第5話
目を覚ます。カーテンの端から差し込む朝日は、いつもの起床時間だという事を知らせる。体をベッドから起こし、近くに用意していた服に着替えていく。まぁ、いつも着ている物と変わらないけど。
身支度を終えた僕は寝室を出る。いつも通り廊下を通って、階段を下りる。けど、一階にはいつも通りじゃないものが。
「………」
昨日と同じソファーで静かに寝息を立てている少女。一瞬だけ、昨晩から起きていないのでは?と思ったが、彼女の前に置いていたバスケットから、あれだけあったパンが一つ残らず無くなっていることから、彼女が一度起きているという事を示していた。
けど、正直自分でも多すぎると思っていた量だったんだけど。余程お腹が空いていたみたいだ。つまり、彼女はそれなりの期間食事を口にしていなかっただろう。つい昨日迷子になった、と言うのは考えずらい。
まぁ、朝食の支度でもしながら考えればいいだろう。その前に、僕は玄関を開けて外へと出る。外には左手を銃に変形させて、辺りを見渡しているロッカ。僕が扉を開くと、こっちに気付いて右手を振ってくる。
「おはよう。もう見回りは大丈夫だよ。お疲れ様」
「!」
僕がそういうと、ロッカは褒められた喜びを体全体で表す。普段はこんな様子だけど、仕事を頼めばそつなく何でもこなすロッカの存在にはそれなりに助けられている。疲労と空腹と言う人間の呪縛を気にする必要が無いロッカは、長時間の仕事すら苦にすることはない。
そのまま家の中に入るロッカ。僕はそれを見てからキッチンへと向かう。まぁ、普段通りでもいいのだけど、客人もいる事だしスープやサラダなんかもあっていいかもしれない。
「………う、ぅん………」
「ん、起きたかな。気分はどう?」
「………ん………昨日より、ずっといい」
「それは良かった」
僕が朝食を作り終えて食卓に並べている時、音に気付いたのか、それとも匂いに気付いたのか、彼女が目を開く。
ゆっくりと体を起こし、僕の方を見る。昨日から思っていたけど、無表情と言うか、何を考えているのか分かりにくい。大人しそうというか、幼い見た目の割に落ち着いた雰囲気を感じるのはその表情のせいなのだろうか。
「お腹が減っていたみたいだね。朝食は食べるかな」
「あ………ごめんなさい」
「………うん?」
突然彼女が謝罪をするから、理解が追い付かなかった。僕がいくら頭が良いからって、急に謝られても困るのだけど。彼女は申し訳なさそうな表情で告げる。
「パン………あなたの分もあったと思う、から………」
「あぁ、なるほど。気にしなくていいよ。好きに食べていいと書いていただろう?僕の分なんか考えずに、君が食べていればそれでいいよ。それで、朝食はどうする?」
「………いいの?」
「勿論さ。寧ろ、君も食べると思って用意していたから、食べてくれると嬉しい」
「………ありがとう」
そういって、彼女は僕の反対側の席に座る。口に合うといいんだけどね。僕はいつも通りパンだけだ。食べる事が嫌いな訳じゃないけど、必要以上に沢山食べようとも思っていない。太りたくないという訳ではなく、純粋に意味を見いだせないからだ。
彼女はゆっくりと目の前のパンを小さな口で食べ始める。こうしてみると、やはり幼いという感想が一番に出てくる。とはいえ、わざわざ年齢を偽る理由も………いや、彼女の事を知らない以上、何とも言えないか。
「昨日、君が眠る前に話したことを覚えているかな」
「………うん」
「君がまだここにいるってことは、一人で帰ることが出来ないか、行く当てがない、ということで間違いはないのかな」
「………」
無言。だけど、それが何よりも答えを物語っていた。まぁ、予想通りかな。一つずつ聞いていこうか。
「なんで、あんな場所にいたんだい?」
「………」
「ふむ。質問を変えよう。どこから来たのかな?」
「………ニースティフル」
「それはまた遠くから来たね」
ニースティフル。確か、海を越えた先。シグリア大陸にある国だったはずだ。その大陸では昔から魔族と人間が対立をしていて、二百年に一度、魔族勢力には魔王が、人間勢力には勇者が生まれて大きな戦争が起こるらしい。勇者と魔王というと、大抵は勇者が勝つのがお決まりだろう。けど、この世界で勇者は主人公じゃない。負けることもあるらしいし、特別どちらが優勢と言うのはないみたいだ。
そういえば、ニースティフルは魔族側の国だったかな。
「なるほどね。つまり、君は魔族だったのか」
「………追い出さないの?」
「別に、僕は魔族と対立していないからね。君たちの大陸では敵同士かもしれないけど、僕からすればどうでもいいかな」
彼女が不安そうに僕に聞くけど、正直僕にとって種族と言うのはあまり問題じゃない。僕自身、今は純粋な人間という訳じゃないし。魔族だからと敵対する理由はない。少なくとも彼女が僕を害するつもりが無い限りだけど。
「寧ろ、君こそどうなんだい?君たちは、長年人間と対立しているんだろう?」
「………あなたと戦っても、勝てる気がしない、から」
「ふむ。賢明な判断だけど、そもそも君には僕を襲う気が無かったんじゃないかな。もし君が僕と敵対しているのなら、僕の家に来ないだろう?」
「………」
ふむ。やっぱり、間違いじゃないようだ。魔族と人間の違い。実はあまり大したことはない。魔族の方が、寿命が長いことが一番の違いだろう。正直、エルフやドワーフよりも、よっぽど人間に近い種族だと思う。なら、何故対立しているのか。まぁ、別に種族が理由という訳じゃないという事だね。
けど、それは対立が始まったころの話だ。長年にわたる戦争で徐々に目的が摩耗し、次第に憎み合うだけになってしまった。多分、今頃向こうの大陸では人間だから、魔族だからというだけで戦争が起こっているんだろう。ちなみに、この知識も『権能』達の物だ。
彼らも僕の寿命ほどじゃないにせよ、人間の寿命を遥かに超えていたらしい。
「まぁ、君が魔族であることは分かったけど。これから、どこかに行く当てはあるのかな」
「………」
彼女の故郷が海の向こうならば、帰る場所があると言うことはないだろう。何かが理由で海を渡ってこの大陸に来たんだろうけど、どこか当てはあるのか。
彼女は目を逸らす。本当のことを言って、僕を困らせるか。嘘を言って、自分が困るか。その二択で悩んでいるようだ。分かっているなら、本当は自分から手を差し伸べるべきなんだろうけど、これは彼女の問題だ。
とにかく、僕は自分の分の朝食を食べ終わる。彼女も殆ど食べ終わってるけど、いつの間に。僕はそんなに食べるのが遅かったかな。僕は席を立つ。
「まぁ、考える時間も欲しいだろうし、ゆっくりと考えると良い」
「………あなたは、どうするの?」
「麓の村に行ってくるよ。ここ最近は顔を出していないからね」
そういって、僕は玄関の近くに置いていたバッグを体に掛ける。そのまま玄関に向かっていた時だった。僕のコートが小さく引かれる。
「ん?どうしたんだい?」
「………一緒に、行きたい」
「………ふむ」
僕は考える。まぁ、僕の連れだと言えば村人達も追い出そうとはしないだろう。というか、彼らが彼女に石を投げるようなところなんか見たくないけど。
「僕は構わない。けど、絶対に村人に喧嘩を売らないようにね」
「………分かってる」
「ならいいよ。後、君の足は縫ったばかりなんだ。はしゃぎすぎると傷が開きかねないから、気を付けるんだよ」
「………うん」
そういって、彼女は僕のコートを離す。それを見て僕はロッカに声を掛けた。
「行くよ、ロッカ」
「!」
左手を掲げるロッカ。まぁ、それがいつもの返事だ。
僕らは丘を下る。今日は別に急ぐ必要もないし、フラウが一緒だからゆっくりと歩いていた。村と僕の住む丘までの道のりには、僕が作った特殊な匂いを放つマジックアイテムを設置している。低級のモンスターなら近付くことはないし、それなりのモンスターが来ても、あまり長居はしないだろう。人間や亜人には感じる事が無いという、とても便利なものだ。当然、彼らの生息域を奪っていることになるし、あまり広範囲に使うわけにはいかないけど。
