第四十一話 精霊役大激怒
「最大値は修行前の3割増しと言ったところか。もう少しペースを上げよう」
力を使い切らなければ勿体ないので、今のテオドールは奥義を常時発動中だ。脚部限定で劣化勇者の身体に変身しながら、彼は全力で荒野を駆けていた。
最高速度で南から北の方角に向かいながらも、水平に伸ばしている左手からは、途切れることなく砦の基礎部分を打ち出していっている。
「ウィリアムの身体を、21%の出力で再現するように」
「はい、師匠!」
修行開始からほどなくして、テオドールはバレットのことを師匠と呼ぶようになった。そちらの方が嬉しいのであれば、別に拒否することではないからだ。
そして修行を兼ねた建築作業だが、やることは至極単純だ。生産する素材は一定の量と質を保ったまま、燃費の悪い身体にどんどんと交換していくだけだった。
しかし増えた容量を使って新しい容量を稼ぐのだから、複利的に力が増している。強化に応じて1%刻みで出力を増やしてきたが、次の段階に進む速さもまた加速していた。
「30%でも自然回復が追いつくようになったなら、そろそろ単純強化以外の修練もするべきか……」
「何をしたらいいですか!」
「いけるか?」
「まだ余裕あります!」
身体をウィリアム規格にするだけでは芸がない。そしてテオドールも十分にこなせる範囲の負担だと言うので、バレットは能力の容量拡大に加えて制御の課題を出した。
「では異なる身体で、異なる性能を操る訓練を行う。10%の出力を保ったまま、オーガの身体に切り替えるんだ」
「見たことがありません! 師匠!」
生息地の関係で、テオドールは遭遇したことがない種族だ。
そうであればと、バレットは進行方向にオーガを出現させた。
「連れてきたぞ」
「……ガ?」
バレットは時に関連したスキルを所持している。そのため一旦時間を止めて、どこかから連れ去ってくることは容易だった。
呆けた顔のオーガの顔は可愛らしい仕草をしているが、要はホブゴブリンよりも身体の筋力と、全身を覆う魔力が少し多いだけだ。
一見してもテオドールには違いがよく分からなかった。
「まあいいや、取り敢えず《変身》だ!」
「ゴアッ!?」
スペックを書き換えるのだから、細かいことはどうでもいい。とにかく実践だと姿を変えたテオドールは、3メートル弱だったオーガの身体を倍のスケールで再現した。
「ご苦労」
「ゴアアアアッ!?」
ホブゴブリンよりも強そうなイメージをできればいいのだから、彼はただのモデルでしかなかったのだ。
用が済んだ瞬間にオーガは故郷に帰されて、何事もなく修行は続く。
「ウィルの力で上書きしたから、本当に違いがよく分からないな……」
「巨大化した分だけ歩幅が広がっただろう。まあその調子で続けてくれ」
本来であればまず基礎を作り、その上に城壁や建物を乗せる必要がある。だがテオドールは全てをワンセットにしたものを、一つの品物として規格していた。
新しくコピーした壁を融合するだけなのだから、特別な技術は何も要らない。変身により歩幅が倍増したのだから、建築速度も単純に倍速だ。
「いいぞ。全く予定通りだ」
もう慣れたもので、南北に跨る万里の長城は外観の大部分が完成している。基本的な防衛機構だけであれば、主観で1年という短期間で完成しつつあった。
無限に回復できる修行期間中に壁部分を作り上げてしまい、残る拠点は災厄が出現するまでの間に、ゆっくり作り上げても間に合うくらいにはなったのだ。
しかしバレットの予定では、修行期間内に防衛拠点も5つ作ることになっている。防衛線上の定点に支城を設置して、迎撃用の尖塔や櫓を設ける予定でいた。
「さあ、行け」
「はーい」
会話をしている間に、壁を伸ばし終わるポイントまで辿り着いた。要は折り返し地点であり、次は引き返しながら城壁の内側を作っていく。
外壁と基礎しかないハリボテの裏、その要所に防衛設備を設置していくのだ。
この作業を人力でやる場合は10年掛かりになるだろう。しかし彼らは作るだけでは飽き足らず、デザイン面まで妥協せず凝るつもりでいた。
バレットは
「建築様式はどうしようか。どうせなら意匠まで拘りたいが……む」
「何か?」
「いや、もう察知されたようだ」
バレットは空中浮遊をしながら図面を引っ張り出して、テオドールの頭上で作図を繰り返している。
テオドールは言われるままに、素材を出す機械に徹するつもりだったが――師が向く先――北西方面からは超高速で飛来する緑色の物体が現れた。
「察知って、アレは何?」
「俺のお目付け役だ。ご苦労なことだな」
バレットは感情に乏しいながらも、やれやれと呆れたように首を振る。
片や緑色に発光する球体は、彼の顔面に一度着弾してからというもの、抗議するように何度もバウンドし始めた。
『今度は何を始めやがった!? おう、答えろ!』
「見て分からないか? 弟子の修行中だ」
『見て分かるかそんなもん!』
規格から外れたオーガの身体になって全力疾走しつつ、城を建築している光景を見て、修行と分かるはずがないのだ。
走り続けるテオドールの斜め上では、バレットが空を飛びながら並走していたが、緑の球体も並んで飛んでくるようになった。
「最近は大人しくしていると思ったら……下界に干渉するなって言ってんだろが!』
「俺がやっていることは時空間の調整だけで、世界のシステムには一切干渉していない」
『は?』
「時間の流れが変わった地域でたまたま弟子が修行をしていただけならば、どう考えてもセーフだ」
『どう考えたらセーフになるんだよ、このバカ! 判定が甘すぎんだろ!』
修行に必要なものは1秒未満で用意され続け、2年半の修行が一両日で終わる。
反則的に効率のいいやり方だとはテオドールも思っていたが、実際に制約とやらに反しているのなら当然かと思い、彼は空いた右手で頬を掻いた。
「ええと、何かまずかったかな」
「何も問題は無い。続けろ」
『問題だっつってんだろ!? いいからお前も、ちょっと止まれ!』
師匠であるバレットと、緑色に光る謎の球。
テオドールがどちらの言うことを聞くかと言えば、まず師匠の方だ。
「了解、作業を続けよう」
「走りながらでも話はできるからな」
「効率的だね」
『ダメだこいつら!? 多分同じ人種だ!』
緑球が焦ったような声を出すと、テオドールの集中が乱れて城壁が欠けた。
補修のために一瞬立ち止まり、何事もなく走り始めてから彼は注意する。
「静かにしてもらえるかな? ちょっと気が散るかも」
『なんだとこの野郎! オレを誰だと思ってんだ!』
「誰って……誰?」
意思はあるようだが、そもそも生物なのだろうか。
疑問に思いながら聞き返すと、球は自信満々に答えた。
『聞いて驚け、我こそは風を司る大精霊なり!』
精霊とは一部地域で、神のように敬われている存在だ。大精霊と言うからには、相当に上位の存在なのだろう。
それを聞いたテオドールを再度足を止めて、姿をまじまじと見た。
「大精霊?」
『ふふん、どうだ崇め奉れ』
滅多に会えない貴重な存在には違いない。ある意味では勇者と出会うよりも珍しい体験だ。
この出会いに際して、テオドールが考えることとは何か。
「ねぇ師匠」
「なんだ?」
神話の登場人物が目の前にいる。それを理解した彼は、激レア生物を前にして――
「精霊って、ペットとかにできる?」
『は?』
一体欲しくなった。伝説級の存在を使役する存在となれば、それはそれで大物感が出せるからだ。
そして弟子の要望とありバレットも真剣に検討する。
「精霊に対するテイムか。試したことはないが、やってやれないことはないはずだ」
「僕にもできるかな?」
「試してみる価値はあるだろう。疑似的に《テイム》を再現する道具も現存していることだし、《規格外》の力を応用して、制約に違反しない範囲で実現するには――」
『おい』
《テイム》の力は封じられているが、試しに聞いたところバレットは持っていた。そのためテオドールは、どこかに抜け道があるはずだと直感した。
同時にバレットからも、精霊を利用した戦力向上の案は真剣に検討される。
「大精霊に成功したのなら、中級や下級の精霊にも効くだろうな」
「だったら火を司る精霊とか」
「まずは試してからだ」
具体的な方法を考え始めた彼らの横では、大精霊が明滅している。
その強弱により感情を伝えているが、緑色の球体は――唐突に輝きを強めた。次いで荒野に吹き荒れていた竜巻の本数が、爆発的に増えた上で太さと勢いを増した。
『てめぇら精霊をナメてんじゃねぇぞっ!!』
「うえっ!?」
「お、全力だな」
彼らの足元からも凄まじい風が吹き抜けてきたが、バレットはあっさりと相殺して無効化するだけだ。
しかしテオドールはオーガに変身中だというのに、身体が宙に巻き上げられて、きりもみ回転をしながら打ち上げられていく。
「ちょ、や、止めっ――うわぁぁああああ!?」
彼は天高く吹き飛ばされながら、ぐるぐると回転させられているのだ。
怪鳥に変身して難を逃れようとしたが、羽ばたきがコントロールできないどころか、風の影響を受けやすくなった分だけ回転が加速した。
『ざまあみろ、この野郎!』
「……精霊の威厳について、考えさせられるな」
空の彼方に吸い込まれたテオドールは、そのうち目を回して気絶してしまった。
そのためやりたい放題にやっていた修行は、ここで一時中断となる。
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