第三十五話 神話と理
「さて、では何から話すか」
奥の部屋に通された彼らは、ちゃぶ台状のテーブルの前に並んで座った。
宣言通りに湯呑を出してから、古龍は切り出す。
「まずスキルというものが、どういう存在かは知っているか?」
「神様から貰える才能……かな」
「まあ、あながち間違いではないが」
大筋では正しく、大多数の人間はテオドールと同じ返答をする。
しかし答えを聞いた古龍は暫し悩み、ややあって、より正しい認識を伝えることにした。
「この世界を創り上げた創世神は、星の支配者を進化させる実験をしていたのだ」
「そ、創世神?」
「ああ。進化の可能性を広げるべく、神の手によりスキルという力が創出された」
軽く神話の裏側を語られたが、そこに関してはテオドールに知識が無ければ興味も薄い。
黙って先を促すと、古龍も先を続けた。
「有史以来の人類は、誰しも複数のスキルを所持しており、多い者なら数十は獲得できる力だったが……およそ150年前に方針転換が起きて今の形になった」
「進化が目的で与えた力を、弱体化させた理由は?」
スキルが多ければ多いほど強くなれるが、複合持ちの能力者を探した場合、大きな街でも3つか4つ持ちまでが精々だ。
しかし元々は自由に取得できたと聞き、テオドールは首を傾げた。
「発端はレパードという男が、テイムのスキルを取得したことだ」
「意味合いからすると……従魔契約のスキルかしら?」
「その認識で構わん」
この前置きから何を言いたいのか、テオドールはもちろんヴァネッサにもまるで分からない。
しかし反応を予想していた古龍は、淡々と事実を告げた。
「テイムは、世界の理を崩壊させる代物になってしまったからな。今では神が与える恩恵から除外されている」
「えっ? 従魔契約のスキルが?」
「似て非なるものだが、あれは俗に言う隠しスキルというやつか」
意図的に特定のスキルが出ないように選別している。つまり神が、何らかの意思を持って力を振り分けているということだ。
その説に衝撃を受けたテオドールではあるが、彼はまず、それよりも手前に疑問を抱いた。
「そんなものが対象になるなら、《勇者》とかもお蔵入りすると思うんだけど」
魔物との契約は現在でも問題なく交せるものであり、テオドールとて人的被害さえなければ、黒龍をペットにしたいと思っていた。
彼からすると犬や馬を飼育するのと然して変わらないため、神々が封印するほどの禁忌というには、大人しい力という印象だ。
「ウィリアムの小僧はまだ理の範疇だな」
「あれよりも危ない力を、大量生産して配っていたと?」
勇者を超える危険度の能力者で溢れ返った世界なら、ふとしたことで星ごと滅びかねない。
疑問と不安が出てくるのも当たり前だと、ため息を吐きながら古龍は言う。
「いや。元々はペットがよく懐く程度の力だった。光の精霊神も、その想定で創ったと言っていたか」
当然のように神々との面識がある古龍は置いておき、本来の用途を振り返ったところで、依然として危険な部分は見えてこない。
謎に次ぐ謎で疑問ばかりが増えてきた頃だが、彼女はようやく結論を口に出した。
「テイムのスキルは、限界を超えて成長したことで問題が起きたのだ。最後には辺り一帯、種族を問わない数万の生物を、まとめて支配下に加える力へと変貌した」
調子に乗ったスキル保持者が世界中を練り歩き、世界に分布した全生物が信者になれば、それは崩壊したと言える惨事だろう。
「……まるで広域の洗脳能力ね」
「まるで、ではなくその通りだ」
古龍は封印に至る経緯を適当に端折りながら伝えたが、脅威だけ伝われば用は足りた。
「近づくだけで服従させられる力なら、確かに封印されてもおかしくはないか」
「そんな生易しいものではない。目につく範囲の全てが信者に変わる有様だったぞ」
戦いを挑んだ時点で信者にさせられるならば、止めるにしても不意打ちしか選択肢が無い。
それ以前に前哨戦として、最低でも数万の信者を乗り越える必要があるので、元凶に辿り着くことすら難しくなる。
それら規制に関する事情を理解した上で、テオドールは本題に入る。
「それで、その話と僕の力に何の関係が?」
「まあ最後まで聞け」
問題はここから先、テオドールが当事者となる部分だ。
一拍置いて、古龍は更に続けた。
「その光景を見ていた神々は思ったのだ。広く薄くスキルを取らせるよりも、幾つかに絞り、徹底的に極めさせた方が進化の方向が広がる――その方が効率的だとな」
平凡なスキルだと思っていたものが、世界を掌握できそうな力に変化した。
それなら同様に、他のスキルも集中して進化させた方が効率的というのも、理解できる話だ。
「でもそれだと、また危ない方向に進化したスキルが完成するんじゃないの?」
「予測が立ちにくいスキルは排出率を絞り、出現した際は我を始めとした長命種や、ウィリアムたちのような立場の者が、管理する取り決めがあるのだ」
だからウィリアムとレベッカは、珍しいスキルを保持している人間が現れたと聞けば、片っ端から声を掛けて確認をしていた。
見張る箇所を少なくすれば、イレギュラーの影響を抑えられるだろうという目論見であり、その過程で見つかったのがテオドールということだ。
「最初にスキルを限界突破させた者、レパードのスキルは《原初》と呼ばれたが、今では世界の行く末に影響を与える可能性があるものを、そう呼んでいる」
当初の目標が人類の進化と強化であるなら、そんな
取り扱いだけは間違わないようにして、育成、観察していくのが天上の意思だ。
「僕のスキルも似たようなものだと?」
「そうだな。断言まではできんが可能性は高い」
「……うーん」
己の能力は、世界の在り方を激変させる可能性がある。
そう伝えられたテオドールは、また首を傾げた。
「色々と便利ではあるけど、どう頑張っても世界滅亡とかは無理だと思う」
「使いようだろう。それこそ《規格外》の前保持者は、平凡な一生を送ったからな」
「ふむ……」
ヴァネッサから「国家転覆に使える」とは言われたものの、それはあくまで武器や兵器を大量生産できるからであり、個人的な力は人外というほどでもない。
ほぼ無制限に自由が利く力ではあるが、世界が崩壊するような力かと言われれば、そこは本人にも疑問が残るところだった。
「黒龍みたいに雲の上に隠れて移動しながら、大きい街から順番に規格外の大剣を落としていけば、人類滅亡にまでは追い込めるかな……?」
「て、テオ君?」
例えばウィリアムが出陣すればすぐに制圧されるので、テオドールは――自分が世界を崩壊させる場合――どのような戦法ならばいけるかと、考えを巡らせる。
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