「大丈夫かい?」
「………うん。大丈夫」
彼女が静かなのは元からだろうけど、ここまで反応が鈍いと少し心配になる。本当のことを言っているのかも分からないし、彼女の何を考えているのか分からない表情が、それをより深刻にしていた。
まぁ、それについて僕が追及することはない。そうしてしばらく歩いていたら、いつも通り村が見える。そのまま門に近付いていく。
「お!先生!」
そんな僕に気付いた男が、僕の方へ歩いてくる。あの時、盗賊団のリーダーに右腕を切り落とされていた男だ。でも、今の彼は五体満足であり、どこにも怪我なんて見当たらなかった。
「やぁ、リアム。右腕の調子はどうかな」
「あぁ、最高だ!元々俺の物だったみたいに、何の違和感もないぜ!」
「それは良かった。初めての試みだったから、少しだけ心配だったけど、その様子なら大丈夫みたいだね」
「本当に先生には感謝してるよ………ところで、そこのお嬢さんは先生の妹さんか?」
リアムがそう言ってフラウを見る。妹。確かに、僕と彼女は髪色が似ているし、そう見えないこともない。見た目の年齢的にも、別に違和感はないだろう。
とはいえ、ここで嘘を付いても後々が面倒だから正直に話す。
「ううん。森でフォレストハウンドに襲われているところを保護したんだ。一応、彼女は大人しい子だし、僕が目を離さないって約束するから、村に入れてあげて欲しいんだけど」
「………ねぇ、子ども扱い、しないで」
「ははっ。先生の連れなら問題ないさ。歓迎するよ」
そういって、彼は通してくれる。おかしいな。僕は一ヶ月間も追い出され続けてきたんだけど。まぁ、彼女は子供にしか見えないし、流石に手を出すことはないと思う。それに、僕の一言で信じてくれるって言うのは僕がこの街で信用されているということの裏返しだ。そのことに少しだけ嬉しくなる。
村に入った僕はそのまま村長の家に向かう。すれ違う村人達が僕を見るたびに声を掛けてくる。隣にいるフラウや、ロッカにも手を振ったり。
「………慕われてるの?」
「まぁ、それなりに。彼らとは、対等な良い関係を続けられていると思うしね」
最初の一ヶ月が懐かしいよ。頑張ってれば、いつか受け入れてくれるとは思っていたけど、ここまで良好な関係を結べるとは思っていなかった。嬉しい誤算というやつだ。
「………さっきの人、あなたにお礼を言ってた」
「うん。ちょっと前に、この村が盗賊に襲われてしまってね。その時に、僕とロッカが追い払ったんだ」
「………私を助けたときも、だけど。なんで、あなたは誇ったり、威張ったりしないの?」
「そんなことをしても、何の得にもならないからね。僕は名誉が欲しい訳じゃないし、偉ぶりたいわけでもない」
僕の言葉に嘘はない。僕は彼らと対等な立場でいたいと思っているし、偉くなりたいから今まで勉強をしていたわけでもない。勿論、夢を叶える事が一番の目的だけど、こういった充実した日々って言うのも、悪くないんじゃないかな。
そんな話をしていたら、村長の家につく。僕が扉をノックすると、すぐに扉が開いた。
「おぉ、シオン様。よくぞいらっしゃいました」
「あぁ。しばらく来てなかったけど、村が元気そうで何よりだよ」
「それもこれも、全てシオン様のおかげです………本当にありがとうございます………」
初めて会ったころとは変わり、村長は僕に敬語を使うようになった。僕は気にしないと言ったんだけど、大切な客人にはそれ相応の礼儀を見せないといけないといって、このままになったんだ。
「ささ、立ち話もなんですので、どうぞ中へ」
「あぁ、僕の連れがいるんだけど、彼女も一緒で大丈夫かな。僕の家で保護している子なんだけど」
「勿論です。シオン様のお連れをぞんざいに扱うことなど出来ませぬ」
そういって、村長は僕らを中へ案内する。流石にロッカには外で待ってもらわないといけないけど。そのまま客間に通された僕はソファーに座る。
