第三十七話 もう死んでいる
卓を囲んで共に茶を飲み、スキルの解説までしてくれた相手が魔王の身内。この情報提示に現実感が湧かず、テオドールは古龍をまじまじと見た。
「小僧。念のために言っておくが、我にも夫にも世界情勢をどうこうする気は無いぞ。むしろ興味が無い」
「ええ……」
大陸中の国を巻き込んだ戦争の当事者にしては、至極無責任な発言だ。
しかし疑問点はお見通しだと言わんばかりに、溜息を吐いてから古龍は言う。
「言っただろう、全ての魔物を統率しているわけではないと」
「つまり?」
「別の国の人間が、そのまた遠くの国で勝手に起こした事件……という感覚に近いか」
それぞれの所属を考慮せずに、魔物というカテゴリで一括りにされていることは、心外だという意見だ。
彼女は詰まらなそうな顔で茶を煽り、更に続ける。
「とまれ我が伴侶は、行き場の無い者を全て受け入れる、度量の深いヒトであった」
「それで魔物の王国を建てたって?」
「いや、彼が自発的に作り上げた場所は、この自治区のみだな。そもそも西に在る魔王の国とやらを設立するにあたり、彼の意志は介在していない」
苦々しい顔の古龍から、微妙な言い回しをされたテオドールは、足りない頭を使って考えてみた。
つまりレパードという人物は、はぐれ者を引き取っていただけだ。
信奉者の数や質はさておき、ただの親分だと仮定しよう。
特に野望を燃やすわけでもなく、大陸の情勢や国家間の争いを、彼自身がどうでもいいことだと思っていたとすれば――
「あ、自動で洗脳?」
「そうだな。流れ者が勝手に惚れて、勝手に神格化し始めた」
「なんて迷惑な」
当人同士の意思とは無関係にテイムが為されるのだから、命令が無ければテイムされた側が、自発的にレパードの意思を汲んで行動する。
そして広域魅了能力の性質からして、直接会ったこともない、会話をしたこともない信奉者とて大量に発生する。
そんな層まで思想家となっているのだから、狂信者の集まりとも言えた。
「全生物の平等という、彼の思想を受け入れぬ者に死をだとか。煩いことこの上ない連中もいるのだ。それなりにな」
「うわぁ……大変そう」
「大変そうではなく、実際に大変なのだが。まあ、魔王軍の出自はそんなところだ」
言うなれば人の話を聞かない、善意の押し売りの究極系。それが魔王軍の活動理念だ。
実情を察したテオドールは、気まずそうに茶を啜った。
「なるほど……ん? 待てよ」
「どうかしたか?」
「いやいや、おかしいって」
迫害された魔物が集合して、一つの地域を作ったまではいい。善意の者から悪意の者までごった返した末に、人間国家との戦争が始まったのだろうと推測はつく。
しかしテオドールが話を整理する中で、話の時系列に違和感を抱いた。
「レパードって人は、そもそも
「ああ、そうだが?」
「それならもう、寿命がきてない?」
《原初》スキルというカテゴリを生んだ張本人なのだから、軽く見積もっても現在の年齢は200歳近い。
あくまで調教系のスキルが進化しただけであり、本体がただの人間のままならば、生きているはずがないのだ。
まさかと思い口を突いて出た懸念は、果たして的中していた。
「うむ、今や夫は骨と化している。魔王の遺骨とやらを崇める、宗教団体が暴れているわけだな」
魔王を倒すどころか、既に魔王は天寿を全うしている。彼の死後も崇拝者たちが残り、西方に独立勢力を築いているのが現状だった。
要するに魔王軍の正体とは、基本的には遺骨を崇めて、時折暴走している者たちである。
この結論を前にして、テオドールとヴァネッサは頭を抱えた。
「なんだそりゃ……」
「お父様は知っているのかしら……」
彼らは人類の宿敵側がそんなことになっていると知り、混乱の極地にいた。
そしてよくよく考えてみると、今度はまた別方向に問題が波及する。
「それならウィルとレビィは、各地を回って何をしてるのさ」
「……八百長?」
「どちらかと言えば、興行ではないか?」
八百長とは、試合の勝敗を操作するイカサマのことだ。
思考が空白の時間を迎えたテオドールは、言葉が持つ意味を考えないようにしてはみたが、次いで古龍からの追い打ちが入った。
「ウィリアムとレベッカにも我が夫の血は流れているし、ラフィーナは直系だ。末端は知らんが、人と魔物の上層部の方では、適当に話がまとまっているぞ」
「おお、もう……」
関係者の大半が魔王の血筋などと、何の冗談だ。
街中に流れている英雄譚は
それならどうして修行をさせられたのか。
テオドールの脳裏には、様々な感想が流星群の如く流れ落ちていった。
