第10話
僕らがアズレインの案内で飛空艇に乗り込んだ後、何事もなく飛空艇は空へと旅立った。僕は前世で飛行機に乗ったこともなかったし、フラウだって空の世界は初めてだろう。少し肌寒い温度と風が、一時的に今が夏だという事を忘れさせる。
「随分と高くまで登るんだね」
「空を飛ぶ魔物に襲われてしまう可能性を少しでも下げるためですよ。流石にこの高度を飛行する魔物は多くないですから」
「まぁ、確かにね」
アズレインの言う通り、空にも魔物は存在する。飛行中に襲われたところで迎撃すればいいだけの話だけど、お客を迎える時には出来るだけ快適な空の旅を経験してほしいってことなんだろう。
「ですが、気分が悪くなったりした時はすぐにお申し付け下さい。酸素が薄いので、稀に体調を崩す方がいらっしゃるので」
「あぁ、そうだね。まぁ、僕は今のところ平気かな」
「………私も、大丈夫」
「!」
ロッカは左手でバッチリとグッドサインをする。いや、君には酸素なんて関係ないだろう。それを見ていたアズレインとフラウが少しだけ笑みを浮かべる。
「なるほど。ジョークも理解しているのですね」
「まぁ、思考能力は人間と大差ないからね。ちょっとやんちゃだけど」
「………!?」
僕の言葉に、まるで「自分が!?」と言ったように自分を指差すロッカ。今まで自覚がなかったのだとしたら、これまで君がしてきたことを一つ一つ述べて行こうか。
そんな思いがロッカにも伝わったのか、がっくりと言った感じで項垂れる。
「とても愉快な方ですね。毎日が楽しそうです」
「そうだね。ロッカにはいつも笑顔を貰っているよ」
「………ロッカは優しくて、強い」
「!」
僕とフラウが褒めると、一転して両手を上げて喜ぶ。気持ちの入れ替わりが人間以上に早いというか、一瞬で気分が二転三転するところはまるで小さな子供だ。
前世もだけど、僕の周りは幼い子が多くなるね。ロッカは弟で、フラウが妹かな。兄は勿論僕だ。
「ロッカさんの事はよく分かりましたが………では、シオンさんの事について聞いても良いでしょうか?」
「ふむ。詮索はなしと言ったはずだけどね」
「えぇ。ですが、人柄や人間関係についても答えられませんか?」
「………まぁ、そのくらいなら。と言っても、僕の人間関係はあまり多い訳じゃないけどね。多分、君が把握してるだけの関係しかないよ」
僕は人との交流が好きだけど、人間関係が多い訳じゃない。別に狭く深い関係が好きという訳じゃなく、関われるだけのきっかけがなかっただけだ。今回はこんな形で更に僕の繋がりを増やす機会を得たわけだし、有効に活用しないとね。
「ふむ。そういうフラウさんとはどういう関係なのでしょう?シオンさんが保護している子だと言うのは聞いていますが」
「………子ども扱いしないで。17、だから」
「………これは失礼いたしました」
少し間があったけど、アズレインが謝罪する。分かるよ。僕も全く同じだったからね。
「では、私が思っていたよりも歳が近いのですね」
「そうだね。あまり意識したことはなかったけど」
「………おや。そうでしたか」
口では意外と言う風を装ってるけど、明らかに顔が「そうだろうな」という思いを隠しきれてない。まぁ、さっきも言ったけど、僕はフラウを妹のように思っている。正直、子ども扱いを嫌がる態度からそれっぽいし、見た目も幼いからどうしてもずっと年下に見てしまう。
後、子供のような素直さもそうかな。これはとても良い事だけど、子供のように純粋な心は保護欲を掻き立てる。
「………いつも、そうやって子供扱いして」
「いやいや………可愛らしいと思ってるってことだよ」
「………妹として?」
「それは………まぁ………」
僕が言葉を濁すと、拗ねたようにそっぽを向くフラウ。その仕草自体が子供っぽいと思ったけど、今それを言うと火に油だから言わない。
