第三十九話 最強の芸術家



「まずは自己紹介にしませんか?」

「ん? ああ、そう言えば初対面か」


 話が早いを通り越してせっかちな男は、作業の手を止めて立ち上がると、テオドールたちに握手を求めた。


「劇場支配人兼、脚本家のバレットだ」

「テオドールです」

「ヴァネッサと申します」


 テオドールは深めの会釈をしてから握手を交わし、ヴァネッサは淑女の礼としてカーテシーをした。


 ウィリアムの血縁ならばもれなく高位貴族と見て、礼節を重んじた丁寧な挨拶をしたが、当のバレットは表情を変えずに言う。


「礼を尽くすのが時間の無駄とは言わないが効率の方が大切だ。時間は有限だからな。俺に対しては省略して構わない」

「そうですか?」

「ああ。挨拶も済んだことだし始めるとしよう」


 バレットは謎の貫禄を漂わせているが、見た目は礼服を着ただけの若者だ。


 筋骨隆々というわけではなく、特段強そうにも見えないが、そこは所持しているスキル次第でどうとでもなるだろう。

 そう納得したテオドールの前で、彼は淡々と予定を告げていく。


「テオドールは能力の上限解放。レベッカは後衛の援護に主眼を置いた防御訓練。そしてヴァネッサは魔法の射程距離向上と複数同時発動を。ラフィーナは未来視を利用した近接戦闘の訓練を行う。付きっ切りで見るから安心してくれ」


