一章・新たな繋がり

第4話

 照りつける太陽の中。僕らは家から少しだけ離れた山の麓をぐるりと回っていた。ちなみに、今の季節は夏だ。まぁ、僕がこの世界に来た時が冬明け直後の春だったし、そこから五ヵ月経っていれば当たり前だけど。特に動植物の活動が活発な時期。フィールドワークにはうってつけで、僕らは今、山の渓流に立ち寄っていた。


「へぇ………綺麗なものだね」

「………!」


 ロッカがきょろきょろと辺りを見回す。流れる滝の音、跳ねる水しぶきは夏の温度を下げ、ここだけは天然のクーラーのようにひんやりとした涼しさを放っていた。


「ここで少しだけ休憩しようか」

「!」


 ロッカが頷く。まぁ、君には体を休めたり、食事をする必要ないんだけどね。僕が河原に座って、近くの岩に背をもたれさせる。ロッカもその場に座って、流れる滝を見ていた。こういった大自然の光景と言うのは、昔から憧れに近いものを持っていた。

 僕は都会で暮らしていたから、そういった物はテレビや本の中でしか見る事はなかった。でも、そこに芽吹く命の輝きは、確かに僕の心を掴んで離さなかった。この世界に来たのは、やっぱり正解だったみたいだ。案外不自由ない暮らしを出来ているし、変に誰かに気遣う必要もない。勿論、今まで賑やかだった施設で僕を可愛がってくれた大人や、僕を慕う子供たちの声が無いのは少しだけ寂しいけど。それでも、僕はここで間違いなく充実した日々を送れているはずだ。

 その時、ロッカが座りながら、河原の小石を拾っている。あぁ、またやっているんだね。


「………」


 ロッカは右腕の前腕部分が開き、そこにある大きな缶のようなものに小石を入れていく。まぁ、弾の補充というやつだ。別にそういう風に作っているわけだし、それだけなら問題はない。けど………あ、ちょっと待ちなさい。そんな鋭い小石を入れたら駄目だ………遅かったみたいだね。


「?」


 僕は、ロッカを制止しようと伸ばした左手を降ろす。当の本人は、まるで何があったのか分かっていないかのように首を傾げてこちらを見ていた。彼はれっきとした人格を有しているけど、その精神年齢は、少しだけ幼いように思えた。もし次戦う時は、相手が人間以外だと良いんだけど。下らないことを考えながら、しばらくボーっとしてみる。しばらく時間が経ち、そろそろ帰ろうかと思った瞬間だった。突然、近くの茂みが音を立てる。


「ん?」

「?」


 僕とロッカは同時にそっちを見る。ロッカは開けていた前腕を閉じて、僕と同時にゆっくりと立ち上がる。一応、この世界は魔物が蔓延る危険な世界だという前提は忘れていない。周囲の状況にはちゃんと気を配らなければ、あっけなく命を落としてしまう。

 その時、茂みを分け入って何かが出てくる。けど、それは僕の予想とは大きく異なったものだった。


「うぅっ………」


 茂みから出て来たのは、一人の白髪の少女。でも、その姿は全身傷だらけで、歩くのもやっとだと思えた。茂みから出てくると同時に倒れる少女。しばらく唖然として眺めるだけだったが、僕とロッカが顔を見合わせた後、ゆっくりと少女へと近付いた。


「君、大丈夫かな。意識は………ないみたいだ」


 近寄って声を掛けてみるが、反応はない。呼吸音から察するに、恐らく聞こえてもいないだろう。身長は僕よりも一回り小さい。年齢は………多分、14歳くらいかな。その身長に似合わぬほど整った顔立ちと腰まで伸びた長い髪が特徴的だった。

 小さな子供が、こんな山で何をしてるんだか。それに身なりを見ると別に家を失った孤児という風にも見えない。ノースリーブの白い上着と深い青のスカート。白い肌が覗く二の腕からは付け袖をしていて、どこかのお嬢様だったんじゃないか?という疑問が頭を過ぎる。

 何よりその傷の数が気になった。かすり傷、切り傷、打撲など。至る所に傷がある。そして、特にひどいのは丈の短いスカートから伸びる右足の大腿部分に、大きな噛み傷があったのだ。既に時間が経っているのか、流れている血は少しだけ乾き始めていた。それに、僕が気付いたのはそれだけじゃない。