「とにかく、僕が保護してるのは間違いない。でも、今は彼女を助けるためにというより、僕自身も彼女と一緒にいる時間がとても大切だと感じているよ。同行人を認めさせたのも、出来ればフラウには付いて来てほしかったからだしね」
「おや、それは何より。やはり同居するにあたって、互いに楽しい、幸せだと感じる事が出来ると言うのはとても大切ですからね」
「そうだね。そういう意味では、僕は彼女に色んなものを貰っているよ」
これは僕の本心だ。最初に彼女を保護したのは、僕にとって彼女が放っておけなかったからだと言うのが大きい。でも、今は僕自身が、彼女には共に居てほしいと感じている。
施設のみんなの事は勿論大好きだったけど。フラウにはそれ以上に情を抱いてると言っていいだろう。自分が助けたというのもあるし、誰にでも分け隔てなく接していた施設に比べれば、一人を可愛がれるからね。
たった一週間ちょっとで、と思う人も多いかもしれないが、僕にとってはそれで十分だった。
「………私も、何も持っていなかった私を、当たり前のように受け入れてくれたあなたには、とても感謝してる」
「そう思ってくれてるだけで十分さ。前にも言ったけど、君には元気を貰っているからね」
「………うん」
拗ねていたフラウも機嫌を直してくれたみたいだ。空の旅はとても穏やかな物で、特に何事もなく飛空艇は進んでいた。
それから一時間程。フラウと街に着いてからの事を話していた時だった。飛空艇の後方から、鋭い風切り音が聞こえる。
「ん?」
「………なに?」
僕とフラウが同時に後ろを見る。勿論、ここは甲板だから後方の様子何て探ることは出来ないけど、その音が徐々に近付いてきているのが分かると同時に、アズレインの声が船に響く。
「皆さん!何かに掴まってください!」
その声を聞いた僕はフラウを抱き寄せる。その瞬間に船を襲う大きな衝撃。
「っ!」
振動が消え、風切り音はそのまま船の前方へと去っていく。そして、僕はすぐにそれを見る。
「竜………?」
「くっ、まさかこんなところで竜種に遭遇するとは………!」
一体の黒い竜が船に突進した後、上空へと高速で飛んでいく。けど、その竜は僕の知識にもない個体だった。漆黒のとげとげしい甲殻と、赤い光に包まれた大きな翼。目からは常に赤い残光を残しながらこの船より一回り小さい程度の大きな体をものともせず、超高速で飛行していた。
その竜は上空を旋回し、再び船に急降下してくる。
「また来るぞ!」
「迎撃準備っ!急げっ!」
船員たちがすぐに各自動いていく。指示がなくとも慌てることなく自らの判断で迎撃態勢に入るのは、やはり優秀な者達が集められたという事だろう。備え付けられた大砲が竜へと向けられ、次々と竜に向けて発射される。
「………」
しかし、竜はそれに動揺することもなく。放たれる一つ一つの砲弾を目で捉え、急降下しながら弾幕の嵐を潜り抜けている。竜の口内から赤い光が漏れ出し、大きく口を開いた。そして、放たれる赤い光弾。それは砲弾を放つ大砲の一つに直撃し、それを操っていた人間もろとも大きな爆発で吹き飛ばす。
「顕現せよ。ハウラの………」
僕が右手に蒼い光を灯し、それを振るおうとした瞬間。竜の翼に纏う赤い光が一層強さを増し、速度を上げて再び船の側面へ突進する。大きく揺れる飛空艇。
「くっ………」
「きゃっ………!」
「!」
駄目だ。相手が早すぎる。今のところは丈夫な船のおかげで持ちこたえてくれているとはいえ、王都までこの竜の攻撃を耐えながら進むなど到底不可能だろう。
「早すぎます!動きが捉えられません!」
「敵を見失ってはいけません!すぐに………」
その瞬間、船の真下から大きな衝撃が響く。船を襲うのは、大きな縦の振動。
