪気なお転婆が入っているところもかな。


「まぁ………うん。ちゃんと女の子だとは思っているよ」

「………もう、いいよ」


 朝からフラウの機嫌を損ねたくないなぁ………そう思いながら、僕は朝食を食べていくのだった。






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