第三十六話 魔王は
自分の力は理を崩す可能性があり、最悪の場合は世界滅亡にまで追い込めるものだ。
その話にいまいち納得がいかないテオドールは、更に詳細なプランを立てていく。
「衣食住を自力で確保できるんだから、人目に付かない山奥か海上に基地を作って、そこを拠点にした一撃離脱戦法で――」
「ちょ、ちょっと! 人類を滅ぼす計画を具体的にするのは止めよう!? ね!?」
コンセプトは圧倒的な強者から隠れ潜み、自分が一方的に攻撃できる環境を作ることだ。
秘境に要塞や空母を建造して、爆撃機である自分を発進させる作戦を組んでいたが、ヴァネッサに肩を揺さぶられて制止されたため、彼は物騒な思考を中断して向き直った。
「大丈夫だよ。別に滅ぼす理由もないし、やらないよ」
「できるかどうかが問題なんだけど……」
しかし対空迎撃に成功すればそれで終わりなので、どう考えても現状のテオドールは、人類の根絶や大陸の滅亡といった、世界に波及するほどの影響力を持たない。
「そこも含めて、原初と思しきという見立てだ」
「なるほどね」
あくまで使い道を誤った際に、そうなる可能性が残されているという評価だった。
「えっと、それで僕はどうしたらいいのかな?」
「別にどうもしなくていい。好きに生きろ」
古龍は心底どうでもよさそうに締めて、テオドールは眉を八の字に曲げた。
彼からすると今まで散々、壮大な話を語られたというのに、最後の最後で急に投げやりな態度になられても困るからだ。
「そもそも人類の命運がどうだとか、神々の思惑がどうだとか。そんなもの我らには、全く無関係のことだ」
「すっごい無責任な発言が出てきちゃったよ」
彼女の立ち位置が分からないテオドールには、どの程度の責任を負ってもらえるのかも分からない。
だがここまで堂々と言い切るのなら、本当に無関係なのだろうとは理解した。
「我は見てきたことを語ったまでだが、まあこれはラフィーナを無事に連れ帰った礼だ」
「特に義理や責務はないと?」
「ウィリアムの小僧がいれば十分だろう」
ウィリアムも同程度の知識を持っているのだから、そちらに聞いてみろ。
言外に丸投げの意思を伝えた古龍は、茶をしばいてから億劫そうに言う。
「他種族とはすぐに死別するのでな、身内以外には興味もない」
「……あれ? それはドラゴンの共通見解なの?」
大前提として、時の流れが違うドラゴンという生物からすれば、人類の行く末がどうなろうと知ったことではない。
特別なことがなければ、小動物に抱く感情と人間へのそれは、変わらないという意見だ。
しかしテオドールは一連の反応を見て、今一つ疑問に思うことが増えた。
「大方の龍はそうであろうが、何か問題があるのか?」
「この間、街に攻めてきたドラゴンと戦ったんだけど」
黒龍は人間に憎悪を燃やして、滅ぼしてやると息巻いていた。
たまたま人間に興味深々だった
その話を引き合いに出すと、古龍は心底嫌そうな表情を浮かべた。
「ああ、また勘違いをした馬鹿者が出たか」
「勘違い?」
「うむ。魔王の信奉者というやつだな。まったく、大暴れして他種族を滅ぼすとは……彼の思想と真逆のことだろうに」
ウィリアムの最終討伐目標は魔王である。それは世の中の大多数の人間が持つ、共通の認識だ。
しかし人間の王の意向が、人類の総意ではないのと同じように、内部的には立場の違いや考え方の違いが大いにある。
「魔王の支配圏を全世界に広めようなどと、トチ狂っている連中だ。話が通じるわけでもなし、どこかで出会っても適当にあしらっておくといい」
いかな魔物の王とは言え、全てを統率できているわけではない。
勝手に動く者や、どこかに属さない野良は一定以上いるということだった。
