第22話

 その後、僕らは倒れていた男たちの治療をして城に戻った。毒は即効性が高い麻痺性の神経毒だったみたいだけど、効力自体は命に関わる程の物でもなかったみたいだ。僕らが意識を確認した所、特に意識を失っていた者はいなかったし、それどころか既に自力で立てる者もいた。

 刺さっていた矢を抜いて、傷口を軽く治療すればそれだけで終わりだった。とはいえ、そこでやっと騎士達が到着したんだけど。寧ろ、その後の事情説明の方が時間が掛かったかもしれない。

 やっと終わって城に戻った後、僕とセレスティアは一度分かれて自分の部屋に戻った。何でも、夜からは貴族たちのパーティーが行わるみたいで、それに出席しないといけないらしい。君は準備もせずにお昼過ぎまで友人と遊び歩いてた訳だけど、まぁ、僕がとやかく言う事じゃない。

 その時に会った………あれ、何夫人だったかな………………あぁ、セフィリア夫人だ。あの時のセレスティアの記憶が強すぎてちょっとだけ忘れていた。

 あの人が来ていたのもそのパーティーに参加するためらしい。つまり、今日は僕とフラウだけで夕食だ。

 そう思ってたんだけど。


「………どうかしましたか?」

「いや………なんでもないよ」


 同じく広い食堂。僕とフラウの前にはシュティレが座っていた。あれ、カレジャスも参加しているはずだけど、君は?


「………一応聞くんだけど、君はパーティーには参加しなくていいのかい?」

「はは………シオンさん、貴族のパーティーがどんなものかって知ってますか?」

「そうだね………まぁ、大体予想は付くかな」

「でしょう?」


 貴族のパーティーというのが、その言葉に反して楽しいものではないと言うのは何となく理解している。勿論詳しく知っている訳じゃないけど、行われるのは静かな権力戦争だろう。

 どれだけ自身より上の者に取り入り、対立者に圧を掛け、協力者を増やすのか。武力が絶対に許されない場だからこそ、言葉と態度で戦う。けど、そこには普通の戦争以上に礼節が求められる。

 つまり、表面上は絶対に穏やかに見えなければならないという事だ。だからこそ静かな権力戦争だ。


「じゃあ、君はそんなパーティーから逃げて来たと」

「いやいや………そんな悪く言わないでくださいよ。それに僕らが参加すれば、どういった者が近付いてくるかは分かっているでしょう?」

「勿論。それを踏まえたうえで言ってるんだよ」


 つまり、アプローチを受けるという事だろう。今更いう事でもないけど、彼らは王族だ。この国で最も地位が高いことになる。王位を継ぐのは一人だけだけど、王の血筋というのに変わりはないし、まだ王位が誰か決まったわけじゃない。勿論、このままいけばセレスティアが有力だって言うのは揺るがないんだろうけど、大番狂わせだってあり得るのだ。

 そして、セレスティアは言わずもがな女性で、結婚するのは男性に限られる。まぁ、国王は子孫を残さないといけないから当たり前だけど。つまり、女性は王子側………つまりはカレジャスとシュティレに期待するしかないんだよね。

 政略結婚というやつだね。というか、貴族社会で恋愛結婚をする人の方が少ないと言うのは当然だ。国王はその義務から、子孫を残すのは絶対条件であり、結婚するのは決定した未来と言える。つまり、言い方を悪くすれば宝くじってことなんだよ。

 誰かが当たるけど、それは一人しかいない。そして、当たった人は大きな利益を得る。王族がそういった貴族たちに媚びられるのは、運命と言ってもいい。


「僕は前に言った通り王位を継ぐつもりはないので。それに、僕が王位を継がなかった場合はヴァニタスの所長になることが決まっているので、問題はないんです」

「………確かにそれは問題ないね。けど、王位に興味が無いのはカレジャスもじゃないのかい?」

「兄さんは第一王子なので、継がないと言えば出席を断れるわけじゃないんですよね」

「………君、カレジャスに恨まれるよ?」

「いつも文句を言うだけで許してくれるので、大丈夫です」


 いや、普通に可哀想だけどね。つまり、本来二人分のアプローチを一身に受けるという事だ。モテモテで羨ましいね。

 まぁ、そんな冗談はさておき。もし僕だったら間違いなくパーティーを抜け出してただろうね。女性が苦手とかではないけど、僕を利用しようとする者達に言い寄られても嬉しくない。好意があれば嬉しいのかという質問も、少しだけ厄介だけど………面倒ってことにしておこうか。

