第四十二話 問題児二匹
『反省したか?』
「はい」
目を覚ましたテオドールは、宙に浮かぶ緑球の前で正座させられた。荒野のど真ん中で正座をしている姿は奇妙な絵だったが、大精霊は激怒しているのだから仕方がない。
「修業は中断か、一々止めるのは非効率なんだが」
『おう効率バカ。お前もだぞ』
「恥じ入るところなど何一つ無い」
バレットも叱責の対象に入っているが、彼の態度は全くの平静だ。むしろ手を止められたことが不満くらいの温度感でいたため、大精霊は溜息交じりのそよ風を吹かせた。
『まったくよぉ。上からは手出しするなって言われてんだろ』
「管理者の俺がいいと言っているのだからこれでいいだろう。何が不満だ」
『介入し過ぎだって言ってんの』
ふよふよと浮かぶ球は呆れたように言うが、テオドールからは彼らの関係性も、一体何が問題なのかも理解できていない。
だから黙って置物になっていると、大精霊の方から話を振ってきた。
『よう、お前はコイツが動いたら何が起きるか知ってんのか?』
「いや何も」
『やっぱりな』
バレットが動くと何が起きるか。公開済みの手札だけを駆使しても、災害規模の天変地異くらいは起こせそうなものだ。
しかしやったことと言えば、不毛の荒野に万里の城を建てたくらいである。
「よく考えれば行動のスケールがおかしいけど、破壊じゃなくて創造だし」
「ああ、新しい生活圏ができれば新たな文化が生まれる。それは素晴らしいことだ」
満足そうに頷くバレットは何らの問題も感じていなかった。
しかし続いて大精霊が告げたのは、人類にとっては確実に問題のある内容だ。
『このまま干渉すると、敵のレベルがコイツ準拠になるかもしれないぞ』
「へ?」
『だーかーら、現れる敵の強さがこのバカ、ライナー・バレットと同レベルにまで上がるんだって』
勇者のウィリアムは、魔王といい勝負ができると評判だった。バレットはそのウィリアムを瞬殺できると評判なので、敵のレベルがそこに合わされば何が起きるか。
「それ人類滅亡しない?」
『だから止めろっつってんだろ』
突然修行を中断させられた挙句、いきなり空まで跳ね上げられたのだ。先ほどまではテオドールにも不満があったが、しかし語る内容が事実ならば乱入者どころか救世主だった。
そもそも自分の師は人間か? という部分からして怪しみ始めたテオドールだが、それはそれだ。
時間加速と時間停止、不死身その他様々なスキルを持つバレットが基準になってしまうと、最終的には彼以外に参戦可能な生物がいなくなる。
「実際はどうなの?」
「今のところは大丈夫だ。俺が直接手を下しているわけでもなし、何の問題も無い」
「……そう」
もしかしたら、自分は敵方の強化に一役買ってしまったのではなかろうか。そう不安がっている彼に向けて、大精霊は呆れたように言う。
『どんな影響が出るか分からないんだから、やめとけって』
「久方ぶりに取った弟子なんだ。徹底的に鍛えてやっても――」
『ダメ』
ダメと言うなら仕方がない。
そう言わんばかりに両手を上げて、バレットはお手上げのポーズをした。
「では現世には完全に影響しない範囲でやろうか」
「つまり?」
「超高速で時間が流れる亜空間に押し込めて、スキルだけを常時全開放してもらう」
とにかく容量を増やすことが今回の修行目的だ。
そして彼のスキルは筋トレと同じように、使えば使うほど強化されていくため、何も無い空間で力を垂れ流しにするだけでも強化される見込みはあった。
「それなら干渉にはならないんだ」
『まあ、それでもギリギリだけどな。崖っぷちで遊んでる感じ』
能力が発動し放題の機会など、もう巡って来ないかもしれない。だから修行のことだけを考えるならそれでいいのだ。
合理的に考えればここらが潮時ということも分かる。しかし彼らには、どうしても後ろ髪を引かれる思いがあった。
「でも城が、栄光のテオドール城が……」
「ただ力を浪費するのは、非効率なんだが……」
師匠のバレットも弟子のテオドールも、何となく勿体ない気がしている。
どうせなら有り余る力を使って、城の建築までできた方が一石二鳥――それは彼らの共通認識だった。
「もうちょっと。せめて城壁だけ完成させない?」
「そうだな。デザインは落ち着いて考えたいし、そこまで終わらせてからでも」
『ぶちのめすぞ問題児ども』
しかし譲歩案すら即座に却下だ。亜空間での無限修行という落としどころは、頑として動かなかった。
「仕方ないかぁ……今回の修行が終わったら、現実で建築を始めようかな」
「そうするか。本格的な顕現までには十分に間に合うだろう」
彼らは不承不承ながらに建築を諦めて、修行だけに主眼を置いた動きをすると決めた。
すると大精霊は、どっと疲れた様子で言う。
『頼むから、大人しくしてくれ……』
「頼みとあればやぶさかではないが、それは貸しでいいのか?」
『むしろこっちの貸しだわバカ!!』
その要求は、流石のテオドールも通らないと思った。
言ってみるだけならタダではあるが、真顔で言うのだから凄い度胸だと感心するしかない。
「仕方がないな……まあいい、では修行を続行しよう」
言うが早いか、バレットは劇場から移動した際と同じように右手を翳した。
テオドールが瞬きをすると、今度は宇宙空間のような場所に飛ばされていたが、宙に浮いたバレットは何事も無く指示を出す。
「ではオーガの姿で11%だ。そこから再開しよう」
「了解!」
何も無い荒野から、何も無い宇宙に場所を移しただけで、やることは変わらないのだ。
テオドールは無心で力を無駄遣いし続け、低燃費の身体に交換していった。
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