第三十四話 新規の能力と秘められた力



 姓からもドラ子という名称に繋がる。そのことを指摘したテオドールは、正座させられた上で一頻ひとしきりの説教を受けた。


「ドラ子じゃありません、ラフィーナです。分かりましたね」

「はい」


 二度とその名で呼ばないようにと、厳重に抗議をされていたところではあるが、彼女の努力も空しく天災はやってくる。


「はーっはっはっ! 仲良きことは美しきかな!」

「はっ!?」

「うんうん、やはりあだ名というのはいいね。親しみが湧くよ」


 穏便に話が終わりそうなところに、あらゆる空気をぶち壊していく男が参戦してしまったのだ。


「名は体を表すという言葉の通りだね。ドラゴンっぽくていい名前じゃないかドラ子くん!」

「嫌です!」


 全ての用事を済ませて追いついたウィリアムは、早足で一行のもとに歩み寄りながら、よく通る声であだ名を連呼する。


「そう嫌がるものじゃないよドラ子くん! いいじゃないか、ドラ子くん!!」

「いーやーでーすー!」


 ウィリアムは響きを気に入り、断固としてドラ子呼びを継続すると決めた。

 片やラフィーナは、改名など絶対に認めない構えである。


 二人の間で謎の小競り合いが始まっている姿を横目に、古龍は口を開いた。


『あやつらは放っておけ。隣国から遥々やって来たのだから、茶の一つも出そう』

「……給湯とか、できるんですか?」

『人型になれば問題ないぞ、そら』


 掛け声の直後に、ボフンという音を立てて煙が巻き起こり、天井まで届こうかという巨大なシルエットが縮み始めた。


 水蒸気のような煙が晴れると、豊満な肢体を持つ褐色肌の女性に変化した古龍が、一糸まとまぬ姿で現れた。


「人化は久方ぶりだが、見事なものだろう」

「他人が変身しているところを見るのは、何だか不思議な気分だな……」


 テオドールは自分以外の変身能力者を知らず、傍目からは自分もこういう風に見えているのだろうかと、まじまじと全身を眺めた。


 人間になった古龍を冷静に観察している一方で、異性の裸を凝視しているのだから、横に立っていたレベッカからは強めのお仕置きが飛ぶ。


「天誅」

「はぎゃあ!? た、確かにデリカシーはなかったけど!」


 容赦の無い目潰しを食らったテオドールの両目には、灼熱のような痛みが走った。

 聖騎士のオーラを纏ったチョキ・・・を一閃された彼は、両手で瞼を覆いながら悶える。


「ちょっとやり過ぎた……。そうだ、折角だから規格外の目に作り変えてみて」

「え、ええ? 変身?」

「ううん。テオの目をベースにした、再生産の方で」


 従来は、身体を変化させる場合は変身。物品を変化させる場合は再生産と呼んでいた。


 変身のような一時利用では、生産コストが低い反面、発動中は魔力が減り続ける。

 一方で再生産のような永続利用では、生産コストが膨れ上がる代わりに、追加の消費はない。


 レンタルと購入のような使い分けをしていたテオドールだが、いずれにせよ、自身の身体を永続的に作り変えるのは初めての試みだ。


「ちょっと怖いけど、要領はホブ・ゴブリンの身体に変身するのと、あまり変わらないのかな?」


 勝手知ったる力にはなってきたので、実のところそれほどの恐れはない。

 物は試しの精神で、ひとまずは言われた通りに力の発動準備に入る。


「よしんば失敗しても、スキルを解除すれば元に戻せるだろうし、うん、大丈夫大丈夫」


 己の目玉という規格から外すには、どう改変すればいいのか。これは簡単なことで、視力の上下が最も性能差をイメージしやすい。


 そして彼は力を安定させるべく、更にもう一歩踏み込んで想像を広げた。


「眼球は物を見るための部品だ。その用途を果たせないなら規格外品だから、柵の補修と同じイメージでやれば、修理と強化をまとめる感じでいけるはず」


 これは新規生産ではなく規格変更なのだ。それも小さな部品を作り変えるだけなので、消費も小さい。

 この条件であれば失敗の要因もないだろうと見込み、彼は行使に踏み切った。


「えっと、それならこんな感じでどうだろう。《規格外》」


 いつもよりほんの少しだけ、遠くが見える眼球を思い描き、己の右手を瞼に当てながら能力を発動させた。

 すると何ら問題なく部位が生まれ変わり、同時に痛みも完全に治まった。


「制限時間があるかは分からないけど、今のところは大丈夫そうだね。触れながら解除を念じない限りは、元に戻ることはなさそうかな」

「上出来」


 用途の垣根が唐突に取り払われて、使い分けの幅が急激に広がった。


 その実感を確かめるように、恐る恐る眼球に触れるテオドールに対して、レベッカはしょんぼりと言う。


「少なくとも、怪我が治るまで維持できれば大丈夫なはず。ごめんね」

