第11話

 二体の戦いが行われている時、飛空艇はその場から動かずに戦いを見守っていた。その時、遥か上空で巨大な爆発が起こる。白竜が黒煙を見据え、その黒煙からは黒竜が出てくる。しばらく両者が睨み合いが続いていた。しかし、黒竜が突如として去っていく。私からはすぐに見えなくなったように見えたが、白竜はしばらくそちらを見ていた。

 その後、白竜はこちらに向けて急降下してくる。それを見た私は一瞬だけ戦慄したが、白竜が船をすれ違いざまに体から光の球体を放ち、それはゆっくりと船の上に降りてくる。

 そして、光の中から出て来たのはシオンさんとフラウさんだった。


「大丈夫かい?」

「う、うん………」


 フラウさんはシオンさんに抱えられ、控えめに返す。そして、シオンさんがフラウさんを降ろし、こちらを見る。


「そっちは大丈夫かな?」

「えぇ………よくぞご無事で」

「まぁ、久しぶりに焦ったけどね。何はともあれ、ひとまず危機は脱したみたいだ」


 そういったシオンさんの背後で、白竜が大きな光の翼を広げるのだった。










 僕らが戻ってきた後、アズレインや船員たちはとても驚いた顔をしていた。まぁ、それも仕方のないことだろうけど。その時、周囲に影が差すとともに背後から小さな風が僕を撫で、僕はゆっくりと振り返った。


「うん。お疲れ様、ニルヴァーナ」

「………」


 そっと顔を僕の方に突き出してくる白竜は、その名をニルヴァーナと言った。ゆっくりと近付いてくるニルヴァーナの顔に、フラウが少しだけ怯えたように後ずさる。けど、僕は目の前に来たニルヴァーナの顔にそっと手を添えて、そのまま撫でる。

 そんな僕に、ロッカとアズレインが近付いてくる。


「シオンさん。今、ニルヴァーナと言いましたか?」

「そうだね」


 僕はニルヴァーナを撫でながら答える。けど、その言葉に驚いたのはアズレインだけでなく、他の船員やフラウもだ。


「それは………あの伝説の天竜ニルヴァーナで間違いないのですか?」

「どうだろうね。そうかもしれないし、違うかもしれない。僕が伝説に憧れてその名を付けただけかもしれないよ?」

「………誤魔化しても無理ですよ。その翼を見て、違うと言い張るつもりですか?」

「分かってるなら、わざわざ聞かなくていいじゃないか」


 僕が苦笑しながら振り向いて、アズレインを見る。何故?どうやって?色々な疑問が浮かんでいて、それは僕の近くにいたフラウも同じだった。でも、当然僕がそれに答えることは出来ない。


「何故………」

「残念だけど、それは言えないんだ。それで今は納得してもらうしかない」

「そう………ですか」


 アズレインが諦めたように声を出す。でも、この竜に関しては僕の秘密の全てを秘めていると言っても過言ではない。

 まだ『権能』の五人が生きていた頃。五人は一体の竜を従えていた。その竜は『権能の使者』として、彼らを守る役目を担っていた。けど、突如として災厄を齎した邪竜ファフニールとの戦いで相討ちとなり、その亡骸は『権能』達によって天竜山の頂上に埋められた。

 この伝説は間違いじゃない。確かに、ニルヴァーナの亡骸は天竜山の頂上に埋められている。けど、その魂は違った。『権能の使者』であるニルヴァーナは、死後も彼らを守ろうとした。自身の魂を一つの石に変え、その石を基に彼らはニルヴァーナの新たな肉体を作り上げた。でも、それじゃ不十分だ。どれだけ魂と肉体があっても、そこに命はない。復活は叶わず、実験室の奥に大切に保管されていた所を、僕が受け継いだ。

 そして、僕は命を吹き込む術を手に入れた。仮初の命とは言え、生物として問題なく機能する命は、数百年の時を超えてニルヴァーナを復活させたんだ。


「………私、にも?」

「うん、ごめんね。でも、いつかきっと君には話す日が来ると思う。だから、それまで待っていて欲しいんだ」

「………分かった」


 フラウがゆっくりと頷く。申し訳ないとは思ってるけど、今は無理だ。

 その時、ニルヴァーナの体が光り、急速に収縮する。それは光の球となって僕の手に移動する。光が消えたとき、僕の手には白い球体が持たれていた。

 それをコートの中にしまって、再びアズレインを見る。


「それで、王都まではどれくらいだい?」

「………おおよそ三時間と言ったところでしょう。大分時間を使ってしまいましたし、すぐに出発します」


 そうして、再び船は進み始める。確かにかなり時間を使ってしまったけど、別に僕にとって急ぐ必要はない。あまり慌てる必要はないんだけど、彼にとっては重要なんだろう。

 とにかく、これ以上詮索されることはないみたいだから一安心………とはいかない。確かに、僕は彼らに明確な答えを返したわけではないけど、間違いなくそれに近い物を与えてしまった。もしかしたら、正体に気付かれてしまうのも時間の問題かもしれない。


「まぁ、そうなったらそうなったで考えればいいか」

「………?」


 今が良ければそれでよし。とにかく、あんまり深く考えても意味がないだろうし、僕は一旦このことを放置することにしたのだった。










 それから、約三時間後。僕らが船首から景色を見ていた時、前方に大きな町が見える。街の中心には大きな城があって、僕らはあれが王都なのだと確信する。


「あれが王都ヴァーミリアか。予想していたよりも大きいね」

「………すごい」

「!」


 前方に広がる街は、王都の名に相応しい威厳を放つ。大きいだけでなく、その精巧な作りと絶対性を思わせる堅牢な防壁がその権威を示していた。


「どうですか?我々の誇る王都は。とても立派でしょう?」

「あぁ、とても驚いたよ。話には聞いていたけど、実際に見ると壮観だね」


 この場合。話に聞いていたではなく、昔の王都の記憶に比べると、だが。『権能』が生きてた時代からこの王都は存在したはずだけど、僕の記憶にあるのはもっと小さな町の姿だ。その頃よりは絶対に大きくなっているのだろうとは思っていたけど、まさかここまでとは思わなかった。


「街に着いたら、まずは王との謁見………の予定だったのですが、恐らく今から謁見をするのは遅いでしょう。既に城で昼食を用意していただいているので、まずは食事にしようと思っています」

「待ってくれ。僕は王との謁見なんて聞いていないけど」

「すみません。こちらも最初に予定はなかったのですが、どうしても王が会いたいと襲撃が起こる前に連絡があったのです」


 僕は手すりに寄りかかり頭を抱える。ここで言う連絡とは、伝書などではなく、マジックアイテムを使った連絡だろうけど。僕は王と謁見するつもりなんてなかったんだけどね。

 それに僕が王と謁見する間、ロッカとフラウはどうするのだろうか。


「………まぁ、決まってしまった物は仕方ない。けど、僕が謁見している間フラウたちはどうするんだい?」

「流石にフラウさん達も一緒に、という訳にはいかないので待っていただくことになります。勿論、出来る限りのおもてなしはさせていただきますが」

「そうかい………」


 僕も早く休んで、『ヴァニタス』の人たちと会ってみたかったんだけどね。別に王様が嫌いなわけじゃない。でも、相手は自分とは立場も権力も遥かに上の存在だ。僕が下手をしようものなら、一発で罪人にされかねない。勿論、態度に気を付ければいいとは思っているけど、僕は正しい貴族や王族との礼節なんて学んでいない。『権能』達もそういった人間たちと関わることは滅多になかったから、僕の知識にもない。


「じゃあ、謁見する前に僕が貴族や王族への礼節を学んでいないってことだけ伝えておいてくれないかい?敬語は使えるけど、それ以上の礼儀って言うのを良く知らなくてね」

「残念ながら、私は戻ったら別の仕事がありますので………しかし、それならば昼食の際にセレスティア様にお伝えになったらどうでしょう?」

「ごめん、誰だい?」

「第三王女です」

「………」


 なんで?僕をそんなに追い詰めたいのかい?王との謁見だけでも不安だって言うのに、王女と食事の席を共にさせるなんて、君たちは正気なのかな。僕は今、王族への礼節を学んでないって言ったはずなんだけどな。

 ほら、フラウも表情が引きつってるじゃないか。


「正気かな?僕は王族や貴族への礼儀を学んでないって言ったよね?なんで第三王女様と昼食を一緒にしないといけないんだい?僕が無礼をしてしまったら、その場で首が切られるなんてことないんだろうね」

「勿論です。セレスティア様はおおらかな方ですし、あまり礼儀といった物を気にしない方ですので。そもそも、皆さんは部下や国民としてではなく客人として城に招かれていますので、そのようなことは例え王の前であってもあり得ませんよ」

「………まぁ、それなら」


 僕は少しだけ安心する。まさか、知らないうちに不興を買って死刑を言い渡されるなんてことになったらどうしようかと思ったよ。最悪逃げれないこともないけど、この国では生きにくくなってしまう。


