第20話

 部屋に戻った僕らは、再び会話を楽しんでいた。そこで、ふとシュティレが思いついたかのように声を上げる。


「そういえば………シオンさん。実は一つやってほしいことがあるんです」

「………ふむ、何かな?」


 さっきの事が頭に過ぎったけど、それを見ていたシュティレが同じことを言うとは思えない。シュティレもそのことを分かっているのか、少し苦笑を浮かべて話す。


「いえ、死体に命を吹き込んでほしいという事じゃないんですけど………例えばですけど、僕が作ったゴーレムや、人形などの命が無い物体に命を吹き込んでいただくのは可能なのかと」

「なるほどね………それなら構わないよ。ただ、命を吹き込む物にもよるかな」

「分かっています。物騒な物でもなく、この鳥の模型に命を与えてほしいんです」


 そういって、近くにあった鳥の模型を手に取って、僕へと渡す。ふむ、確かに危険な物じゃないし、生きてるわけでもない。死したものを蘇らせるのは僕の理念に反するけど、新たな生命を作り出す事はそうじゃない。

 あと、命を宿すことと生命を作ることは少し違う。命を宿すことは、生命力を流し込んで変化させ、操ること。ディニテの左腕を繋げたものや、僕が普段戦闘で作り出している生命の化身はこれだ。

 そして、生命を作ることは仮初の魂を与え、一つの個体として確立させること。これは誕生であり、新たな生命の始まりだ。今回は後者だけど、まぁ最初から生きてるわけじゃないなら問題ないかな。けど………


「ふむ………これじゃ駄目だ。鳥類として命を与えても、この模型は命を受けた後に飛ぶことが出来ない」

「え?何でですか?」

「僕の秘術は命を与えるだけであって、空を飛ぶ力を与えることは出来ない。関節を自由に動かすことくらいなら可能だよ。でも、空を飛ぶために鳥は独自の構造を有しているからね。それを模倣しない限りは、空を飛ぶことは不可能だ」


 僕の秘術は命を与えた「個体」にのみ作用するものであって「世界」に干渉することじゃない。つまり、物理法則を無視することは不可能なんだ。本来曲がらないような鉄や粘土でも、関節として自在に曲げることは可能になる。でも、空を飛ぶのは様々な物理法則が働き、自身の体を持ち上げるためには相応に力が必要だ。


「そう、ですか………すみません」

「いや、気にしないでくれ………でも、そうだね。確かに、君たちの話ばかり聞いて、僕からは何も見せないと言うのは不公平だ。少しだけ、作ってみようか」

「………作る?」

「うん。ここで、命を一から作るという僕の実験を実演しようと思う」


 その言葉に、シュティレが目を見開く。いや、シュティレだけではなくフィニテや他の研究者まで。実際、こんな光景を見ることは基本的にはないだろうしね。フラウの前でも見せたことはないし………いや、命を与えるところだけなら戦闘中に何度かやっているか。まぁ、それでも人前で個体としての生命を作るのは初めてになるし。

 興奮したようにフィニテが席を立つ。


「い、いいんですか!?」

「そんなに大層な事じゃないよ。あくまでも飛べれば良いわけだから、体の内部を細部まで作る訳じゃないしね。後、申し訳ないんだけど、材料はそっちで用意してくれると嬉しい」

「はい!何が必要でしょうか!?」

「小さな木材と、鉄。あとは………小さな縄を用意してくれないかな」

「分かりました!」


 そういって、どこかへと走っていくフィニテとシュティレ。それを見送ると、セレスティアが僕に話しかけてくる。


「いいんですか?自分の秘術を簡単に披露して」

「構わないよ。僕の研究は周りに隠さないといけない物じゃないからね。僕自身が自分の研究をして、様々な結果を得ることが出来ればそれでいいんだ。名誉が欲しい訳じゃない、というのは前から言っていたしね」

「そうなんですね………」


 少しして、ドタバタとした足音が聞こえてくる。そして、戻って来たシュティレ達は、手にいっぱいの素材を持っていた。いや、そんなにいらないんだけどね。


「持ってきました!」

「うん、ありがとう。じゃあすぐに始めようか。けど、ここじゃ少し手狭かな。向こうの机を使ってもいいかい?」

「もちろんです!」


 そういって、その素材を大きな机の方へ移動して乗せる。セレスティアと、先ほどまで作業をしていた他の研究者達も集まってきていた。まぁ、人が増えても緊張なんかしないし問題はない。


「じゃあ始めよう」


 そういって、僕は鉄を一つ手に取る。右手に緑の光を纏わせ、鉄に添える。錬金術の基本、変形。物体を思った通りの形に作り変える事だ。練度によって、その精度や変えれるだけの規模は異なるけど、僕は基本的に何でも変形させることが可能だ。もちろん、誰もがそんなことを出来るわけじゃない。寧ろ、変形だけでここまで簡単に物体を作り変えることが出来るのは、僕くらいだと思う。

 みるみるうちに形が変わっていく鉄は、徐々に細くなっていき、それは鳥の骨格を模したものになる。


「すごい………変形だけで、これだけのものを作り出せるなんて………」

「本当に稀代の錬金術師なんだな………こんな人がいたなんて、世界は広いな………」


 それを見ていた錬金術師たちが口々に言うけど、まだ終わっていないからね。鉄の余分なところを簡単にまとめて机の上に置く。全部使うと重量が大変なことになるしね。ちなみに、中は空洞にしている。少しでも軽くするためだね。その後、細い小さな縄を手に取って、両端を関節に添える。


「さて、次は………」


 次に行うのは、もう一つの錬金術の基本である接合。二つの物体を一つにつなげる事だ。先に言っておくと、これを使っても人体を繋ぐことは出来ない。いや、繋ぐことは出来るけど、動かすことは不可能だ。まぁ、理由は長くなるから察してほしい。ここまで見ていた人なら、何となく理解は出来ると思うし。縄を骨格に接合し、縄に魔力を集中する。

 次は、もう一つの基本である変化だ。その名の通り、物体の性質を変化させる。ただ、これはその物体に含まれる要素を書き換えるという術で、その物体の持つ要素を把握していないと不可能だし、全く別物に変えると言うのは不可能だ。まぁ、似ているけど少し性質が違うのを作るという物だ。今回は、要素の追加。

 伸縮の要素を追加して、縄を伸び縮みするようにする。かなり固めにして、強固な筋肉を模倣する。それを翼を周辺に繋げていって、僕はその後に骨格に魔力を流し、含まれる要素の幾つかを抜き取って重量を減らす。


「次が最後だ」


 最後の工程は、外側だね。翼しか筋肉を付けていないけど、その他の部分は命を宿すだけで十分動くから必要ない。骨格を手に取って、右手で持った木材を近くで変化させていく。骨格を包み込むように広がったそれは、徐々に鳥の形になっていく。まぁ、こんなものかな。後は生命を与えるだけだ。


「出来たよ。さぁ、立ち上がれ」


 僕は右手にそう告げる。その瞬間、僕が作った鳥がくるりと首を動かす。


「おぉ!」

「う、動きました!」

「流石です………本当に生命を自分の手で作るなんて………」


 鳥は元気に動き出し、その場をぴょんぴょんと跳んで歩き回る。そして、くるくると周りを見渡し、羽を広げて飛び立つ。


「飛んだ!」

「すごい!まるで普通の鳥と何も変わりありません!」

「ちゃんと命を与えているわけだしね。今回はロッカ以上に簡易的だから、命令を下すことは出来ないけど」


 脳を作っていないけど、代わりに魂に刻まれた本能はちゃんと宿している。つまり、あれは本物の鳥と変わりないってことだね。脳が無くても考えることは出来るけど、逆に言えば鳥以上のことは出来ない。まぁ、餌も必要ないし、観賞用のペットとしては十分だと思う。

 僕が手を軽く上げると、僕の指に鳥が止まる。ふむ、親を親として認識するだけの知能はあるみたいだ。僕の手に止まった鳥は、小さく笛のような高い鳴き声を上げる。

 人語を話さなければ、喉の作りは実に簡単だ。呼吸をする必要はないけど、中は空洞だし、鳴き声を上げる機能を付けてみた。鳥らしい鳴き声は大きすぎず、まぁまぁリラックス効果を生むと思う。