「好戦的な魔物が、主流派というわけではないんだね」
「主流でなければ主力でもないぞ。一部の若造が暴発した程度だな」
街を数時間で壊滅させる黒龍すら、特に注目されていない跳ねっ返りという程度の評価であれば、魔王本人の戦闘力は相当なものだと予想がつく。
テオドールは道程の遠さを再認識して真面目な顔になり、横で事情を聞いていたヴァネッサも硬い声色で呟いた。
「あれが二軍扱いって……ウィルさん、大丈夫なのかしら?」
「いや、どうだろう。全力全開で戦うところを見たことがないから、何とも」
一方でレベッカは何を気にすることもなく、茶菓子を咀嚼して舌鼓を打っていた。
これはテオドールからすると、不可解な反応だ。
「敵はかなり強そうだけど、勝算はあるんだよね?」
「んー? ……ん、まあ、問題ない」
勇者一行に加入するつもりが無い家出娘は別として、正式メンバーになったテオドールと、レベッカからすれば当事者として直面する問題にもなる。
しかし暢気にしている彼女は答えを濁したので、テオドールは古龍に水を向けた。
「そういえば、魔王ってどんな姿をしているんだろう? 能力とか知ってる?」
「わ、我に聞くのか?」
「うん、博識そうだし」
魔物の親玉という評価は至るところで聞き、魔王が支配する国があることも常識レベルの知識だ。
事実として凶悪な黒龍を歯牙にもかけない立場にあるが、しかしテオドールは魔王を仮想敵にするに当たり、具体的な情報を知らないと気付いた。
魔王とはどのような姿形をしており、いかな能力を操る存在なのか。
全知全能の雰囲気がある古龍に向けて、何の気なしに聞いてみたが――彼女はどもり――急激に目を泳がせた。
「ぬ。ま、まあ。我も、詳しくは」
「え、でも魔王のことを
「ぬぬぬ……」
独特な唸り声でごまかそうとしている様を見れば、何かがあるとはテオドールでも勘づく。
隠し事を直感したが、彼の手元には交渉材料が無いため、採れる手はじっと見つめるだけだ。
そして、凝視を始めて10秒ほどが経ち、いたたまれない空気が流れてきた頃。
「……見すぎ」
「ぐえっ」
レベッカはテオドールの両頬を掴んで、顔をぐいっと自分の方に向けさせたが、鼻が触れあいそうな位置まで引き寄せられたのだから、今度はテオドールの目が泳ぐ番だった。
「え、あ、ああ、うん。失礼だったかな?」
「分かればいいの」
距離が近すぎると気付いた二人がぱっと離れてから、照れ隠しがてらにレベッカは呟く。
それは彼女にしては珍しく、少し早口での正解発表だ。
「知りたいなら教えるけど、まず魔王の名前はレパード」
「へぇ……って、それさっきの話に出てきた、テイムのスキルを極め過ぎてぶっ壊れにした人?」
「そう。使用能力はテイム」
魔王は誇張でも何でもなく魔物の親玉なのだ。詳しく聞けば使役者でもあった。
テオドールには、相手が
「あらゆる相手に効くのなら、テイムの効果対象には僕らも入るわけだよね?」
「うん、多分効く」
「視界の全てが自動でひれ伏す能力者を相手に、どう戦えばいいってのさ」
それこそ雲の上で大剣を生成して、爆撃でも仕掛けるしかないのでは――と考えてはみたが、これは杞憂に終わる。
次いでレベッカは、対面に座る古龍を指して言った。
「そう、魔王はウィルをも凌ぐ存在。そして青龍さんの旦那さん」
「青龍さんって?」
「今、テオの前にいる古龍」
テオドールの中で全ての話が繋がるまでに、少々の間があった。
大体理解してから、改めて対面に座る女性の姿を見てみると――彼女は少し気まずそうな顔をして――そっぽを向いて、そして拗ねた顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます