第6話

 家に戻った僕は、貰った蜂蜜をキッチンの奥へと置く。まぁ、折角もらったんだしそのうち食べようとは思っている。ロッカは普段、家の中では隅っこの方でジッとしている事が多い。自由にしていいよ、とは何度も言ってるんだけど、本人はそれでいいらしい。

 フラウはさっきのソファーに座る。まぁ、この子に関しては何を考えているのか分からないけど、別に答えを急かす必要もない。今の所何か不都合がある訳じゃないからね。


「何か飲むかい?」

「………何があるの?」

「コーヒー、お茶、フルーツジュースだね」

「………ジュース、お願い」


 僕はマジックアイテムの大きな箱を開ける。予想した人も多いと思うけど、所謂冷蔵庫だ。と言っても、別に珍しいものじゃない。一般人が持っていることは稀だけど、お金持ちなら案外持っている人は多いらしい。

 これに関しては、最初からあったから僕は知らないけどね。後、お金と言えば。僕は今の所自分の研究をしてるだけで、働いているわけじゃない。勿論収入なんてないんだけど、この家の倉庫には五人の遺産が残っていた。どれくらいかって言われると、『権能』と呼ばれていた伝説の大魔法使い五人の遺産だという事で、なんとなく察してほしい。

 冷蔵庫から取り出した容器から、コップにジュースを注ぎ、彼女の前へと置く。


「はい、どうぞ」

「ありがとう………あなた、貴族なの?」

「違うよ。まぁ、錬金術師だからね。マジックアイテムを作るのは専門分野だし、僕の師はかなりの腕利きだったらしいからね」

「………あの時、あなたはリードって言ってた。もしかして、『権能』の魔法使いと関わりがあるの?」

「当たらずとも遠からずかな。まぁ色々とあるんだ」


 そういって、自分のカップにコーヒーを注ぐ。彼女の向かい側に座って、色々と考えてみる。まず、フラウがあそこにいた理由。彼女は語ろうとしなかったけど、何となく予想は出来ていた。

 予想材料は、主に三つ。一つは、彼女の持つ魔力の特異性。量自体は僕から見れば少し多い程度ではあるけど、その濃度があまりに高い。魔人だと言う事を考慮しても、なんらかの突然変異が関わっていなければ理由が付かないだろう。二つ目が、彼女の発言。彼女が熱を出して倒れたとき、彼女は僕へ「死にたくない」と言った。そして三つ目は、彼女の出身がシグリア大陸だという事。あそこは万年戦争状態と言っても過言ではないから、兵器の生産と開発が盛んだ。

 僕の見立てでは、恐らく彼女を材料として魔法的な兵器。または、儀式でも行おうとしたんだろう。彼女はそれが怖くて、ここまで逃げてきたんだと思う。どうやってかまでは分からないけど。


「………あなた、錬金術師なんだよね」

「あぁ、そうだね」

「………私を、実験に使おうと思わないの?」

「全く。そんなことをしても、何の得にもならないからね。生憎と、僕は人体実験はしない主義なんだ。それに、君の魔力は魔人として見れば確かに珍しいけど、必要だとしたら代替は利く。竜の心臓でも使えば、同じ結果が得られるだろうし………」


 そういって、僕は右手を前に出す。上に向けられた手のひらに、青白い光の奔流が発生する。それを見たフラウは少しだけ目を見開く。

 本来、人間や亜人の魔力と言うのは可視化出来ないと言うのが一般論だ。それは、色調を持つほどの魔力を持つ生物は、龍や悪魔の類だと言われているから。


「………!」

「この通り、僕の魔力は人並みってどころじゃなくてね。マジックアイテムを使って、この魔力を高濃度の物に変換すれば、それ以上の結果は期待できる。これで、僕が君を実験に使わない理由が分かったかな」

「………あなた、本当に人間?」

「まぁ、少なくとも心は人間でいたいかな。本当のところは、敢えて伏せさせてもらうよ」


 誤魔化す。でも、僕の言葉は少しだけ匂わせる程度にだけど、僕が純粋な人間ではないことを示していた。多分、フラウもそのことは気付いただろう。けど、人間じゃないのはお互い様だ。


「そう………」

「まぁ、もし仮に僕が人間じゃなかったとしても、種族なんて大した問題じゃないと思うんだ。僕にとって、種族はその人物を確立させる情報の一つでしかない。最終的に、重要なのは僕が僕であることだ」