「いいよいいよ。……だから古龍さんは、早く服を着て?」

「ああ、そう言えばこの身体の時は衣服が要るのだったな。暫し待て」


 テオドールは古龍が奥の部屋に引っ込んでからも、色々と検討し続ける。


 この一幕で分かったことはまず、負傷してからすぐに変身すれば無傷に戻れることだ。変身の前後で手傷を負ったことがない彼には、新しい発見だった。


「不意打ちとかで大怪我をしたら、何でもいいから一旦変身して、安全地帯で治療を受けるまで維持しておけばよさそうだね」


 変身中の身体に負担が掛かると、解除した際にダメージが入ること。これが変身の前提だ。


 しかし逆を言えば、能力を解除した頃にダメージが抜けていれば反動はなく、負傷した部位を再生産しておけば、解除時の反動を容易に避けられるという使い方も見つかった。


「余裕があるなら、変身したまま戦いを継続してもいい」

「そう考えると、僕の耐久力って結構高いような気がするな」


 何にせよスキルが発動できる限りは、負傷や部位欠損とは無縁と知れたことは大きい。

 テオドールは満足そうにしていたが、一方でヴァネッサは距離を取るようになった。


「どんどん人間を辞めていくわね、テオ君……」

「うーん、誰も損はしないんだし、戦力が上がる分にはいいんじゃないかな?」


 魔力が続く限り、腕を飛ばそうが目を潰そうが復活するのだ。アンデッドのようで見栄えは悪いが、人目が付かないところでなら幾らでも使える力となる。


 これもスキルの応用範囲内だろうと片づけて、具体的な運用方法の相談を重ねているうちに、古龍の着替えが終わった。


「済まぬな。人の文化を完全に忘れていた」

「それは構いませんが……」

「ム?」


 高身長の女性に変化した古龍を、小柄なテオドールが見上げる形になっていた。

 しかし彼女は屈んで視線を合わせてから、ずいっと顔を近づける。


「おい、ウィリアム」

「ドーラーコ! ドーラーコ! ……ん? なんですって?」


 美人の顔が間近に来たので、名誉以外のほぼ全てを木っ端の如く考えているテオドールも、多少なり動揺していた。

 目を逸らそうとはしたが、古龍は逃がさないようにホールドしながら、ウィリアムに聞く。


「この能力は、外れて・・・いるな?」

「あ、やはりマザーもそう思いますか」


 古龍はテオドールの顔を両手で鷲掴みにして、新しく生まれた瞳の奥底まで見通すように、じっと凝視している。


 何が起きているのかが分からず、わたわたと手をバタつかせるテオドールの横では、ラフィーナも彼らの意見に同意した。


「十中八九、例の能力ですよね。あと、これ以上ドラ子と呼ぶのなら、おじ様との縁を切ります」

「あーっはっはっは! 心にもないことを言わないでくれたまえよ! 将来はウィルおじさんと結婚すると、何度も誓った仲じゃないか! あと、テオくんの力は《原初》で間違いないと思うね!」


 古龍が言うところの「外れ」とは、テオドールが長年言われてきた外れスキルという意味合いとは違うと、彼自身にもすぐに分かった。


 そして《原初》という、響きからして特別な意味を持っていそうな評価まで出てきたのだから、依然として頬を摘ままれたままのテオドールは、わくわくが止まらない。


「秘められた力とか、そんな展開かな。ふふっ、いやぁ、へへ」


 今度は古龍が戸惑う番だ。だらしなくニヤけた顔になったテオドールから手を離すと、今度はレベッカに向けて尋ねる。


「なあレベッカよ。この小僧は我の美貌を木石ぼくせきの如く観察しておったはずだが、何故このタイミングで蕩けそうになっておるのだ?」

「テオは承認欲求の化身けしん

「ああ……そうか」


 勇者たちも龍族たちも、揃って意味深な単語を出したのだ。何らかの使命を果たすために特別な力を授かったと言えば、英雄譚の始まりのようではないか。


 一体この先にはどんなドラマが待っているのかと期待した彼は、頭の中では既に、無限の冒険に出発トリップしていた。

 この有様を見た古龍は、溜息を吐きながら奥の部屋を指す。


「まあ、まずは茶だ。奥で話すとしよう」

「……ん」


 様々な謎が一気に噴出したが、先ほど聞いた単語の答えはすぐに聞けるのだろう。

 ならば早速聞かせてもらおうかと一歩を踏み出しながら、彼は正気に戻った。


「あ。あの話をするのかい? だったら僕はパスさ! だってつまらないもの!」

「私もです! 三十代後半になっても頭がぱっぱらぱーな、このおじ様を修正してやります!」

「……暴れてもいいが、表でやれ」


 依然として口論を繰り広げる二人を置いておき、テオドールらは古龍の後に続いて、屋敷の最奥部に歩いていった。


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