 バレットは淡々と言い切ったが、テオドールは首を傾げた。ある程度は実力でカバーできると言っても、全員の育成方向が点でバラバラだからだ。


 規格外の力という特殊スキル。攻守に秀でた聖騎士のスキル。攻撃魔法に特化した魔導士のスキルに、未来を見通すというこれまた特殊なスキル。


 鍛えるのはこれら4種のスキルと、それらを利用した戦闘法だ。


「僕らを同時に訓練するのは、無理じゃないかな……」

「できる」


 バレットが自信満々に、短く言い放った直後――彼の姿がブレた。

 音もなく横滑りすると、テオドールたちの前に一人ずつ彼が現れる。


「俺が」

「「お前たちを」」

「「「今日中に」」」

「「「「鍛え上げてやろう」」」」

「うわっ! 増えた!?」


 寸分の違いなく全員が同一人物だ。光ることもなく残像が映ることもなく、突然出現したのだから、それは驚く。

 無礼にも指を指しながらテオドールは尋ねた。


「え、ええと、分身のスキル?」

「そのようなものだ」

「厳密に言えば違うがな」


 彼らは全く同じ表情と仕草のまま、何事も無いかのように話を戻す。

 深く説明するだけ時間の無駄だと思いながら、バレットたちは続けた。


「まあ俺は魔法使いではないが」

「そこは長年の経験でカバーできる」

「言った通り、個別に修行を付けてやろう」

「俺のことは師匠と呼んでくれ」


 テオドールも異質な経験を積んできた方だが、別方向から全く同じ人物の声がするという体験は、もちろん初めてだ。


 5人に増えたバレットが同じ声で別々に話すものだから、彼の頭は混乱し始めていた。


「ん。死なない程度に、手加減よろしく」

「特訓も久しぶりですね」


 得体の知れなさは満点だが、これから始まる訓練は聖騎士の力を持つレベッカが、手加減を頼みたくなるレベルだ。


 テオドールとヴァネッサはアイコンタクトを交わすが、彼らが抱いていた嫌な予感は、ここでも的中していた。


「ウィルの知り合いってさ」

「ええ。全員、その」

「戦闘力がおかしいよね」


 山を削り湖を割る勇者。火山噴火に巻き込まれても、無傷で生還できる聖騎士。古龍に加えて古龍の末裔。


 国境を過ぎてから見かけるようになった街道警備隊も恐ろしい練度であり、周辺に潜む魔物の脅威度もおかしなことになっている。


 この地方が魔境だからこういう人間たちが育つのか、それともこういう人間が多いから環境が変化するのかは、彼らからすると気になるところだった。


 半ば現実逃避をしているテオドールたちに、レベッカは言う。


「油断したら死ぬから、そのつもりで」

「安心してくれ。法に触れない範囲で蘇生するつもりだ」

「……蘇る、半殺しの記憶」


 ここにきて、ただの劇場支配人の分身体が、聖騎士を手加減しながら半殺しにできると言うのだ。

 ここまでくればもう、テオドールの基準は滅茶苦茶になっていた。


「しかしクリアできない課題は非効率だからな。全力を尽くせばこなせるものだけを選んだから安心してくれ」


 レベッカとラフィーナは遠い目をしているが、バレットは特に意に介さず、淡々と言葉を繰り返すだけで終わった。


 勇者基準の訓練を一般人がやれば死ぬように、彼から・・・すれば・・・無理のない訓練なのだろうと察しつつ、テオドールは聞く。


「修行に入る前に、バレットのスキルって何なの? 分身以外にも多分あるよね?」

「色々だな。まあ、魔法系以外はそれなりに持っている」


 明言は避けたが、「それなり」という言葉から既に、不穏な空気を発していた。


 わざわざ魔法系を名指しで除外するのであれば、それ以外の分野は網羅していると見るべきか。


 しかしスキルを4つ持てばスーパーエリートという価値観すら壊れかねないため、テオドールは深く聞かないことにした。


「蘇生っていうのは、そのうちの一つなのかな」

「そう。似たような能力を幾つか持っている」

「蘇生と不死身に加えて、不死を貫通された場合は、自動で復活するスキルもありますね」


 生命に干渉する能力は総じて珍しいが、無いことは無い。例えば《大神官》や《聖女》であれば、致命傷を負ってから数時間以内の命を再生させることも可能だ。


 しかし不死のパッシブ効果を持つ能力など、それこそ御伽噺の世界にしかない。


「つまり僕らが全力で、殺す気で挑んでも大丈夫な特訓相手ってこと?」

「ええ。分身したお師匠様を同時に倒さない限り、何度でも蘇りますから」

「死亡の事実を、生存で上書きするスキルもあったはず」


 酒場の酔っ払い冒険者が言っているなら、笑い飛ばすだけの与太話だ。しかし素面の仲間二人が真顔で言うのだから、勘の鈍いテオドールもいよいよ危機を察した。


「そういうことなので、むしろ殺害するつもりで臨んでくださいね?」

「最後には損害が無かったことになるから、基本的に殺しにかかっていい」

「ええ……」


 話を統合するとその生存能力は、その他大勢・・・・・の手札の一枚でしかないのだ。


 修行となれば無論本気を出すつもりでいるテオドールだが、正攻法ではどう足掻いても倒せそうにないというのが、彼の正直な感想だった。


「いや、この人が魔王じゃないの?」

「……一応、違う」

「一応なんだ」


 ウィリアムの強さは超人的だが、バレットの力量は人知を超えている。そんな人物から課せられる地獄の特訓など、絶対にろくなものではない。


 先の展開を予想したヴァネッサは、彼らが話しているうちに回れ右をして、既に逃走を開始していた。


「ちょっと用事を思い出し――」

「一々逃げ出されるのも非効率だからな」

「絶対に逃げられない空間に招待しよう」


 忍び足のスキルでも発動したのかと疑うほど、自然に逃げ出したヴァネッサではあるが、彼女が通用口の戸を開くと、その先には2人のバレットが待ち構えていた。


 新しく生まれた個体なので、これでこの場には合計7人のバレットがいることになる。


「安心しろヴァネッサ。俺は育成のプロだぞ」

「可愛い子孫たちからの久々の頼みだからな」

「介入できる限界までやろうじゃないか」


 彼らはそう言うなり、一斉に右手を翳す。

 全員が1秒の誤差も無く、シンクロした動作で前方に掌を向けた。


「繰り返すが時間は有限だからな」

「極限まで効率化した修行を行うから、そのつもりでいてくれ」


 そして分身たちに捕まり、いやいやと首を振るヴァネッサにも、平等に右手が差し出された。


「さあやるぞ」

「いやぁぁあああああああっっ!!」


 涙目で叫ぶ、彼女の抗議も何のその。

 彼らの右手が輝いた瞬間に、一行はそれぞれが修行をする地域に飛ばされた。

 

「さて。では空いた時間に、次の劇の脚本を仕上げようか」


 分身と共に来客が消え、静けさを取り戻した場内に一人だけ残ったバレットは、悠々と台本の作成を始めた。


 別空間に飛ばした5人と遠隔会話、戦闘をしながらでも仕事はできると言わんばかりに、彼は何事もなく筆を滑らせる。


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