第9話
王都に行くことが決まった日の夜。丁度日が回った頃、僕は家の外の丘に立っていた。別に特別なことをしている訳でもなく、ただ星を見ていただけだ。
「やっぱり、向こうの世界とは星の並びが全く違うね。ここに来てから、星を見る事なんてなかったから気付かなかったよ」
僕は、向こうの世界では天文学も学んでいた。星の並びや、星座についてはそれなり以上に詳しいと思っていたけど、ここでは全く役に立たないみたいだ。でも………
「でも、何も考えずに見上げれば、あっちの夜空と大差ないみたいだ」
輝く星々を細かく見れば、向こうの夜空と違うことは一目瞭然だ。でも、ただちょっと夜空を眺めるだけなら、そこに広がるのは僕のいた世界と変わりない夜空。そう考えると、少し不思議でもある。環境、文明、概念が全く異なるこの世界で、宇宙だけは唯一無二であり、絶対に揺るぐことはない。
重力のない暗くて果てしない世界には、沢山の星が浮かんでいて、その実態は未だに謎が多い。その最果てに何があるのかなんて、誰も分かることはないのだろう。もしかして、異世界と言うのだって、本当はただ地球と言う惑星から遠く離れた惑星というだけなのかもしれない。
何もかもが違う世界でも、本質は絶対に変わることはない。違うように見えて、何もかもが同じだ。人は文明を築き、自然はまるでそうあるべきかのように命の輪を作っている。そこに働く力と過程が少し変わるだけで、僕の見ている世界は、異世界と言うには少し似すぎているようだ。
こんなことを考えていると、向こうの世界の事を思い出す。別に、今更帰りたいだなんて言うつもりはないし、そんなことも思っていないけれど。
「僕は、君との約束に近付けているのかな」
この広い夜空に一人呟く僕は、さぞかし小さな存在に見えるだろう。
それから三日後の朝。僕はカーテンから差し込む光に目を覚ます。いつも通りの時間。今日は王都に向かう日だ。この三日間は、フラウのバッグを用意したり、僕自身も様々な道具や研究道具を纏めたりしていた。ロッカの中にも収納できるし、それなりに色々と持っていくつもりだ。
身支度を終えて部屋を出る。いつも通りの朝だと思ったけど、階段に差し掛かった時、一階から良い匂いが漂ってくる。
僕がもしやと思って少しだけ階段を下りてキッチンを見ると、そこにはやはりフラウが立っていて、朝食を作っていた。
「おはよう。今日は君が作ってくれているんだね」
「あ………おはよう。たまには、私が作る日があっても良いと思って………」
彼女が僕の方を見る。控えめと言うか、勝手なことをして怒られないか少し不安そうな表情が混じっている。勿論、怒るわけがない。寧ろ、これで「勝手なことをするな」と怒るような人間なんているのだろうか。
「うん、そうだね。僕も人の作った料理を食べるのは久しぶりだから、とても嬉しいよ」
「………そ、う………頑張るから、楽しみにしてて」
そういって、料理に集中し始めるフラウ。このために早起きしてくれたのだと考えると、とても健気だな、と思う。彼女は僕に世話になってばかりだと思っているらしいけど、僕は彼女のこういった優しさや、僕のために自分で出来る事が無いか必死に探している健気な姿に元気をもらう事が多い。
施設にいた頃、まだまだ小さな子供達が僕にサプライズを用意してくれた時の感覚に似ているね。出来る事が限られている中、自分たちで出来る事で最大限相手に喜んでもらおうとするその気持ちだけで、僕は嬉しかったんだけど。
「ロッカもおはよう。今日は王都に行く日だけど、準備はいいかな?」
「!」
ロッカがばっちりと左手でグッドサインをする。キリッと決まってるし、今日も絶好調みたいだ。僕が席に着くと、程なくして料理が運ばれてきた。これは………ハンバーグ、かな?よく作れたね。他にも、しっかりと焼かれたパンと、僕の知らないドレッシングのかかったサラダ、見た目はトマトスープのようなスープ。結構、向こうの世界の洋食と大差ないように感じた。
「………私の故郷で、良く食べられてるの。口に合うといいんだけど」
「なるほど。とても美味しそうだよ。いただきます」
そういって、ハンバーグを切り分けて食べる。うん、味もハンバーグだ。とても美味しい。こっちの世界に来てハンバーグを食べれるとは思わなかったよ。他の料理も口に運ぶが、どれも見た目通りの味だ。馴染みのある久しぶりの味という事で、思わず普段あまり食べない僕が、すぐに完食してしまった。うん、美味しかったね。
「ごちそうさま。とても美味しかったよ」
「………良かった」
そういって小さく笑うフラウ。もし彼女がやってくれるのであれば、今度からは当番制でもいいかもしれないね。その辺は、また今度話し合うことになると思うけど。
こうやって可愛らしく笑うことも増えてきたし、少しずつ彼女がこの家を安心できる場所だと思ってくれているようで、僕も感慨深い。
そういえば、元気になった彼女を見て少し気になったことがあった。
「そういえば、傷跡は完全に消えたかな?」
「あ………うん。あなたが塗ってくれる薬のおかげで、この通り」
立ち上がった彼女は、ワンピースの裾を少し持ち上げて足を見せてくる。こら、女の子がそんなはしたない事をしてはいけません。それに君のスカートは丈が短いし、そんなことをしなくても少し左を向いてくれれば分かるよ。
「それは何よりだ。でも、あまりそういうことを人前でしないように」
まぁ、傷跡が完全に消えたのは良かったと思う。彼女のスラリと伸びた綺麗な脚には、残っていた傷跡は完全に見当たらない。あまり人には見せない場所とはいえ、彼女は丈の短いスカートに、特に長くもないソックスをしているだけだから、足はとても目立つ。
女の子だし、傷跡って言うのは結構深刻な問題になると思うから、これからの事を考えればないに越したことはない。
「………」
「ん?どうしたんだい?」
「………なんでもない」
「そうかい?まぁ、そういうなら。それじゃあ、朝食も食べたし早速行こうか」
そういって、僕は立ち上がる。その後皿をキッチンに置いて軽く水で洗う。水に付けておいて、帰ってからしっかり洗えばいいだろう。
そのままバッグを持って玄関を開く。さぁ、これから楽しみになって来たね。
数十分後。僕らは村の入り口が見えてきた。そこには三日前に見た男が立っていて、僕らを見ると軽く頭を下げる。
「おはようございます。良い朝ですね」
「おはよう。そうだね。飛空艇が飛ぶにはうってつけの天気だ」
「えぇ、その通りです。それで、そちらのゴーレムが噂の?」
アズレインがロッカを見る。それに気付いたロッカが左手を振り、挨拶をする。
「うん、ロッカだ」
「………なるほど。確かに、精巧な………いえ、そんな言葉では足りませんね。まるで生きているかのようだ」
「その通りだよ。彼は生きている。人格もあるし、自分で考えることだって出来る」
「なんと………私も使節として様々な場所へ赴きましたが、生きたゴーレムなど見たことはありません。これも錬金術なのですか?」
アズレインが驚いたような表情で僕を見る。まぁ、僕以外に作れる者はいないだろうし、当たり前だ。
「まぁね。僕の研究成果の中でも、一番の自慢だ。こないだは、ベヒーモスを空中へ放り投げたからね」
「!」
僕の言葉を聞いたロッカがまるで「えっへん」とでも言うように腰に両手を当てて胸を張る。まるで人間の子供が褒められて得意になっているかのような仕草。とてもじゃないけど、これがただのゴーレムだとは思えないだろう。
「………感服しました。あなたは、私達が思っていた以上のお方だったようですね」
「それは嬉しいね。ロッカの事を認めてもらえるのは、作った僕としても鼻が高いよ」
「ふむ………これはますます楽しみですね。では、早速行きましょう。同行人は、フラウさんとロッカさんでよろしいでしょうか?」
「うん。ロッカはそれなりに重量があるんだけど………床、抜けたりしないかな?」
「大丈夫でしょう。飛空艇は魔術的な工程を幾つも重ねた木材を使っておりますので。強度は鋼鉄以上です」
なら大丈夫そうだね。というか、僕の家と同じみたいだね。言っていなかったけど、僕の住んでいる家も同じように特殊な魔術工程を重ねた木材を使っているみたいだ。ちなみに、僕が全力で殴っても罅一つ入らないどころか、僕の手が痛くなる。
そうしてアズレインの案内を受けて、村の発着場へと向かう。今まで国からの遣いが来るときは村に来なかったし、飛空艇を見るのも初めてだけど………正直、僕の想像以上だ。
大きな船に、それ以上に巨大な気嚢が付いて、船の後方にはプロペラが。