 下手に断ると、相手を傷つける。でも、僕は結婚の意思が無い。そうなると、どちらかが譲歩しないといけなくなる。

 慕ってくれていること自体は嬉しいんだけど、あくまでも僕は友人としての関わりが一番気楽だと思っている。平等に接することが出来る立場が、縛る物もなく自由だからね。

 え、フラウ?彼女は特別だよ。彼女は友人じゃなくて妹みたいなものだから、少し違うんだ。


「そうかい………今頃、カレジャスは………貼り付けた笑顔で死んでいるんだろうね」

「そうですね。明日は寝込んでいるかもしれません」

「他人事みたいに言ってるけど、君が原因の一つだよ?」

「あはは」


 まぁ、人によってはその状況に優越感を持ったりするかもしれないけど………なんというか、カレジャスに関しては全くそんなイメージが湧かない。困った弟を持つと大変だね、カレジャス。僕も兄として同情するよ。僕の妹は大人しくて良い子だけど。

 王族としての大変さもあるけど、そういうものなんだろう。そこでふと、あの日の事を思い出す。


「………」

「ん?どうしました?」

「あ、いや。なんでもないよ」


 そう言えば、ディニテと風呂場で話をした時。妻はセレスティアを生んで病で早くに亡くなったと言っていた。でも、その時のディニテの目には、確かに悲しみが宿っていた気がする。

 ただの政略結婚で嫁いできた妻に、あんな風に悲しむような目が出来るのだろうか。まぁ、その辺りは僕が知る由はないけどね。


「………ごちそうさま」

「おや、美味しかったかい?」

「………」


 ちなみに、僕が帰って来てから、フラウはとても不機嫌だった。多分、フラウ抜きで美味しい店に行って、その上で危険な事に巻き込まれてきたからだろう。もう数時間くらい口を利いてない。そろそろ許してくれないかな、ちょっと凹みそうだ。


「フラウ、僕が悪かったよ。だから、そろそろ機嫌を直してくれないかい?」

「………今度」

「ん?」

「………今度、一緒にご飯食べに行きたい。それで、許す」

「あぁ………勿論だよ。ついでに、どこか行ってみたいところでも回ってみようか。僕も気になるところが出来たからね」

「………うん」


 そういって、フラウは小さく笑う。割と僕のダメージが深かったから、機嫌を直してくれてよかった。そんな様子を見ていたシュティレが笑みを浮かべる。


「本当に仲が良いんですね」

「同じことをセレスティアにも言われたね。まぁ、仲が良いのは否定しないよ」


 そういって、僕も席を立つ。量はちゃんと少なくなっていたから、残さず全部食べている。いつものように美味しかったけど、多分パーティーだとこれ以上に良く作られた料理を出されているんだろう。ちょっとだけ興味が無い訳じゃないけど、その料理を食べるためにパーティーに出るかと言われたら首を横に振る。そもそも出れないという話は置いておいて、誘われても断っていただろう。


「じゃあ、僕もこれで。また明日」

「はい、おやすみなさい」


 そういって、僕は食堂を出る。さて、今日は早めに寝ないとね………風呂はどうしようかな。と思ったけど。一応、この城には今客人が多く来ているわけだし。

 ただの錬金術師である僕が城をうろうろするのも良くないと思う。早めに部屋に戻って寝ようか。
















 夜もそれなりに更けた頃。パーティーはまだまだ続いていました。少しずつ帰っていく者もいますが、それと同じように今この城に到着した者もいます。まだ終わらないんですね………


「はぁ………」


 周りに人がいないのを良いことに、ため息を付く。私は次期国王になるという決意がありますし、そのためにはこのパーティーに出席するのは絶対に必要だと言うのも分かっています。

 ですが、ここにいると………貴族学校に通っていた時の事を思い出します。正直、あまり良い思い出ではありません。


「おや、セレスティア様。浮かない顔をしていますが、何か悩み事でも?」

「え………あぁ、いえ。そんなことは………」

「ふむ………やはり、昼間にあった襲撃事件の事ですか?」


 そう話しかけてきたのは、私とほぼ同じ年齢で、金髪の青年。公爵家の一人息子であるルアン・リドカル。つまり、次期公爵家を継ぐ方ですが………最初からこのパーティーに参加している割に、ずっと私に声を掛けてくる人でもあります。私に声を掛けてくる人は多いのですが、ここまで………露骨な方は多くありません。


「………そうかもしれませんね。突然だったので、少し動揺しているのかもしれません」

「無理もありません。あぁ、私が近くにいれば、セレスティア様をお守りできたというのに………」

「あはは………ご心配なく。優秀な護衛がいたので」


 貼り付けた乾いた笑みがこぼれる。上手く笑えてるか不安になりますが、相手の反応を見ると特に気にしていない様子。

 そう、気にしていないのですね。やっぱり、彼も見ているのは私ではない。結局は、王位継承の第一候補だから。そんな理由で近付いてくる人たちばかりです。


「護衛………ですか。話は聞いています。何でも、国王陛下の左腕を繋ぐことが出来る稀代の錬金術師なのだとか。剣の腕も圧倒的で、一太刀で決着をつけたと言う話ですが………」

「………そうですね」


 誇張された噂だ。でも、それをわざわざ否定する気になりませんでした。少なくとも、私には彼が最初からあれを使っていれば、本当に一太刀で決着がついたのでは、と思っている事と、この男に一々事細かに話してやる義理が無いのだから。

 それと、私の友人は………そう、事実と多少異なっていても、凄い人なのだという自信が欲しかったのかもしれない。シオンさんが紛れもなく私以上の才人であり、錬金術師であることは既に理解しています。しかし、それを彼らにもより納得させるのなら………多少誇張された噂だろうと、それを事実にしてしまえば良いだけだと。


「目の前で見ていたセレスティア様が言うのであれば間違いありませんね………それと、こんな噂を耳にしたのですが………なにやら、その錬金術師とセレスティア様は浅からぬ関係なのだと」

「………シオンさんは、私の友人です。錬金学について深い知識を持っていて、様々な見識があるお方です。私の尊敬する人でもあります」

「セレスティア様がそこまで言うとは、とても優れた方なんでしょうね。ですが………その錬金術師は、貴族ではないのでしょう?」


 あぁ、まただ。あの時抑え込んだ怒りが沸々と再燃してくる。貴族、王族など。地位と言うのは、自由に友人を作ることも許されないのか。少なくとも、シオンさんはこの目の前に立ってそれらしい言葉を述べているだけの男よりもずっと価値があるお方です。

 いえ、比べることも烏滸がましいですね。私は、今の立場に誇りを持っているし、王族である自覚もあります。ですが………地位で友人は選ばなければならないなんて、そんなことを一度も教わったことはない。


「だったら、なんですか?」

「え………?」

「貴族の友人じゃなければ、何が問題なのでしょう?高い能力と知識を持っている彼と、錬金術の事や、魔法学について共に語り合いたいと言う私の願いすら認められませんか?」

「そ、そうは申していません………しかし………」


 まだ食い下がるつもりですか。ここで退いてくれれば、私だって何も言うつもりはなかったというのに。いつもは理性的な自信がありますが、彼の事に関すると途端に抑えが効かなくなってしまいます。

 多分、今の私を見てシオンさんは驚くでしょう………いえ、そうでもないかもしれませんね。


「しかし?」

「………し、しかし………あなたは次期国王で………平民と交友を深めるよりも、優先するべき者がいると思うのですが………」

「――――――――」


 言葉を発することすら出来ない。代わりに、身に滾る魔力。もう、言葉で言っても無理なようですね。炎のように燃える魔力によって周囲の温度が上昇しようとしたその時、私とこの男の間に割って入った影が一つ。


「今日は終いだ。いつまでも話していないで、そろそろ帰る準備をしてくれ」

「え………あ、あぁ。す、すみません。では、私はここで………」


 そういって去っていくルアン。少し小走りなところを見るに、私の怒りの感情は伝わっていたようですが………


「………お兄様」

「セレスティア。今日はとりあえず休め。色々あって、気持ちの整理がついていないんだろう。後始末は俺がやっておく」

「………すみません。お願いします」


 お兄様に頭を下げて、私はパーティー会場から出る。あくまでも優雅に………正直、自信はありません。少し急ぎ足で自分の部屋まで戻り、自分のベッドに座ってため息を付く。


「はぁ………」


 何故、なんて言葉は出ない。その理由も全て分かっている。


「私は………あなたの友人でいて良いのでしょうか………」


 人並みに、大きな悩みを抱えてみたいと思った事はある。今まで一度の葛藤もなかったとは言いませんが、それも殆どは些細な事。でも、こんな悩みを持ちたいと思った事はありません。

 国王になることを決めた時も、姉上達と道を違えたことを理解した時も、ここまで悩むことはなかったというのに。


「はぁ………」


 様々な不安が混じったため息が、再び漏れる。今日だけで、何度ため息を付けばいいのでしょうか。







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