第17話
次の日。僕はゆっくりと目を覚ましていく。特に寝起きが悪い訳じゃないし、体内時計もそれなりに正確な自信があるから、多分普段と同じ時間かな。
僕が体を伸ばして、ベッドから降りようとした時。扉がノックされる。
「シオンさん。起きてるでしょうか?」
「うん。今起きた所だよ」
扉の先からはセレスティアの声が。部屋に入っていないだけ僕の言う事を覚えているんだろうけど、起きていなかったらまた部屋に入っていたかもしれないと考えると少しだけ不安になる。
部屋の扉が軽く開かれ、セレスティアが顔をのぞかせる。
「おはようございます。朝食の準備が出来ました」
「おはよう。今行くよ。後、昨日言ったことはしっかり覚えているよね?」
「はい。つまり、シオンさん以外だと危ないかもしれないってことですよね?」
「………まぁ、そうだけどさ」
間違いではないけど、正解でもない。僕にその気がないと言うのは何度も言ってるけど、結局は慣れの問題なのだ。人は大丈夫だと思っていても、何度も繰り返すうちに必ず抵抗感は薄れてくる。戦場に初めて出た者は、生物を殺す事、または人間を殺めることに抵抗感を感じる事が多いけど、何度も戦場を経験するうちに、その抵抗感は無くなっていく。
同じように、友人だからと思っていても、いつの間にか慣れが生まれてしまう事がある。だから、今のうちにやめておくに越したことはない。
「大丈夫です。公私を分けると言うのは得意ですから。朝食が覚めてしまいますから、早く行きましょう?」
「………うん。そうしようか」
まぁ、そういうなら今は追及しないでおこう。多分、いつかディニテやカレジャス達が言ってくれるだろうし。彼女にとって、友人という存在の重さは僕よりも遥かに重い物だと言うのは分かっている。その僕から言われても、納得できないこともあるだろうし。
僕はそのまま部屋を出る。多分食べる場所は同じだろうし、セレスティアと一緒に食堂へ歩いていく。
「カレジャス達はいるの?」
「いえ。お兄様達は既に朝食を食べ終わり、それぞれの仕事をしています」
「そうなんだ。ちなみに、君は何か仕事はしているのかい?」
「武術の訓練や、勉学は怠っていませんが………特に職と言われるものはないですね」
「なるほどね」
まぁ、彼女は次期国王だしね。まだ決定したわけじゃないけど、ほぼ確定していると言って良い。仕事をするよりも、大切な事だってあるんだろう。というか、君って戦えたんだね。
「少し気になったんだけど、君は戦えるのかい?」
「勿論です。それなりに剣には自信がありますよ。今度手合わせしてみますか?」
「はは………遠慮するよ。僕は剣に自信がないからね」
「そうなんですか?なんでも出来ると思ってたんですけど」
「買い被り過ぎだね」
剣の訓練なんて受けたことないからね。素振りもしないし、剣術の研究もしていない。何度も言うけど、僕の剣は完全に高い身体能力に頼りきりのゴリ押しだ。
多分、しっかり剣を習っている人から見たら、稚拙で未熟な太刀筋だと思う。あんまり剣士の前で披露したくない。
そんな話をしながら食堂に着く。けど、そこには誰もいない。あれ、フラウは?
「ん?フラウはまだ起きていないのかい?」
「いえ、既に食べ終わって昨日のメイドと一緒に街の方へ向かいましたけど………」
「………今、何時だい?」
「9時くらいですね」
え?誰だい、体内時計は正確だって言ったの。完全に寝過ごしている。普段起きるのが6時くらいだからかなり遅い。ヴァニタスと会うくらいなら別に問題ないんだろうけど………3時間の損失と考えると少なくはない。勿体ないことをしてしまったね。
「あれ?君は?」
「私はあなたと一緒に食べたくて朝食を作るのを遅らせてもらっていたんです。それでも、そろそろ食べないといけないので、先ほど起こそうと思ってたんですが………」
「あぁ………助かったよ」
というか、それって僕は第三王女に食事を遅らせたってことか。うん、まずい。
「寧ろ、待たせて申し訳ない。先に食べてて良かったのに」
「気にしないでください。ちょっと楽しみにしてたので」
王女と二人きりで食事なんて恐れ多いとは思うけど、つい昨日現国王と共に風呂に入っているのだから今更な気がしてきた。というか、現国王と風呂に入ることなんて普通はないと思う。
セレスティアが楽しみにしていたと言うのなら、それでいいんじゃないか。とも思い始めていた。
「それは嬉しいね。じゃあ食べようか」
「はい!」
とりあえず、割と本気で目覚まし時計でも作った方がいいのかな。
それから数十分後。僕らは朝食を食べ終わった。まぁ、特に何もなく雑談を交わすだけの食事だ。勿論、それも楽しかったけど。
「この後は、シオンさんはヴァニタスの所に?」
「うん。僕は僕以外の錬金術師と会ったことが無くてね。どんな研究をしているのかも気になるし、どんな人たちなのかも気になるかな」
「なるほど………ロッカさんも一緒に連れて行くんですよね?」
「多分。一応聞いておくんだけど、ヴァニタスの人たちは進歩のためなら人の犠牲だって仕方がない、なんて人たちの集まりじゃないよね?」
「………正直、私からは何とも言えません。ヴァニタスもいくつかの部門やグループに分かれていて、それぞれで考え方や手段も違うそうですから」
おや、急に雲行きが怪しくなってきた。まさか、研究のためにロッカを解体するなんて言い出さないよね。その発言だと有り得そうで怖いんだけど。
僕が今更ヴァニタスへ行こうか悩み始めた時、セレスティアが言葉を続ける。
「では、私が一緒に行きましょうか?この国を紹介したいと伝えていましたし、私がいればヴァニタスの人たちも下手な事は出来ないと思います」
「………君がいなければ、下手な事をしてくる可能性があるってことだね」
「………まぁ、恐らくですけど。流石に国民を実験台に使ったという話は聞いた事が無いですが………でも、戦争で捕えた捕虜で人体実験を行った部門がある、という話が噂程度で流れているのは聞いた事があります」
「噂、か。真実が分からない以上は憶測で語るのは良くないけど………少なくとも、そんな噂が流れるような人たちはいるってことだね」
確かに、錬金術師にとって人体実験は魔法学に関連することでとても大きな意味がある。実際、前世では当然のようにある医学も、今も昔も人体実験と言うのは避けては通れない道だ。勿論、人で試す前に色々と過程を踏むのだけど、最終的には人で試す実験で終わる。
人を知るには、人で試すしかない。魔法にも同じことが言えて、魔法を使うのは人間である以上は、人間は良い魔法の研究対象になる。魔物だって魔法は使うけど、人間とは少々違って本能的な物が殆どだ。
ちなみにだけど、人が犠牲になったことによって作られた魔法と言うのはいくつもある。それらの魔法は皮肉にも強力な物ばかりで、魔法学の発展には何人もの犠牲が積み重なっている。
僕がそんなことをしなくていい理由の一つに、僕自身の目がある。あらゆる本質を見抜き、万象の形を捉えることが出来る『空の目』。人体実験なんかしなくても、様々な要素は自分で見えるんだ。
「そうですね………仕方のないことではあるんですが、あまり聞いていて嬉しいことではないです。実際、お父さまの所へ申請書が届いたこともあるそうで」
「………陛下は何て言ったんだい?」
「却下しました。民を守るための発明のために民を犠牲にするのは許されないとして、申請を出した部門そのものを解体したそうです」
「………まぁ、そうだよね」
あの人の性格ならそうするとは思っていたけど。あの人は、僕が思っている以上に民と国の事を大事にしていて、本気で自身の責務を全うしている。そんなディニテが、民を実験体にしたいなんて申請書が来たらどう思うのか。まぁ、間違いなく憤怒しただろう。
実験と言っても様々だけど、大概は人の尊厳を無視したような非人道的な物が多い。詳しく言うのは憚られるから言わない。でも、まともな人間なら目を背けたくなるような実験が殆どだ。
偉大な研究には犠牲がつきものだと言うけど、それは間違いではない。結局、人はそれを批判しつつ、その研究の産物は当たり前のように使う事だって普通にあるからね。
今回重要なのは、それがロッカにならないか、なんだけど。
「うーん………そう、だね。じゃあ、申し訳ないんだけど頼んでもいいかな。流石に不安になって来たからね」
「気にしないでください。私も心配ですから。それに、友人とのお出掛けは楽しそうですしね」
「そう言ってくれると助かるよ。ここからヴァニタスの研究所まではどれくらいなんだい?」
「大体三十分くらいです。今から行きますか?」
「そうだね。早い方がいいし」
そういって、僕は立ち上がる。ロッカは昨日と同じように外で待機しているし、いつでも行ける。セレスティアも同じように席を立って、頷いた。
「では行きましょうか」
「うん。案内頼むよ」
そういって、僕らは部屋を出る。楽しみにしていたヴァニタスへの訪問だったけど、少しだけ不安になっていた。セレスティアがいてくれて助かったね。
最初こそとても緊張したけど、結果的に見れば彼女に助けられている事が多い。本当に偶然だけど、良い縁になったと思っている。
僕らは城を出て、街を歩いていた。あれ?これって前に言ってたお出掛けだよね。君の護衛は?それに、僕へ集まる目線が凄い。
「君、護衛は?」
「自分の身は自分で守れます。そのために着替えてきたんですから」
「………だよね。そう言うと思ったよ」
彼女が着ている服は、城にいた時とは違う。と言っても、ドレスであることは間違いないんだけど………何というか、思いっきり動くことを想定したドレスと言えばいいかな。
一言でいうなら露出が多い。肩や腕は勿論、お腹や足など。髪留めや、付け袖は変わっていない。前が大きく開いているとはいえ、大きなスカートと白いサイハイソックスはしている。それに、所々に金を使った装飾が高貴さを示していた。まぁ、一目で王族、または貴族だと言うのは分かる。白と赤を基調にしているのも変わっていない。
でも、その………うーん。高貴さが表に出ているからか、露出による艶めかしさって言うのはないんだけど。街中でその恰好はどうなんだい?綺麗な腹部や、ソックスから覗く大腿。脇まで開いたデザインは、ちょっと目のやり場に困る。
「一応聞くんだけど、その恰好はもうちょっとどうにかならないのかい?」
「え?何がですか?」
「いや………そのね。うーん………」
指摘すると、僕が悪者みたいになるじゃないか。君自身は恥ずかしくないのかい?………恥ずかしくないんだろうね。まぁ、文化的にあちらの世界とは大きく常識が異なるし、衣装というのも変わってくるのは当然だ。あちらでは考えられないようなデザインだって、この世界にはあり得るなんて普通で。そういう意味では、フラウだってそうだしね。
一応、セレスティアの腰には一本の剣が携えられていて、見た目も………まぁ、戦うには十分なくらい身軽だなって印象だし、それでいて王族としての権威も感じるデザインなのだから、理にかなってはいる。その美しい肉体そのものを衣装としているっていう見方もあるのかもしれない。
その年相応の少女らしい身体は間違いなく美しいと言えるし、彼女自身は特別胸が大きい訳でもない。だから色気よりも高貴さが表に出ているんだろうけど、根本として女性の体であることに間違いはない。やめてほしい。
「………今度からは普通に護衛を連れてきてくれないかい?そんな恰好で隣を歩かれると、目のやり場に困るんだ」
「え?………うーん。まぁ、シオンさんがそういうなら。でも、今回はシオンさんにも非があるんですよ?あんな時間になったら、殆どの騎士は既に仕事に出ているんですから」
「………それは申し訳ないね」
そう、元はと言えば僕が寝坊したことが悪い。護衛を頼む騎士が、既に自分たちの任務に就いていたのだ。いくらなんでも、個人的な護衛を頼むわけにもいかないし、自分で身を守るしかない。
「それか、シオンさんが私を守るかのどちらかですね」
「………それでも構わないけどね。ロッカがいるし、難しい話じゃないよ」
そもそも普段フィールドワークに行くときも、前線に出れないフラウをロッカが守りながら戦っているわけだし。セレスティアを守りながら戦うことは難しくない。でも、僕が護衛を欲しかったのはそういう事じゃなくて、ただ単に責任を負ってくれる人が欲しかっただけだ。
トラブルが起こった時、僕自身が解決することになると、僕が責任を持たないといけない。護衛が代わりに解決してくれれば、そっちの方が安全だし、大概のトラブルは解決するだろうからね。
「………やっぱりこのままで良いです。守られる立場はあまり好きじゃないですから。それに………」
「それに?」
「………いえ。やっぱり何でもありません。まぁ、慣れてくださいね」
そういって笑うセレスティア。まぁ、確かにそのうち慣れるだろうけど。僕は女性にさほど興味がないとは言え、前提として前世の常識と良識は持っているという自信がある。大半の人は、異性の素肌を見ることに抵抗感というか、罪悪感があるように感じると思う。そういう教育を受けるわけだしね。
僕も例外じゃない訳だから………いや、もういいや。気にしないことが一番の解決策だね。それがいい。ちょっとため息を付きそうになるのを必死に我慢して、僕らは研究所へと近付いていた。
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