第12話
アズレインの案内を受けて十数分後。城に入った僕らは、両開きの大きな扉の前にいた。
「こちらでセレスティア様がお待ちです」
「………もう一度確認しておくけど、本当に大丈夫なんだよね?」
「はい。それは保証します」
「………シオン、覚悟を決めよう」
フラウがそういって僕のコートを掴む。いや、君の手も震えてるけどね。僕らがギリギリまで渋っていた時、ロッカが扉を開いた。
「ちょ………」
「———————ふふ、お待ちしていました」
開かれた扉の先で、透き通る綺麗な声が響く。広い部屋の中には大きな四角の机があって、その上には沢山の料理が乗せられている。そして、その奥には薄めのブロンドヘアを派手過ぎない髪留めでポニーテールにまとめた長髪の美しい少女が僕らを見て笑みを浮かべて席を立つ。
服は王族というに相応しい白と赤を基調としたドレスだった。けど、良く想像するような重々しいようなドレスではない。どちらかと言えば、動きやすそうな工夫が凝らされている薄めのドレスだ。
「お初にお目にかかります。私はシオンと申します、以後お見知りおきを」
「えぇ、聞いています。とても聡明で博識な錬金術師なのだとか。実は私も錬金術を少々嗜んでいて、お話を伺える日を楽しみにしていました」
「おや、そうだったのですね」
正直、かなり意外だ。錬金術士って言うのは、この世界でのイメージを前世で例えるなら科学者のような物だ。実際にやってることは、錬金術で特殊な薬の調合や、マジックアイテムの錬成。他にも、何かの物質からこの世界の要素を解析して様々な未知を解明する、とかね。
言葉で言うと簡単そうだけど、勿論そんなわけない。『権能』の五人が辿り着けなかった研究だ。簡単に言うなら………数億、数兆の物質がある中で、それをマニュアルや参考書なしで自由に組み合わせて、新たな性質を生み出せる組み合わせを見つけ出す。そんな研究だ。途方もない時間と、試行錯誤が必要になるし、中には危険な組み合わせだってある。
毒が生まれることもあるし、場合によってはその場で爆発なんてこともあり得る。融合の前には、組み合わせる物の性質をよく理解して、融合することによってどういう反応を起こすのか予想を立てる必要があるんだ。
とてもじゃないけど、一国の王女様がやっているイメージなんて湧かなかったんだけど。
「えぇ。後、お話は聞いています。ここに来るまでに、黒竜に襲われたのだとか。差し支えなければ、そのお話も聞かせていただけませんか?英雄譚には、昔から憧れがあったんです」
「英雄譚という程でもありませんが………」
「いえいえ、ご謙遜なさらずに。あなたの活躍は聞いていますよ。後、今回は私的な会食です。身分など気にせずに、気軽に口調を崩してくださって構いません」
その言葉に、少しだけ迷う。でも、相手が良いと言ってるし、慣れない言葉遣いをしてどこかで間違っていたら、相手にとってはそっちの方が気になるかもしれない。なら、お言葉に甘えて普段通りに話した方がいいと判断した。
話そうとした時、後ろから扉が閉まる音が聞こえる。アズレイン、どっかいったね。もう少し居てくれてよかったんだけど。
「じゃあ、このまま喋らせて貰うけど問題ないかな?」
「もちろんです」
そういってにこやかに笑う彼女は、王族だとは思えない親しみやすさを感じた。喋り方にも気品を感じるんだけど、相手に威圧感を与えない友好的な言葉遣い。本当に育ちが良いのだと分かる彼女は、ハッとしたように声を出す。
「あ、すみません。私も名乗っていませんでしたね。私はセレスティア・カヴァリエーレ。この国の第三王女です」
「え?」
「………?どうかしましたか?」
「いや、姓が………」
王国って、名前そのものが王族の名を持つんじゃないのか?僕はフォレニア王国と聞いていたから、王族もフォレニアっていう姓を持っているのだと思っていた。
「ふふ、なるほど。確かに、初めて聞いた人には不思議かもしれませんね。その話は長くなるので、まずは席に座ってください」
「じゃあ、失礼して」
「………」
僕とフラウが席に着く。前に並べられた多くの料理は出来たてのように湯気を放っている。なるほど、皿がマジックアイテムみたいだね。
僕らが席に着いたのを見て、セレスティアが話し始める。
「まず、私の血筋についてですね。フォレニアというのは、姓名ではありません。初代国王は、元々姓名を持たなかったのです」
「………貴族や王族じゃなかったってこと?」
「はい。初代国王は元々ラフアル王国の騎士でした。そして、ラフアル王国はある日、隣にあったフィリミス王国と戦争を始めたのです。ですが、昔は魔法も兵器も発展していなかった時代。戦争は長引き、最終的には消耗しきった両国は滅亡の道をたどりました」
救いがないね。誰も幸せになっていない。流石にそれは、両国の主導者が能無しだったとしか思えないけど、恐らくそうなんだろう。
「互いに主導者を失い、道に迷った者達で溢れたとき、初代国王となるフォレニア様が立ち上がり、両国の民を纏め上げたのです」
「へぇ………」
「初代様は両国の因縁を下らない物と評しました。国が滅亡し道を失った今、互いに手を取りあい、一致団結することが大切だと。彼の熱い演説に民は心を打たれ、次第に彼を中心に国を形成しました。それが、私達のフォレニア王国の成り立ちです」
随分とやり手だね。互いに戦争をしていたはずなのに、その因縁を消し去り、一致団結させるなんて。人によっては、漁夫の利だと言う人もいるかもしれない。と寧ろ、やってることは間違いなくそうだろう。でも、僕はそれが悪いことだとは思えない。
両国の主導者が愚か者だった以上、彼らには真の主導者が必要だった。彼の行いは間違いなく沢山の人を救ったはずだし、それによってフォレニア王国は大国になって、今は更に多くの人の拠り所となっている。間違いなく、彼は民を守る騎士に相応しい人物だったのだと思う。
「じゃあ、君の血筋は元々騎士だったんだね」
「そうですね。この国の血筋よりも重要なのは能力だという考えは、私達の血筋が元々貴族ではなかったことに由来します。例え高貴な血を継いでいても、能が無ければ破滅をもたらします。逆に言えば、平凡な血筋であろうと優れた能力を持っていれば、国を救うことだって出来るのです」
「………まぁ、間違いじゃないね。珍しい考え方だとは思うけど」
「えぇ。成り立ちが特殊なので、他国にあまり受け入れられることはありません。でも、私達はこの国の歴史に誇りを持っていますし、絶対に間違いではないと自信を持って言えます」
彼女ははっきりと告げる。その言葉には一切の淀みはなく、本当にこの国を愛しているのだろうと言うのが分かる。僕としても、その考え方は好きだ。
血筋で運命が決まるって言うのは僕も納得できないだろうし、誰にでもチャンスがあるって言うのは良いことだと思う。
僕らがそんな話をしている時、フラウは既に食べ始めていた。うん、君には興味が無いよね。仕方ない。
「僕もその考え方は好きだよ。本来活かされるべき能力が日の目を見ずに朽ちていくなんて、勿体ない事この上ないからね。努力と才能へ平等にチャンスを与えるこの国は、間違いなく素晴らしい国なんだろう」
「そう言っていただけると嬉しいです。それでは、今度はあなたの事について聞いても良いですか?」
「………まぁ、答えられることならね」
彼女がゆっくりと微笑んで頷く。なるほど。確かに聖女と呼ばれるに相応しい暖かい笑顔だ。
「勿論です。では、まずは………」
そういって、彼女は僕に色んな質問をする。錬金術の事だったり、今までどんな生活を送っていたのか。フラウとの出会いや、ロッカを作った時の話。僕が今まで倒したことのある魔物についても聞かれたし、魔法の事も聞かれた。後は、あの黒竜の事についてもね。勿論、僕がニルヴァーナを従えていることは、彼女の耳にも入ってたみたいだ。けど、彼女はニルヴァーナの事について聞くんじゃなくて、その戦いぶりと謎の黒竜についての僕の見解を聞いてきた。
彼女が聡明な頭脳を持つと言われている所以が分かった気がする。さっきから、答えられない程度ではない質問で、確実に僕の情報を聞き出している。それらは僕の正体を暴くものじゃなく、間違いなく僕がどんな人物なのかを見定める質問だ。
「なるほど………黒竜の正体は不明ですか………」
「あぁ。でも僕が見た所、あの竜が纏っていた光には心当たりがある。ほぼ間違いなく、あれは邪竜の力だ」
「邪竜の………?まさか、その黒竜は邪竜ファフニールなのですか?」
「いや。それは違うと思う。確かにかなり強い竜種だけど、伝説に出て来た竜ほどじゃない。そもそも、ファフニールは間違いなく死んでいるからね」
それに、僕の記憶にあるファフニールの姿とは似ても似つかない。黒竜というのは一致するけど、それだけだ。
「ですが、あなたも本来の姿とは違う形でニルヴァーナを従えているのですよね?であれば、ファフニールが同じ形で復活している可能性はないのですか?」
「ふむ………確かに、その可能性は考えてなかった。でも、命を吹き込む術は僕が生み出した秘術だ。仮にファフニールの魂がどこかに眠っていたとして、肉体があっても命が無ければ生命としては活動できない」
「そうなんですね………そう考えると、あなたの秘術はとても凄いです。かつて死んだはずのニルヴァーナを、再び空へと羽ばたかせることが出来るのですから」
彼女が何の疑念も持たずにそういうのだから、僕は少し目を丸くしてしまった。
「おや。てっきり、不気味だと言われるかと思ってたんだけどね」
「まさか!とても神秘的で、素晴らしい秘術だと思います。あなたはその力の使い方を間違えていませんし、命の力を使うからこそ、生命の尊さと尊厳を理解しています。あなたのような考え方をしている方がその力を持っているのなら、恐ろしく思うことはありません」
「………そう言ってくれると嬉しいね。僕のやっていたことが間違いじゃなかったと認められると、自信につながるからね」
それも、この王国の第三王女に。多分、第三王女直々に僕の研究成果を認められるなんてこと、本来はあり得ない事なんだろうけど。
彼女が聡明だと分かるからこそ、彼女に確信をもって言われることは僕の自信に繋がるんだ。
「良ければ、今後とも長くお付き合いできると嬉しいです。あなたの錬金術の知識と、命に対する考え方はとても勉強になりました。それに、あなたが他人へ当たり前に向けることが出来る優しさは、この世界ではとても珍しいです。私は、あなたと友好な関係を続けたいと思っています。第三王女としてではなく、私自身として」
「おや、奇遇だね。それは僕もだよ。確かに、君が国民に愛されてるっていうアズレインの言葉に納得できるよ。その聖女と呼ばれる温かさと、聡い頭脳は僕も関心を持っている。今後とも仲良くしてくれると嬉しいけど………」
正直、それは難しいだろう。僕と彼女では身分が違いすぎる。友人となるには、少し付き合いにくいと思うんだけど。
「心配しないでください。私も個人的な友人を、客人として招くことが出来るくらいの権力はあります。もしあなたさえ良ければ、今後ともこの城を訪れてくれませんか?」
「………まぁ、君が良いって言うのなら、今後ともよろしく頼むよ」
こうして、僕は新たな友人を得た。いきなり身分的にかなり上に人物だけど、こういった人物と繋がりを得ることが出来たのはとても嬉しいことだ。
勿論、コネとかそういう意味じゃない。ただ単に、本来得ることが難しい縁を得ることが出来たことが嬉しいってだけだ。
「はい!よろしくお願いします!」
そういって微笑む彼女は、本当に聖女のようだった。
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