第8話
僕が初めてフラウを連れてフィールドワークに行ってから、五日後。山の中を進んでいた僕らは、何度となく魔物に襲われた。流石にベヒーモスほどの強力な魔物は出なかったけど、逆に言えば研究に使えもしない小者ばかりで流石にうんざりした。誰かな、楽しくなりそうなんて言ったのは。
いくらなんでも多すぎると思って途中で下山したのはいいけど、その道中でも大量の魔物が襲い掛かって来た。多分、あの日だけで30回は戦闘をしたんじゃないかな。家に帰った時、フラウは疲れ切っていた。傷が開かなくてよかったね。
朝食を食べ終えた僕は、フラウの傷の具合を確認していた。
「………うん、傷は完全に治ったみたいだね」
そういって僕は立ち上がる。ソファーに座っている彼女の大腿には、ほんの少しだけ傷跡が残っているだけで、もう開くような心配はないだろう。ちなみに、糸は勝手に溶ける物を使っている。ん?そんなものはこの世界に存在しないだろう?僕が作れば存在するんだよ。
寧ろ、この世界には僕のいた世界以上に豊富な資源がある。種類も比べ物にならないし、作ろうと思えば僕のいた世界以上に便利なものを作れるはずだ。この糸もその一つで、本来皮膚表面の縫合に向かないはずの吸収糸を使うことを可能にしている。
ただ、吸収が早すぎるから、傷の治りが遅い人や、傷の程度によっては使えないけどね。
「その………本当に、ありがとう。あなたがいなかったら、きっとあのまま死んでたと思う」
「どういたしまして。君が元気になってくれて、僕も嬉しいよ」
そういって、僕は笑みを返す。少しずつフラウも僕の日常に馴染んできて、少しずつではあるけど、言葉も増えてきた気がする。僕は人と会話をするのが好きだし、彼女も喜んで付き合ってくれるから、彼女が家で暮らすようになったのは結果的に見て良い事ばかりだった。
彼女が面倒を起こすことはないし、掃除も率先して手伝ってくれる。決まりもしっかり守るし、一度教えれば何でも覚えてくれた。まるで子供のような吸収力だね。
ちなみに、彼女は正真正銘17歳だという事だ。見た目が幼いのは個人差であり、魔族だからという訳でもないらしい。
「今日は村に行くよ。頼んでおいた服を取りに行かないといけないからね」
「………うん」
彼女も立ち上がる。先日、村に頼んで、彼女の着ている服と同じものを作ってくれるように頼んだのだ。彼女が着ている服は、特に高価な素材で作られているわけではなかったらしい。デザインこそ精巧な作りになっているものの、村の裁縫職人は腕が良いためか、問題なく作れるとのことだった。
流石に一着しか服を持っていないと言うのは些か問題があるだろうという事で、フィールドワークに行った帰りに頼んでいたのだ。
バッグを持って外へ出る。今日のロッカはお留守番だ。
丘を下って村へと着く。ちなみに、既に彼女には魔力を隠蔽するマジックアイテムであるネックレスをプレゼントしている。装飾としても映えるし、彼女の安全を考えても必需品になるだろう。
村へと入った僕らは、見慣れぬ人影が村の入り口付近で村長と話しているのを見る。ただ、相手は一人だし、服装は綺麗なスーツを着ていた。帽子をしていて、その身なりから何となく誰なのかを察する。
「………おっと、タイミングが悪かったみたいだ」
「………え?」
そういって、僕は今から引き返そうかと悩む。だが、その前にあちらが僕に気付いたようだ。僕を見ると、村長に一言何か言って僕らの方に近付いてくる。まぁ、何時かこうなるとは思っていたよ。
男が僕の前に立つ。身長は僕より高いし、赤い短髪を後ろに流していた。眼鏡の似合った顔もそれなりに整っている。
「初めまして。あなたがシオンさんですか?」
「あぁ。僕がシオンだよ」
「なるほど。では、そちらがフラウさんですね」
「………そう、だけど」
男は丁寧な口調で僕らに問いかける。紳士的な態度と言えるし、全くの敵意はない。まぁ、敵じゃない事は最初から分かっていた。恐らくだけど、彼は………
「そういう君は?」
「これは申し遅れました。私はアズレイン。フォレニア王国の使節団、『世渡の蝶』の八位です。先日、このアルアの村を襲ったという盗賊団を引き取ったのですが………」
「あぁ、やっぱりね………」
ちなみに、アルアの村というのはこの村の事を指す。厳密に言えば、この村は名前なんてないのだけど、遣わされる者達にとってこの村は重要な取引先の一つだ。便宜上、名前が必要だという事で、この村の初代村長であるアルアの名を使ってそう呼んでいるらしい。