「なんだろう、この魔力………まるで、僕らの魔力とは違うみたいだ」


 僕が見た少女の魔力。量自体は、特段驚くものではない。だが、その濃度が少々異常としか言いようがないのだ。


「とにかく、応急手当が先か………こんなことなら、ちゃんとした道具を持ってくるんだった」


 そういって、僕は降ろしたバッグから傷薬や、包帯などの道具を出していく。多分、殆どの傷はこれで十分だろう。でも、足の怪我に関しては明らかにこの場でどうにかすることは出来ない。恐らく噛まれたときに細菌が入ったのだろう。既に傷は化膿し始めているようだ。一応、手持ちの薬で進行を遅らせることは出来るだろうけど、ちゃんと手当てをするには一度家に戻らなければならない。太陽の位置から、時刻は既に五時ごろ。家まで歩いたとして、一時間はかかるだろう。往復する時間を考えれば、少女を連れて帰るのが賢明だとは思う。

 けど、それにも勿論色々と問題がある訳で。そもそも、この子がどこから来たのかも僕は知らないし、彼女を見つけた場所から、遠く離れた場所へ勝手に連れて行くと言うのは色々と不味い。下手をすれば、僕が誘拐犯にされかねない。

 そして、彼女の足の手当をしていて気づいたことがあった。恐らくこの噛み傷は、ただの野犬や狼という訳ではなさそうだ。

 多分だけど………


「グルルルル………」

「やっぱり、お出ましか」


 そういって、僕は立ち上がる。視線の先で、茂みから出て来たのは狼の群れ。左右から僕らを囲むように展開しているそれは、フォレストハウンドという魔物だ。少しだけ緑掛かった体毛と、青色に輝く瞳が特徴的な低級のモンスターではあるけど。

 個の能力は、群を成せば大きくなり得るという事だ。そして、フォレストハウンド達は僕とロッカの後ろに倒れている少女を見ていた。間違いない。彼らはこの子を狙っているみたいだ。

 まぁ、何となく理由は分かる。恐らく、この子の魔力が原因なんだろう。かといって、黙ってこの子を食わせるわけにもいかないけど。その時、少女がゆっくりと蒼い瞳を開ける。


「う………う、ん………」

「起きたかい?最悪のタイミングだね」

「………?あなたは………?」

「通りすがりの錬金術師さ」


 突然目を覚ました少女へと告げる。事実、僕はここへフィールドワークに来ていただけだし、通りすがりと言ってしまえばそれ以上の何者でもない。まぁ、この可愛げのないワンちゃんには、適当に遊んであげてお帰り願おう。


「もう少しだけ眠っていると良い。あまり見ていて気持ちのいいものではないよ」

「っ………!」


 少女はハッと周りを見て、その目に恐怖が浮かぶ。やっぱり、この子を噛んだのはこいつらだったみたいだね。


「グルルルル………」


 フォレストハウンドたちが姿勢を低くする。僕は左手に剣を作成し、ロッカは左手を銃に変形させる。こんな奴らに後れを取る訳はないけど、今の僕らは守るべき対象がある。動きは自ずと制限されるだろう。


「ガルルルルッ!!」


 その時、群れの一匹が飛びかかってくる。正直、彼らの素材は欲しくないし、肉も別に美味しくはないから殺してもいいのだけど。人じゃないとはいえ、子供の目の前で生き物を殺すのは憚れる。


「顕現せよ。リードの権能」


 右手を振るうとともに起こる突風。飛びかかって来たフォレストハウンドが空中で姿勢を崩し、僕はそのフォレストハウンドの横腹に回し蹴りを入れる。地面と平行に吹き飛び、近くの大きな岩へと激突する。死んではいないだろうけど、満身創痍と言った様子だ。僕の後ろからは、ロッカの鈍い銃声も聞こえる。そして、恐らくこの群れのリーダーだと思われる個体が、大きく吠える。