「うん。ちゃんと成功したみたいだ。これが僕の秘術。どうかな」

「本当に感服しました!こんな奇跡を目の前で見れて、私は感動しています!!」

「流石………僕もあなたの秘術を見るのは二度目ですが、一から生命を作ると言うのは信じられません。どうすれば、そこまでの高みに行けるのか………」

「はは。僕は研究結果を秘匿しているわけじゃないけど、気軽に全て教えるのは出来ないね。色々とこっちも事情があるんだ」


 まぁ、僕の研究の一部は『権能』の続きだったりするわけで。簡単に教えようものなら、僕の素性がバレかねない。この命に関する研究は僕だけの物だから、見せても問題ないんだけど。とはいえ、教えるつもりはない。

 この秘術が、一般人にとってはとても大きな意味を持つことは理解している。もしこんな術が世に出回れば、そこらじゅうで新たな生命が生まれてしまう。誕生とは祝福されるべきものだけど、無秩序に命が生まれるのは自然の摂理に反するし、中には死を否定するためにこの秘術を使う者だって出てくるはずだ。そんなことは許されない。


「もちろん、教えて欲しいだなんて言うつもりはありません。錬金術師にとって、自身の研究は周りに教えないのが普通ですからね。ですが………本当に、素晴らしい術です」

「そう言ってもらえると嬉しいね。さて、この子はちゃんと管理してね。逃げ出しても問題はないんだけど、木で出来た鳥なんて魔物だと思われてしまうだろうし」


 そういって、僕は余った鉄で簡単な鳥かごを作る。まぁ、逃げ出したところで大した問題ではない。この子は鳥以上の能力を持たないし、食べ物も必要としないしね。作り出した僕が責任を持ってもいいんだけど、世話の必要もない生物の責任ってなんだろうね。

 あと、この子にも寿命はある。与えた生命力は、徐々に消耗するからね。まぁ、僕がその都度追加すればいいんだけど、そうすれば今度は不死になってしまう。もしこの子が普通の生物以上の知性を持つものなら話は違うけど、ただの鳥に不死の命を与えるのも少し酷だと思う。


「それじゃ、ちょっとした実演はこれで終わりかな。時間も丁度いいし、今日のところは帰るとするよ」

「分かりました!今日は来ていただき本当にありがとうございました!またお越しください!セレスティア様も!」


 あ、やっと君はセレスティアについて触れたね。今日初めてじゃないかな。あと、セレスティアがついでみたいになっているのは大変よろしくない………まぁ、セレスティア本人が何も言っていないから良いんだけど。


「今日は良い物が見れました。とても貴重な体験をさせていただき、ありがとうございました。城でまた会うかもしれませんが、その時はまたお礼をさせてください」

「そうだね。じゃあ、城で会うのを楽しみにしているよ」


 僕がそう返したのをみて、僕の隣にいたセレスティアが声を掛けてくる。


「では、一緒に行きましょうか。もうすぐお昼ですし、何か買ってから街をお散歩しませんか?」

「ん?………僕はいいけど、君は大丈夫かい?」


 第三王女が街を散歩するっていいのかな。今回は護衛も連れていない訳だし。


「もし何かあれば自分でもどうにかできますし………シオンさんがいるじゃないですか」

「………大きな責任を負うのは好きじゃないんだけどね。まぁ、君がそういうなら僕は問題ない」

「ふふ。じゃあ行きましょう!」


 そういって、セレスティアと共に扉に向かう。そして、扉を開く前に一度振り向いて手を振る。


「今日は楽しかったよ。またね」

「はい!いつでもいらしてください!」


 そういって、フィニテと他の研究者たちは頭を下げる。シュティレも手は振り返し、にこやかな笑みを浮かべていた。まぁ、今日もいろいろあったけど、最終的には面白い話だったかな。












 そうして、研究所を出た僕ら。後ろには勿論ロッカが付いて来ている。


「ヴァニタスは色んな人が集まっているんだね」

「そうですね………私もヴァニタスの研究所を訪れたことは多くなかったので、あそこまで部門に寄っての違いがあるとは思っていませんでした」


 僕らは歩きながら会話する。あの男たちは気に入らなかったけど、シュティレ達の部門は全く彼らとは違った。そういえば、あの男たちの名前聞いてなかったね。興味がある訳じゃないけど、名乗らなかったのも悪印象の一つだったのかな。

 僕らがどこで何を買うか話しながら街を歩いていると、ふと声を掛けられる。


「セレスティア様!?その方は………」


 それは、近くを通っていた馬車からだった。女性が顔をのぞかせている。その豪華だけど悪趣味ではない程度に飾られた馬車を見るに、間違いなく貴族かな。大体四十か五十代くらいだと思う。

 馬車が止まると、中からはその女性と一人の青年が下りてくる。こっちも整った身だしなみをしているから、間違いなく息子なんだろう。どちらも似たような明るい金髪で、赤い目をしていた。顔立ちはそれなりに整っている。カレジャスやシュティレほどではないけど。


「セフィリア夫人。ご無沙汰しております。彼は………私の友人です」

「なんとまぁ………!白髪で、美しく整った風貌の青年。もしや、国王陛下の左腕を繋げた稀代の錬金術師と噂になっているシオン様ですか………!?」

「はい。彼がそのシオンです。彼とは話が良く合いますし、私以上の錬金術師であり、私以上に博識な方なんです」

「歴代一と呼ばれたセレスティア様がそこまで言うなんて………遠方から来たとの事ですが、実は貴族や王族の末裔だったりは………」


 そういって僕を見る女性。いや、そんなわけないけどね。寧ろ、貴族社会とは全く関係のない人間だよ。

 僕はゆっくりと首を振る。


「全くそんなことはありません。私はただの錬金術師で、遠くの田舎にある丘に家を構えて自分の研究をしているだけです」

「そうでしたのね………惜しいわ。もしあなたが貴族なら、私の娘の結婚相手として迎えることも出来たのだけど………」

「ははは………」


 いや、いきなりだね。もし僕が貴族でも、それは断っているかな。結婚とかはあんまりしたくないし。この国の所属の件すら迷っている状況で、結婚して環境が変わるなんて許容できるはずがない。もちろん、ここで頼まれても結婚なんてお断りだ、なんて言ったら火種になるから言わないけど。


「彼は私の友人なので、隣でそういう話をされると困るのですが………」

「あら、申し訳ありません。ところで、今は何を?」

「この街を紹介しようと思っていました。彼はまだこの街に着いて詳しくないので、私自身がこの街の良いところを伝えたいと思いまして」

「………セレスティア様が自らですか?」

「今は第三王女としてではなく、彼の友人としてここにいますので」


 セレスティアがはっきりと告げる。まぁ、有無を言わさないと言った様子だし、相手もセレスティアに面と向かって色々と言う気概はないのだろう。少し含みのある視線を僕に向けて、セレスティアに再び視線を戻す。


「そうでしたか。それはとても素晴らしいことだと思います。是非ご友人との時間をお楽しみになってください」

「ありがとうございます」

「ですが………老婆心として言わせていただくと、付き合う友人は選んだ方が宜しいかと………」


 まぁ、やっぱりそうなるよね。周りから見たら、それが普通だ。平民どころか、この国の国民ですらない田舎の錬金術師と、次期国王候補の第三王女が友人だなんて普通は信じられないし、不安を覚えても仕方ない。

 いつか言われるとは思っていたしね。


「――――何か仰いましたか?」

「っ!?」


 瞬間。僕の心臓が止まるかと思った。隣にいたセレスティアから発された声は冷めているというレベルじゃない。周囲の温度が明らかに下がったように感じる程の絶対零度の声色で、彼女はセフィリア夫人に聞き返す。

 あまりの気迫に、相手の二人も顔が一瞬で引きつっている。彼女から感じるものは、あの時の王の圧なんかじゃなく、ひたすらに冷たいナイフのような殺気だ。


「い、いえ!なんでもありません!い、いきましょう!」

「あ、あぁ………」


 そういって、息子と思われる青年を連れて馬車へと戻っていく二人。まぁ、正直僕も驚いたから無理もないけど。寧ろ、隣でその殺気を受けていた僕の方が君たちより怖かったんだけどね。

 後ろにいたロッカも、背筋を伸ばして硬直している。ゴーレムすら恐れさせるとは、セレスティア恐るべし。


「えっと………すみません」

「いや、大丈夫だけど………随分と怒ってたみたいだね」

「当たり前です。私の交友関係に口を出す権利など、あの方にはないはずですから。私の友人を悪く言うのであれば、私だって許すことは出来ません」


 あはは。大分大事に思われているようで少し嬉しいね。それで敵が増えないことを願うばかりだよ。


「とにかく、早く行きましょう?時間は限られているんですから」

「そうだね。ロッカ、いくよ」


 まぁ、案外この様子なら大丈夫なのかな。彼女は僕が思っていた以上に、あの父親に似て強かだったみたいだ。






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