第19話

 フィニテが一度落ち着いた後、僕らはソファーに案内されて色々と話していた。セレスティアがいることにはノータッチだけど、それでいいのかな。


「ロッカさん………命の宿ったゴーレムですか。部屋の外にいるんですよね?少しだけ会ってみたいのですが………」

「勿論構わないよ。ただ、解体するとかは絶対に認めないからね」

「当たり前です!そんなことをするつもりはありません!」

「安心してください。僕が絶対にそんなことはさせませんから」


 シュティレの言葉に、僕は頷く。まぁ、そのためにセレスティアも一緒に来てもらったんだけど、第二王子も一緒なら心強いね。あと、フィニテが代表ではあるんだけど、実質的なリーダーはシュティレで間違いないようだ。王子だと言う事もあって、簡単に代表という立場にはなれないらしい。

 まぁ、その辺りの細かい事は聞いていないし、僕にとっては重要じゃない。それに、フィニテも若くして才能あふれる錬金術師だそうで、代表としても不足ないらしい。


「じゃあ行こうか。ロッカも人との交流は好きだからね。口が無いから動きで感情を表すんだけど」

「動きで感情を………しっかりと感情表現をするという事は、人間と遜色ないほどの高次元の存在なんですね」

「うん。会ってみると分かるよ」


 そういって、僕らはソファーを立って扉へと歩く。そのまま外に出ると、扉のすぐそばで、ロッカがまるで門番のように立っていた。外に出て来た僕らを見てこっちを見るロッカ。僕の近くにセレスティア以外にも人間がいるのを見ると、右手を軽く上げて挨拶をする。


「あ、どうも………挨拶も出来るんですね」

「教えれば人間と変わりなく何でもできるよ。一応、人間の応急処置を任せたこともあるしね」

「そんな高度な事まで………頭もいいんですか?」

「そうだね。間違いなく頭は良いだろう。任せた仕事は何でも人並み以上にこなすし、戦闘に関しても、そこらの新兵よりも明らかに優秀だ。僕にとっては、これ以上ないくらい信を置けるアシスタントだよ」

「!」


 ロッカが両手を上げて喜びを表す。一応、それでも余裕があるくらいには天井が高いから良いんだけど、周りに人がいるか気を付けてね。まぁ、その辺りは心配していないけど。

 ここが屋外だったら、きっとこのまま踊り出していただろう。そんなロッカの様子に、セレスティアは笑みを。フィニテやシュティレは驚きの表情を浮かべる。


「何というか………表情も言葉もないのに、とても感情豊かですね。まるで声が聞こえてきそうなくらいです」

「それは僕も思うよ。ロッカが考えていることは、言葉がなくとも理解できるからね。言葉が無くて困ったことは………あんまりないかな」


 一度も無い訳じゃないけど。それでも、多分初めて見た人が思っているよりも圧倒的に少ないと思う。多分、ロッカ自身が勝手に行動をするという事がないし、大抵の事は自分で出来るからというのも大きい。僕の指示に対し、承諾と拒否のみを示すからね。

 重要なのは、拒否を示す事があることと、命令したことに関してもただ指示通り動くのではなく、自分で考えてより効率的に、そして工夫を入れる事だ。

 ただのゴーレムなら、主の命令に対して拒否をすることはないし、命令だけを遂行するから、内容に不備があった時に困ることもある。ロッカはそこで困ることが無いから、それなりに高度な頭脳を持っていることは明らかだね。


「すごいです………ゴーレムと言えば、簡単な長期間の作業をさせるために作られる事が多いですが、ロッカさんは何でも出来てしまうんですね」

「そうだね。長時間の作業に向いていると言うのは勿論だけど、普通のゴーレムとは比べ物にならないくらい優秀だ。彼には心があるから、納得できない事や、非人道的な命令は受け付けないんだけど………僕はその点も含めて気に入っているかな」

「なるほど………自分の良心と価値観も持ち合わせて、主の命令に従うか決定する明確な意思もあると………本当に、人間と変わりないんですね」


 フィニテが心から感心したように呟く。ロッカも褒められることは嬉しいようだけど、ここまで絶賛されるのは初めてで困惑しているのか、人間のように頭を掻く。

 そんな話をしていた時、廊下の奥から複数の足音が近付いてくる。僕らがそっちを見ると、白衣を着た明らかに研究者と言った装いの集団が。先頭には長身で細身の、眼鏡をかけた黒髪の男が。なんだか、絵にかいたような研究者………それも、ちょっとマッドサイエンティスト寄りのイメージだ。何となく不健康そうな痩せた頬が、そのイメージをより強くさせる。