「………面白い考え方をするんだね。私の故郷には、そんなことを言う人はいなかった」

「まぁ、人や国によって考え方は違うさ。でも僕から見て、君も僕と似たような価値観を持っているように思える」


 僕がそういうと、彼女は一瞬だけハッとした顔をする。そして、しばらく俯いて黙った後、ぽつりと話し始めた。


「………私は、人間と争うのが嫌だった」

「だろうね」

「………私が、なんで人間が敵なのかって聞いても、みんな「人間だから」としか言わなかった。それが、私には理解できなくて………」

「なるほどね。それで、特殊な魔力を持った君が周りに反発したら、周りの者達は君を材料に使おうとしたわけだ」

「………うん」


 まぁ、やっぱり。それしか感想はない。特に意外性のある話だとも思わなかったし、ありきたりな理由だな、と思う。自分たちと考え方が違う不穏因子を、人々が受け入れるのは難しいというのは、歴史が証明している。

 だからといって、人が愚かだと言うつもりもない。誰もが尊重される世界なんて言うのは、絶対に不可能だと僕は思うからね。

 どれだけ相手は相手、自分は自分を貫き通しても、価値観や考え方の相違と言うのは避けて通れない道だ。人と関わり合う以上、対立と言うのは必ずどこかで発生するものだし、それを全て受け入れる社会と言うのは、恐らく幸せなんてものが存在しない世界だろう。


「それで、君は死ぬのが嫌で逃げてきたわけだね。まぁ、良く海を越えて逃げ出せたというか」

「………船に、忍び込んだの」

「あぁ、なるほどね。まぁ、君が無事でよかったよ」


 僕がそういうと、彼女はきょとんとした顔をする。何かおかしなことを言ったかな。


「………他人なのに、なんでそんなことを思えるの?」

「他人の心配をしちゃいけないのかい?人が死ななくて良かったなんて、当たり前の事じゃないか」

「………当たり、前」


 まぁ、戦争と隣り合わせの生活を送っていれば、その辺りの価値観は摩耗してしまうかもね。まぁ、僕が知りたかったことは以上かな。僕は空になったカップを持って、席を立つ。


「僕は今から研究をするから、君はこれからどうするか考えると良い。鍵は開けたままだから、このまま家から出るのもいいし、行きたい場所があるなら僕が送ってもいい。どうするかは君次第だ」

「………うん」

「あと、用があるときは必ずロッカを通してくれ。実験中に突然入られると、危ないこともあるからね」

「………分かった」


 それを聞いて、僕はカップをキッチンに置いた後、研究室へと向かう。さて、今回の課題は………そうだ。引力の根源について、放置していた実験の続きをするとしよう。












 数時間後。僕が研究室でデータを取っていた時、扉がノックされる。時計を見ると、正午を少し回った頃。いけない、また研究に没頭しすぎてしまった。


「分かった、すぐに行くよ」


 僕の声を聞いて、足音が遠のいていく。研究についてもそれなりに良い進展を得られたし、丁度良いだろう。扉を開けて、そのままリビングへと向かう。


「………お疲れ様」

「ありがとう。お昼も食べるだろう?」

「………うん」

「待ってて。すぐに作るから」


 僕はそのままキッチンへと入る。まぁ、幸いパンは朝に作った物が残っている。となると………パンに少し手を加えようか。僕はパンをいくつかまな板に置き、縦に切り込みを入れる。そして、その裂け目に朝の残りのサラダと、冷蔵庫から取り出したベーコンを挟む。まぁ、とてもありきたりだけど、量さえあれば腹は膨れるし、味も変わっているから飽きはしないだろう。

 軽く食べるだけだし、わざわざ移動させなくてもいいかと思い、そのままパンの乗った大きな皿をソファーの前にある机に持っていく。


「お待たせ。ちょっと雑だけど、そこは大目に見てほしい」

「………ううん。ありがとう」


 そういって、彼女は更に乗ったパンを一つ取る。僕は彼女の分のコップと、自分のカップに飲み物を注いで持ってくる。

 僕も皿に乗っているパンを一つ手に取り、口へと運ぶ。うん、まぁ即席にしてはそれなりかな。でも、こういうのを食べるなら、ケチャップとかが欲しくなるね。材料は………難しいかな。香辛料の入手が厳しいね。

 まぁ、それはとりあえず置いておいて。


「それで、少しは考えがまとまったかな?」

「………うん」

「それは良かった。じゃあ、君はどこに行きたいんだい?」


 僕が彼女に問いかける。ここにまだ残っているという事は、自分一人で出て行こうという訳じゃないのは明らかだ。となると、自分一人でどこかに辿り着くのは難しいと判断したんだろう。

 正直、僕はそれでも全然構わない。折角傷を縫ってまで助けたのに、死なれるとこっちとしても悲しい。頼ってくれるのであれば、僕は歓迎だった。


「昨日も言ったように、村に紹介してほしいなら特に難しいことじゃない。それに、別のどこかに向かうにしても、僕は強いからね。問題はないと思う」

「………その」

「うん」

「………」


 目を逸らす。いや、そこで言い出さないのかい。そこまで来たら、詰まらずに言って欲しいのだけど。まぁ、僕に迷惑をかけるという事に、まだ抵抗があるのだろう。


「大丈夫だよ。僕は迷惑だと思う以上に、君の力になりたいと思っているからね。だから、遠慮なく君の考えを教えて欲しい」

「………その」


 そういうと、彼女は覚悟を決めたように僕と目を合わせる。


「………ここに、いさせて欲しい」

「………ふむ」


 これは予想内。まぁ、正直言うんじゃないかとは思っていた。自意識過剰かと思う人も多いかもしれないが、僕は客観的に見るという事に関してはかなり得意だと思っている。彼女がこの家に心地よさを感じていたのは薄々分かっていたし、彼女には頼れる者もいないのだから、自然とこうなるだろうな、とは思っていた。


「………だめ、かな」

「いや、構わないよ」

「………え?」


 僕がそういうと、彼女は目を丸くする。まぁ、ダメもとで言ったんだろう。けど、僕としては別に不都合はない。


「僕は構わない。元々一人で持て余していたんだ。寝室は四つも空いてるし、このスペースも余分なものが多いからね。君は故意に家を荒らしたりはしないだろうし、研究の邪魔にもならないと思ったんだよ」

「………いい、の?」

「いいよ。けど、家の掃除とかを手伝ってくれると嬉しいかな。これだけ広いと、一人じゃ大変でね」

「うん………ありがとう」


 そういって、彼女が小さく笑みを浮かべる。年相応に………あぁ、見た目と年齢が一致しないんだったね。まぁ、可愛らしい笑みだ。そういえば、彼女が笑うところは初めて見たかもしれない。

 転生する前の、クラスメイトが企画してくれた激励会で「そんな風に笑うんだね」と言われたあの時の言葉の意味が、何となく分かった気がする。あれ、僕ってそんなに笑わないかな。


「どういたしまして。これからよろしくね」

「うん………よろしく」


 まぁ、何はともあれ。僕の家には、同居人が増えたのだった。












 彼女がこの家で暮らすことが決まった後、僕は家の案内をしていた。まぁ、無駄に広いからね。


「ここがお風呂だ。脱衣所は二つに分かれているから、君は右を使ってね。後入ってるときはこの札を掛けること」

「………お風呂、あるんだ」

「まぁね。君にとっては嬉しいんじゃないかな」

「うん………嬉しい」


 この世界では、一般家庭にお風呂があるところは多くない。無い訳じゃないけど、そもそも水が貴重だからね。え、僕?マジックアイテム以外にある訳ないだろう。お金持ちなら持ってるわけだし、別にいいだろう。

 そういえば、彼女の服装を見て、勝手にお嬢様かと思ってたんだけど違うのだろうか。


「ねぇ、こんなことを聞くのは失礼かもしれないけど、君は貴族の娘だったりしなかったかい?」

「………そうだけど」

「やっぱり。家は屋敷だろう?お風呂はなかったのかい?」

「………あったけど、使われることが無かった。そんなことにマジックアイテムを起動するリソースは、勿体ないからって」


 それは災難だったね。目の前にお風呂があるのに使えないなんて。まぁ、僕は別にリソースも何も、研究室にある魔力炉からエネルギーを供給してるから問題はないけど。燃やすだけで熱エネルギーを魔導エネルギーに変換するなんて、ロアの発明品は画期的だね。


「まぁ、この家では特に気にせずに使ってくれ。このスイッチを押したら起動するから、入りたいときに使って構わない。でも、のぼせないように気を付けるんだよ」

「………分かってる」


 それじゃあ、次は寝室に案内しないと。と言っても、四つも空き部屋になっているんだ。好きなのを使ってくれて構わなかった。

 二階に上がった僕は、彼女へと言う。


「ここから並んでる部屋は全部寝室だ。一番奥の部屋は僕の部屋だけど、それ以外なら好きな場所を選んでくれていい」

「………分かった」

「よし、大体終わったかな。後、僕が研究室にいる時は、変わらずロッカを通してね。何かあったら困るから」

「………うん」


 これで、家の案内は終わった。特に不安と言うのはないし、寧ろ新たな同居人が増えたという事に、僕は少しだけ喜んでいるところがあった。まぁ、一人暮らしに憧れがあったのは間違いないし、それも好きだけど。やっぱり、誰かと一緒にいた方が、僕の性には合ってるようだ。

















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