第四十話 万里に築け、英雄の城
「どうした、早速始めるぞ」
「いや、ここはどこ?」
ブラックアウトした視界が元に戻ると、テオドールは見知らぬ荒野に立っていた。見渡す限りに荒地が続く不毛の土地だ。
この
「説明してから始めた方が効率的か」
「多分」
いくら鈍いテオドールでも、首都の街中から辺境にワープすればそれは戸惑う。
しかしバレットは彼の動揺に構わず、素知らぬ顔で続けた。
「ここは災厄の出現ポイントから西に20キロの位置だ。敵はあの
「……本当に?」
「ラフィーナの未来視はまだ未熟だが、今回に関しては俺が結果を保証しよう」
つまりここは彼女が偵察してきた、大陸の果てということだ。この世の終わりのような光景が広がっているが、ラスボスの出現地点と聞いたテオドールは逆に納得した。
「ドラ子はこんなところに、一人で来たのか」
「あれで龍の血を引いているからな、大物でも現れない限りは対処できる」
事もなげに言うバレットだが、最終決戦がまだ先だとはテオドールにも分かっている。
災厄はまだこの世に出現すらしておらず、現状では戦うべき相手がいないからだ。
「それで、どうしてこんな場所に来たのさ」
修行をするだけならば、もっと近場で構わないはずだった。現地の下見にしても、こんなところを見ても仕方がない。
目的が分からないテオドールが重ねて尋ねると、バレットは地面を指して言う。
「人類軍はここに集合してから、東に攻め込むことになっているんだ」
「いや、ここに集まるって……目印がないんだけど」
ここは砂漠の真ん中と見紛うような場所だ。漠然と現地集合を試みたならば、遭難者が続出することは間違いなかった。
「だから今から目印を作る。討伐軍は君が作った砦に集結していたから――っと、これは未来の情報か」
「それを教えると何か不都合が?」
「まあ、色々と制約はある」
バレットが意図的に滑らせた口からは、テオドールが砦を築いている未来が語られた。つまりそれを今から作ると言うのだ。
「でも僕が一日に生産できる量で、無理のない範囲だとすると……城壁の一面くらいまでだと思う」
限界を見誤れば数週間は行動不能になるので、安全圏がその辺りだ。それも鉄塊のように簡単な構造かつ、品質が劣るものという条件がつく。
「作り変えや改良ならまだしも、今日中に新規生産は無理だよ」
「大丈夫だ。俺が制約の範囲内で力を貸してやる」
確かに《規格外》が持つ性質上、城壁を脆くしてハリボテにすれば、その分を大きさに還元していける。しかしどこをどう劣化させても、砦を作れるほどの石材は確保できないのだ。
手助けの方法はもちろん気掛かりだが、しかしテオドールはまず本末に立ち返った。
「あと、僕の修行はどうなるの?」
「その力は使い込むほど容量が増える。無意味に物品を生産しても非効率だから、修行と建築を一度に済ませるのが合理的だろう」
《規格外》は使えば使うほど上限が伸びていくが、人里近くでトン単位の物質を易々と出せるはずがない。
何をどれだけ生んでも構わないという観点でも、この場所が選ばれていた。
「さあ、試しに発動してくれ」
「それなら《規格外》の城壁を」
テオドールはまず、ヴァネッサの地元で製造した規格外の城壁を思い浮かべた。すると掌の輝きと共に物質が象られていき、分厚い石の壁が世に姿を現す。
ひび割れた地表を数秒で押しのけて、灰色の壁がドンと鎮座したまではいいが、しかし生産と同時にテオドールは確信した。
この一発に全力を尽くしたところで、休憩なしでは城壁一面の半分も作れないと。
「もうすぐ、限界かな……!」
「では、光の世界に招待しよう――《加速》」
次いでバレットが右手を天に翳すと、昼間の風景が唐突に流れ落ちた。
あっという間に日が沈み、夜になり、瞬く星が流れ星のように空に線を描き、また日が昇る。
「え、ちょっと、何!?」
「この近辺を時の流れから切り離して、速さを900倍に調整した。1秒につき15分が流れていく計算だな」
彼の発言が意味不明であっても、時間が物凄い速度で流れ始めたことは一目瞭然だ。
そして世界の加速と同時に、テオドールが使い果たした力も急速に回復していった。
「理を超えたスキルとはこういうものだ。《規格外》を極めれば真似もできるだろう」
「想像がつかないけど……どうやってるの、これ?」
「まあ細かい原理は置いておけ。自然回復量が上がっているうちに、力を使い倒すことだ」
上限ギリギリまで力を使っても、即座に疲労感が抜けていく。そしてコストを最大値に設定しても、作り終える頃には回復が終わっているのだ。
「ん? いや、でも」
「どうした?」
ここぞとばかりに連続で設置を始めた彼は、果たしてすぐに手を止めた。
ふと気づいたことがあったからだ。
