第14話

 やっぱり来たね。正直、絶対に言われるだろうとは思ってた。寧ろ、ちょっと遅かったなってくらい。でも、正直まだ答えが決まっていないって言うのが僕の意見だ。

 確かに、僕の王族のイメージが大きく異なってたのは事実だ。でも、僕はこの国について知らない。文化や国民性。それに、ヴァニタスの人にもまだ会っていない。

 アズレインはこの街に住む必要はないと言ってないけど、この街の所属になる以上は街に滞在することも多くなるはずだ。

 僕にとしては、今も友人程度の付き合いを続けたいと思っているところが大きい。この街までの移動時間を考えると、色々と大変だし。


「………申し訳ありません。まだ、その言葉には頷けません」

「………そうか。我がどうしても、と頼んでもか?」

「私にはまだ、この街の事を詳しく理解できていません。この国が良い国だという事は分かりましたが、逆に言えばそれだけです」

「そうだな………」


 ディニテが大きくため息を付く。気を悪くしてしまったかと少しだけ不安になったけど、ディニテは言葉を続ける。


「だが、この国の事を詳しく知れば、我が下に来るのも考えてくれる。という事だな?」

「そう、ですね」

「うむ。ならば仕方ないだろう。願わくば早めに汝には我が傘下に加わってほしかったが、無理強いは出来ん。気が変わったら、いつでも言うといい」

「ありがとうございます」


 僕は頭を下げる。心が広い方で良かった。この場で気が変わってやっぱり処刑なんて言い出されたらどうしようかと思ったよ。折角新しい友人を得たのに、いきなり失ってしまうと悲しい。


「改めて、腕の件は感謝する。それと、汝が個人的にセレスティアと交誼を結んでいることも聞いている。遠慮なくいつでもこの城を訪れると良い」

「………ありがとうございます」

「我の話は以上だ。此度は来てくれて感謝する。下がってよい」

「はい、失礼します」


 僕は頭を一度下げて、そのまま部屋の外へ向かう。かなり緊張したけれど、終わってみれば案外大丈夫だったね。

 僕は王の間を出る。さて、休憩室はこっちだったね。僕が大きな階段を下りて一回に向かっている時、後ろからバタバタとした足音が聞こえる。


「シオンさん!」

「おや。セレスティア………様」


 僕がここが会食の場じゃない事を思い出して慌てて敬称を付けると、僕の近くで止まったセレスティアは笑みを浮かべる。


「ふふ、大丈夫ですよ。私とあなたは友人でしょう?今更改まる必要はありません」

「そうか………それで、どうしたのかな?」


 結構慌てた足音だったから、何か急ぎのようでもあるのかな。ディニテを見て何か作ってほしいってことなら、内容にもよるけど。


「いえ、シオンさんはまだこの国の事について良く知らないんですよね?」

「うん、そうだね」

「でしたら私が今度、この街を案内します。シオンさんには、この国の事について良く知ってほしいんです」

「………え?不味くないかい?」


 何言ってるんだろうか。普通に駄目だろう。王女様が顔も知られてない錬金術師と街を歩くなんて、僕が何を投げられるか分からない。村では石だったけど、今回は下手すれば凶器が飛んできかねない。


「大丈夫です。私は良く街に出ますし、皆さんも話も聞かずにあなたに突っかかるような方ではありません」

「………本当に?」

「………冒険者の方は、ちょっと保証出来ないですけど」


 あぁ、だと思った。彼らは全員がこの街の住人って訳じゃないからしょうがない。戦いを生業にする中では、冒険者は稼ぎやすい仕事だ。つまり、実力があって欲深い人間がそれなりに多い。どことも知れぬ男がこの国の第三王女と歩いていたら、気に入らないと思う者も多いだろうし。


「………で、ですけど、一人でこの街を見て回るより、私が一緒にいた方がこの国について深く理解していただけると思うんです」

「ふむ………」

「………では、友人として一緒にお出かけ、という理由では駄目でしょうか?」

「………」


 そっちの方が不味い気がする。僕と彼女が友人だとは言え、それは個人間の話だ。周りがそれを認めるかは別の話だし、僕としてはいらないトラブルは避けたい。

 悪いけど、ここは遠慮しておこうかな。


「………」

「………」


 とは思ったのだけど、そんなに悲しげな顔をされると困る。


「………そうだね、分かったよ。けど、護衛の一人くらいは用意しておいてくれ」

「本当ですか!?ありがとうございます!」


 まぁ、仕方ない。寧ろ、ここで僕がセレスティアに悲しげな顔をさせてたなんて噂が広がった方が困る。折角ディニテとの謁見が終わったのに、今度は圧迫謁見が始まってしまう。

 ちなみに、護衛を用意してほしいと言ったのは彼女の身の安全………なんてことはない。彼女が襲われるなんて滅多な事でもない限りはあり得ない。寧ろ、何かトラブルがあった時の僕の保険だ。護衛が一人いれば、トラブルが起こっても対処してくれるだろうからね。


「ところで、今は何時か分かるかな」

「え?そうですね………大体四時くらいでしょうか」

「なるほどね。今からヴァニタスの人たちと会うには遅い時間か」


 ちょっと時間を使いすぎたようだ。その分有意義だったから後悔はないし、多分数日は泊まると思っていたから問題はない。早めに会ってみたいのは事実だけど。


「そうですね………まだ間に合うでしょうけど、ゆっくり話す時間はないと思います」

「だろうね。日を改めて行くとするよ」

「はい………ところで、泊まる宿などは決まっていませんよね?」

「もちろん」


 当たり前だ。僕らはこの街に着いてまっすぐこの城まで来たんだから、宿の予約なんて取れている訳が無い。それも含めて、今日はヴァニタスの件は諦めようと思ったわけだしね。


「でしたら、この城の客室に泊まっていきませんか?お父さまからも、既に許可は得ています」

「………君、行動力の塊だって言われたことないかい?」

「あ、よく言われます」


 誇ったように言うセレスティア。まぁ、行動力があるのは良いことだ………いや、そういう事じゃないんだけど………もういいや。


「………じゃあ、お言葉に甘えようかな」

「そうしていただけると嬉しいです。では、休憩室に行きましょうか。フラウちゃんとロッカさんを迎えに行くんですよね?」

「うん。そろそろ待ちくたびれてるかもしれないし」


 彼女は決まって僕が研究室から出て来た時、「お疲れ様」と声を掛けてくれる。でも、その顔が少しだけ嬉しそうなのを、僕は気付いていた。


「仲が良いんですね。羨ましいです」

「そうかい?あの子は口数が少ないけど、案外人懐っこいから話してみればすぐに打ち解けると思うよ。君は人を惹きつける魅力があるみたいだしね」

「………あ、あれ?」


 僕がそういうと、彼女は困ったように声を上げる。あれ?って言いたいのは僕だけど。


「えっと………フラウさんとも仲良くしたいのはそうなんですけど………私はあなたと親睦を深めたいという意味で言ったのですが………」

「あぁ、なるほど。僕は既に仲が良いと思ったから気付かなかったよ」

「あ、いえ。仲が良いのは間違いないんですが………………うーん。シオンさんって、良く鈍感だと言われませんか?」

「………?いや、ないけど」

「そうですか………」


 彼女は納得のいかない顔をする。僕が悪いのかな?なにか悪いことした覚えはないんだけど。


「そうですね………親友になりたいって言えば分かりますよね」

「あぁ、なるほど。まぁ、僕もそう思ってるよ。でもフラウは親友っていうか………」

「………妹、ですよね………」

「うん。そうだね」


 セレスティアが苦笑する。いや、こればっかりは仕方ないだろう。それに、彼女からもその言葉が出てくるってことは、少なからずそういうイメージが彼女にもあるってことだし。


「でも、それはそれで羨ましいですけどね。シオンさんみたいな方が兄にいたら、きっと退屈しないでしょうし」

「そうかな?」

「そうですよ。それに、兄妹なら気軽に頼れるじゃないですか。シオンさんが出来る事を考えたら、気軽に頼れる立場ってとても貴重だと思います」

「………まぁ、それはそうかもね」


 確かに、友人や知人と言った関係よりも兄妹みたいな近い関係の方が頼りやすいのは事実だと思う。僕は人並み以上に特技は多いし、そういう意味ではフラウの立場を羨む人が出てきても不思議じゃないのかな。

 彼女は気軽に僕を頼るようなことはないけど。もっと頼ってくれてもいいんだけどね。


「とにかく、休憩室に戻ろうと思う。ここで話していてもいいんだけど、フラウを待たせたら悪いしね」

「分かりました。では、行きましょうか」


 僕とセレスティアは歩き出す。道は一度で覚えてるし、広いとはいえ迷うことはない。というか、広い道が長く続いているだけで、迷路みたいに複雑に入り組んではいないからね。少なくとも、僕が歩いてきた道はだけど。

