第3話

僕は丘を全速力で駆け抜ける。後ろからは、僕に負けないくらいの速度でロッカが付いて来ている。僕の家を訪ねて来た少年が言うに、村が盗賊に襲われているという話だった。なんとか盗賊の目を盗んで逃げてきて、僕の助けを求めに来たらしい。

 その話を聞いた僕は、すぐに少年を家で待つように伝えて、玄関の傍に置いていたバックを体に掛けて家を飛び出した。村が襲われていると聞けば、ロッカも何も言わずともついてくるのは分かっていた。

 風のように丘を下り、村へと入った僕とロッカ。村には何時もの賑わいではなく、血の匂いと、争いの気配だけが漂っている。そして、僕の目の前には倒れた村の男達と、それを見下す見知らぬ男たちの姿。僕はこの数ヶ月で、村に住む者の顔や名前は覚えてる。見知らぬ者ということは、彼らが賊であることを示していた。

 盗賊の中でも、特に大きな肉体をした男が僕らを見る。


「あ?誰だお前ら?」

「っ………ははっ………先生、来てくれたのか………」

「おい、誰が喋っていいって言ったよ」

「ぐっ………!」


 そういって、村の男を踏みつける盗賊の男。恐らく、彼がリーダーなんだろう。踏みつけられてる男は右腕が肩から無くなっていて、早く処置をしないと手遅れな状態だ。

 そんなことを考えている間に、僕とロッカが盗賊達に囲まれる。人数は大体40人前後。なるほど、それなりに大きな盗賊団だったようだ。


「一つ、聞いていいかな」

「はぁ?」

「………君たちは、なんでこの村を襲ったんだい?」

「はっ!寧ろ襲わねぇ理由がないだろ!?こんな手ごろで収穫の多い村なんぞ、そうそうありゃしねぇぜ!」

「………つまり、お金が目的ってことか」


 僕がそういうと、盗賊達は笑い出す。


「はははははっ!当たり前だろうが!それ以外に何があるだってんだ!」

「ふむ………それが聞けて良かった」


 そういって、僕は錬金術で、左手に剣を作り出す。そういえば、少し良いことを思いついたかもしれない。


「丁度、研究に行き詰ってた所でね。手頃な人体のサンプルが欲しいと思ってたんだ………うん。君たちなら死んでも、誰も文句言わないだろう」

「なんだと………!?ガキが舐めやがって………!かかれ!」


 男の号令で、僕らを取り囲む盗賊達が一斉に襲い掛かってくる。


「ロッカ、背後は任せたよ」

「………!」


 ロッカの右腕の掌が、前腕に収納される。代わりに出て来たのは、鉄の筒状で出来た物。それを後方から迫る盗賊達に向ける。一瞬の起動音が鳴り響いた瞬間、鈍い発砲音と共にロッカの腕から何かが発射される。勿論、銃弾なんか装備させてはいない。

 放たれたのは、ただの小石。一応威力も調整してるし、弾丸みたいに鋭くも重くもないから、致命傷になることは滅多にないはずだ。少なくとも、かなり痛いとは思うけど。


「ぎゃあああああああっ!?」

「な、なんだ!?」


 うん。やっぱり、こちらの世界には銃なんて存在しないみたいだね。僕は転生者だけど、あちらの世界にいた頃の知識を活かさないという決まりはない。火薬を使っていないし、原理は全く違うけど、それでも弓よりは手頃な飛び道具だろう。威力さえ調整すれば、十分な殺傷能力も手に入るしね。

 それよりも、僕の番だ。僕の前からは20人程の盗賊が迫っていた。僕はそれを見て、こちらから彼らに近付く。


「なに!?」


 一瞬で一人の懐に入り込み、剣の柄で腹を突く。男はそれだけで腹を抱え込み、その場で倒れる。だが、すぐに次の盗賊が切りかかってくる。まずは右からの振り払いを体を逸らして避ける。続いて迫る二人目の振り下ろした剣を、僕の剣で打ち返す。がら空きになった腹へと蹴りを加えれば、男の体は地面と平行に吹き飛び、仲間を巻き込んで倒れていく。足音が、僕の右後ろから。これは気にしなくていいだろう。


「う、うわあああああああ!?」


 足音が消え、代わりに背後………どちらかと言えば僕の頭上から悲鳴が聞こえた。地面に何かが叩きつけられる音が聞こえ、悲鳴は無くなったけど。次は二人で来るみたいだ。同時に振るわれた剣を、左に飛ぶことで避ける。地面に着地した僕を、別の盗賊が斧を振り下ろす。僕は着地した反動を使って、斧を振り下ろした男の懐へと潜り込んだ。


