第7話
フラウが共に暮らす事が決まった次の日。僕はゆっくりと目を覚ます。うん、今日もいい天気だ。僕はベッドから起きると、身支度をして部屋を出る。
そのままリビングに向かうと、部屋の隅にいるロッカが手を振ってくる。
「おはよう。今日はフィールドワークに行くよ。どこか調子が悪いところはないかい?」
「!」
ロッカは少し身体を動かした後、右手でグッドサインをする。今日も絶好調みたいだ。僕はそれに頷いてキッチンへと向かう。この世界では、基本的にパンが主食だ。一応、大陸によっては違うらしいけど、少なくとも僕の住む大陸ではそうだ。
なら、凝ったものを作るとすれば、やっぱりパンに工夫をしないといけない。その他のレシピは………そんなに多くないね。
パンをまな板に置いて、横に切れ込みを入れる。え?昨日と同じじゃないか?失敬な。少しは変えるよ。というより、これくらいしかないんだから仕方がない。
冷蔵庫から卵をいくつか取り出して、フライパンの上で焼きながら、黄身を崩して広げていく。十分焼けたらそれをパンに挟んで、その中に軽く胡椒を掛けたベーコンとレタスを挟む。
その後、ボウルを取り出して中に卵の黄身、塩、酢を入れてかき混ぜながら、少しずつ植物油を入れていく。まぁ、自家製のマヨネーズだ。
それを少しだけパンの中にかけていく。多すぎると、風味が崩れるからね。パンを作り終えて、スープを作っていた時だった。階段から、フラウが下りてくる。
「おはよう。よく眠れたかい?」
「………うん」
「それは良かった。もうすぐ朝食が出来るから座っててくれ」
「………ありがとう」
そういって、彼女は食卓に腰かける。スープが完成したら、僕は朝食を運ぶ。うん、今日はそれなりに頑張ったと思う。
「お待たせ。じゃあ食べようか」
「………うん。いただきます」
そういって、彼女と僕は朝食を食べる。一口食べたとき、少しだけ彼女の動きが止まった。
「ん、どうしたのかな。もしかして、口に合わなかったかい?」
「ううん………すごく、美味しかったから」
「おや、それは嬉しいね」
腕によりをかけて、という程でもないかもしれないけど、普段よりは手の込んだ物を作ったんだから、美味しいと言われれば僕も嬉しい。そのまま朝食を食べ終わり、僕は席を立った。
「僕はフィールドワークに行ってくるよ。君はどうする?」
「………一緒に行っていいの?」
「構わないよ。家で一人で待つなんて退屈だろう?ただ、足の傷の事も考えて、あまりはしゃいだりしないようにね」
「………うん。一緒に行く」
そういって、彼女も立ち上がる。彼女は一緒に暮らすことになったんだし、僕の生活の一部になるんだ。なら、多少僕の習慣の中にいても、これからを考えれば良い結果になるはずだと考えた。それに、彼女は魔法を使える。あの時の水の魔法の威力は、下手な魔法使いを大きく上回るだろう。
後、彼女に聞いた所、彼女は水の魔法だけじゃなく氷の魔法も使えるらしい。
「ロッカ、行くよ」
「!」
僕がバックを体に掛けてロッカに声を掛ける。左腕を上げたのを見て、僕は玄関の扉を開いた。
それから、一時間後。僕らは、先日フラウを見つけた山の付近にいた。トラウマになっていないか少しだけ不安だったけど、案外そんなことはないみたいだ。
「今日は山に入ろうと思ってるんだけど、大丈夫かい?」
「………大丈夫」
僕はそれを聞いて、山へと入る。先日は麓までだったけど、今日は少し奥に進もうと思っていた。そもそも、何故フィールドワークなんてやっているのか。動植物を観察するためと言うのもあるし、実験材料は自ら湧いてくることはない。採取をしないと無くなっていくのは当然だからだ。まぁ、息抜きという意味合いも強いけどね。
「もしきつかったり、足に違和感を感じたらすぐに言うんだ。ここで傷が開かれると困るからね」
「………うん、分かってる」
ならいいのだけど。僕たちはそのまま山の奥へと進む。昨日も思ったけど、この山はかなり自然が豊かだ。恐らく、魔物や動物も多く生息しているだろう。
その時、付近で大量の足音が鳴る。その足音は、徐々にこちらに向かってきているようだ。
「フォレストハウンド………ではないみたいだね。二足歩行だし、亜人モンスターかな」
「………コボルト?」
「多分ね。かなり俊足みたいだし、ゴブリンじゃないだろう」
その言葉と共に、木陰や草むらから沢山の影が飛び出してくる。やっぱりコボルトだった。全員手には何かしら武器を持っていて、人間の体に狼のような顔。大方、彼女に魔力に釣られてきたのかな。そう考えると、彼女を今のまま外で出歩かせるのは危険かもしれない。