 そうしてしばらく歩くと、目的の扉が見えてきた。部屋の前にはロッカがいて、僕らに気付いて手を振って来る。


「ふふ。とても愛嬌のあるゴーレムですね」

「そうだね。まぁ、無邪気な子供くらいに思ったらいいかもしれないよ」

「なるほど………」


 少なくとも、僕の中のイメージはそんな感じだ。頼れるアシスタントって面もあるけどね。僕らが扉の前に来て、そのまま扉をノックする。


「………シオン?」


 フラウの声が中から聞こえて、僕は扉を開く。彼女の近くにはメイドがいて、僕らを見ると一礼する。


「セレスティア様もご一緒でしたか。お疲れ様です」

「えぇ、あなたも。案内は私が引き継ぎますから、あなたは下がって大丈夫ですよ」

「承知しました。それでは、私はここで」

「………うん、ありがとう」

「いえいえ、ではまた機会があれば」


 そういってメイドがにこりと笑い、部屋を出て行く。退屈しているかと思ったけど、あの人が話し相手になってくれてたみたいだね。退屈してなさそうで良かったよ。


「退屈はしなかったみたいだね。良かったよ」

「………うん。でも、あなたが帰って来てくれて嬉しい」

「それは嬉しいね。後、今日はこの城の客室を貸してもらえることになったんだけど、大丈夫かい?」

「………え?」


 うん、そうなるよね。僕だって突然聞かされたら同じ反応をするよ。


「折角ですし、シオンさん達とはもっと仲良くなっておきたいんです。良ければ、泊まっていってくれませんか?」

「………シオンはそれで良いの?」

「僕としては問題ない。けど、一応君にも聞いておこうと思ったんだけど………」

「………シオンが良いなら、私もそれで良い」


 フラウがそういって立ち上がる。まぁ、君ならそういうと思ったけどね。もう少し我儘を言っても良いんだけど………あぁ、でも今回フラウが我儘を言うと、僕はフラウの我儘とセレスティアの頼みに板挟みになるのか。それは困るね。

 セレスティアはそんなフラウに苦笑を浮かべながら声を掛ける。


「あはは………何もかも突然ですみません」

「………明日も、シオンと話すんだよね?その間、さっきのメイドを呼んで欲しい」

「分かりました。約束します」


 随分と仲が良くなったみたいだ。彼女は中々友達が増えないから、こうやって話したいと思える人が増えるのは良いことだね。うん、親の気持ちだ。兄だけど。

 まぁ、とりあえず泊まる部屋に案内してもらおうかな。今日は色々な事があったし、結構疲れがたまっている。少しだけ仮眠を取りたいと思っていた所だし、丁度いいだろう。


「じゃあ、今日僕らが泊まる部屋に案内してくれるかな?今日は色々あったからね。ちょっと休みたいんだけど」

「そうですね。では、私に付いて来てください」

「フラウ、行こう」

「………うん」


 フラウが頷く。セレスティアに続いて僕らは部屋を出て、そのまま外で待っていたロッカも一緒に城を歩いていく。そのまま大きな階段を上って二階に上がり、廊下を歩いていく。そして、廊下の途中にあった大きな階段を再び登って三階へ。

 迷う程ではないけど、やっぱりかなり広いね。ここまでで推定十分ほど。屋内を十分も移動する事って、この時代だと中々ない。


「この部屋は客室や、私の部屋があります。シオンさん達が泊まる部屋は、なるべく私の部屋に近い所にしてもらったので、何かあれば遠慮なく来てください」

「いや、無理だよ」

「な、なんでですか………?」

「君、よく天然だって言われない?」

「言われたことないですよ!?」


 おかしいな。絶対の確信があったんだけど。普通に考えて無理だよ。普通の人じゃなくても無理だ。第三王女の部屋を訪ねるなんて、恐れ多いって言葉じゃ表しきれない。

 そんな下らない会話をしていると、セレスティアが扉の並んだ廊下の前で止まる。


「ここと、反対側にある部屋がお二人の部屋です。流石にロッカさんには用意が出来なかったんですが………」

「!」


 ロッカが気にしないでと言うように手を振る。まぁ、その辺は自分が一番理解しているだろうし、彼はそういった点で文句をいう事はない。立ちっぱなしでも苦痛に感じない肉体だし、そんなに気にすることもないしね。


「それじゃあ、いつもみたいに部屋の外で待機していてくれるかな?一応、必要はないと思うけど見張りも欲しいしね」

「………まだ、完全には信用できませんか?」

「いやいや。ただ、僕の噂を聞いた変な輩が出てくるかもしれないだろう?君の事は疑っていないよ」

「それなら良かったです。私の部屋はこの廊下の一番先にありますから、本当に遠慮しないでくださいね」

「ははは………」


 無理だって。僕は曖昧な笑みを浮かべて、部屋に入る。広いのもそうだけど、家具もかなり豪華だ。とても雰囲気が良いと言えるけど、僕にとってはあまり重要じゃない。僕はまっすぐベッドに向かって寝転がる。羽毛のベッドは柔らかく僕の体を包み込み、疲れていた僕はすぐに睡魔に襲われる。そのまま僕は目を閉じて、睡魔にあらがうことなく眠りに着くのだった。






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