「ウィルにやる気がないというか、魔王討伐のモチベーションが低いのも納得だよ」
「ん。そもそも、討伐する気がない」
勇者と魔王のお話は、子どもが憧れる英雄譚の代表格だ。誰よりも名声を求める男のバイブルでもある。
それが虚構だと知り、テオドールは腰を抜かすほどの衝撃を受けていた。
抜け殻となった彼が円卓に突っ伏す様を見て、古龍は再度の溜め息を吐いてからレベッカに言う。
「折角だから細々した部分も、小僧にも話しておけばどうだ?」
「ん。テオ、そろそろ教えてあげる」
「……まだ、何かあるの?」
こほんと咳払いをしたレベッカの口からは、茶番劇の数々が怒涛のように押し寄せた。
曰く、どこかの国が失策をしたら、魔王軍相手の適当な戦果をでっち上げて、治安を回復させていること。
曰く、怪しい動きをしている要人がいれば魔王城に拐い、遺骨の前で強制的に
これらの事例を皮切りに、極めて政治的な話の数々が語られた。
「結局のところだが、世間に流れている
つまり魔王の脅威とは、複数の国家が共同で行う、民衆を上手く統率するためのパフォーマンスだったというのが真実だ。
「……古龍さんは、教祖様の奥様だもんね。統率、楽だよね」
「うむ。我が絶対的なナンバーツーとされている以上、9割9分の
見たくもない現実に心を砕かれたテオドールは、打ちひしがれていた。
しかし師匠でもあるレベッカは、やる気が下がりそうな部分を一頻り話し終えてから、メンタルケアに入った。
「大丈夫、テオ。決戦の日は近いから」
「遺骨の奪還作戦でもするつもり?」
「ううん。東」
魔王の勢力圏は西だ――と、そこまで考えてから彼は思い出す。
ラフィーナの予言では、「東に脅威が出現する」と告げられたことを。
「あ、そうか! つまり東の方は
「……嬉しそうにしないでくれるかしら?」
「あ、いや。だって、英雄譚に巨悪は付きものじゃない?」
魔王が既に死んでいて、部下が暴走しているだけの組織を倒したところで、何の意味も無いのだ。
偽りの功績による名声で満足できるほど、彼の承認欲求は
気を取り直したテオドールに向けて、レベッカは東の話を続けた。
「東の方は、世界の歪み」
「定期的に掃除をせんと、世界が丸ごと滅びるような災厄を生むからな。現世を生きる者で上手く処理をしろと、神々からも言われている」
真の敵。神からのお告げ。世界の滅亡。
魔王を倒して大陸を救うよりも壮大な話になっているため、これにはテオドールも深く安心した。
「オーケー、それならいいんだ」
「何がいいのよ」
世界規模の脅威が相手ならば、解決の暁には英雄の仲間入りだ。当初の予想とは違う流れだが、勇者の仲間となって巨大な敵を倒すという結果は変わらない。
そう、彼にとって大事なのは結果だけだ。
ここまでの過程が多少怪しかったとしても、それは既に忘却の彼方だった。
「よし、じゃあ西の方は偉い人たちに任せといて、対策をしないと」
「顕現するのはまだ先だろう。しばらくは修行でもしているといい」
古龍が話を締めたので、この場でこれ以上語ることは無いのだろう。
ならばと、テオドールは東の魔王撃滅プランに考えを巡らせていく。
「超規格外の大剣を空から降らせて、現れた瞬間に倒した方がいいか。それとも脅威が知られるようになってから倒すか……」
「いやいや、すぐに倒そうよテオ君」
人類を滅亡させるために組んでいた作戦を、対災厄用にマイナーチェンジするだけだ。
先ほどまでの取っ掛かりがあったために考えやすくなっていた。
しかし一方で、横で聞いているヴァネッサからすると、彼の作戦が戦い以外の方を向いているように感じていたが、これは間違いでもない。
それもそのはず、テオドールにとってみれば、「どう戦えば最も承認されるか」が問題だからだ。
「人知れずに倒すのは違うと思うんだよ。やっぱり
「要らないからさっさと倒して?」
皮算用を始めたテオドールを、ヴァネッサは呆れたように見ていたが、いずれにせよ本格的な戦いはまだ先となる。
ならば今のうちだ。真の敵が現れた時のために、力と技のバリエーションを増やしておくべきだろうと、テオドールは手を打った。
「手近なところで肉体改造計画から始めようかな。いつもの筋トレじゃなくて、直に作り変えていく感じで」
「了解、あとでウィルとも相談」
敵の能力は分からないとしても、決戦までに勇者の力を100%使えるようにしておけば、確実に一線級の働きができる。
途中で
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