「ワオオオオオオン!」


 その瞬間、群れは僕らの周りをぐるぐると回る。なるほどね。まぁ、別に大した問題じゃない。僕が右手に赤い光を纏った時、僕の後ろで少女が立ち上がる。


「まだ立ち上がらない方がいい。君の傷は深い。無理をすると、後が大変だ」

「………大丈夫」


 そういって、少女は胸の前で手のひらを重ねる。その手のひらの間から、一瞬だけ波のような波紋が広がった時、少女の髪がまるで水中を潜っていくときのように逆立ち、ゆっくりと手のひらを離していく。その間には大きな水球が。やっぱり魔法を使えた訳か。


「波紋。荒波よ、穿って」


 その言葉と共に、水球は激しい波を立て、左手を突き出した瞬間にまるで大きな滝が落ちるかのような激流となって、周囲を囲むフォレストハウンドに放たれる。


「――――――!?」


 激流に飲まれたフォレストハウンドは三体。そのまま波に押し出され、川の向こうにある岩まで叩きつけれる。死んだだろうね。明らかに骨が折れる音がここまで聞こえた。というよりも、死体から流れる血が凄い。


「ふむ。君には、気を使う必要はなかったみたいだね」

「………子ども扱い、しないで。これでも、十七………だから」

「………おっと、これは失礼」


 僕と一つ違いか。立派なレディだったようだ。見た目通り控えめな声で告げられた言葉に、僕は内心で驚く。まぁ、それなら話は早いかな。


「じゃあ、遠慮なくいかせてもらうよ」


 僕は未だに赤い光を纏ったままの右手を前方に突き出す。その瞬間、僕の前方を大きな火炎が包み込み、全てを焼却する。河原の石があまりの熱量で赤熱化し、近くを流れる川は急激に蒸発する。炎が消えたとき、そこには大半が消し炭にされたフォレストハウンドたちが。


「グルルルル………」


 それをみたリーダーは、一気に戦意を消失する。まぁ、力の差は分かったよね。見逃してあげるから、早くおいき。

 そんな僕の思いが通じたのか、フォレストハウンド達は森の中へと逃げていく。


「よし、終わったね。まぁ、後は………」


 そう口にした時、少女が倒れる。まぁ、予想はしていた事だ。倒れている少女の顔は赤くなっており、息が荒い。彼女の熱を見れば、およそ39度。まぁ、放っておいたら間違いなく死ぬだろう。僕が屈んで、目を合わせながら彼女へと言う。


「ほら、言っただろう。深い傷があるのに無理をするからだよ」

「………私………死ぬの?」

「ちゃんと治療をしないと、そうかもしれないね。ちょっとだけ失礼するよ」


 そういって、彼女の大腿を見る。先ほどは止まり始めていた血が再び流れ始め、それと共に膿が出ている。赤く腫れているし、間違いなく炎症を起こしているみたいだ。これはなかなか骨が折れるぞ。傷の深さと大きさを見るに、間違いなく縫合が必要になるだろう。

 僕に出来るのかって?馬鹿にしないでくれ、いくら僕が勉学に励んできたからって、人の体を縫い合わせるなんて出来るはずがないだろう。そもそも、医者と言うのは二年間の実務経験が必要で、そこまでに至るにも、長年の努力が必要だ。

 命を救う医学と言うのにも勿論興味はあったけど、僕の夢には直接的に影響しないと思って、最低限の一般人でもできるような知識だけを覚えた後は、あまり勉強はしていない。

 そもそも、最初はモルモットとか………いや、御託はいいや。でも、それも過去の話だ。今の僕は、人の傷を縫い合わせることくらいなら容易い。別におかしなことではない。『水の権能・ハウラ』が魔法使いでありながら、医者であったという事実があれば。


「どうする?流石にここで治療することは出来ない。僕の家なら君の傷を治療することが出来るけど、君はどうしたい?」

「………どう、って?」

「いや、知らない他人の家に連れていかれるなんて、不安じゃないかい?だから、無許可で君を連れて行くよりも、ちゃんと君に説明したうえで許可を取ろうと思ってね」

「…………お願い………死ぬのは、嫌だ………」


 そういって、彼女は僕にゆっくりと震える右手を伸ばす。その手を取って、僕は頷いた。


「じゃあ、決まりだね。ロッカ、頼むよ」

「!」


 ロッカはゆっくりと、彼女を抱きかかえる。そうして、僕らは急ぎ足で山を下りて家へと向かった。流石に今日中に死ぬという事はないだろうけど、処置が遅れれば足の神経にまで細菌が侵食して、下手をすれば二度と足が動かなくなる可能性もある。場合によっては、切除が必要になることだって。