「これは圧巻だね」
「………大きい」
「そうでしょう?我々の誇る技術の結晶ですから」
アズレインが誇らしげに言う。実際、これだけの物を作ろうと思えばどれだけの労力と技術力が必要になるか。理論は分かるし、設計も何となく理解は出来るけど、こんなものを作れるだけの設備と人手はない。大砲も備えているし、自衛力と攻撃力も備えているようだ。
「では、どうぞお乗りください。空の旅をお楽しみいただければと」
「うん。行こう」
そういって、僕らは飛空艇の甲板に掛かっている橋を渡る。甲板に着くと、そこは広々とした空間が。ロッカはそれなりに大きいはずなんだけど、全く手狭に感じることが無いどころか、ロッカが走り回っても問題ないくらいだ。やっぱり、外から見てても分かったけどかなり大きいね。
「どうですか?私たちが所有する飛空艇の中でも、特に性能の良い物を用意しました」
「なるほどね………そんなものを、僕個人を迎えに来るために使っても良かったのかい?」
「勿論です。寧ろ、あなたほどの方を迎えるからこそ、これだけの物を用意したのですよ」
どうやら、僕の評価は彼らの中でとても高いらしい。まるで国の重要人物を迎えに来たような歓迎に、僕は少しだけ反応に困っていた。
「別に何かしら権力を持っていたり、どこかの国と関わりがある訳じゃないんだけどね」
「前にも話した通り、あなたほどの腕があれば権力を持つことは難しくありません。命を吹き込むことや、人体の接合が出来るというあなたの錬金術、話に聞いた魔法があれば、私たちの国で認められるのに数日と掛かりません。勿論、あなたにそれを強制するわけではありませんが、良ければ私たちの国について、良く知ってほしいのです」
「………もし、シオンが国の所属になったら、私は一緒にいれないの?」
少し不安そうにフラウが尋ねる。別に、僕は君を一人で置いていくつもりはないんだけどね。けど、その言葉にアズレインが首を横に振る。
「いえ。シオンさんが我々の国へと所属してくれるとなっても、望めば今までの暮らしを続けてもらっても構いません。ですが、定期的に王都に赴き、成果の報告や技術の継承をして頂ければ、我々からも報酬を出せます。そうでなくとも、あなたには我々の所有する錬金術師の講師になっていただきたいとも考えています」
なるほどね。王国というから、正直もっと自己中心的な条件だと思っていたんだけど、想像以上に好待遇みたいだ。
「なるほど。僕にとっては都合が良いけど、良くそんな待遇を用意できたね」
「先日あなたと話した限り、今までの生活を捨てるとは考えずらいと思いましたので、それを前提にこの条件を考えさせていただきました。我々の発展の歴史には、優秀な人材の勧誘と育成。そして、能力に見合った待遇と報酬を与えることで、更に新たな成果を期待する。そうやって成長してきた我々の国は、いつしかこの大陸でも頂点を争う程の影響力を持つようになりました」
「ふむ、なかなか合理的だね」
確かに理にかなっているというか、とても良い話だと思う。大抵、こういうのはどこかの代で王位を継承した誰かが失敗するんだけど、そんなこともないみたいだね。この話を聞く限り、当代の王も今までのやり方をしっかり継承しているみたいだし。
「もし移住を考えていただけるなら、フラウさんは魔族なので少々手続きが必要になるとは思いますが、我々の国は種族による差別を禁じている国なので問題はないでしょう」
「………良く彼女が魔族だって分かったね」
「服装を見れば分かります。明らかに異国風ですから」
確かに、彼女の服は普通の服とはかなり違う。可愛らしい見た目に良く似合っているとしか思っていなかったけど、こういった服を着るのは珍しいだろう。
お嬢様のようなデザインの中に、ローブと言うか魔法使い的な意匠が強く込められているから、一目見れば分かるのかもしれない。
「別の服も買ってみるかい?」
「………ううん。いい」
まぁ、彼女はこれが気に入ってるみたいだから、それでいいんだけど。まぁ、これからも山に入ったりするわけだし、その綺麗な肌にまた傷を作らないことを願うよ。
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