ちなみにだけど、この村は先ほど言っていたフォレニア王国の領地にある。王都ヴァーミリアからは、何度か蜂蜜を求めてこの村を訪れるのは前に話した通りだ。
「盗賊団の構成員は、皆口々に言ったのです。「まるで人間が使ったとは思えない魔法を使う者と、信じられない程精巧なゴーレムに一方的に蹂躙された」と。しかし、私達は一度もそのような人物がいるという事は聞いたことがありませんでした。故に、予定にはありませんでしたが、事実確認のために来たのです」
「なるほどね………」
「あなた達の事は、村長から全て聞きました。五ヵ月前にこの村を訪れ、私達の知らぬ間にこの村を二度も救った事と、あなたが私たちのような外部の人間には、存在を隠すように頼んでいたこと。そして、盗賊達の話は全て事実であることや、あなたは稀代の錬金術師であることも」
その言葉を聞いて、僕はちらりと村長を見る。村長は申し訳なさそうな顔で頭を下げる。別に咎めるつもりはないんだけど、やっぱり約束を破ったことを気にしているようだ。
「彼らを責めないでください。私たちのような者が来れば、彼らも答えるしかなかったのです」
「大丈夫だよ。責めるつもりはないし、特に不愉快だという事もないからね。いつかバレるとは思っていたんだ」
「そうですか………では、あなたに問いたいのです。何故あなたはわざわざ私達から隠れていたのですか?もしや、我々フォレニア王国は、過去にあなたへ何か酷い仕打ちをしたことがあったでしょうか」
アズレインの質問に、僕は少しだけ考える。勿論、特に僕が彼らに何かされたことはない。関わったこと自体が初めてだからね。それに、別に彼らが嫌いだという訳でもないし、悪印象がある訳でもない。
僕が今まで存在を隠していたのは、僕自身の素性故だ。転生者で、『権能』の生み出したホムンクルス。表に出てくるには、少し事情が特殊過ぎる。隠せばいいとは思うが、どこかでボロが出てしまえば取り返しがつかない。事実、フラウには少しずつバレ始めているみたいだしね。
「いや、ないね。僕が隠れていたのは………まぁ、ちょっとした世捨て人みたいなものだからね。あまり表立って国と関わるタイプじゃないのさ」
「話に聞くだけの魔法の腕と、人体を繋ぐことが出来る程の錬金術を使えるというのに、ですか?あなたのような才ある方なら、私達の国でも有数の錬金術師として名を上げれるはずです。その気になれば、王都の研究機関『ヴァニタス』に所属することも可能でしょう」
「そうかもね。でも、僕は権力が欲しい訳じゃないし、偉くなりたい訳でもないんだ。結構、今の暮らしが気に入っててね」
僕の言葉に嘘はない。今までのように、あの家で自分のやりたい研究をやって、気ままにフィールドワークに出掛けて、フラウや村のみんなとの交流を楽しむ。転生した僕にとって、一番大切な日常であり、今の暮らしから離れるつもりもなかった。
「なるほど………しかし、私の主君、そして『ヴァニタス』の者達が、あなたの存在に興味を持ったのです。良ければ、私と共に同行を願えないでしょうか」
「………今からかい?」
「いえ、三日後にお迎えに上がろうと思っています。どうでしょうか」
「ふむ………」
なるほど。尋ねるだけまだ常識があるし、横暴という訳ではないみたいだ。拒否権が認められるかは分からないけど、この村の存在を考えれば何か報復をするというのは考えずらい。
「分かった。ただし、二つ条件がある」
「条件、ですか」
「あぁ。一つは、僕の素性を詮索しないこと。二つ目は、僕の同行人を認めることだ」
僕が言った言葉に、アズレインは少しだけ考えるような仕草をする。
「………なるほど。素性の詮索はなしですか。何か、特別な事情でもおありですか?」
「どうだと思う?悪いけど、僕はその手には引っかからないよ」
僕がそういうと、アズレインが少しだけ笑みを浮かべる。僕は交渉が得意なわけではないけど、話をするのは得意だ。恐らく、彼も一筋縄ではいかないと言うのが分かったのだろう。諦めたように、笑みを浮かべたまま首を振る。
「参りました。確かにあなたは話に聞いた通り、とても聡明なようだ」
「お褒めにあずかり光栄だよ。それで、条件は飲んでくれるかな」
「分かりました。その条件を受け入れましょう。では、三日後にこの村に来てください」
「分かった。それじゃあ、話は終わりかな」
「えぇ。時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした。それでは、私は帰らせていただきますね」
そういって、アズレインは帽子を深くかぶり、去っていく。確か、彼らは飛空艇を使ってこの村を訪れるんだったかな。
アズレインが去っていくのを見た村長が、ゆっくりと僕に近付いてくる。
「シオン様、本当に申し訳ございません………」
「気にしないでくれ。いつかバレるだろうとは思っていたし、情報の出所があの盗賊達だからね。君たちに非はないし、別に僕に何か不都合がある訳じゃないからね」
「そう言っていただけると幸いです………それで、王都へ行くのですか?」
「うん、まぁね。ちょっとお呼ばれしたみたいだ」
僕がそう言って苦笑すると、村長は当たり前だというような顔をする。
「………こう言ってはなんですが、シオン様の能力は我々が一番知っています。シオン様ほどの腕があれば、王都の誇る天才たちにも勝るでしょう」
「どうだろうね。まぁ、競うつもりはないからね。ちょっと話して帰って来るさ」
「………私も、行っていいの?」
「勿論だよ。何日開けるかも分からないし、一緒に来た方がいいだろう?」
「………うん」
彼女が頷く。割と最初からだったけど、彼女は良く僕に懐いてくれてるみたいだ。人に好かれるのは嬉しいことだし、僕も彼女に好感を持っていたから、出来れば付いて来てくれると嬉しいと思っていた。
「ところで、頼んでいた服は出来てるかな?」
「勿論です。すぐにお持ちします」
そう言って、歩いていく村長。良かった、彼女の服問題は、すぐにでも解決したかったからね。
「………その、お金は………」
「ん?あぁ、大丈夫だよ。今回は、彼らが特別にタダで引き受けてくれたんだ。それに、お金が必要だとしても心配はいらない。一応、かなりの蓄えがあるからね」
「………今更だけど、頼りきりでごめんなさい」
「そんなことないよ。僕も、君と過ごしたこの数日には活力を貰っているからね。一緒にいてくれるだけで、僕は嬉しいと思ってる」
「っ………そ、う」
彼女が照れたように頬を少しだけ染める。小さな見た目も合わさってとても可愛らしいけど、これくらいで照れる必要もないと思うんだけどね。
「私も………あなたと過ごす日々が好き。一人で誰も頼れる人がいなかった私に、何も求めずに助けてくれた、あなたのことも………」
「そう言ってもらえると、君を助けた僕としても嬉しいよ。良ければ、これからも末永くよろしくね」
「………うん。よろしく」
僕が頷く。その時、村長と一緒に村人の男が箱を持って戻って来た。
「お待たせしました。これが頼まれていた服です」
「ありがとう。君たちにも、良く助けられているね」
「いえいえ。それは私たちもです。私たちがあなたに助けられている分、私達も返したいと思っているだけなので」
やっぱり、僕は良い縁に恵まれたようだ。持ちつ持たれつの良い関係の村のみんなと、可愛らしい同居人と、面白いゴーレム。好きな課題を作って、好きなように研究する。気ままにフィールドワークに行ったり、人と交流したり。
間違いなく、今の僕は恵まれている。これからも、こういう日常が続けば良いと。僕はそう思いながら、少しだけ笑みを浮かべるのだった。
服を受け取った僕らは、そのまま家に帰った。少し嬉しそうな顔をしているフラウの顔を見られて、僕も満足だ。
「ただいま」
「!」
扉を開いて家に入ると、ロッカが手を振って出迎える。彼にも話さないといけないね。
「ロッカ、三日後に王都にお呼ばれしたんだ。君も行くだろう?」
「!」
ロッカは大きく首を縦に振る。まぁ、彼らの興味はロッカにも向いてるだろうし、寧ろ呼ばれると思っていたけど。
「じゃあ、僕は研究を始めるよ。それじゃあ、また後でね」
「うん………頑張って」
僕は奥の研究室へ向かう。三日後に、王都に行くことになりはしたけど。だからといって、僕の日常になにか変わりがある訳じゃない。
それに、僕は王都に行くことを憂鬱に思っているわけじゃない。寧ろ、新たな繋がりが増えるという期待に満ちていた。勿論、気を付けないといけないことは多いだろうけど。
案外、今回も良い収穫が得れるんじゃないかっていう期待があったんだ。さて、今日の課題は何にしようかな。
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