「は、はや………!」

「ふっ………!」


 男が言い終わるより早く、僕の右腕が男の腹を捉える。


「ぐふっ………!」


 吹き飛ぶ男の体。直後、背後から三人分の足音。突き出した右手に、黄金の光を纏う。


「顕現せよ。メイアの権能」


 その言葉と共に、右手を開いて大地へと添える。大地には一瞬で黄金の光を放つ罅が入り、次の瞬間、大地からは黄金の光を放つ鎖が無数に飛び出してくる。


「はぁっ!?」

「な、なんだこれ!?」

「ば、馬鹿な………!?」


 鎖は瞬時に周囲の盗賊の手足に巻き付き、地面へと縫い付ける。一瞬で無力化される40人の盗賊。残ったのは、リーダーだけだ。僕がゆっくりと立ち上がると、リーダーは一瞬だけ狼狽える。


「こ、こいつっ………!!」


 かと思えば、リーダーは大剣を構えて走ってくる。自暴自棄になっての猪突猛進か、それとも単に能が無いのか。僕の右手に赤い光が纏う。瞬間的に熱される空気が暴風を起こす。


「顕現せよ。ロアの権能」


 右腕を振るう。その瞬間に、僕の前方を巨大な炎が覆いつくす。一瞬で炎に呑み込まれるリーダーの男。炎が消えると、中からはやけどだらけのリーダーが白目を向いて倒れる。まぁ、この世界の人間は魔法に対して多少なりとも耐性を持つはずだ。大怪我ではあるけど、致命傷ではないだろう。

 全ての盗賊が地に倒れたのを見て、僕とロッカは村の者達に駆け寄っていく。


「無事かな。今手当をするから、少し待ってくれ………」

「先生………!俺なんかより、子供たちを………!」

「………なに?彼らは子供にまで手を出したのかい?」

「違う………奴ら、子供を馬車に乗せて攫っていきやがった………!」


 なるほど。そういうことか。僕は一瞬だけ、本当に人生で初めて舌打ちをしそうになった。馬車で攫ったというなら、出口は一つ。このまま逃がすわけにはいかない。


「ロッカ、彼らの応急処置を頼んだよ」

「………!」


 僕の言葉を聞いたロッカの左の掌が収納され、次に出て来た時には、その掌には僕が作った傷薬が持たれていた。右手で自分の腹部を開いて腕を突っ込むと、包帯や傷薬を塗るための綿など。まぁ、応急処置としては適切だろう。とにかく、今は急がなければ。

 右手に、薄い緑色の光を纏う。そして、それを振り払うと同時に告げる。


「顕現せよ。リードの権能」


 僕の周囲に暴風が吹き荒れる。そして、風を纏った僕は跳ぶ。空気を引き裂き、僕は空中を一直線に進んでいた。徐々に高度が下がり、完全に地面についてもなお、僕は風を纏ったまま走り続ける。僕の体はまさに風のようだった。そうして数十秒で、前方に馬車が見えてくる。

 泣き声は聞こえてこない。恐らく、縄でも嚙まされているのか。


「………」


 僕は目を細めて、走る速度を上げる。それに気付いた馬車に乗っていた男が、僕に弓を構える。弦を放つ音と共に発射される矢。だが、その矢は僕に迫った瞬間、強い風に当てられたかのように空中で滅茶苦茶に回転し、地に落ちる。別に特別なことはしていない。纏っている風が、自然とバリアになっただけだ。

 あの馬車には、子供たちが乗っている。馬車本体や、馬を攻撃するのは厳禁だ。もしバランスを崩して横転したりすれば、子供達が危ない。


「顕現せよ。メイアの権能」


 右手を大地に叩きつける。その瞬間に周囲で地響きが起こり、馬車の前方に巨大な壁が飛び出してくる。

 当然ながら馬だって御者の命令があっても、壁に激突したいわけがない。ゆっくりと止まっていく馬車。それをみて、僕は馬車の上へと跳び乗る。

 そのまま馬車の前方へと走り、飛び降りるとともに御者の胸ぐらをつかむ。


「うぉっ!?」


 そのまま力任せに振り回し、作り出された壁へと投げ飛ばす。けど、まだ中に一人残っている。僕が振り向いた時、その男はナイフを持って、馬車に座らせられている子供に手を出そうとしていた。

 人質にするつもりなんだろう。けど、やらせるわけにはいかない。僕の緑の瞳が光を灯す。それと共に右腕全体に纏う緑の光。


「出でよ。生命の化身」


 右腕を馬車に向けると、一瞬だけ馬車が緑色のオーラに包まれる。その瞬間、男の背後の床が盛り上がる。


「は?」


 違和感に気付いて振り向こうとした男。その瞬間、出っ張りは一気に巨大化し、異形の怪物を象る。


「ひっ………!」


 男が悲鳴を上げようとした瞬間、その木製の怪物の体から、無数の枝が男へと伸びる。一瞬で男を完全に巻き取り、そのまま自分の方へと引っ張る怪物。そのまま男を呑み込んでいき、男の体のほとんどを自分の体の中へ取り込む。出ているのは首から上だけだ。

 僕はゆっくりと馬車の中へ跳び乗る。そのまま男へと近付き、首筋へと剣を突きつける。


「い、いやだ………!助けてくれ………!」

「君たちは、今までその言葉を口にした人々を、何人殺してきたんだろうね」


 この男たちは、子供にまで手を出したんだ。これが村の大人たちだけなら、まだ温情を与える余地はあったんだけど。僕は施設で育ったから、子供と言うのは馴染みが深い者だ。僕は最年長組だったから、弟や妹のような子供たちは沢山いたし、自分で言うのもあれだけど、それなりに面倒見は良かった方だと思ってる。

 施設の子供たちの前では、出来るだけ良いお兄ちゃんであろうとした。まぁ、子供は守るべき者だからね。だから………


「………」


 だから、僕は剣を降ろすしかなかった。それが悪人であろうとも、子供の前で人の死を見せるなんて、絶対にあってはならないんだ。
















 一週間後。僕は自分のベッドから体を起こす。今日も変わらずいい天気だ。僕はいつものように一階に降りて、リビングへと向かう。と言っても階段を下りた場所がリビングなんだけど。僕の家の作りは、それなりに簡単だ。玄関を入ると、すぐにリビングがある。そのリビングの先には階段と、隣には長い廊下がある。その途中には風呂やトイレ、倉庫なんかがあって、一番奥の部屋には研究室がある。二階は殆ど寝室だ。

 けど、一階の廊下は途中で分かれている。まぁ、普段いくことはないのだけど。分かれた廊下の先には書斎や、ちょっとした趣味部屋など。僕の趣味じゃなくて、昔ここで暮らしてた人の趣味だけど。


「………うん、いい出来だ」


 僕は窯からパンを取り出す。小麦粉などの材料は、村との取引で得る事が多い。たまにご厚意で頂くこともあるけど。僕はパンを皿に乗せて、コーヒーをカップに注ぐ。そして、パンを一口。

 いつもと変わらない朝だ。結局あの事件の後、僕は盗賊を一人も捕らえることはなかった。別に本気で言ったわけではなかったし、そもそも本当に必要だとしても、あいつらのような人間を、僕の実験に使いたいとは思わなかった。全員を拘束すると、そもまま村へと引き渡した。多分だけど、今頃は国の使者に渡されて牢獄の中にでもいるのだろう。

 怪我をしていた村人達は、僕が子供たちを救出した後でしっかりと治療をした。幸い、ロッカの応急処置でなんとか一命をとりとめた村人達は僕の治療が間に合い、誰一人として犠牲になることはなかった。思えば、あの時倒れていたのは男だけじゃなくて女もだったな。今更ながら、女子供関係なしとは。


「………」


 あと、リーダーに踏みつけられていた男のように、戯れで腕や足を切り落とされていた者も多数見受けられた。そういった者達は………


「おっと、もうこんな時間か。考え事をしてると、なかなか食事が進まないものだね」


 そういって、僕は食べていたパンを口に放り込み、コーヒーを飲み干す。パンは沢山残っているけど、残りはバスケットに入れて、明日にでも食べればいいだろう。僕はそのまま席を立つ。


「ロッカ、行こう。今日は少しだけ遠くに行くよ」

「!」


 ロッカが左手を掲げる。そのコミカルな動きに、少しだけ笑みがこぼれる。これなら、発声機能を付けてやっても良かったな。

 けど、彼の独特な感情表現が見れなくなってしまうと思うと、それはそれで惜しい気がした。まぁ、その機能を付けるにしても、もう少し僕の研究が進んでからだけど。

 僕は玄関の近くに置いていたバッグを体に掛け、そのまま玄関の戸を開くのだった。










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