第三十八話 挨拶よりも特訓を



 古龍との話し合いを終えた彼らは、日帰りで首都に引き上げた。

 しかし帰路から同行したウィリアムは、宿につくなりまた別行動だ。


「それじゃあ僕は早速、野暮用を済ませてくるよ」

「行ってらっしゃーい」


 彼は宿に安置していた、つま先から頭頂部まで包帯を巻いた怪我人を抱えて、窓から飛び立った。


 テオドール、レベッカ、ヴァネッサ。そしてドラ子改めラフィーナの4人は宿に残ったが、既に夕方のため出歩くこともない。


 夕食を取って早めに就寝した彼らは翌朝、朝食を済ませてからテオドールの部屋に集合して、今後の方針を決める作戦会議を開いた。


「ええと、まずは確認からかな」

「確認?」

「うん、それぞれが今後どうしたいのか」


 取り敢えず公国を目指して進んできたものの、彼らの間に共通の目的意識は薄い。

 というのも、ここにいるメンバー全員が、その場の成り行きで集ったからだ。


「ヴァネッサは当面の間、僕らに同行するんだよね?」

「ええ、養ってくれてもいいのよ」

「貴族のお嬢様が、そういうことを言っちゃダメだと思うんだけど」


 赤髪のお嬢様は家出中のため、今後も行動を共にすることだけは確定していた。彼女とて市井の民と交流は持っていたが、生活能力は全く無いからだ。


 そしてこの点では、テオドールに対する根回しは終わっており、「英雄を目指すなら美少女の1人や2人養っておけ」という主張には、もっともであると頷いた後だ。


「まあまあ、華があっていいじゃない」

「自分で言うんだ……。まあ、宿代と食費くらいなら持つけど」


 領主の娘が仲間内にいるとなれば、有事の際に助かるかもしれない。

 そう考えれば囲うのも合理的だと考えつつ、彼は改めてヴァネッサの容姿を眺めた。


「テオ、目つきがエロい」

「……お触りは禁止ね?」

「婚前交渉は感心しませんよ?」

「安心して、そういうことは考えていないから」


 レベッカの冗談を皮切りに、ヴァネッサは身体を両手で覆い隠し、ラフィーナは半ば本気でたしなめた。


 しかし性欲が希薄なテオドールからすると、この注意に然したる意味はない。彼はただ美少女が隣にいれば、自分の株が上がると再認識したに過ぎないのだ。


 軽口を流しつつ、テオドールは次いでラフィーナの意思を確認する。


「東の……災厄だっけ? それを封印するまではドラ、ラフィーナも同行するってことでいいんだよね?」

「そうですね。試練が終わり封印が解除されたので、今後は戦力としてご期待ください」


 彼女は龍人の里に来て能力を取り戻し、いくらか外向的になった。

 戦うことに対しても、前向きな姿勢でいる。


 そして災厄への対処は一族の使命という側面があるため、ドラゴンの末裔代表として参戦する運びにもなっている。


「ヴァネッサはどこかで離脱すると思うけど、他の3人はかなり先まで一緒にいることになりそうかな」

「まあ、私もそんなにすぐには帰らないわよ。1年か2年くらいは放浪してみたいの」


 残るテオドールらは勇者の正式な仲間なので、当然の如く参加が決まっている。

 全員の意向を軽く確かめてから、彼は自分のことを考えた。


「となると、やっぱり当面は修行かな」


 大戦に参加するとなれば、彼が持つ必殺技の威力は人類でも屈指であり、戦況を変える切り札にもなり得る。

 劣化勇者からの脱却を目指す修行も始まるとあり、そこに不安は無い。


 というよりも、災厄封印などというビッグイベントに参戦しないなど、とにかく名声を上げたい彼からするとあり得なかった。

 多少未熟であろうが戦力が不足しようが、何が何でもくちばしを突っ込む気でいる。


「とは言え今後はウィルの考え次第だから、戻ってきたら意見を聞いてみよう」

「ん。多分そろそろ帰ってくる」


 西の魔王はウィリアムの身内で、台本通りに戦っているというのだから、放置しても構わない。そして彼は東の災厄戦への参戦が確定しているどころか、指導者となる男だ。


 テオドールがそんなふうに考えていると、唐突に本人が姿を見せた。


「はっはっは! 話は聞かせてもらったよ! 僕も同行しようじゃないか!」

「ウィルが行くのは当たり前でしょ。聞きたいのは今後のことだよ」


 彼にしては珍しく、玄関からの入室だ。しかしウィリアムの勢いとテンションに反して、テオドールは真顔のままだった。


「くっ……テオ君のリアクションが、日に日に薄くなっていく気がするよ」

「慣れてきたからね」


 ある種達観したテオドールは、冷静そのものでウィリアムに尋ねる。


「まあそれはいいとして、帰郷してからも随分と忙しないよね。昨日はどこに行ってたの?」

「ああ、実家に顔を出してきたんだ」


 ウィリアムはいい年をした大人で、貴族でもある。

 親子揃って奔放なため忘れがちだが、テオドールは口には出さず話を続けた。


「レビィの話では、家出中だったはずだけど」

「半ばね。でもお役目は果たしているし、その辺りは適当に処理をしてきたさ」

「そっか」


 ウィリアムとレベッカは超長期の旅を続けており、事情はヴァネッサと大差ない。


 しかし魔王絡みでの役目を果たし、各地で災害の防止や救助をしているとすれば、責任は果たしているというのが彼の弁だ。

 その辺りは当たり障りなく片付けて、彼は次の行動について指示する。


「まあまあそれはさておき、覚悟が決まったことは嬉しい限りだね。僕は引き続き用事があるから、代わりの師匠の手配をしてきたよ」

「師匠?」

「うん。スキル研究の第一人者に依頼したから、安心してくれたまえ」


 次いでウィリアムは、残る面々に目を向ける。

 中でも標的になったのは、修行に関しては部外者という顔をしたヴァネッサだ。


「テオ君はもちろんだけど、全員の育成をしないとね」

「わ、私もですか?」

「旅を続けるなら護身術くらいは必要だよ。はっはっは、これも見聞見聞」


 ウィリアムはとにかく決断が早い。そして行動も激流の如く早い。

 方針はこれで決定とばかりに背を向けて、次の瞬間には窓を開け放った。


「では帰ってきたばかりで何だけど、また別行動を取らせてもらうよ。戻りは3日後くらいかな」

「ちょっと待った。そう言えば、あの包帯の人は?」


 宿に安置していた正体不詳の怪我人を抱えて、ウィリアムはどこかに消えていたのだ。

 姿が見えないと思い聞いてみれば、彼は爽やかな笑顔のまま親指を立てて言う。


「これから治療に入るんだ。用事っていうのはそれも込みさ」

「ああ、そう」


 喉と両手に重傷を負っているため、道中での意思疎通はアイコンタクト頼りだった。


 しかし国境を越えるまでの2週間を旅した仲ではあるので、テオドールとしては快癒を祈りつつも、ふと気になって首を傾げる。


「あの人こそ、これからどうするんだろう?」

「……多分、当面は同行する」


 本人の意思を確認してからになるが、しかし治療の目途が立ったというのであれば喉の傷も癒えるのだろう。

 であれば直接できるようになるはずだと、ここは適当に流された。


「ふーん。まあ、それは治ってからか」

「ではそういうことで。お師匠様の滞在場所はレビィが知っているから、訪ねてみるといいよ」


 ウィリアムが窓辺から飛び立ったことで、強制的に会議が終了した。

 そのため彼らは各々で、修行に向かう用意を始める。




    ◇




 その後一行はレベッカの案内で、街の中央区画へ向かった。

 そして宿泊先から徒歩10分ほどで、目的地に到着する。


「着いた」

「え?」


 目当ての人物はスキルに造詣ぞうけいが深い人物だ。そう聞いていた彼らが辿り着いたのは、街の中心にある劇場だ。

 ここは何の変哲もない、オペラやミュージカルを鑑賞するための施設である。


「修行をやるって……ここで?」

「時々によるけど、大体は」


 テオドールは指導員がスキルの第一人者と聞き、学者のような人物を想像していた。会うとすれば研究所か、図書館のような場所を想像していたのだ。


 だからこそ場違いな施設に到着して、彼とヴァネッサは戸惑っていた。

 一方でレベッカとラフィーナは面識があるどころか、これから会う人物も遠縁だ。


「おじ様、息災でしょうか?」

「間違いなく」


 彼らは目当ての人物に会うために、関係者用の通路から奥に進んでいく。

 その最中でヴァネッサは呟いた。


「あの子たちの血縁ってことは」

「曲者だろうね」

「……そうよね」


 嫌な共通理解だが、勇者ウィリアムの周囲にいる人物は全員クセが強い。

 テオドール本人がそうであり、ヴァネッサが付いてきた経緯も大概なのだ。


 彼らは自分のことを棚に上げつつ、どんな人物が現れるのかと、多分に緊張感を持ちながら進んだ。

 そしてメインステージの脇から場内に入ると、客席の最前列に出る。


「来たか、時間通りだな」


 舞台の前では黒髪の男が、戯曲を書きながら待っていた。


 長くも短くもない髪を適当に整えた男は、どことなく無機質な印象を与える佇まいをしており、一見した限りではテオドールと同世代だ。


「こんにち――」

「では、修行を始めよう」


 そして、第一声から早速これだ。

 挨拶よりも先に特訓が始まろうとしていた。


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