 その集団は僕らの近くで止まる。すると、ロッカに興味を向けていたフィニテとシュティレもそっちを見る。

 そして、先頭の男が僕に話しかけてきた。


「こんにちは。あなたがシオンさんでしょうか」

「そうだよ。初めましてだね」

「えぇ、お会いできて光栄です。お噂は聞いております。私達は主に生物学に付いて研究しておりまして………物体に命を吹き込む秘術の話を聞いた時から、是非繋がりを得たいと思っておりました」

「ふむ………僕も、ヴァニタスの話を聞いた時から興味を持っていたよ。それに、生物学に関して研究している者は多くないからね。よろしくお願いするよ」


 僕が頷くと、男は薄らと笑みを浮かべる。言ってしまうと悪いけど、不健康そうな顔のせいで少し不気味な印象を受ける。というよりも………なんだか、彼にはそもそも良い印象を受けない。勿論、見た目もそうだ。これは顔立ちなどの事を言っているのではなく、その明らかに不摂生な姿は見る者に良い印象を与えないと言うのもある。身だしなみを整えろ、というのは自分を良く見せようとするのも当たり前だけど、それ以上に相手に悪い印象を与えないためと言うのが大きいからね。

 それに、何となく話した時の………話し方なのかな。どことなく何か裏があるような感じで、心から信用できない。


「はい、よろしくお願いします。ところで………実は、シオンさんに折り入って頼みがあるのですが………」

「頼み?なにかな」

「えぇ。私達は今、命に関しての研究を進めているのです。それで、中には死刑囚の亡骸を私たちで引き取り、研究材料とすることもあるのですが。その実験体に命を吹き込んでいただけないでしょうか?」

「………申し訳ないけど、断るよ。僕は人体実験が嫌いでね。それが例え死体であっても、人であったことに変わりはない。そもそも、死を冒涜するような真似はしたくないんだ」


 僕にとって、誕生と死は生命にとって唯一無二であるからこそ美しく、尊厳が生まれると思っている。生命は二度の誕生を迎えることはないし、死を二度も迎えることもない。

 例えばの話だけど、僕がどれだけ仲の良い友人が死んでしまったとして。僕はその親友を絶対に生き返らせることはないと思う。これは死という絶対的な摂理を、自分のエゴで侵すことは許されることじゃないと思っているからだ。

 でも例外で言えば、ニルヴァーナの事かな。ニルヴァーナは自分の願いで、自分の完全な死を拒絶した。身体は確かに死んでしまっても、魂は自ら石に変えて、復活の時を待っていた。

 完全な死の定義とは何か。心臓が止まった時なのか、それとも脳が活動を止めた時か。でも、ニルヴァーナの魂は現世に形として残っている。なら、それを完全な死と定義するのは難しい。だからこそ、ニルヴァーナは僕の力で生き返らせたんだけど………後、僕に関しても違う。

 僕は生き返ったのではなく転生したのだからね。天童紫苑としての僕は既に死んでいるし、転生後に記憶があるか否かの違いだ。適当に聞こえるかもしれないけど、そもそも生と死が曖昧で、まだ未解明なものだ。結論を急ぐのは早いと思う。

 とにかくだ。完全に死んだ人間の死体を蘇らせるなんて、絶対に認めることは出来ない。例え、それが罪人であっても。


「………そうですか。では、そのゴーレムを一度研究させていただくことは出来ないでしょうか?」

「それも駄目だよ。彼は僕の大事なアシスタントだ。君たちの実験体にさせるために作ったわけじゃない」

「ですが、彼はゴーレムなのでしょう?もし失っても、また作ればいいではありませんか」


 その瞬間、僕は今まで感じたことのないほどの怒りを覚えたと思う。寧ろ、この感情が怒りであることを理解するまでに、自分でも時間を要したほどだ。今まで、一度も怒りを覚えたことが無いとは言わない。けど、どれも些細なことで気にすることでもなかった。

 でも、今回ばかりは。これが憤怒という感情なのだろう。なるほど。この男は僕を不愉快にさせるのが得意なようだね。

 でも、僕が声を発するよりも先に、凛とした声が場を包む。


「――――――いい加減にしなさい」

「………はい?」

「先ほどから、無礼が過ぎるのです。あなたにとってはただのゴーレムかもしれませんが、彼にとっては唯一無二の友なのです。それをまた新たに作ればいいなどと言うのであれば、私が許しません」


