第16話

 賑やかな夕食も終わり、僕が部屋に戻ろうとした頃。カレジャスが僕を呼び止めた。


「待ってくれ。この城には大浴場があるが、あんたは風呂には入るか?」

「お風呂?まぁ、普段は入るけど………流石に城の大浴場を使うのはちょっと遠慮したいね」

「な、なんでですか………?毒なんて入ってないですよ?」


 当然だ。大浴場に毒なんて入ってたら大変だよ。まさかそんな心配してるわけじゃない。


「当たり前だよ。風呂に毒を仕込むような回りくどい暗殺をするくらいなら、この食べ物に毒を仕込むだろうしね。僕が言ってるのは、ちょっと恐れ多いってことだよ」

「………私は、入りたい」

「いいんじゃないかな。ゆっくり入っておいで。城の大浴場に入ることなんて、滅多にないだろうしね」

「あ、あれ………?」


 僕の発言に、セレスティア達が困惑の表情を浮かべる。いや、自分がちょっと遠慮したいってだけで、フラウが入りたい分には全然構わないと思うよ。そこまで僕が強制出来る事でもないしね。


「とにかく、僕は大丈夫だよ。それじゃあ、みんなおやす………」


 そう言おうと思った時、部屋の扉が開く。僕らがそっちを見ると、部屋に入って来たのはディニテだった。ちなみに、流石に鎧は脱いで部屋着に着替えていた。ゆったりとしてるものだけど、かなり精巧に作られた物であることは一目で分かる。


「ここにいたか。少し話したいことがあってな。共に風呂に入りながらでも話さないか?」

「………え?僕ですか?」

「うむ。もちろんだ」


 なんてタイムリーな。そんなことあり得る?こら、セレスティア。笑いをこらえるんじゃない。


「む?セレスティア、何かあったか?」

「っふふ………何でもありません………ふふ」

「………?まぁよい。して、どうだ?」

「あー………もちろんです」


 まぁ、断ったところで何もされないとは思うけど………理由もなしに断ったら印象は悪いだろう。個人的に恐れ多いって理由も、国王直々に誘われてしまったら使えるはずもないしね。

 それに、話したいことの内容は大体予想できている。僕の見立てだと、この人もセレスティアに負けず劣らず計算高く、強かだ。僕がセレスティア達に夕方頃に行った訓練の話を聞いてることは、何となく予想しているのだろう。


「では、フラウさんは私と一緒に入りませんか?」

「………うん」


 あっちはあっちで楽しそうだね。僕は今から国王とのマンツーマン圧迫面接が始まるって言うのに。僕がそのままディニテに案内されて辿り着いたのは更衣室。ちなみに、ロッカは先に部屋に戻ってもらっている。後、男湯と女湯で分けてるんだね。

 まぁ、そっちの方が色々と便利ではあるのは事実だ。この世界の文化や文明は基本的な部分は前世の中世時代に近いけど、違いは勿論ある。

 例えば、大砲はあっても銃の類はない。何故って?需要が無いからさ。魔法が存在するこの世界で、弾一発一発に鉄と火薬を使わないといけない銃と、魔力さえあれば誰でも雷や炎を攻撃に出来るんなら、間違いなく魔法を選ぶ。

 つまり、発明の必要が無いってことだ。そんなのを発明したところで、誰もが「魔法で良い」って言ってしまうからね。魔法って言うのは前世には無い文明だから、それの関係で発明されるものも変わって来る。

 お風呂一つでこんなことを考えるのもあれだけど、こういった文明の違いで人々の発展の違いが見れるのは、中々楽しいことだ。


「ふむ。あまり筋肉は付いておらんな」

「そうですね………陛下はとても屈強なようですけど」

「訓練は怠っておらぬからな。少々鈍りと衰えは感じたが、まだまだ現役よ」


 はは。鈍りと衰えね。騎士団を一方的に蹂躙した王様が良く言うよ。それで衰えたと言うのなら、騎士団の人たちは弛んでるって評価になりそうだ。僕は傷一つないけど、ディニテの体には今までの戦いの証である幾多にも刻まれた傷が残っていた。まるで王の肉体とは思えない。寧ろ、どこかの将軍だと言われた方がしっくりくるけど、だからこそ戦王なんて呼ばれるようになったのだろう。

 腰にタオルを巻いて大浴場に入る。名前から分かっていたけど、かなり広い。十人程度なら余裕だろうね、これ。


「………広いですね」

「うむ。心を安らげるときは、広々とした空間が一番だからな」


 そういって浴槽に入るディニテに続く。温度も丁度いいし、多分これもマジックアイテムだろうね。この世界は魔法で大抵の事は出来るから、家電のような機能を持つようなマジックアイテムはかなり多い。照明もそうだし、僕の家にもある冷蔵庫もそうだね。やっぱり魔法って素晴らしい。


「それで、話ってなんでしょうか?」

「ふむ。そうは聞いてみた物の、何となく予想はしているのだろう?」

「………えぇ。まぁ、そうですね」


 つまり、形式的な会話はいらないってことか。僕としても、その方が手っ取り早くていいかな。


「カレジャス達から話は聞いただろう?我が騎士団を負かしたことを」

「はい。それと、私の事を民に広めたと」

「そうなる。なら、この国での錬金術師がどういった存在であるかも聞いているな?」


 勿論だ。僕が頷くと、ディニテはリラックスしたように目を閉じる。


「この国では、他国よりも何倍も錬金術に力を入れている。元々弱小国だったこの国が、最も可能性を見出したのが錬金術だったからだ。数多の先人たちの知恵と研究心によって、この国は今や大国へと成長した。民、騎士、貴族。この国を支える物は多くあるが、この国を引っ張る存在は間違いなく偉大なる錬金術師達という事だ」

「………そうですね。錬金術は万物の本質を見極め、新たな要素を生み出す物。マジックアイテムだけじゃなく、魔法学や各種技術などにも通ずる世界の探求ですから」


 錬金術はマジックアイテムだけじゃない。魔法学にも大きな関係があって、基本的には新たな魔法構成を発見するのも錬金術だ。

 魔法と言うのは、この世界に含まれる要素を魔力によって具現化させる物だ。つまり、使うためには物事の要素を知らないといけない。例えば炎だったら、熱、光、燃焼。こういった基本的な物から、情熱や再誕、延焼の要素も持ち合わせている。まぁ、これ自体は難しい話じゃない。けど、魔法にはその炎と直接関係のない要素も含んで使うんだ。接続詞みたいなものだと思えばいい。これによって、魔法は大きく変わるんだけど………この話をし始めたら、多分一時間以上かかる。魔法学の授業と変わりないってことだし。

 覚えておいて欲しいのは、新たな要素が見つかるたびに、新たな魔法が生まれる可能性があるってことだ。


「うむ。我も錬金術は少しばかり学を付けていてな。やはり、自らやってみれば改めてその偉大さが理解できる」

「そうですね………」

「故に、だ。汝が稀代の錬金術師であるという事は、この腕が証明している」


 そういって、自分の左腕に右手を添える。僕が接合した鋼鉄の腕は、まるで人と変わらないように動き、中に人の体がそのまま入っている………いや、それでも有り得ない。鎧である以上、多少なりとも動きは制限されるのだから。けど、その左腕は確かに人の動きと変わりないんだ。


「この世界の全てを統一する。というつもりは勿論ない。だが、世は常に流動的だ。互いに争い、奪い、支配する。それが常であるこの時代に、新たな力を求め続けるのは野望のためではない。ただ、この国を守るためだ」

「………」

「この国が領土を広げたのはおよそ百年前が最後だ。それからは、この国は守ることだけに専念してきた。だが、争いは常に続いている。この国の周りにはアルザード帝国や、オルトラ王国のような侵略国家がある。広い領土と、優秀な人材を誇る我が国もその眼中に捉えられているのだ」


 まぁ、当たり前の話だろう。この世界は、前世に比べれば遥かに不安定だ。領土の拡大と支配が普通であるこの世界では、大国同士の争いが絶えない。そして、それはこの国だって例外じゃない。


「我は王であり、この国と民を守る義務がある。そのためには、この国が強き国であるように導かねばならんのだ。そのためなら我は手段を選ぶつもりはない」

「………だから私を?」

「無論だ。汝の知恵と力があれば、この国は他国よりも幾歩も先を進むことが出来る。我らは常に、変化に付いていけるだけの進化をしなければならない。故に、我は汝を求めている」


 はっきりと言う人だね。分かっていたけど、遠回しに言うってことを嫌っているみたいだ。僕としても、分かりやすい方が嬉しいけどね。


「期待をして頂いているのはとても光栄なことです。ですが、私にも夢がありますので」

「ほう。その夢とやらは」

「………いつか、この世界の全てを解き明かすことです。この世界の隅から隅まで、僕が分からないことはない。そう言い切れるまで、私の研究は終わりません」


 これが、今の僕の夢。今は生命の神秘だけじゃ物足りない。僕には、それ以上に沢山の事を探求するだけの力を授かったんだ。どれだけ世迷言だと思われようとも、間違いなく僕にとって揺らぐことのない目標。


「………そうか。汝は、我が思った以上に大きな男だったようだな」

「どうでしょうね。でも、私はこの国も好きです。自分の研究を止めるつもりはありませんが………それでも、この国に興味があるのは間違いないんです。だから、この国に付いて僕がもっと色んなことを知って、経験した後で………また、答えを決めさせてください」

「………うむ。その言葉、覚えておくぞ」


 ディニテは満足げに頷く。けど、やっぱりこの国は色々と興味が引かれる事が多いね。歴史と言うのには、それなりに興味があった。人の営みと、発展の背景を知るのは好きだったから。その中でもこの国は………とても興味深い発展と歴史を紡いでいると思ったからだ。

 僕が少しだけぼんやりと考えていた時、ディニテが再び声を掛けてくる。


「それと、これは直接関係はないのだが………」

「はい、なんでしょうか?」

「セレスティアの事だ」


 あれ、もしかして娘に余計に近づくなってパターンかな。親からしたら心配だよね、愛娘が田舎で暮らす錬金術師と友達になったりしてたら。

 まぁ、冗談は置いておいて。そんなわけないのは何となく理解している。というか、そうであってほしい。


「はい………どうかしましたか?」

「そう身構えるな。娘との友人関係に何かを言うつもりはない。寧ろ、汝には感謝しているのだ」

「………感謝、ですか?」

「うむ」


 友達になってくれてありがとうってことかな。それだけだと娘思いの良い父親って感じがするけど、多分それ以上の意味があるんだろう。

 だって、僕が薄々感じていた事だけど………


「汝も気付いておるだろう?我が娘が友人である汝へ、必要以上に気を使っていることを」

「えぇ………」

「既に分かっているかもしれぬが、セレスティアには今まで友人と呼べる存在がいなかったのだ」


 それ、言っちゃうんだ。何となく予想はしていたけどね。それに、それが不思議にも思わない。確かにセレスティアはとても良い子だと思う。教育があって、お淑やかで、気遣いも出来る。

 でも、普通の友人を作るには、彼女は凡人を逸脱しすぎてしまっている。


「セレスティアが貴族学校に通っている時、周りには常に人がいた。だが、それは彼女との友情故ではなく、どうにか王族の娘に取り入ろうとする者達ばかりで、セレスティア自身を見ていた者は誰一人としていなかっただろう」

「………そう、ですか?彼女の人柄と外見なら、普通に好意を寄せられてもおかしくはないかと思いますが」

「そんなものは二の次だ。なくもないだろうが、貴族学校と言うのは中々に面倒でな。小さな貴族社会と言っても間違いではない」


 まぁ、そりゃそうだろう。貴族の学校なんだし、卒業後のコネを考えれば関われるうちに関係を持っておきたいだろう。上手くいけば、王族の娘に取り入って一気に出世するチャンスだってあるわけだ。夢のある話だろうけど、当事者になってみたときに感じる事は人それぞれだ。


「………それで、彼女はそんな周りに心を開けなかった、と?」

「うむ。それに、セレスティアが普通の友人を作ろうとしても、あの聡明かつ豊富な知識に付いていけるだけの者はいなかったのだ」


 あはは。耳が痛い。僕自身にも身に覚えがありすぎる話だから、ちょっと刺さるね。


「だが、それでもあの子は強かったのだ。我が妻はあの子を産んで早々に病死し、才能を表し始めてからは我が期待を受け、学校でいくら自分を偽ろうと、潰れることはなかった」

「………」

「あの子は将来、立派な王になるだろう。だが………それを望まぬ者がいるのも事実だ」


 僕は思い出す。セレスティアが、二人の姉と仲が良くないという事を。けど、この国の王位継承は王が選んだ子が次の王になるという決まりのはずだ。何が不安なのだろうか。


「我が国は、常に強くあらねばならぬ。敵対するものには誰であれ、等しく刃を向ける覚悟を持たねばならん。それが、例え肉親であろうとも」

「………え?それって………」

「………我が口からはこれ以上言えぬ。だが、もしもそうなった時。我は見届けるしかないのだ」


 そうなった時って言うのは、つまりそういう事なんだろうけど。なんで、僕にそれを言うのだろうか。


「故に、そうなった時。汝がセレスティアを支えてやってくれぬか。カレジャス達も駄目だ。同じ王族である彼らに、あの子は弱みを見せないだろう。だが、彼女の友である汝ならば、あの子と同じ立場で支えることが出来る」

「………それは」

「………これは、王としての願いではない。一人の父として、あの子の友である汝に頼みたいのだ」


 そういって僕を見たディニテの目は何より真剣で、どうしようもない優しさと不安が含まれていた。その姿は、さっきまで僕の前にいた「戦王」ではなく「ただの父親」の姿だった。


「………はい。約束します」

「ふぅ………汝なら、そう言ってくれると信じていた。さて、我はもう上がるとしよう。汝ものぼせぬように気を付けるのだぞ」

「はい、分かっています」


 そう言ってディニテは風呂を出て行く。いくら戦王だと言われていても、人並みに我が子を愛し、心配する姿は、たった一人の人間だ。

 僕は、そんな人間の姿が好きだった。完璧なように見えて、全てが完璧な存在なんて有り得ない。誰しもどこかで悩んだり、苦しんだりすることもあるだろう。

 でも、それでも進み続ける強さが人間にはある。それが人間の歴史であり、未来だから。だったら、僕も………


「………僕も、一人の友人として」


 たまには、普通になってみても良いだろう。






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