「っ………!」
衝撃によってフラウの小さな体が持ちあがる。そして、そのままフラウは船の外へと投げ出された。
「フラウッ!」
僕はフラウの伸ばされた左手を掴む。けど、船から落ちそうなフラウに竜が一直線に向かってくる。
「っ………なんで………!」
おかしい。彼女はしっかりとネックレスをしているはずだ。このままじゃ、恐らくフラウを引っ張り上げても、竜は身を乗り上げてフラウを食らおうとするだろう。それを理解した僕は、自分も船から飛び降りる。
「シオンさんっ!!」
「!」
船の上からアズレインとロッカの足音が聞こえる。僕はフラウの体を抱きしめながら、彼女に話しかける。
「フラウ、大丈夫?」
「そんなわけ、ない!なんであなたまで………!」
「………大丈夫。考えがあるんだ」
「………っ」
僕がそういうと、彼女は僕の後方を見る。あぁ、近付いてくる風切り音で既に分かっているよ。
「いいかい?しっかり掴まってるんだ」
「………うん」
彼女が僕の体を掴む。そして、僕はコートの中に右手を伸ばし、一つの白い球体を取り出す。
「初仕事がこれで申し訳ないけど、君の出番だよ………!」
僕の右手に緑の光が灯る。それと共に、球体は強い光を発し始めるのだった。
シオンさんとフラウさんが落ちた後、私は甲板から身を乗り出し、下を見ていた。彼らは大切な客人。最大級の飛空艇で迎えに来たというのに、その結果が客人の死亡など許されることではない。かといって、このまま私自身が身を投げた所で何の解決策にもならないのだ。
その時、迷いが生まれた私が見ていた船の遥か下で、強い光が放たれる。
「あれは………」
突如として放たれた光に、竜も彼らを追うのを止め、空中で翼をはためかせて止まる。その瞬間、光の中から何かが飛び出してくる。それは黄金の光を纏いながら、空を駆けていく。徐々に纏っていた光を置き去りにし、完全に光が消えたそれは、恐らく竜だったと思う。
しかし、私が知っている竜とはかけ離れた姿だ。全身は白いが、まるで磨かれた石で出来たような………いや、間違いなくあの竜は、石によって象られていた。両足の部分にはひれのようなものが二対。だが、特異なのは背中から伸びるその翼だ。緑の魔法陣が翼を模したような光の翼が大きく広げられ、緑の残光を残している。しかし、私はその翼を見て確信する。
「まさかあれは………『権能の使者』………」
間違いない。遥か昔、『権能』と呼ばれた五人の魔法使い。彼らが従えていた一体の竜は、白く気高い姿と、その背には大きな新緑の光を放つ光の翼を持っていたとされている。だが、その竜はとある邪竜との戦いに相討ちし、その亡骸は後に天竜山と呼ばれるようになった山の頂上に埋められたとも聞いていた。
白い竜は高速で空を飛行している。それをすぐに追い始める漆黒の竜。黒竜の周囲に赤い魔法陣が浮かび、赤い光弾が放たれる。しかし、白竜の翼がより一層輝いた瞬間、緑の魔法陣を残しながら瞬間的に加速し、一瞬で左へ曲がる。まるで生物の飛行とは思えない動きだが、あの白竜は石の体をまるで普通の生物と変わらぬかのようにしなやかに首やひれを動かしている。
「シオンさん………あなたは一体………」
私には、彼が何者であるかなど想像も出来なかった。
「ん………ここは………」
「起きたかい?」
フラウが目を覚ます。周囲は白い石の壁で出来た空間で、ロッカがギリギリ入れる程度だが、僕たちがいても狭く感じる程小さくもない広さだった。
僕が声を掛けると、フラウはゆっくりと僕の方を見る。
「………ここは、どこ?」
「僕の使い魔の中だ。別に、胃の中って訳じゃないけどね」
「………?」
フラウが周りを見渡す。そして、この空間の前方を見て目を見開く。そこには、広い空が映っていた。大空を高速で駆ける様子から、ここがまだ空の上だという事を理解したようだ。そして、空が映る端には、もう一つの映像が映る。それは、後方から高速でこちらを追っている黒竜の姿だった。
「命じる。あの竜を追い払え」
僕が白い床に右手を付く。そして、緑色の光が右手から白竜全体に流れていき、内部の壁に緑色のラインが浮かび上がる。
「シオン………」
「大丈夫。信じて」
「………うん」
彼女がゆっくりと頷く。悪いけど、ここからは反撃に移らせてもらうよ。
白竜の緑色の光を放つ両目が、一瞬だけ強く光る。体全体に緑色の光の線が走り、翼の魔法陣はその陣の線を増し、複雑なものになっていく。その瞬間、白竜の速度が目に見えて加速する。後方から黒竜の放った赤い光の槍が、白竜を追尾して迫って来る。
その時、白竜の翼から緑色の光弾が後方に向けて放たれる。それは接近していた赤い槍を撃ち落とし、大きな爆発が起こる。その爆発を突っ切り接近してくる黒竜。
白竜が緑の魔法陣を残し、一瞬で加速するとともにほぼ直角に上空へと飛翔する。空中で留まり、向きを変えてそれを追う黒竜。けど、飛行すると言うのは上昇するときが最も速度が乗らない状態だ。先ほどまでの速度を発揮できない黒竜に対し、白竜は重力など知った事かと言わんばかりに高速で空へと昇っていく。
「グルルルル………」
黒竜の口に赤い光が灯り、次の瞬間には赤い光線が黒竜の口から放たれるが、白竜はそれを上昇しながら右に逸れることで躱す。続いて放たれる無数の赤い光弾。白竜は再び緑の魔法陣を展開するとともに、一気に加速してそのまま雲に入る。黒竜もそれに続き、すぐに雲を抜けて口に光を灯す。だが、雲を抜けた先に白竜の姿はない。
「!」
その瞬間、雲から白竜が飛び出してくる。白竜はそのまま雲と水平に飛行しながら、周囲に緑の魔法陣を幾つか展開し、そこから上空にいる黒竜に向けて緑の光弾が残光を残しながら放たれる。すぐにそれを回避しようと翼に纏う光を強くして高速で空を飛行する黒竜。だが、緑の光弾は黒竜を追尾していく。
「グルルルル………」
周囲に赤い魔法陣を展開し、その場で止まり振り向く黒竜。そして、魔法陣からは赤い光線が無数に放たれる。無差別に放たれた光線は迫る光弾を撃ち落とし、雲の上を飛行する白竜にもそのうちの一本が直撃し、爆発が起こる。だが、撃ち落としきれなかった光弾が光線の間を潜り抜け、黒竜に直撃すると共に爆発を起こす。
同時に黒煙から飛び出してくる二体の竜。双方ともに魔法陣を展開し、激しい弾幕の嵐が巻き起こる。黒竜の口に炎が漏れ出し、灼熱の炎が白竜に放たれる。
白竜は緑の魔法陣を展開して、一気に前方に進むことでそれを回避し、その先で旋回して真っ正面から黒竜に迫る。
「………」
「グオオオオ!」
咆える黒竜が右腕を振り上げる。そして、互いが激突しようという距離まで迫った瞬間、白竜は魔法陣を展開するとともに黒竜の下に潜り込む。そのまますれ違いざまに黒竜の腹へ光弾を複数撃ちこみ、爆発が起こる。
「………」
白竜はそのまま黒竜の下から抜けて旋回し、空中で一切翼を動かすことなくその場で留まる。その体はまるで生物のように自在に曲がり、まるでその体が石で出来ているということを忘れさせる。無言で黒煙を見据える白竜。黒煙が晴れ、中からほぼ無傷の黒竜が出てくる。
「………」
「………」
無言で睨み合う二体の竜。しかし、突如黒竜が向きを変え、高速でどこかへ飛び去って行く。白竜はしばらくそれを見ていたが、殆ど黒竜の姿が見えないほどに遠のいた後、自身も雲の下へと急降下していくのだった。
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