確か、魔力を隠蔽するマジックアイテムがあったはずだ。帰ったら渡さないといけないね。
「さて、先日に引き続きまた可愛げのないワンちゃんだね。準備はいいかい?」
「!」
「………いつでも、いける」
ロッカが左手を銃に変形させる。フラウの目がぼんやりと蒼く光り、僕も左手に剣を生成する。その瞬間、襲い掛かって来るコボルト達。僕も同時に走り出し、コボルトの群れに突っ込む。
「ふっ……」
コボルトが武器を振るうより先に、体を回転させて威力を付けた横薙ぎの一振りで先頭にいた三体のコボルトの首を刎ね飛ばす。
「次は……」
続いて接近してくるコボルトへ、縦に回転しながら振り下ろす一撃で頭から股にかけてを両断し、左右から飛びかかって来るコボルトを見た僕は、右手に赤い光を纏わせて地面に添える。
「顕現せよ。ロアの権能」
その瞬間、僕の周囲で巨大な爆発が起こり、吹き飛ばされるコボルト。
僕を危険視したコボルトが五体以上同時に飛びかかってきた。その場を跳んで一度後ろに下がる。そして、僕が下がって来たのを確認したロッカとフラウが同時に攻撃を開始する。
鈍い音と共に発射される石弾と、フラウが左手をコボルトの方に向ける。その瞬間に、コボルト達の足元が大きく蒼い光を放つ。
「………もう、逃げられない」
前に出していた左手を上へと掲げる。彼女の髪が波を受けたかのように逆立ち、その瞬間に蒼い光の中心からは巨大な水球が飛び出してくると、光の中で波が発生する。その波は光の中にいたコボルト達を、水球が浮かぶ中心へと押し出す。
「ガウッ!?」
「キャウンッ!?」
中央へと一瞬で集められたコボルトの群れ。それを見たフラウが、掲げた左手を振り下ろす。その瞬間、浮かんでいた水球が地面へと叩きつけられ、爆発する。低級のモンスターとはいえ、ここまで圧倒的だと可哀想な気がしなくも………いや、別にそんなことないか。
水球が落ちた場所には、全身が濡れたコボルトが地面に倒れていた。完全に息をしていない。僕とロッカの出番、殆どなかったね。数が少ないとこんなものか。
「君、これだけの魔法が使えるのに、何故フォレストハウンドなんかに後れを取ったんだい?」
「………動きが早くて、数が多かったら、私の魔法が間に合わないの………」
「ふむ、なるほど………」
つまり、典型的な魔法使いの弱点があるのか。彼女は武器の類を所持していないみたいだし、接近戦で不利なのは当たり前か。
「………あなたは、剣を使う魔法使いなの?」
「いや、剣は振れるだけだ。剣術や、剣技は会得してないから、本職の戦士に接近戦を挑めば負けるかもね」
「………そう、なんだ」
五人の大魔法使いの中にも、剣や槍を使う者はいなかったみたいだ。当たり前だけど、僕だって剣の指南なんて受けたことが無い。剣道に通ったこともないしね。
純粋に、身体能力の高さを活かしただけの戦い方だ。といっても、大抵の相手なら技を力でねじ伏せることは出来ると思うけどね。
コボルト達を倒して進もうとした時、大きな足音が響く。
「………君、好かれてるんだね」
「………嬉しく、ない………」
その足音は四足歩行。だが、音が近付くにつれて起こっていく地響きから、可愛げのないワンちゃんという訳ではないみたいだ。身構える僕たち。そして、前方の木々が次々とへし折られながら、それは姿を現した。
「グオオオオオオオオオッ!!!!」
「っ………なるほど、ベヒーモスか」
「………大きい」
「!」
現れたのは黒い皮膚と、頭部に巨大な角を持った巨大な魔獣。獣たちの王として名高い古の魔物、ベヒーモスだった。体高はおよそ4m。体長は9mといったところかな。ふむ、普通の個体より少し大きいみたいだね。
「大きいね。これはいいデータが取れそうだ」
「………戦う、の?」
「どの道、ベヒーモスから逃げ切るのは不可能だよ。僕一人ならともかくね」
僕がそういうとともに、一瞬でその場から移動する。恐らく彼女からは僕が消えたように見えるだろう。
近くにあった木に、錬金術で作り出した槍を周囲に数本作り出して発射する。それを足場にベヒーモス以上の高さまで飛び、周囲に再び黄金の光を纏った槍を作り出す。
「我が矛は雨の如く」
僕の言葉と共に、次々と作り出されては発射される槍。ベヒーモスはそれを見て、その巨体からは考えられぬ身軽さで、後方へとジャンプすると共に、反動を利用することで跳ぶ。一瞬で僕と同じ高さまで来た。左腕を振り上げて、既に攻撃準備は整っているみたいだ。
僕は右手に蒼い光を纏わせる。
「顕現せよ。ハウラの権能」
右腕を突き出すとともに、僕の右手からは勢いよく水が噴射される。それはベヒーモスの視界を奪うとともに、反動で僕を地面へと急降下させる。
地面に降りる寸前に、右手に黄金の光を纏わせる。だが、僕が地面に降りていくのを見たベヒーモスが、口を大きく開けるとともに咆える。
「ゴオオオオオオオオオオッ!!!」
「おっと………」
咆哮は音の衝撃波となり、僕に迫る。ちょっと油断したね。致命傷にはならないかな。
「氷壁よ、隔てて」
その時、僕の前方に氷のバリアが展開される。こんなところで助けられるとはね。バリアは咆哮を防ぎ、僕は地面に着地するとともに右手を地面に付ける。ベヒーモスはそれを見て左腕を振り上げる。このまま急降下攻撃をするつもりだろう。
その瞬間、ベヒーモスの頭部に巨大な岩が激突する。投げたのはもちろんロッカだ。頭部に強い衝撃を受け、空中で態勢を崩すベヒーモス。
「顕現せよ。メイアの権能」
地面に光を放つ罅が入り、直後に黄金の鎖が大量に飛び出してくる。その鎖は態勢を崩して落下しているベヒーモスへと高速で伸びていき、ベヒーモスの体を拘束する。
引きちぎられる前に、次の行動に移る。立ち上がった僕は右手に緑の光を纏わせるとともに、瞳が光る。
「出でよ。生命の化身」
右腕を振り払う。その瞬間、周囲に生える木々が緑色のオーラを放つ。そして、木の幹から次々とあの怪物が生えてくる。その怪物たちはベヒーモスを捉えるとともに、目のような空洞に光を灯す。大きな胴体に、口の方な大きな穴が開く。そして、その奥に緑色の光を放っている。
「放て」
僕の声に合わせて、無数の怪物の口からは同時に緑のレーザーが放たれ、ベヒーモスに直撃するとともに巨大な爆発を起こす。レーザーを放った怪物たちは、一瞬で朽ちて崩れていく。
だが、爆風の中に繋がっている黄金の鎖が一気に壊される。その瞬間に爆風から飛び出してくるベヒーモス。
だけど、それは予想内だ。右手に赤い光を纏わせるとともに、フラウも両手を胸の前で重ねる。
「顕現せよ。ロアの権能」
「波紋。荒波よ、穿って」
僕は右腕を振り払う。それと共に前方に発生した巨大な火炎。そこに、フラウの水流が放たれる。高熱の炎に触れた水流は一瞬で蒸発し、巨大な爆発が起こる。
流石に終わったかな。そう思った時、爆風を突き破って、右の角が折れて、ボロボロのベヒーモスが飛び出してくる。しぶといね、まだ戦えるとは。
「グオオオオオオッ!!!」
「!」
その瞬間、ロッカが一瞬で僕とフラウの前に立つ。そして、突進してくるベヒーモスに構え、勢いのまま振り下ろされた右腕を、寸前で体を逸らして避けてロッカは両腕で振り下ろされた右腕をしっかりと掴む。
「グアッ!?」
「!」
ベヒーモスを持ったまま回転し、空中へと放り投げるロッカ。相変わらずゴーレムとは思えない動きだね。とにかく、流石に終わりにしようか。
僕は右腕に白い光を纏わせる。
「顕現せよ。シアトラの権能」
右腕をベヒーモスに向け、広げていた手を閉じる。その瞬間、ベヒーモスの周囲の空間が一瞬だけ歪んだとともに、閃光が走る。
その瞬間、黒い爆発が起こる。爆発はまるで宇宙のように暗いドームを形成し、中には星々のような光が放たれている。
その爆発が一瞬で縮小して消える。それと共に地面に落ちるベヒーモスの体。完全に息は止まっているし、僕の目には命が見えなかった。
「よし、やっと終わったね」
「………あなた、一体何者なの」
「ちょっと戦いには自信があるだけの錬金術師だよ」
「………あんな魔法、私の住んでた所でも、誰も使えない」
フラウの言葉に苦笑を返す。まぁ、つまりは答えれないってことだね。それを見たフラウは、何も言わずにベヒーモスを見る。察しが良くて助かるよ。
「じゃあ、フィールドワークの続きと行こうか」
「………このベヒーモスはどうするの?」
「あぁ、それはね」
僕がそういうとともに、ベヒーモスの死体に近付く。そして、白い光を纏った右手で触れるとともに蒼い光がベヒーモスを包み込み、一瞬で収縮して消える。
「こうするんだよ」
「………空の、魔法」
「そういうことだ。さぁ、行こうか」
空の魔法。またの名を虚空魔法とも言う。空間そのものを操る魔法であり、虚空とは全てを司る真の世界そのものである。別の空間への収納くらいなら簡単だ。
再び歩き出す僕ら。さぁ、今日のフィールドワークは少しだけ楽しくなりそうだ。
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