「この分だと1日なんてあっという間だなと」
「安心しろ。修行は現実時間での1日分だ」
「ああ、それなら……あれ?」
つまり修行期間は900日ということだ。
単純計算を終わらせたテオドールは、すぐに振り返ってバレットに叫ぶ。
「え、ちょっと! 2年半もここで壁を作り続けるの!?」
「まあ気にするな。その程度はすぐに過ぎるさ」
無茶な修練に慣れているテオドールも、この言葉には引いた。目まぐるしく昼夜が変わる不毛の荒野に、何年も滞在していたら気が狂いそうだからだ。
しかしバレットは反応をお見通しと言わんばかりに、余裕と自信に満ちた声で諭しにかかる。
「誰もが賞賛する英雄になりたければ、この程度の試練は超えてみせろ」
「英雄、試練……」
テオドールは壮大な単語を出されると弱い。最弱だ。
やることがただの苦行と理解した上で、彼は不覚にもときめいてしまった。
「これを乗り越えた時、お前は新たな力を得るだろう」
「新たな、力……」
ついでに言えば英雄譚的な言い回しにも弱い。新たな力という素敵で甘美な響きを前にして、彼は何も言えなかった。
「騙されたと思ってやってみろ。万里の城を築くぞ」
「万里?」
「一説によると、限りなく長大な城は宇宙からでも見えるそうだ」
つまり今から作るものは、星から星を眺めた時に見えるほどの大きさを持つ。言い換えれば――世界有数の大きさを持つ施設になるということだ。
「見える、未来が見えるぞ。作られた城塞は後に世界遺産となる」
未来視が可能なバレットには、既に城が建築された光景が視えているのだ。
「世界遺産?」
「ああ、世界が待っているぞ。これでお前もワールドクラスだ」
そこまでいくとテオドールには、一つの街にランドマークをせっせと作り、レガシーにしようと目論んでいた自分がちっぽけに見えてきた。
彼は視野の狭さを恥じると共に、世界レベルの男になれたのなら、それは間違いなく歴史に名を残すだろうとも確信する。
「どうだ、やれるか」
「やるよ、建築」
これから建てるのは世界を脅威から救うための防衛設備だ。多くの人が利用して、末代までの語り草となるに違いなかった。
――ならば将来的に何が起きるか。
「僕が作った城で戦うんだから、参加した全員の英雄譚に僕の名前が出るはずだ。そうだよ、だって決戦の舞台はテオドール城なんだもの」
「ネーミングセンスはともかく、そういうことだ」
舞台についても話の導入で、少しくらいは説明されるはずだ。参加者全員の武勇伝に便乗できると考えれば、凄まじい宣伝効果になる。
それに民間だけではない。どこかの国が派遣した騎士を国策で讃えようとすれば、自分が知らない国や地域でも勝手に、大々的に名前が売れる。
それはテオドールが一方的に得をしていると言っても過言ではない。
彼からするとこの展開は、何をどう考えても好機だった。
「うおおおおおお! 燃えてきた!!」
悪い大人から
次々と城壁の土台を敷いていく彼を前にして、バレットは無表情かつ淡々と、小声で所感を呟いた。
「乗せやすくて助かる。効率的な男は好ましいな」
最初は砦を作るという話だったものが、城を作るという話になり、しかも万里に伸ばせという話になって、知らぬ間にハードルが爆上げされていること。
そして修行期間が2年半でフィックスしていることも、テオドールの頭からは完全に抜け落ちている。
交渉要らずでここまで波に乗るのだから、省エネルギーと最高効率を好むバレットからすると、テオドールは非常に好ましい存在と言えた。
「合格だ、レベッカと結婚する際には口添えをしてやろう。いや、その前にウィリアムと悶着を起こさせた方が劇的だな。……ふむ、どんな試練を与えよう」
バレットは真顔で悪巧みをしているが、その声は次々と隆起した石材の音でかき消されていく。
そして彼にとり重要なことは、これが己の本業に関わるということだ。
「まあいい、次の劇のサンプル――もとい参考にさせてもらおうか。ふふ、これは久方ぶりに遊び甲斐のある題材だ」
バレットはこの展開を存分に楽しんでいるが、一方のテオドールも力の強化ができる上に、最後には破格の名声が得られる。
だからこれは言ってしまえば、両者とってハッピーな展開だった。
「はは、あーっはははははは!!」
「ふふ、ふはははははははは!!」
全く違う思惑を抱えた彼らは、荒野のど真ん中で高笑いの声を上げる。
笑う間にもガンガンと石材を積み上げて、凄まじい速度で壁ができていくが、地形や環境が変わることなどお構いなしだ。
かくして彼らの蛮行は、異変を察知した監視者が止めにくるまでの間、ノンストップで続いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます