第15話

まどろみの中、僕の名を呼ぶ声が聞こえる。体を揺さぶられているから、誰かが起こしに来たみたいだ………うん?


「ん………ん?」

「あ、起きましたか?おはようございます」

「………え?なんで君が?」

「夕食が出来たので、お呼びしようかと………」

「………そうかい。うん、ありがとう」


 僕はそういうつもりで言ったわけじゃないんだけど。彼女には王女だという自覚があるのかな。いや、今までの話を聞く限り絶対あるんだろうけど………うーん。


「どういたしまして。フラウさんも待ってますから、早く行きましょう」

「ん、そうだね」


 僕はベッドから立ち上がる。一度伸びをして、歩き出そうとした時、一度言っておかねばならないと思いセレスティアに向き直る。


「あぁ、そういえば。あんまり異性が寝ている部屋に一人で入らない方がいいよ。僕はその気がないとは言え、人によっては血迷いかねないからね」

「え?でも、シオンさんにはその気がないなら大丈夫じゃないですか?」

「………慣れの話だよ。とにかく、君は………そう、友人だからね。君が傷つく出来事があったら、僕も悲しいんだよ」


 君は王女だから。と言おうと思ったけど、それはそれで彼女を友人としてではなく、王女として見ているという風に捉えられそうだから、咄嗟に言い換える。まぁ、嘘は言っていないしね。


「そう、ですか………分かりました。気を付けます」

「それでいいよ。じゃあ行こうか」

「はい!」


 そういって、僕らは部屋を出る。相変わらず広いけど、今回はどこで食べるのかな。


「付いて来てください。こっちですよ」

「分かったよ。ロッカ、行こう………ところで、夕食には誰がいるんだい?」

「カレジャスお兄様とシュティレお兄様が一緒に」

「………謁見の間にいたあの二人かな?」


 歩きながらセレスティアが頷く。つまり、王子が一緒ってことか。うん、よりハードルが高くなっているね。落ち着いて食べたかったんだけど。

 寧ろ、そこまで来ると君の姉の事が気になるんだけど。


「君は第三王女なんだよね?第一王女と第二王女は一緒に食べないのかい?」

「………あはは。私は………姉上とは仲が良くないんです」

「あぁ………ごめんね」

「いえ、気にしないでください。知らないのも無理はないですしね」


 そういって笑うセレスティアだけど、ほんの少しだけ悲しみが混ざっている。まぁ、王家なんだから、姉妹や兄弟と色々とあるのは当然とも言える。話を聞いた限り、二人の兄とは仲が良いみたいだけどね。

 僕らがしばらく歩いて数分かな。大きな扉の前に着く。セレスティアが扉を開くと、僕も入るように手招いてくる。今日が初対面だけど、こういうやり取りは友達って感じがして少し嬉しいね。

 ちょっと親しみ過ぎた気がするけど。部屋に入った僕らを見て、頭と腕に包帯を巻いた男が声を掛けてくる。謁見で顔を見た時は、そんな傷なかったはずだけど。


「来たか、遠慮せず座ってくれ。シオンさんの席はそこだ」

「ありがとうございます」

「敬語は無しで良い。普段通り話してくれた方が、気が楽だからな」

「じゃあ、お言葉に甘えて」


 なんだか、雰囲気が王族って感じがしない。いや、悪い意味で言ってるわけじゃないんだけどね。僕が指定された席の前には、他の人よりも少なめの料理が乗せられていた。それでも普段よりは多いけど、食べきれない量ではない。僕の言ったことを、ちゃんと覚えて伝えてくれたようだ。ちなみに、左の席にはフラウが座っていて、向かい側にはセレスティア達が座っている。ロッカは外で待機している。入ろうと思えば入れるだろう。でも人が多い部屋だし、遠慮したんだろうね。

 それよりも、僕らは当たり前のようにこの城に泊まることになっているけど、使用人たちは何も思わないんだろうか。

 僕が席に座ったのを確認して、一番最初に声を掛けて来た男が言葉を続ける。


「謁見の時に一度顔は合わせただろう?自己紹介が遅れたが、俺はカレジャス。第一王子だが………正直、あまりこの立場に興味はない。一人の戦士として接してくれた方が助かる」

「………なるほど。そういうなら」


 第一王子がそれで良いのだろうか………まぁ、僕が心配することじゃないけど。多分だけど、騎士としての気が強いんだろう。ディニテもそっちよりの気がするけど。

 カレジャスが名乗ったのを見て、隣に座っていたもう一人の男も自己紹介を始める。


「僕はシュティレです。第ニ王子なんですが………僕もあまり王位を継承したいとは思っていなくて。ですので、気軽に話して頂いて構いません」


 僕は頷く。でも、二人の王子が揃いもそろって王位を継ぐつもりなしとは、少々驚きが強い。っていうか、さっきから気になっていたけどカレジャスのその傷はなんだい?腕を包帯に掛けている訳じゃないから、骨折とかはしていないんだろうけど。

 並べられた料理を食べながら少し傷を見ていたら、それに気付いたカレジャスが声を掛けてくる。


「ん?この傷が気になるか?」

「………まぁ。いくら戦士気質とはいえ、君は王子だろう?そんな傷を負うことあるとは考えずらいんだけど」

「まぁ、普段はないが………一応、騎士団所属なんだ。可能性はある」

「騎士団………なるほどね。でも、僕が眠ってた数時間の間にそんな傷を負う程の任務に行ったのかい?」


 僕としては、そっちの方が気になる。普通に動けているし、重傷ではないのは分かっているけど、何故数時間でこうもボロボロになれるのか。そもそも、普段はないって言ってるから無茶が常って訳でもないだろうし。


「いや。父上が訓練と評して、騎士団を蹴散らしたからだな」

「………えぇ?」


 何がどうしてそうなったのか全く理解できないよ。それに対して、セレスティアが苦笑を浮かべて話し始めた。


「お父さま、シオンさんが部屋に入った後、「腕の調子を確かめる」と言って城下町の闘技場に街にいる騎士団の方々を集めたんです。それで………」

「え………?まさか、騎士団全員が相手して負けたのかい?」

「………まぁ、そういう事だな」


 あの王様、只者じゃない。騎士団の人数は詳しく知らないけど、この規模の街だ。少なく見積もっても50人以上はいるだろう。僕も出来ないことはないけど、あの人は純粋な人間なはずだけど。

 というか、王様が城下町の闘技場なんかで直々に騎士団を蹴散らしても良いのか。普通に伝説として語り継がれるような出来事だと思うんだけど。


「それ、話題にならないかい?」

「勿論、城下町はその話で持ち切りですよ。お父さまに左腕が戻って来たって」

「え、そっち?」


 もっと話題にすることがあると思うんだ。僕が少しだけ驚いたような声を出すと、今度はシュティレが話し始める。


「父上は、まだ僕たちが生まれるよりも前に同じことをしているので。その頃は左腕が残っていた頃だったそうですし、今回父上に左腕が戻ってきたことは、民にとって伝説の再来なんですよ。戦王の復活だ、と」

「………」


 あの人、僕が思っていた以上にとんでもない猛者だったようだ。強いとは思ってたけど、そんな言葉じゃ済まされない。戦王なんて、とても普通の王に付けられるような異名じゃない。


「後、お父さまの鋼鉄の左腕を接合したのが誰なのかというのも、大々的に民に広げていましたね」

「いや、ちょ………」


 それはまずい。思わず食事の手を止めてしまった。というか、何故わざわざそんなことをしたのだろうか。自画自賛のようになってしまうけど、完全に切断された身体の一部を繋ぐことが出来るような人間は、この世界で僕だけだろう。というか、何十年も前に失った部位を繋ぐなんて前世でも有り得ない。

 一応、機械の義手だったかで似たような鉄で出来た腕を繋ぐことは出来るらしいけど、本来の腕と遜色ない動きをするのはまだまだ先になるだろう。

 当然、そんな有り得ない。不可能を可能にしたという話が出回れば話題になる。つまり、僕の事を耳にする者が増えるという事だ。


「………厄介な事になりそうだ」

「そうですか?私は、シオンさんを尊敬する人や、感謝する人が増えると思いますけど………」

「出過ぎた杭は打たれるって事だね。有名になるってことは、良いことばかりじゃないんだよ。それは君たちも良く知ってるんじゃないかな」

「………そうですよね」


 セレスティアが申し訳なさそうに、顔が少しだけ暗くなる。君のせいじゃないんだけどね。


「………とはいえ、父上の考えていることも分かる」


 カレジャスの言葉にシュティレも頷く。多分だけど、僕も分かる気がするよ。


「十中八九、外堀を埋めたかったんだろうな。あんたの事は遠くから招いた稀代の錬金術師だと紹介していた。この国の発展には民の尽力も勿論あるが、何より俺達の国が誇る研究機関ヴァニタスが発明した技術や兵器によるところが大きい」

「ヴァニタスの半分以上が錬金術師ですからね。実は僕もヴァニタスの所属なんですよ」

「………あぁ、なんとなくそんな気はしてたよ」


 初めて見た時から、シュティレからは知的というか、研究者気質な雰囲気を感じていた。カレジャスが騎士団なら、シュティレはもしや………と思ったけど、間違いじゃなかったらしい。


「それに、この街が所有してるのはヴァニタスだけじゃありません。新たな発明や、発見をヴァニタスが行い、それを量産するための錬金術機関クレア―テもあります。数々のマジックアイテムに、魔術的な素材や兵器、武具などの保有量は、間違いなくこの国がトップでしょうね」


 何となく、ディニテが僕に興味を持ったと言っていた意味が分かったかもしれない。この国の発展の様子を考えるに、間違いなく錬金術が大きな貢献をしているはずだ。多分だけど、そのことはこの国じゃ当たり前の歴史になっていて、この国での錬金術師の地位はそれ相応に高い物であると思われる。

 錬金術師のハードルは高い。元素や原子と基本的な物はもちろん、その物体や事象に存在する要素を知らないといけないから。その組み合わせと数は計り知れないし、それらを理解するだけでも困難だ。それに、研究はほぼ手探りだしね。

 そうやって研究を続けて、やっと本質に辿り着ける。けど、その本質だってただの通過点でしかない。その本質を理解したうえで、どうすれば新たな要素が生まれるのか。そして新たに生まれた要素がマジックアイテムだったり、新薬という研究結果に変わっていくんだ。

 勿論、新たに生まれた要素から、新たな本質が生まれることもある。僕らの研究に終わりはないってことだね。


「………なるほどね。つまり、この国は優秀な錬金術師を常に求めているわけだ」

「そうなります。僕もシオンさんの話を初めて聞いた時は信じられませんでしたが………いざ目の前で奇跡を見せられると、尊敬以外浮かびません」

「お父さまは、どうしてもあなたの知識と能力を欲しているみたいなんです。腕を繋げて欲しいと言ったのも、その為だと思います」


 確かに、僕はこの国について良く知らないと言った。けど、ディニテはその決断に関するあれこれに干渉しないとは言っていないしね。最初から全部予想していたんだろう。

 多分、この国での僕という存在の価値の高さを認識させるための事なんだと思う。国民からの期待が大きくなると同時に、僕にはそれだけの民に認めてもらえるだけの価値があるという事を認識させれば、僕がこの国に所属することを悪いようには思わないと思ったんだろう。


「その様子だと、あんたも全てお見通しか。まぁ、そう簡単に策にハマるような人じゃないって言うのは、聞いた話からは分かっていたけどな」

「ほぼハマりかけだけどね。実際、国民から寄せられる期待が大きくなってしまったのは事実なんだし」

「………シオンは、どうしたいの?」


 ここまで黙って料理を食べていたフラウが話しかけてくる。まぁ、そうだとしても答えは変わらないけど。


「まぁ、答えは変わらずかな。まだ分からないよ。僕は人に尊敬されたいと思ってるわけじゃないからね。認められるのは勿論嬉しいけど、常に羨望の目を向けられるのは疲れることも多いだろうし」

「………そう」

「まぁ、どうなっても君には付いて来てほしいんだけど………どうかな?」

「………私も、シオンと一緒にいたい」


 その言葉を聞いて安心したよ。これで、場合によっては一緒に暮らせないって言われたら、それなりに迷っていたと思う。彼女が僕に良く懐いてくれているように、僕もかなりフラウを溺愛していたのかもしれないね。まぁ、この世界では人との繋がりは貴重だし、可愛がれるなら可愛がっておくに越したことはないだろう。


「………妹よ。たまには兄に甘えてもいいんだぞ」

「突然何を言ってるんですか!?もうそんな歳じゃないです!」


 そういうけど、フラウは一つ違いなんだけどね。まぁいいや。そんな感じで、割と騒がしい夕食となったけど、僕はとても楽しんでたと思う。最初こそどうなるかと思ったけど、これはこれで、案外悪くない。





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