 今はその可能性は限りなく低いけど、とにかく急ぐに越したことはない。結構頑張って走った結果、予定よりも二十分ほど早く家へと帰ることが出来た。

 家に戻って、リビングにあるソファーに大きな布を被せる。そして、ロッカへとそこへ彼女を降ろすように促す。


「大丈夫かい?まだ意識はある?」

「大………丈夫」

「じゃないみたいだね。熱が少しずつ上がっている。まずは抗菌剤を打つのが先か」


 そういって、僕は一度研究室に戻る。そして、そこにある棚からいくつか必要な道具を取り出して、再び少女の元に戻る。


「君、免疫は………あぁ、いや。言っても分からないか。忘れてくれ」

「………?」


 この世界の一般人に、免疫の話をしたところで通じるはずもない。そして、持ってきた箱の中から一本の注射を取り出す。


「針で刺すけど、痛いのは大丈夫かな」

「それくらい………噛まれたときの痛みに比べれば………」

「それもそうだ」


 そういって、僕は薬液の入った瓶から注射器で中身を吸い上げる。そして、十分に中身が溜まった時、それを彼女のノースリーブ故に晒されている白い肩へと打つ。うん、悲鳴を上げたり、泣き喚いたりはしないみたいだ。


「一応、僕が作ったものだから効果は保証するよ。でも、代わりに副作用で眠くなる作用があるんだ」

「………え?」

「安心して。絶対に君に何かしようって言うつもりはないから。けど、君が眠った後で、その傷の手当てをしようと思ってる。多分、起きてる時よりは辛い思いをせずに済むと思うしね」

「………うん」


 少女は素直に頷く。薬の効果を後から説明するなんて、医者としては失格かもね。僕は医者じゃないから問題はないんだけど。一応、他の説明だけしておこうか。僕は縫うための針を熱して消毒しながら口を開く。


「君が寝るまでに、いくつか話しておこうか。僕はシオン。ここで錬金術師をやってる」

「………フラウ」

「フラウ………ふむ、良い名だね。それで、君が起きた後の話だけど。多分君が起きたときには、朝も近い時間になっていて、治療も既に終わってると思う。もし君が行く当てがあるのなら、玄関の鍵は開けておくから、好きに出て行ってもらって構わない。でも、もし行く当てがなくて困っているようであれば、君を麓にある村に紹介してもいい」

「………村?」

「うん。少し余所者には厳しいところがあるけど、僕の紹介なら悪くはしないはずだよ。それとも、帰り道に困っているのなら、僕が同行して送って行ってもいい。ただ、色々と僕にも事情があるから、途中までにはなってしまうけど」


 そんな話をしていた時、少女の瞼が閉じていく。効いてきたみたいだね。


「おやすみ。それじゃあ、僕も始めないとね」


 熱していた針から、錬金術を使って一気に熱を奪う。糸はもう通しているし、後は記憶と知識の通りにやるだけだ。












 30分が経った頃。僕は糸を切る。


「ふぅ………いくら自信があるとはいえ、初めてだと疲れるね」


 そう言いながら、使った道具を全て捨てる。再利用してもいいんだけど、洗うのがめんどくさいという理由だ。どの道、新しいのならいくらでも作れるし。


「ロッカ、君は今晩、外の見回りを頼めるかな。彼女の魔力を追って、魔物がやってこないとも限らない」

「!」


 ロッカは体全体で大きく頷き、外へと出て行く。毎回思うけど、一々屈んで外に出て行かないといけないのは少し不便そうだ。扉を大きくするべきか、別の扉を作るべきか。

 僕は処置が終わった後、彼女を抱きかかえて反対側のソファーへと移す。勿論、治療が終わった直後だから、丁寧に、傷が開かないように。

 その後、先ほど彼女を寝かせていたソファーに引いている布を取って畳む。まぁ、これも処分かな。そのままゴミ箱に入れる。さて、僕は明日に備えて寝ようかな………と、その前に。

 僕は食卓に置かれていたバスケットを、彼女の眠るソファーの前にある机に乗せる。後は、簡単な置手紙を残して、階段を上っていく。大きな欠伸を一つ。

 あぁ、案外疲れていたみたいだね。











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