 セレスティアが、今までよりもはっきりとした口調で告げて前に出る。その言葉遣いは変わっていないはずなのに、感じられる気迫は今までの比ではない。まるで謁見の時にディニテと対面した時と同じような王の圧を感じる。

 その蒼く優しかった瞳は鋭く男を見据え、今までの温かさや優しさは一切ない。


「し、しかし………我々の研究はこの国を………」

「そのために、あなたは私の大切な友人のゴーレムを実験体にする、などと言うのですか?ヴァニタスの設立理念は犠牲による進歩ではなく、進歩による救済です。もしこれに従えないようであれば、国王陛下へと報告する義務があります」

「………すみません。出過ぎた真似をしてしまったようです」

「分かれば良いのです。ですが、今は目の前にあなた達がいるだけで不愉快です。どこかへ行っていただけると嬉しいのですが」

「………申し訳ございません。今すぐに」


 そういって、元来た道へと戻っていく男たち。それをみて、セレスティアは僕らに向き直る。


「………すみません。気分を悪くしてしまいましたよね」

「あ………いや。気にしないでくれ。寧ろ、君が代わりに出てくれて助かったよ。さっきの僕だと、感情的になっていたかもしれないからね」

「えぇ………でも、私自身も彼の言葉に怒りを覚えたまでです。ロッカさんも、非礼をお詫びします」


 ロッカはブンブンと両手を前で振って、気にしないでとアピールする。寧ろ、これでセレスティアを責めるような人間はいないだろうけど。

 僕も、自分でも平静さを失っていたと思っている。今まで声を荒げるような経験はなかったけど、今回は人生で初めて怒鳴りつけてしまっていたかもしれない。

 怒ることが時間の無駄だとは思わない。人としての感情は、当たり前に尊重されるべきだ。怒るような出来事が無かっただけで。


「………シオンさん、僕からも申し訳ありません。彼らは少し………研究者としての気質が強すぎるんです」

「………みたいだね。錬金術師としては間違いじゃないけど、僕は苦手な人物だ。今後関わることが無ければいいんだけど」


 正直、僕の夢である生命の神秘について議題が似ているから、反りが合わないのは本当に残念だ。唯一という訳ではないけど、他の未知の解明以上に、僕の夢である生命の神秘を解明したいという思い自体は変わっていない。僕にとって、長年の夢だったわけだし。

 それを共有できる仲間が欲しいと思っていたのは事実だ。でも、決して彼らのような人間と仲良くなれるとは思えない。少なくとも、死を軽視する人間とは絶対にだ。


「そうですね………私も二度と顔を見たくありません。彼らは生物学の研究部門でしたね」

「………いや。もうこれ以上彼らに関わらなくていいと思うよ。確かに気に入らないけど、わざわざ面倒を掛ける必要もないはずだ」

「そう、ですか?………シオンさんがそういうなら、私もこれ以上は気にしません。ですが、今後また彼らが同じような事をしてきたら、私に伝えてください」

「うん。その時は頼りにさせてもらうよ」

「はい、喜んで」


 セレスティアが笑みを浮かべる。先ほどとは一転して優し気で暖かな笑みに、僕は少しだけ安堵する。僕自身も怒りを覚えたのは事実だけど、彼女も同じように怒っていたみたいだしね。

 そこで、今まで気圧されて黙っていたフィニテが口を開いた。


「えっと………その」

「あぁ、突然申し訳ないね。まだ時間はあるかな?」

「え!?あ、はい………まだ大丈夫ですけど………」

「じゃあ、中に戻って話の続きをしよう。ここで彼らの事に付いて話していても、時間の無駄だ。もう少し有意義な収穫を得たいしね」

「………分かりました。じゃあ、戻りましょうか」


 そういって、僕らは部屋に戻る。ロッカが軽く手を振って来たのを見て、僕も軽く手を上げて返す。さて、まだまだ気になることや、話足りないことはいくつかあるんだ。折角なら、もっと話しておきたいからね。僕らは案内を受けてソファーに戻るけど、それを見て中にいた他の研究者たちが安堵の表情で自分たちの作業に戻る。まぁ、外でのごたごたは聞こえていただろうしね。何事もなくて一安心しただろう。

 そうして、僕らは話の続きをするのだった。






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