「どうしたんだい?君も座ったらどうかな」
「………うん」
そういって、控えめに僕の隣に座るフラウ。知らない人の家という事で緊張しているんだろう。しばらくすると、村長が一つの大きな包みを持ちながら部屋に入って来て、向かいのソファーに座る。
「お待たせしました」
「ううん、気にしないで。それで、あれからどうかな」
「はい、あんな事があった後だというのに、皆活気を取り戻しております。全てあなたのおかげです。改めて、心から感謝しています………」
「うん、どういたしまして。前にも話したけど、もし何かあったら、僕が渡したマジックアイテムで、遠慮なく僕を呼んでくれ」
「はい、何から何まで………もうなんと感謝をすればいいのか………」
「そんなに気にしないでくれ。僕はこの村の、みんなの事が好きだし、僕の好きなものを傷つけるものが許せないだけだ」
そういうと、村長は頭を下げる。少しだけ大袈裟だと思ったけど、感謝をされることが嫌な訳じゃない。恩を売るのは好きじゃないけど、僕の行動で誰かが救われるのはとても嬉しいことだ。
「感謝の品として、我々に出せる物はこれしかありません………どうか受け取ってくれないでしょうか?」
そういって、村長が包みを僕に手渡す。それを受け取ると、重さと形でなんとなく分かる。
「これは蜂蜜かい?」
「はい。今年取れた中でも、最上級の蜂蜜でございます」
「そんな………これは、本来なら王族に献上される程の物じゃないか。それも、今年取れた中での最上級品なら、大きなパーティーなんかに使われるくらいじゃないのかい?」
「はい。ですが、私達の感謝の気持ちを伝えられるには、これをお渡しするしかないと思ったのです。受け取っていただけないでしょうか?」
村長が、まるで縋るかのように言う。貰うのは僕の方で、渡すのは彼らなのだけど。でも、そこまでしてくれると言うのなら、断る方が失礼にあたるだろう。この蜂蜜に込められた思いに、僕はこれからも応えればいいのだから。
「分かった。有難く受け取るよ」
「ありがとうございます………!今後とも、我々をよろしくお願いします………!」
「こちらこそ、よろしく頼むよ」
そういって、僕と村長は握手をする。まぁ、思わぬお礼を貰ったわけだけど、こういうのも悪くはない。話が終わった後、僕らは村長の家を後にする。
「………あなたって、凄い人なんだね。色んな人を、救ってる」
「そんなこと………あるかもね。でも、僕は凄い人だから誰かを救ってるんじゃなくて、誰かを救っているから凄い人なんだ。ただ僕が優秀な錬金術師なだけだったら、僕は凄い人とは言えない」
「………なんで、そんなに他人のために?」
彼女が心底不思議そうに尋ねる。
「人が好きだからかな?よく人は、他人は他人、自分は自分だって言うけど、今の自分を作っているのは間違いなく他の誰かで、自立して一人で生きている人間も、それまでには必ず誰かの影響があったんだ。完全な自己完結なんてものは存在しなくて、誰かは常に誰かに影響を与えながら、人は変わっていく。だから、僕は人との繋がりを持ちたいんだ。きっといつか、僕に良い変化を与えてくれると思うからね」
「………良い変化って?」
「それは分からない。だからこそ、人との繋がりって言うのは面白いんだ」
僕の言葉に、彼女は少しだけ考えるように下を向く。まぁ、子供には難しい話………いや、子供じゃないんだったね。この村に来た時もそうだけど、彼女の子ども扱いを嫌がる態度が、どうしても背伸びをしたがる子供にしか見えなかったんだ。
とにかく、これで村での用事は一旦終わりかな。次に来るのはいつか分からないけど、また近いうちに来ようとは思ってる。
僕は村人達に別れの挨拶をしながら、村を出る。そして、家までの道のりを、ゆっくりと歩いていくのだった。
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