「というか、なんで第三王女様と僕らが一緒に食事をするんだい?」

「………こちらも色々とあるのですよ」


 つまり答えられないと。僕も彼らに答えられないという回答を使ってしまっている以上、そう言われてしまえば僕も強くは言えない。


「………なるほどね。これだけは聞かせて欲しいんだけど、僕を貶めようとしたりしている訳じゃないよね?」

「誓ってそんなことはありません。それだけは保証します」

「ならいいよ。まぁ、出来れば遠慮したいんだけど」

「すみません。もう決まってしまった事なので………私自身、突然聞かされたので驚いています」


 アズレインが申し訳なさそうに頭を下げる。知らなかったという相手に頭を下げられてもどうしようもないし、そもそも怒っている訳じゃないから謝る必要もないけど。


「いや、怒ってる訳じゃないよ。ただ、ちょっと色々と不安でね」

「確かに、急に王と謁見することになれば不安になるのも仕方のないことですが、そこまで心配しなくても大丈夫です。王は能力のある人物を高く評価します。あなたほどの実力があれば、多少の無礼など気にもとどめないでしょう」


 僕は随分と過大評価されてるみたいだね。寧ろ、期待外れだから打ち首ってことになりそうで怖い。これでもし僕が死者すらも蘇生できるなんて誇張された話が出来てたらどうしようか。当たり前だけど、僕にそんな力はない。

 いや、死体を生き返らせること自体は出来るんだけどね。ただ、その者自体を復活させることは出来ないという事だ。


「一応聞いておくんだけど、僕の事について誇張した噂や情報を流したりしていないよね?」

「私は確証のある事実のみを報告しました。アルアの村の皆さんは、あなたの事をとても評価していましたが、中には予想や根拠のない噂の類もあったので、そういった物は省いています」


 彼が優秀な人物で本当に助かった。そうして、一抹の不安を抱いたまま、船は街へと降りて行った。













 飛空艇はそのまま白の付近にある大きな広場に降りる。そこには他にも沢山の飛空艇が並べられていて、その中でも僕らが乗っていた物は特に大きかった。やっぱり、最大級の物で迎えに来たというのは嘘じゃなかったみたいだ。


「それなりに量産しているんだね」

「我々の誇る最高技術であると同時に、唯一無二の飛行する兵器ですからね。飛空艇のおかげで、我々は戦争でも高い優位性を持っているのです」

「だろうね。けど、兵器としては初めてでも、兵士としては初じゃないよね?」

「その通りですね。しかし、竜騎士はとても育成にコストがかかるだけでなく、確実に育て上げることが出来る方法も確立されていないので、私達の優位性は揺るがないのです」

「確かに、それは間違いないだろう」


 竜騎士とは、その名の通り龍に乗って戦う騎士だ。正直、それ以上語ることなんてないんだけど、この飛空艇が現れるまでは唯一の制空権を支配する方法だった。でも、竜を育成するコストが高すぎるし、そもそも卵から育てても懐くことは稀だから、数が極端に少ない。それに比べれば、操縦士さえ育成すれば簡単に操ることが出来て、尚且つ同時に多数の人間を輸送することだって可能な飛空艇は、技術革命といっても良いだろう。この世界には、空への攻撃手段が前世に比べても多いから一強という訳ではないだけであって、多分それだけの対空手段を用意できるような大国でなければ相手にもならないだろうと言うのは予想できた。


「では、城に案内します。昼食は、一流のシェフが腕によりをかけて作った物を用意していますので、楽しみにしていてください」

「はは………そうするよ」

「………」


 同時に、その昼食は第三王女との会食という事でもあるのだけど。素直に喜ぶことが出来ない僕とフラウに、道を案内するアズレインが苦笑する。


「まぁ、お気持ちはお察しします。ですが、セレスティア様は本当にお優しい方です。我々のような部下だけでなく、国民にも広く愛されている正真正銘、聖人と呼べる方でしょう。中には、彼女を聖女だと評する者もいますからね」

「………随分と敬愛されているみたいだね」

「えぇ。それだけの人格者でありながら、王族としての威厳を兼ね備え、歴代最高峰と言われるほどの聡明な頭脳を持っているからでしょう。第三王女でありながら、王位継承者の第一候補に挙がる程ですから」

「え?王位継承者は王子じゃないのかい?」


 僕は少しだけ驚いた。僕の中じゃ、王位を継承するのは王子だというイメージがあったからだ。


「フォレニア王国は、王位を継承するのは当代の王に認められた者です。勿論、判断基準は簡単で、王位を継承した後、この国を更に発展させることが出来る見込みがある者に限られます」

「へぇ………じゃあ、セレスティア様は陛下からの期待も大きいんじゃないかい?」

「えぇ、そうですね。ですが、セレスティア様はその期待に押しつぶされることなく、自分自身を貫き通す強さも持ち合わせています」

「………随分と評価するね。君もセレスティア様が王位を継ぐ日を楽しみにしているのかな」

「勿論です。歴代で最も優れたという噂は、誇張でも何でもないと思っているので」


 随分と凄い人なんだな。あれ、その王女様と僕らは今から会食をするの?今からキャンセルなんて………いや、寧ろ失礼になりそうだ。まぁ、何事もないことを願うしかないね。

 僕は諦めたように空を見上げる。うん、いい天気だ。






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